第164話 コールマン=マクガレス

 選手控室の一室。


 準決勝まで進んだ者には個室が宛がわれ。

 準決勝まで進んだ者達は、宛がわれた控室で自らの状態をより良いものにする為、調整に励む。


 そのやり方は様々で。

 体を動かす事で調整する者もいれば、黙す事で調整する者もおり。

 歴代の準決勝進出者の大半は、試合直前までの時間をそのようにして費やしていた。


 しかしながら、例外と言うものは存在し。


 試合直前まで彼女と甘い時間を過ごした。などと言う選手も中にはおり。

 人によって調整方法は様々である以上、否定出来ないのも事実ではあるのだが……


 その選手が勝ち進むこと無く敗退した事を考えれば。

 調整の程が窺え「当然そうなりますよね」と言いたくなるのも否定出来ない事実なのだろう。


 ……そのような話は兎も角。


 宛がわれた控室。

 そこに置かれた大きめのソファーにゆったりと身体を預けながら。

 今大会の準決勝進出者――コールマン=マクガレスは薄い笑みを浮かべていた。


 コールマン以外に誰も居ない空間。

 そこで一人笑みを浮かべていると言う状況は、些か不気味に感じてしまうが。  

 コールマンの心情を思えば、一人笑みを浮かべたくなるのも分からなくは無い。


 では何故、コールマンが一人笑みを浮かべているのか?

 その理由は、次の準決勝、コールマンの不戦勝が決定しており。

 労すること無く、決勝戦に進む事が確定しているからだろう。


 それだけでも、コールマンが一人笑みを浮かべる理由としては充分だなのだが……

 更に理由を上げるとすれば、コールマンの性格よるところが大きいと言えるのかも知れない。


 このコールマンと言う男なのだが。

 魔術に武術に秀でており、第二席を冠するだけあって非常に優秀な男で。

 更には、実力や才能にも恵まれており、大概の事であれば解決出来る頭だって持ち合せている。


 だが、欠点――いや、コールマン自身は長所だと考えているのだが。

 労力を掛けると行為が嫌いで、自ら動くのは馬鹿がする事だと考えていた。


 そして、そのような考え持つ事になった切っ掛けを問われれば。

 それは、貴族である父親。

 父親の貴族としての振る舞いや、そのあり方を見続けた事が切っ掛けと言えるのだが……


 では、切っ掛けとなった人物。

 コールマンの父親とはどう言った人物なのか?


