第162話 席位争奪戦最終日 ソフィア対コーデリア

 席位争奪戦最終日――


 今回の席位争奪戦が開催されてからと言うもの。

 観客達は、予選での番狂わせを切っ掛けに、本戦でも多くの番狂わせを目撃する事になった。


 それは、予選敗退が定例とされている後期組の躍進であったり。

 または、低席位が高席位を打ちやぶる姿であったりと。


 目撃した内容。その内容は観客によって違いはあるのだが。

 それでも、共通する一つの認識を持っており――



『今年の席位争奪戦は例年と違う』



 観客達は、そのような共通認識の元に胸を高鳴らせていた。


 そして、そのような認識があるからだろう。


 会場は、試合を一目見ようと訪れた観客達の姿で埋め尽くされており。

 巻き起こる歓声は、まるで、試合に対する期待を表しているかのように大きなもので。

 入場規制によって会場入りで出来ず、恨めしそうに会場を眺める人達を煽るかのように響き渡っている。


 実際、席位争奪戦が盛り上がるのは事実とは言え。

 準決勝でこれほどのを盛り上がりを見せるのは珍しく。

 そのことからも、これから行われる試合が如何に注目されているかを理解する事が出来るのだが……


 どうやら、この状況は序の口だったようで――



『それでは! コーデリア=マルシアス選手とソフィア=フェルマー選手の入場です!!』



 審判員が選手の名前を告げた瞬間。


 低い声や甲高い声、しゃがれた声や幼さを残す声と、耳に届く声質は様々ではあるが。

 思わず耳を塞ぎたくなる程の大きな歓声が上がり、観客達は興奮に包まれる。


 そして、そんな観客達の視線の先にあるのは石造りのリング。

 その中央に立つ、2人の少女へと注がれていた。   


 リングの中央。

 そこに立つのは、赤髪のツインテールに緑色の瞳をした少女。

 最近では『紅蓮姫』などと言う二つ名で呼ばれ始め『魔法剣』の使い手でもあるソフィア=フェルマー。


 もう一人は、金色の髪を縦ロールにした髪と青い瞳が印象的な少女で。

 学園第一席の実力と、2つの素養を扱いこなす才能の持ち主であり。

 『双極』と言う二つ名で呼ばれる少女、コーデリア=マルシアス。   


 そんな2人の少女の姿を目にした観客達は更に大きな歓声を上げ。

 歓声と共に会場の興奮は最高潮へと達する事になる――






 ◆ ◆ ◆







 耳が痛くなる程の歓声の中。

 私は逸る鼓動を抑えながら目の前の相手――コーデリア先輩と言葉を交わす。



「コーデリア先輩、今日はよろしくお願いします」


「ソフィアさん、こちらこそよろしくお願いしますわ。

初めての準決勝で緊張するとは思いますが……あら? もしかしてあんまり緊張していらっしゃらない?」



 コーデリア先輩は私の顔を覗きこむと、そんな言葉を口にするんだけど。

 実際は表情に出さないよう我慢しているだけで、胸が張り裂けそうな程に緊張していた。


 だってそうでしょ? 


 前日の試合で勝利を収めた結果、準決勝と言う舞台に立つ事になったんだけど。

 準決勝と言う舞台に加え、相手は第一席であるコーデリア先輩なんだから……

 緊張するなと言う方が無理がある。


 ……それにだ。

 コーデリア先輩の試合と言えば、力と力、或いは技と技のぶつかり合い。

 所謂、真っ向勝負と言うヤツで、コーデリア先輩はことごとく対戦相手をねじ伏せてきており。

 今大会が始まってから一度しか傷を負ってないと言うのだから尚更だ。


 ちなみに、唯一、コーデリア先輩が傷を負ったのは前回のグレゴ先輩との試合で。

 実際のところ、傷と言っても、ほんのかすり傷程度の傷らしいのだが……


 それでも、今大会始まってからコーデリア先輩が傷を負っていなかった事は事実であり。

 前回の試合でコーデリア先輩に傷を負わせることに成功したグレゴ先輩は褒められるべきなのだと思う。


 まぁ、グレゴ先輩の評価は兎も角。


 そんなコーデリア先輩の試合を見てきた所為だろうか?

