第161話 お見舞い後の我儘

 

「ちっ、あのコールマンと言うヤツ、なんらかの薬物を使ったようだな」



 ダンテの試合を観戦し終えたメーテはそんな言葉を口にする。



「メーテ、薬物ってどう言う事?」


「試合の終盤、ダンテの動きが鈍くなったようにアルは感じなかったか?」


「仕込み槍を防いだあたりから動きが鈍くなった様には感じたけど……

痛みの所為で動きが鈍ったのかな? って思ってたんだけど違うの?」


「ああ、アレは痛みの所為と言うよりかは何らかの薬物……

恐らく、仕込み槍の先端に異常を来す様な薬物が塗られてたのだろう」


「じゃあ、要するにダンテは不正をされて負けたって事……?」


「薬物を使用されなければダンテが勝てた――とは言い切れないが。

ダンテが負ける要因になったのは間違いないな」



 メーテはそう言うと、表情を曇らせて見せる。


 試合の終盤、確かにダンテの動きが鈍くなっているようには感じたが。

 まさか薬物を使用されているなんて思っても居なかった……


 もし、薬物が使用された事に僕が気付いたのなら。

 試合を中断するよう呼び掛けることも出来たかも知れないのに……


 そう思うと同時に、試合が終わるまで教えてくれなかったメーテに腹が立ってしまい。

 薬物に気付けなかった自分の事を棚に上げ、思わず声を荒げてしまう。



「な、何で黙ってたのさ! メーテが教えてくれれば、その場でコールマンを失格にする事が出来たかも知れないのに!」



 メーテを責めてもしょうがない。

 それは分かっている筈なのに、ダンテの心情を思うとどうしてもそんな言葉が出てしまい。   

 そんな理不尽とも言える言葉をメーテは受け止めると、諭す様な口調で僕へと話しかける。



「アル……そもそもダンテはコールマンと戦わず失格にする事だって出来たんだ。

それなのに、ダンテはコールマンとの試合を望んだ。

正直、その理由は分からないが……ダンテにとって譲れない何かがあったんだろう。


だから、私は薬物を使用された事を伝えなかったし。

もし、私が不正を訴えたことで試合が中断されてしまい。

その結果、コールマンの失格と言う形で勝利を拾うことになってしまった場合。

それは、ダンテが望んでいる勝利では無いように思えてしまってな。


だったら、最後まで試合を見届けてやるべきじゃないのか?

そう思い、ダンテの気持ちを尊重するからこそ、試合を止める様な真似はしたくなかったんだよ。

……まぁ、あくまで私の憶測でしかないんだがな」



 メーテはそう言うと「すまなかったな」と、謝罪の言葉を口にした。


 そして、そんな謝罪の言葉を聞いた僕は、思わず頭を抱えたくなる。


 ダンテの心情を理解しようとし、その上で「敢えて伝えない」と言う結論を出したメーテ。

 そんなメーテに対し、感情のままに責めるような言葉を吐いてしまった事を恥ずかしく思い。

 それと同時に、謝罪までさせてしまった事を後悔してしまう。



「ぼ、僕の方こそごめん……メーテは悪くないのに」



 僕が謝罪の言葉を口にすると、お互いが謝形すると言う形になり。

 何とも言えない重い空気が漂い始めるのだが。


 そんな僕達の様子を見兼ねたのだろう。

 黙って話を聞いていたウルフが口を開いた。



「私は耳が良いからダンテたちの会話が聞こえてたのよね。

ダンテも会話の内容を話されるのは照れくさいだろうから言わないでおくけど。

多分、試合を止めなかったのは正解だったと思うわよ? 


