第163話 一人足りない貴賓席


「ふ、不甲斐ない試合を見せてしまい、すみませんでした……」



 試合を終え、貴賓席へと通されたソフィアは開口一番そんな言葉を口にし。

 言葉通り、不甲斐ない試合を見せてしまった事を悔いているのだろう。

 反省半分、気まずさ半分と言った表情を浮かべながら肩を落としている。



「まったく、試合の序盤は兎も角。

試合の中盤から終盤にかけては剣に乱れがあると言うか……言っては何だか粗が目立っていたな。

どうした? 試合中、精神を乱れされる様な事でも言われたか?」




 ソフィアの謝罪に、そのような言葉を返したのはメーテ。


 ソフィアの実力であれば、例えコーデリアが相手でも善戦――

 いや、実戦であるなら兎も角。

 ルールのある席位争奪戦と言う舞台に限れば、ソフィアにも勝算があり。

 『魔法剣』の使いどころや戦略次第ではソフィアが勝つ可能性も充分にあるとメーテは考えていた。


 そして、そのような考えに加え。

 ソフィアの実力を評価しているからこそ、試合終盤の内容に違和感を覚え。

 普段のソフィアの実力と比べ、随分と乖離したように思えた為にメーテは苦言を呈した訳なのだが……



 「えっ、えっと……そ、それはですね……」



 眉を顰めながら尋ねるメーテに対し、ソフィアは随分と歯切れの悪い様子を見せる。



「どうした? 言いにくいことでも言われたのか?」


「え、えっと……そ、それは……」



 メーテは再度尋ねるのだが、やはり歯切れの悪いソフィア。


 そんなソフィアの様子を見たメーテは、余程精神を乱される様な事を言われたのだろう。

 そう思うと同時に、言いたくない事を無理に聞き出そうとするのも可哀想か。

 そのように結論付けると、無理に聞く事をせず、改善点だけ伝えることに決める。



「まぁ、言いたくないなら無理には聞かないが……

それよりも問題は、ソフィアの場合魔法剣に頼り過ぎている部分があると言う事だな。

ソフィアは基本能力が高いんだから、もっと他の技にも比重を置き、緩急をつける――ん? なんだウルフ?」



 そうして改善点を並べていたメーテだったのだが――



「メーテ、実はね……」



 ウルフはそう言うと、メーテの耳元でヒソヒソと小声で話し。

 ウルフの話を聞き終わったメーテは、ニヤニヤとした表情を浮かべた見せた。



「成程、成程。

そう言った理由でソフィアは実力を発揮できなかったと言う訳か」


「へ? ななな、何がですか! す、少し体調が悪かっただけで理由なんか!」


「ほうほう、理由なんて無いと言うのか?」


「べべべ、別にありません!」



 意味深な言葉を口にするメーテに、その言葉を否定するソフィア。



「本当に理由なんて無いというのか?」


「あ、ありませんよ! 私の実力が足りなかっただけで……」



 更に追求するメーテに対し、やはり否定の言葉を口にするソフィアだったのだが――



「ちなみに、試合中の会話はウルフには筒抜けだったらしいぞ?」


「……おっふ」



 実力を発揮出来なかった理由がばれてる事を知り。

 なんとも可愛くない声を漏らすと共に、頬を赤く染める事になってしまった。






 その後、メーテやウルフに弄られる羽目になってしまったソフィアだったのだが

 ソフィアが想像していたよりも早く、2人の毒牙から解放される事になる。


 これ以上弄るのも可哀想か――などと2人が考えたかは定かではなく。

 2人の性格を考えれば、単に弄るのに飽きたと言う可能性も否定は出来ないのだが……


 何はともあれ、2人から解放されたソフィアは安堵感からホッと溜息を吐く。


 そして、そんな3人のやり取りを眺めていたのは、最近顔を合わせる機会の多い面子。


 テオドールにミエル、ダンテにアルベルト、ラトラにマリベル。

 それに本日はグレゴリオを加えた7人で。

 呆れたと言うかなんと言うか、揃いも揃ってなんとも言えない表情を浮かべており。


 そんな表情を向けられている所為だろう。

 ソフィアは恥ずかしさから頬を赤く染めると、場の空気を変える為に慌てて話題を振った。



「と、ところで! アルが居ないみたいだけど、どうしたの?」


「いや、俺も知らないんだわ。

ミエルさんに車椅子に乗せられたかと思ったら貴賓席まで運ばれてよ……

本当、何が何だかって感じだわ」



 ソフィアの質問に答えたのはダンテ。

 『魔人化』の副作用により体中が痛む事も原因だが。

 どうやら、前日の試合を強く引きずっているようで、ダンテらしからぬ覇気のない声で答えた。


 そんなダンテの様子を見たソフィア。


 自分も試合があった為、ダンテの試合を観戦する事は叶わなかったが。

 その試合内容は、友人達から聞かされており。

 不正が行われた結果、敗北することになったとも聞かされていた。


 その為、ソフィアはダンテに対してどんな言葉を掛けて良いのか迷ってしまい。

 一瞬の間が空くと共に、気まずい雰囲気になりかけてしまうのだが――



「そ、そう言えば! コールマンは失格ににゃるらしいじゃにゃいか?