 正直、私が勝つ姿が微塵も想像できないと言うのも緊張する要因なのだろう。


 逆に開き直って挑む事が出来れば気が楽なんだろうけど……


 もしかしたら――


 そう期待する自分が居る為、開き直る事も出来ないのだから、諦めが悪いと言うかなんと言うか……


 そんな風に思い、なんとももどかしい気持ちになっていると。



「緊張しているようなら、ほぐしてさし上げようと思いましたのに……残念ですわ……」



 コーデリア先輩は、そう言うと口を尖らせて見せるんだけど。

 ふと、コーデリア先輩の手へと視線を落としてみれば見れば、その指先はねちっこくワサワサと動いており。

 その指の動きに私は思わず顔を引き攣らせてしまう。


 たかが、指の動きに対する反応としては過剰だと思うかも知れない。


 だけど、コーデリア先輩に対する噂――コーデリア先輩の恋愛対象が女性だと言う噂は有名で。

 そんな噂を耳にした事が有る私が過剰な反応を示してしまうのも……仕方無いわよね?



「は、はは。お、お気遣いありがとうございます……だ、だけど緊張はしていませんので」



 私が慌てて気遣いは無用である事を伝えると。

 「それじゃあ、仕方無いですわね」と言って、心底残念そうに溜息を吐くコーデリア先輩。


 そう口にすると同時に、気味の悪い指の動きを止めると、真剣な表情を作り口を開くのだが――



「じゃあ、緊張をほぐすとか関係なく身体をまさぐらせて貰っても?」


「……ち、ちょっと意味が分からないです」



 ……まったくもって意味の分からない言葉を口にする。



「ちょっとで良いんですのよ? ほんのちょっと」


「い、嫌ですよ! 何がちょっとなんですか!?」


「大丈夫ですわ、女の子を喜ばせるのには少しばかり自信が有りますの!」


「ひぃ!? よ、寄らないで下さい!」



 私が本気の抵抗を見せた事で、これ以上はまずいとコーデリア先輩は考えたのだろう。



「じ、冗談ですわよ! 緊張していないように思えても、実際は緊張していると言う事がありますの!