試合は残念な結果になっちゃったけど……

それでも、不完全な形で勝利を拾うよりは良かったんじゃないかしらね?」



 ウルフはそう言って頷くと――



「それに、今のアルならダンテの気持ちが分かるんじゃないかしら?」 



 そんな言葉を付け加えた後に、僕の頭をクシャクシャと撫でた。


 「ダンテの気持ち?」ウルフの言葉に、思わず首を傾げてしまうのだが……

 自分とダンテの立場を置き換えてみると、何となくダンテの気持ちを理解することが出来るような気がした。


 仮に僕とダンテの立場が逆で、失格したのがダンテで本戦に勝ち進んだのが僕だったとしよう。

 そうなった場合、コールマンが失格する事で決着を付けるよりも。

 出来る事なら、自分の手で決着をつけたいと考える筈だ。


 例え、薬物を使用されたとしても、その気持ちは変わらないだろう。

 いや――むしろ、友人が不正によって辛い思いをしているからこそ、不正には屈したくない。

 僕なら間違いなくそう思うだろうし……もしかしたら、ダンテもそう思ったのかも知れない。


 僕が今、不正を行ったコールマンに憤りを感じているように。

 ダンテも同じように憤りを感じてくれているのだとしたら……


 その事に気付いた僕は、ダンテが試合をした理由や。

 失格に出来る筈のコールマンと試合を行った気持ちが分かったような気がし。

 今更ながらにダンテの心情を理解することが出来たように感じた。


 それと同時に。


 本当今更だな……

 そう思うと、自分の考えの至らなさに思わず溜息が漏れてしまう。


 そうして肩を落としていると。



「とりあえずは午後の試合まで時間がある事だし、ダンテの様子を見てきたらどうだ?」



 メーテがそんな提案をし。



「……うん、そうだね。

時間があるようなら、皆のお見舞いに行ってこようかな」



 ダンテだけではなく、ベルトとラトラの容体も気になっていたので。

 メーテの提案を受け入れることにすると、僕は席から立ち上がろうとするのだが――



「あれ? 皆は行かないの?」



 椅子に腰を下ろしたまま、立ち上がる素振りを見せないメーテ達。

 その姿を疑問に思い尋ねてみる。



「ああ、お見舞いはアルだけで行ってきてくれ。私はちょっとテオドールと話があるからな」



 そう言ったメーテの目は若干据わっており、思わず背中に冷たいものを感じてしまう。



「お、お話ですかのう?」



 そして、そんな目を向けられているテオ爺は尚更なようで。

 ビクリと肩を跳ねさせると上擦った声を上げた。



「ふむ、アルの不正の件は会場外のことだし、アルの不注意と言った部分もあったから見逃したが……

試合中ともなれば話は別だ。

薬物の使用も実戦では有効な手段とも言えるが、この席位争奪戦と言うのは純粋な力試しの場なのだろう?

流石にコールマンのしでかした不正は看過出来んぞ? そこらへんの管理はどうなっているんだ?」


「も、申し訳ありませぬ……

不正を見逃さないよう、伝えてはいるのですが……やはりそうなると職員達の中にも不正に与している者が居るようですな……儂が至らないばかりに……ほ、本当に申し訳ありませぬ」