 コールマンの父親――ホーエン=マクガレスがどんな人物なのかを尋ねた場合。

 『マクガレス子爵家の現当主であり、突出した才能の持ち主である』と多くの者が答える事だろう。


 そして、それは間違いでは無く。

 一般的な認識であり、広く認識されている事実であると言えるのだが。


 ホーエンをよく知る者。言うなれば領民に尋ねた場合。

 『慈悲ある者』『孤児の救い手』。

 他にも幾つかの選択肢はあるが、きっとそんな言葉でホーエンを表すに違いない。


 そして、そのような言葉でホーエンを表す理由なのだが。


 ホーエンは関心を持つ者が少なかった頃から、戦争孤児や貧富の格差と言った問題に着目し。

 そのような問題を解決する為に半生を費やし、捧げて来た。


 そうしてホーエンが行った事と言えば。

 孤児院を立てる事から始まり、新たな雇用形態の確立。

 それに伴い、能力がある者は平民であろうと雇用する事を広く伝え。

 その事により、領民や平民の雇用や労働に対する価値観を根本から変える事に成功する。


 その結果。  

 孤児や貧富の格差に泣く者は完全にいなくなった――とは流石にいかないものの。

 その数は急激に減り、先代が治めていた頃よりも、豊かで安全な領地へと変えて見せた。


 それだけでもホーエンがどのような人物で。

 領民達がホーエンのことを『慈悲ある者』『孤児の救い手』と表す理由を理解出来ると思うのだが。


 更に付け加えるのであれば、その功績は王からも認められる程のもので。

 新たな領地と共に、当時男爵家であったマクガレス家に子爵の位を賜われる程であったと言えば。


 ホーエンが人格者である事を理解すると共に。

 いかに優れた人物であるかを理解出来たのではないかと思う。 


 そして、再びコールマンの話に戻るのだが。

 そんな父親の背中を見て育ったコールマンは、当然のように父親を尊敬し。

 その姿に感銘を受ける事になるのだが……


 何故か、コールマンが辿り着いた答えと言うのが。

 弱者を上手く利用する事で、自分の利益にすると言う答えなのだから目も当てられない……


 要するに、コールマンの解釈では。

 ホーエンは孤児や貧民を利用する事で子爵と言う地位を手に入れた。

 と言った曲解が成されており。そのような曲解の結果。

 労する事が嫌いで、自ら動くのは馬鹿のする事だと考えるようになるのだが……


 正直、どうすればその様な曲解が出来るのかは分からないが。

 ホーエンを知る者で有れば、コールマンのかけ離れた解釈を間違いなく指摘する事だろう。


 実際、コールマンの父親は労せずと言う言葉からは程遠く。

 事務机に張りつくことが多く、見様によっては楽な仕事のように思えるかも知れないが。


 その仕事量と言えば、指示を出している部下たちよりも遥かに多いもので。

 週に一度か二度程しか自宅に帰れない事を考えれば、むしろ、激務と言っても過言ではない。


 しかし、そう言ったホーエンの苦労を、幼かったコールマンには理解出来なかったのだろう。


 人を使うことで成功したという父親。

 そう言った歪んだ形でホーエンと言う人間を解釈し。

 その結果、歪んだままにコールマンは成長してしまった。


 もし、早い段階でコールマンの歪さに誰かが気付いてあげる事が出来たのなら……


 だが、名君と呼ばれたホーエンの息子が、そんな歪さを抱えているとは誰も考えなかったのだろうし。

 ホーエンすらも仕事に構い切りで、コールマンの歪さに気付くことが出来なかったのだろう……


 そう考えると皮肉な話にも思えてしまうが。

 コールマンの性格が形成された今、そのような事を考えても今更なのかも知れない。


 そして、そのような性格であるからこそ。

 労せずに決勝選へと進むことが確定した今。

 コールマンは気分良く笑みを浮かべていた訳なのだが――



 「コ、コールマンさん、いらっしゃいますか?」



 折角の気分に水を差すかのように、扉の向こうから声が掛かる。



「誰だい? 試合が始まるまでは声を掛けないで欲しいって言った筈なんだけどねぇ?

まぁ、いい。入っておいでよ」



 不機嫌そうに答えるコールマンであったが。

 掛けられた声に焦りのようなものが含まれている事に気付くと、渋々ながら控室へと通す。



「で。どんな用件だい?」


「そ、それがですね……準決勝はコールマンさんの不戦勝と言う話だったのですが。

予定が変更され、準決勝を行うことが決定されたようです……」



 質問に答えたのは、30代半ばと言った風貌の男。

 コールマンの垂らす蜜にあやかろうとする有象無象の中の一人で。

 コールマンの不正を黙認するどころか、積極的に不正に手を染める。

 腐った職員の中の一人であった。



「はぁ? どう言う事だい?」


「え、えっとですね……なにやら学園長直々のお達しがあったようで。

運営の手違いで失格になった選手を準決勝の舞台へと上げるそうです……」


「……理解に苦しむねぇ」



 コールマンは職員の話を聞き、心底面倒臭そうに呟く。



「で、ですが! 話によると、対戦相手と言うのは後期組の生徒のようなので。

コールマンさんなら、問題無く勝利を収める事が出来る筈です!

それよりも問題は決勝戦――コーデリアとの試合の事を考えましょうよ」 



 まるで胡麻を擦るかのように卑屈な笑顔を浮かべる職員。


 そんな職員の姿を見たコールマンは、一回り以上下の相手に胡麻を擦ることしか出来ない職員に嫌悪感を覚えてしまう。

 それに加え、コールマンは労力が増える事に辟易としているのであって。

 勝利だなんだと、的外れな言葉でご機嫌を取ろうとする職員に苛立ちすら覚えてしまう。


 だが、コールマンはそんな感情を表に出さないようにすると――



「他に対戦相手の情報は無いのかい?」



 そんな質問を投げかける。



「他の情報……私が聞かされたのはそれくらいですかね……」


「……使えないねぇ」


「へ? なにか言いましたか?」


「なんでもないよぉ、報告ご苦労だったねぇ」



 正直、このような輩は自分の傍に置くには相応しくない。

 と言うのが、コールマンの本音ではあるのだが。

 このような輩であっても、使い場所によっては利益を齎すことだってある。


 そう理解しているからこそ、コールマンは悪態を吐かず、労って見せたのだが……



「そ、それで〜、情報料の方なんですが……」



 そんなコールマンの考えを他所に。

 職員は卑屈な表情を浮かべ、金銭を要求して見せるのだから。

 思わずコールマンが眉根に皺を寄せてしまうのも理解出来ると言うものだ。



「また賭けごとに使うのかい? 程々にしなよぉ?」



 そう言って銀貨一枚を投げて渡すコールマン。


 職員は上手く受け取れず、何度か両の手のひらで弾ませる事になるのだが。

 何度目かで銀貨を掴むと、大切そうに内ポケットへとしまい込み。

 ペコリト頭を下げた後に、控室を後にする事になった。


 そうして、再び一人きりと言う状況になったコールマン。

 「ふぅー」と息を吐くと、職員の言葉を反芻し、再度眉根を顰める。



「ああぁ、実に面倒臭いねぇ。

今更準決勝をやる羽目になるとは、ああぁ、本当にどいつもこいつも面倒臭いよぉ!」 



 そして、声を荒げると乱暴に足を放り出し、行儀悪くテーブルの上に足を置くのだが……


 声を出す事で少しは落ち着いたのだろう。


 今度は目つきを鋭いものにすると、準決勝――その対戦相手について考え始める。



「失格……何処の誰だい?