で、でも、これで完全に緊張が解けたんじゃなくて!?」



 そう言って尤もらしい事を言うのだが……

 だらしなく口を緩るませている為に説得力が無い。


 だけど、コーデリア先輩が言った効力は確かにあったようで。

 先程までよりも気持ちが落ち着いているのが分かった。


 そして、私達がそんなやり取りを交わしていると。



『席位争奪戦準決勝! コーデリア=マルシアス選手対ソフィアフェルマー選手の試合を始めます!!』



 審判員が開始位置に付いた私達を見て声を上げ――



『それでは! 試合開始!!』



 席位争奪戦準決勝――その始まりを告げる。


 そして、その瞬間――



『火天渦巻き剣を纏え!』



 私は『魔法剣』の詠唱を口にすると、即座にコーデリア先輩に斬りかかる。


 私とコーデリア先輩の力の差は明らかで、一撃を入れられるとしたら試合開始直後の一瞬の隙だろう。

 そう考えた私は、試合開始と同時に『魔法剣』による一撃を放つのだが――



「甘いですわよ?」



 何故か背後からそんな声が響くと共に、お尻を叩かれた様な衝撃を受ける。



「うひゃ!?」



 思わぬ衝撃を受けた事に間の抜けた声を上げてしまう私。

 しかし、即座に気持ちを切り替えると、声の聞こえた背後へと身体を向ける。



「なかなかに良いおし……では無く、良い動きですわね。

それに、その『魔法剣』、学園既定の武器でやり合うのはちょっと辛そうですわね」



 私の背後に立っていたコーデリア先輩。


 なんか、おかしな言葉を言いかけてた気がするんだけど……

 ソレを無かったかのように振る舞うと、コーデリア先輩は言葉を続ける。



「本当は今までの試合のように、ソフィアさんとの試合を楽しみたかったのですが……

武器の差から打ち合うことも出来ませんし。

この後に決勝戦がある事を考えれば、悠長なことも言ってられないと言うのが残念ですわ」



 コーデリア先輩は「本当、残念ですわ」と付け加えると、申し訳なさそうな表情を浮かべるのだけど……


 それは、言ってしまえば勝利宣言と同じで。

 暗に私ではコーデリア先輩に勝てないと言っているのと同じだった。


 確かに、私とコーデリア先輩の間には実力の差が大きく有るのも事実だし。

 コーデリア先輩の表情から、嫌味を言っている訳では無く、本心で残念に思っている事も分かる。


 だけど――


 だけど、私だって仮にも第七席だし、それ相応の自尊心はある。


 それに……それにだ。

 ブロックが違ったからランドルとコールマンと戦う機会に恵まれなかったけど。

 私だってアルを嵌めた2人に一矢報いてやりたいと言う気持ちがあり。

 出来る事ならコールマンのヤツを殴ってやりたいと考えていた。


 ダンテが負けてしまい、ラトラとベルトが引き分けになってしまったと言う現状。

 コールマンは準決勝を不戦勝と言う形で進む事が決まっており。

 この試合に私が勝てさえすれば、コールマンと試合をする機会が与えられる。


 それは、私にとって漸く手にれることが出来る好機で。

 そんな理由がある為に、コーデリア先輩との実力差を理解して尚。


 「負けてたまるか」そう自分に言い聞かせると。

 コーデリア先輩に勝つにはどうするべきか? その答えを出す為に思考を働かせ始める。


 だけど……



「負けられないと言った表情をしていますわね。

自分の為――いえ、この表情は誰かの為と言った表情ですわね!」



 コーデリア先輩が内心を見透かす様な事を言った所為で、私は肩を跳ねさせてしまい。

 それと同時に慌てて反論してしまう。



「は、はぁ!? べべべ、別に全然そんなんじゃありませんし!」


「あら? 格好付けて行って見ただけなのですが……

ソフィアさんの反応を見る限りでは、どうやら当たっていた様ですわね」


「ぐっ!?」



 慌てて反論したのはどうやら失敗だったようで。

 コーデリア先輩は私の反応を見ると、ニヤニヤとした表情を浮かべ――



「しかも、なんだか甘酸っぱい気配がしますわね……

そうなると、誰かの為にと言うのは……もしかして相手は殿方かしら?」



 更なる確信を突いてくる。


 だけど、私だって2度までも同じ手は食わない。


 黙ってコーデリア先輩との間合いを詰めると剣を振るうんだけど――



「違ったかしら? 殿方と言う可能性も『ある』と思ったのですけ――」


「はぁ!? アルなんて一言も言ってないんですけど!!」


「あら? お相手はアルさんとおっしゃるかしら?」


「ふぐっ!?」



 又も墓穴を掘ったことに頭を抱えそうになる。


 そして、そんな私を見て微笑ましいものを見る様な視線を向けるコーデリア先輩。


 羞恥のあまりに剣を振るって誤魔化して見せるのだけど。

 そんな雑念に塗れた剣ではコーデリア先輩に届く筈も無く……



「予想外な展開になってしまって申し訳ないのですが……勝たせて貰いますわね?」



 コーデリア先輩はそう言うと、私の初撃を避けた時のように――

 いや、実際には避けたのでは無く、隙を突いた筈の私の動きよりも早く背後に回り込んだ。

 そんな事実を理解させられる程の動きで私との間合いを詰める。



『相反する存在よ 我が身を依り代にし 極みへと至れ』



 そんな詠唱と共に、コーデリア先輩は右の掌に炎、左の掌に水を発現させ。

 球体をなぞるかのように、くるりと掌を動かしてみせた瞬間。


 コーデリアの先輩の掌の中にあったのは火と水。

 規則正しく渦巻く動く赤と青の螺旋だった。


 そして、私はこの魔法を知っている。


 コーデリア先輩が生み出したオリジナルの混合魔法であり。

 去年の席位争奪戦で第一席を勝ち取った際に使用された魔法であり。

 コーデリア先輩の二つ名の由来ともなった魔法。


 その名前は――



『双極ッ!!』


 

 その瞬間。

 強烈な衝撃が腹部を襲い、リングから足が離れて行くのを私は理解する。


 更には浮遊感と一瞬にして流れて行く周囲の景色。


 要するに、私は吹き飛ばされているのだろう。

 そう理解した瞬間、地面に叩きつけらたのであろう衝撃が全身を襲い――



「手加減はしておきましたので、少しだけお休みになって」



 そんな優しい声色が耳に届くと共に、私は意識を手放すのだった。

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