「生徒もそうだが……やはり職員にも問題が有りそうだな。

ふむ、では、不正に与したものを全員炙り出せ」


「ぜ、全員ですか!?」


「ああ、全員だ」


「そ、それで全員炙り出したらどうするおつもりで……?」


「躾け直しだな」


「し、躾と言いますと……?」


「更生の余地も無い、どうしようも無いヤツは路頭に迷って貰え。

更生の余地がある者は……そうだな、一週間の更生合宿。

『枯渇の行進』を行う――なんて言うのはどうだ? 懐かしいだろ?」


「ひょ……ひょえ〜」



 薄い笑みを浮かべるメーテに対し。

 小刻みに震え、素っ頓狂な声を上げるテオ爺。


 『枯渇の行進』……その響きだけで、どの様な内容であるか、ある程度推測出来るのだが……

 テオ爺の怯えようからも、相当な苦行である事が窺えた。


 そうして、そんな二人のやり取りを眺めていると。



「と言う事で、私達は予定や計画を組まなければならない。

私達の分まで見舞ってやってくれ。ほら、私達に構わず早く行ってこい」



 メーテにそう言われたことで改めて貴賓席を出ようとするのだが――



「ああ、そうだ。『かくれんぼ』なんかも良いかも知れんな」


「ひょ……ひょえ〜」 



 『かくれんぼ』と言う楽しそうな言葉に対し。

 またも素っ頓狂な声を上げるテオ爺を見て、少しだけ心配になるのであった。







「えっと、ここにダンテが居ると聞いたんですが」


「お見舞いかしら? ダンテ君なら奥のベッドに居るわよ。

あっ、私は他の生徒の様子も見に行かなきゃいけないから席を外させて貰うわね。

もし何か問題があったら、救護班の受付に居る職員に声を掛けてちょうだい」



 何部屋か用意されている救護室。


 その中の一室へと辿り着いた僕は、女性職員とそんなやり取りを交わし。

 「それじゃ、よろしくね」と言って救護室から出て行く女性職員を見送ると、奥のベッドへと向かう。


 救護室にあるベッドはカーテンで区切られており。

 一番奥のカーテンをめくった僕は声を掛けた。



「ダンテ? 起きてる?」


「……ああ、起きてるぜ」



 試合終了時にダンテは意識を失っていたので。

 もしかしたらまだ意識が戻っていないかも?と思っていたのだが。

 どうやら意識は取り戻していたようで、ダンテはそう言うと気まずそうに頬を掻いて見せる。


 僕も自身も、今更ながらにダンテの心情に気付いた、と言う気まずさがあり。

 一瞬言葉に詰まりそうになるのだが。

 息を吐き出す事で言葉を飲み込むのを防ぐと、容体について尋ねる事にした。



「調子はどう?」


「調子はボチボチかな? 救護班の治療のおかげで傷は治ってるけど……

流石に抜けた血はどうにもなんないみたいで、若干だりぃかな?」


「そっか。じゃあ安静にしてないとね。

あっ、そうそう。喉渇いてるかと思って飲み物買って来たんから飲んでよ」



 僕は救護室に来る途中で買っておいた飲み物をダンテに手渡す。



「お〜気が利くじゃん。喉渇いてたから助かるわ」



 そう言ったダンテは本当に喉が渇いていたのだろう。

 僕から飲み物を受け取ると口へと運び。

 一気に半分以上を飲み干すと、小さなげっぷを漏らした。



「ダンテ、下品だよ?」


「ん? 別に男同士なんだから構わないだろ?」


「まぁ、構わないっちゃ構わないけど……ところで、それ美味しかった?」


「ああ、果物のつぶつぶが入ってるみたいですげー美味かったぜ」


「本当? 行列が出来てる屋台で買ったから外れは無いと思ったけど。

そんなに美味しいなら僕の分も買ってくれば良かったな……」


「んじゃ、まだ残ってるから飲むか?」


「いやいや、それは悪いからいいよ」


「遠慮すんなって、ほれ」


「じ、じゃあ、一口だけ貰おうかな?」



 ダンテから飲み物を受け取り一口飲んでみると、甘みと酸味が口の中に広がり。

 それに加え、果物のつぶつぶとした食感が口の中を楽しませる。



「あっ、本当に美味しいねコレ」


「だろ? 屋台で買ったって言ってたけど、購買とか学食でも売って貰いたいレベルだわ」


「ああ、確かにソレは言えてるかも」



 屋台で買った飲み物を回し飲みし、笑顔を浮かべながらそんなやり取りを交わしていた僕達だったのだが……

 不意にダンテの表情に影が落ちる。



「ん? どうしたのダンテ?」


「あ……いや、なんて言うか……」



 どこか歯切れの悪いダンテ。

 一体どうしたのだろう?と思い再度声を掛けようとすると――



「悪りぃ、悪りぃ! 頑張ってみたんだけど負けちまったわ!

いや〜、もしかしたら勝てるかもとか思ったんだけど、腐っても第二席って感じだったわ!」



 ダンテはパンッと手を合わせると、謝罪の言葉を口にする。


 僕としては、ダンテがコールマンに挑んだ気持ちも理解できるし。

 謝罪の言葉なんて口にする必要なんて無いとも思っている。


 むしろ、ダンテが落ち込んでないかの方が心配だったのだが……


 一瞬ダンテの表情に影は落ちたものの、その口調は明るく。

 そんなダンテの姿を見た僕は。思ったより落ち込んでないのかな?

 そう思うと「ほっ」と息を吐き。



「ダンテが謝る必要は無いよ。と言うか――」



 口を開いたのだが――



「いやぁ〜、本当勝てると思ったんだよな〜。

折角、とっておきの『魔人化』までしたって言うのによ〜。

コールマンのヤツ、仕込み槍に薬物とかしこんでんだぜ? あり得なくね?

勝ちたいと思うのは分からなくねぇけどよ、普通そこまでやるか?