確か、失格になったと聞いたのは数人……だった筈だけどぉ……」



 コールマンは口に出す事で考えを纏め、対策を練り始めようとするのだが。

 失格になったと聞いたのは、自分よりも席位も実力も無い者たちばかりであった。


 その為――



「まぁ、どうにでもなると言った所かねぇ」



 そう結論付けると、半ば投げやりに対策を練るのを放棄してしまう。


 本来、コールマンは慎重な男である。

 対戦相手が分からない以上はしっかりと対策を練り、自分の負けの目を徹底的に潰す筈なのだが……


 慎重なコールマンがそうしなかった理由。


 それは、決勝に控えている相手――コーデリア=マルシアスの存在が大きいと言えるだろう。


 何故なら、今大会で不正の数々を働いた理由。

 その理由は、コーデリアと戦う為と言っても過言ではない。


 だから、自分に有利な状況を作る為に職員に組み合わせを弄らせたし。

 自分のブロックには席位の低い者や、後期組を固めるよう指示も出した。


 それに対して、コーデリアのブロックには席位の高いものを固めて見せのは。

 真っ向勝負を好むコーデリアに強者をぶつることで、コーデリアから体力や気力を徐々に奪い。

 不完全な状況で決勝の舞台に立って貰うと言う目論見があったからで。


 その状況を作ることで、コールマンに勝ちの目が浮かび。

 その状況を作る為だけに不正に手を染めてきた事を考えれば。

 今更準決勝などに考えを巡らせる労力など無いと言うのが、コールマンの道理で。

 だからこそ、準決勝の対策を放棄した訳なのだが……


 では何故?

 そこまでコーデリアに執着するのかと言えば。

 それは至極単純な話で、前回の席位争奪戦でコーデリアに敗北を喫したからだと言えるだろう。


 更に言えば、名門と名高い学園メルワ―ルで会長職を担って居たと言う事実と。

 学園第一席と言う肩書を引っ提げての故郷凱旋が、コールマンの頭の中には既に描かれており。

 卒業してからは父親の元で政治と言うものを学び。

 マクガレス領をより大きなものして見せると言う展望があった。


 しかし、そんな展望をコーデリアに打ち砕かれた上に。

 当時コールマンの肩書でもあった、第一席と言う肩書まで奪われてしまったのだから尚更で。


 そのような経緯があった為、コーデリアに対する敵愾心を募らせる事になった訳なのだが……


 ……言ってしまえば、それは単なる逆恨みでしかなく。

 コーデリアだけでは無く、席位争奪戦の出場した選手からすれば知った事じゃない。

 そんな逆恨みの所為で、巻き込まれた事を知れば、間違い憤慨する事だろう。


 しかし、そんな事はどうでもいいと考えているコールマンは、自らの恨みを晴らす為に最後の準備に取り掛かる。


 2度目の使用となれば、ばれる可能性がある為もあるので、仕込み槍の薬物は控えるが。

 靴の先には踵を強く踏み込むことで飛び出す毒針、それと同様の毒針を袖の内に隠し。

 更には特注の制服――禁止されていない事をいいことに『沼蚕』と呼ばれる魔物。

 魔法に対して耐性のある『沼蚕』から紡いだ糸をふんだんに使った特注の制服に袖を通す。


 そうして、一通りの準備を終えたコールマン。


 準備を終えたことで一息つき、紅茶を啜る事にすると――



 コンコンコン



 不意に控室の扉を叩かれ。



「コールマンさん。準決勝の準備が整いましたので、会場へと案内します」



 次いで、そんな言葉を掛けられる。


 コールマンはソファーから腰を浮かせると、控室の扉を開き。

 先程の職員の後に続く形で会場へと向かう。


 会場が近づくに連れ、観客達の歓声が耳へと届き。

 それと同時に、理解はしているものの、準決勝を行わなければいけないと言う事実を再確認させられ。

 一度は決勝戦をちらつかされただけに、余計に苛立ちを覚えてしまう。


 コールマンはそんな感情に堪えながら廊下を歩き。

 それから程なくして、会場へと続く扉の前へと到着する。



「さっさと終わらせてしまい所だねぇ」



 そして、そんな言葉を呟いた瞬間。



『それではッ!! 両選手入場です!!』



 審判員の声が響き、開かれた扉を潜るとリングへと向かう。


 そうして立つ事になった準決勝と言う舞台の上。


 そこでコールマンが目にしたのは――



「焼き菓子のお礼に伺いました」



 そんな言葉を口にする。

 くすんだ金色の髪に、赤茶色の瞳を持つ少年の姿であった。

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