そうすると、このままコーデリア先輩が優勝って事ににゃるのかな?」



 そんな間を埋めるようにしてラトラが声を上げる。


 間を埋めると言う意味では好手とも言え。

 そんな一手を選択したラトラは褒められるべきなのだろう。


 だがしかし、選んだ話題を考慮すれば悪手としか言い様が無く……



「ら、ラトラ! コ、コールマンの話題は!」



 悪手だと気付いたアルベルトが慌てて反応するも、既に遅かったようで……



「はあぁああぁあ」



 コールマンの名前を聞かされた事で、前日の試合を改めて思い出してしまったのだろう。

 ダンテは肩を落とすと、深い溜息を吐いた。


 一瞬、気まずい雰囲気を回避出来たようにも思えたのだが。

 結局は気まずい雰囲気になってしまい、皆は揃って口を噤んでしまう。


 言葉を発するのを躊躇われると言う状況。

 誰も言葉を発する事がないまま、数秒の時間が流れてしまうのだが……


 そんな雰囲気の中、口を開いたのは意外な人物であった。



「てか、ダンテも落ち込み過ぎんなよ?

不正の所為で負けたんじゃ、落ち込む気持ちも充分に分かるけどよ。

でもよ……お前は精一杯やったんだろ?」



 そう言ったのはグレゴリオ。

 大きな身体である為、車椅子のダンテと目線が合うよう、片膝をついて話しかける。



「グレゴ先輩……でも、俺……」


「でもじゃねぇよ。精一杯やったかどうか聞いてんだよ」


「せ、精一杯やったっすよ!」


「んじゃ、胸張っとけって」


「胸を……張る……っすか?」



 グレゴリオはそう言うが、ダンテにとっては割り切れないモノがあるのだろう。

 返す言葉には覇気が感じられず、そんなダンテを見たグレゴリオは呆れたように溜息を吐いた。



「つーかよ。ダンテが頑張ったのってアルさんの為なんだろ?」


「別に、そう言う訳じゃ……」


「嘘吐かなくったっていいんだぜ?

俺もコールマンやランドルには腹が立ったし、ぶっ飛ばしてやりてぇと思ったからな。

俺がそう思うんだから、俺より付き合いの長いダンテなら、そう思うのも当然だろうしな」


「べ、別にアルの為じゃ――」


「だから、嘘吐かなくていいって言っただろ?

正直言っちまえば、ダンテがどう思ってるかなんて大して興味も無いしな」


「そ、それは酷くないっすか……?」


「ん? そうか? まぁ、それは兎も角。

俺は頭が良くねぇから、正直、お前が欲しい言葉とか全然分かんねぇけどよ……

――でもよ、お前がランドルを負かした時はスカッとしたし。

第二席であるコールマンに勝ちそうだったって聞いた時は素直にすげぇと思ったんだわ。


そんで、それがアルさんの為――ダンテは否定しそうだから別の言い方にするけど。

友達の為に頑張れる奴なんだって分かった時……正直、コイツ格好良いなって思ったんだわ」


「グレゴ先輩……?」


「だ、だからよ! な、なんつーの? 

俺がそう思ってるのに当の本人が落ち込んでるって言うのがなんか嫌なんだよ!

それにだ! 晴れて席位持ちになるんだぜ? 落ち込んでないで堂々と胸張っとけてんだよ!」


「……なんて言うか。

励まされてるんだか、我儘聞かされてるんだか判断に困る所っすね……」


「は? 俺が我儘で傲慢なのは今更じゃねぇか? 初めて会った時にそれは充分理解してるだろう?」


「ははっ、確かにその通りっすね。

その我儘で傲慢なグレゴ先輩がアルに負けた時はスカッとしたっすからね」


「うるせぇ! 未だに拳骨落とされる夢見るんだから思い出させんな!」 



 そのような会話を交わす、ダンテとグレゴリオ。


 そんなやり取りによって、ダンテの気持ちも少しは楽になったのだろう。

 ダンテは笑顔を浮かべると、小さいながらも笑い声を響かせる。


 そして、そのやり取りを眺めていた年長組の4名。



「やだぁ、なんか青春て感じ……お姉ぇさん泣けて来ちゃう」


「あら? マリベル、ハンカチいる?」


「ありがとうウルフっち!」


「えっと……ウルフ様……それ、雑巾です」


「はぁ? 何渡してくれてるのよ!? 雑巾で拭いちゃったじゃない!」



 マリベル、ウルフ、ミエルがそんなやり取りを交すと――



「本当、何やってるんだか……」


「ほっほ、これは賑やかですのう」



 メーテは呆れたような表情を浮かべ。

 テオドールは紅茶を啜りながら楽しげに笑う。


 気が付けば、先程までの気まずい雰囲気は霧散しており。

 貴賓席は、いつもと変わらない和やかな雰囲気に包まれて行く。


 ――しかし、そうなると。

 やはり気になるのは、その中心に居る筈の人物。

 『いつも』の中心に居る人物が居ない事。


 

「そう言えば、アルが来ないですね? 買い出しとかに行ってるんですか?」



 そのことを思い出したソフィアは、有耶無耶になってしまった質問を再度投げかける。



「ああ、そう言えば言って無かったな。実はだな――」



 そして、その質問にメーテが答えようとしたその時――



『えー、席位争奪戦運営の手違いによって、一名の失格者を出してしまいました』



 メーテの声を遮るようにして、会場内に審判員の声が響く。



『その為、席位争奪戦運営は不当に失格となってしまった選手に本戦に出場する資格があるのか?

その是非を問うことにし。

審査の結果、本戦出場の資格があると運営は判断いたしました!』



 更に言葉を続ける審判員。



『つきましては、本来の予定を変更させて頂き。

これより! 席位争奪戦準決勝! 第二試合を行いたいと思います!』



 審判員は一瞬の間を設けると、観客を鼓舞するように声を張り上げ――



『それではッ!! 両選手入場です!!』



 選手入場を告げる。


 そして、会場の扉が開いた瞬間。

 見慣れた少年の姿を視界に捉えたその瞬間。


 貴賓席は歓声に包まれるのであった。

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