てかよ。アルの仇とか思って挑んだ割には不正を喰らって負けるとか、俺ださくねぇ?

こんなことならミエルさんに無理言わないで、素直にコールマンを失格にして貰えば良かったわぁ〜」



 ダンテは僕の言葉を遮り、捲し立てるように喋る。



「ちょっ、ダンテ! お、落ち着きな――」


「まぁ、なんだかんだ言っても不正の証言は取ってるんだ。

俺に勝って次の試合に進めると思っているのに、失格を告げられたらコールマンはどんな面するんだろうな? 想像すると笑えてくるぜ!

不正までして勝ち進んだのに、失格って……すげぇダサくね?

いやぁ〜、本当、コールマンがどんな面するのか楽しみだわぁ〜」



 一体、ダンテはどうしたのだろう?

 そう思っている間にもダンテは言葉を続ける。



「てかよ! ベルトとラトラの見舞いは行ったか?」


「い、いや、ま、まだだけど」


「そっか、そっか! んじゃ、そっちにも早く顔出してやれよ! 俺はこの通り元気だからよ!」


「ちょっ、ちょっと待って!?」


「待たねぇよ! ほらほら! さっさと行った!

それに、元気とは言っても、血が抜けた所為でちょっと眠いんだわ。

……それとも何か? もしかしてメーテさんだけじゃなく、俺とも添い寝とか考えてんのか?

悪りぃけど、俺にはそんな気ないからな?」


「こ、こっちだってないよ!!」



 そう言って僕が反論して見せると。

 ダンテは「だったら寝させてくれ」と言い、早く行けと言わんばかりに手の甲を振って見せた。


 なんだか腑に落ちない部分があると言うのが本音ではあるが。

 眠いと言っているのに居座るのは流石に悪い気がしてしまい。

 僕は「お大事にね」と伝えると、渋々ながらに救護室を後にする。


 本当、ダンテはどうしたのだろう?

 そう思いながら、ベルトとラトラが居ると言う部屋に向かっている最中。

 ふと、手元を見ればベルトとラトラの分のお土産を持っていない事に気付く。


 どうやら、2人のお見舞いの品をダンテのところに忘れてしまったようで。

 それに気付いた僕はダンテの居る救護室へと慌てて踵を返す。


 そうして、ダンテの居る救護室へと戻り。



「忘れ物……を……した――」



 僕はカーテン越しにダンテに声を掛けようとしたのだが――



「ふぐっ……うぐっ……うぐッ……」


 

 カーテンの向こうから聞こえる声を聞き。

 思わず言葉を途切れさせ、口を噤んでしまう。



 恐らく……ダンテは泣いているのだろう。


 そして、そう理解した瞬間。

 自分の至らなさに怒りが込み上げてくる。


 明るい口調だけで判断し、ダンテはあまり落ち込んでないと判断してしまったが……


 落ち込んでいない訳がないし、悔しくない訳がない。


 捲し立てるように喋ったのもきっとダンテの強がりで。

 そう言った感情を表に出さない為の精一杯の気配りだったのだろう。


 じゃあ、なんでダンテが涙を流す事になったのか?

 そして、それは誰の為?


 勿論、ダンテ自身がそう言った姿を見せたくないと言った理由もあるのだと思う。


 しかし、涙を流す事になった理由を考えてみれば。

 それはコールマンとの試合。その勝敗に起因していることが考えられのだが……


 元々、失格が確定しているコールマンとダンテが戦う必要は無く。

 コールマンと戦うことさえしなければ、きっと悔しい思いもしなかった筈だ。


 それなのに、敢えてコールマンと戦ったのは恐らく――

 いや、恐らくではなく僕の為なのだろう。


 捲し立て強がったのも、僕に落ち込んだ姿を僕に見せない為で……   


 その事に気付いた僕は、自分の至らなさを再確認しギュッと拳を握りしめ。

 数瞬の瞑目の後、ダンテに気付かれないようにそっと救護室を後にした。



 そして、救護室を後にした僕は、大きな歩幅で廊下カツカツと踏み鳴らし。


 その歩幅のままに貴賓席へと戻った僕は―― 



「テオ爺……テオ爺にお願いがあるんだ――」



 一つの我儘を口にするのだった。

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