第160話 ダンテ対コールマン
審判員が試合開始を告げるのと同時に腰の剣を抜くダンテ。
攻撃を仕掛けたい衝動を抑え込むと、コールマンの出方を窺うように剣の切っ先を揺らす。
そして、コールマンもダンテ同様。
得物――身の丈ほどの槍を構えると、牽制するように穂先を揺らして見せた。
お互いに仕掛ける機会を窺っていると言う状況で、静かな立ち上がりを見せた今試合。
静かながらも、切っ先や穂先の僅かな機微での探り合いが始まっており。
2人の間に流れる空気は、緊張感を含んだ張り詰めたものになる。
そして、そんな2人の緊張感が観客席にも伝わったのだろう。
本来、観客達は派手な試合を好む傾向があり、退屈な試合の際には野次の一つや二つ飛ぶものなのだが。
観客達は不満の声を上げることも無く、数秒、数十秒と膠着状態の2人の動向を見守っていた。
そんな張り詰めた空気の中――
「どうしたんだい? この前は随分と威勢の良い事を言ってたけどぉ。
もしかして怖気付いているのかなぁ?」
意外な事に、先に痺れを切らしたのはコールマンで、煽る様な言葉を口にした。
「うるせぇ……こう言うのは慎重って言うんだよ」
対して、ダンテはコールマンの言葉を否定して見せるのだが……
正直なところ、コールマンの言葉は当たらずも遠からずと言ったところで。
痛いところを突かれたダンテは思わず顔を顰めてしまう。
「くっくっ、ものは言いようだねぇ。
だったら掛かってきなよぉ? 怖気付いていないんだろぉ?」
顔を顰めたダンテを見て、更に煽るコールマン。
ダンテはコールマンの言葉に苛立ちを感じながらも。
それでも、無暗に攻撃を仕掛けることをせず、切っ先を揺らしながら機会を窺い見る。
そんなダンテの様子は普段のダンテを知るものであれば。
ダンテにしては些か慎重過ぎるのでは? と言った疑問を浮かべる事だろう。
だが、ダンテには友人を嵌めたコールマンを自らの手で倒すという目標があり。
それに加え、自分がコールマンを倒す事で、不正を訴えるだけの発言力を得る事が出来ると考えており。
コールマンを失格にする事が出来る現状であるにも関わらず。
出来る事なら、自分の手で、友人に対する不正疑惑を拭ってやりたいとも考えていた。
要するに、ダンテからすれば負けられない一戦である為。
慎重にならざるを得ないと言うのが正解ではあるのだが――
更に付け加えるのであれば。
前回の試合をコールマンは不戦勝で終えており、その所為で手の内を見せておらず。
その一方で、ダンテは前回の試合である程度の手の内を見せている。
その事実は、『情報量』と言う点で、コールマンに大きく引き離されているとも言えるだろう。
そして、『情報量』の差があると言うのが厄介で。
速度や剣を振る速度、そう言った情報を把握されていた場合。
下手に動いてしまったことで、後の先――所謂カウンターを合わせられる恐れもあり。
カウンターに対する警戒心から、ダンテは下手に動くことが出来なかった訳だ。
そしてその行動は、慎重であるが故の行動なのは確かなのだが。
ダンテ自身、自らの性格を鑑みて消極的であるとも考えていた。
それに加え、警戒心から動くことが出来なかったのも確かで……
そのような理由から、コールマンの言葉に思わずダンテは顔を顰めてしまった訳なのだが――
「でもまぁ、膠着したままでは観客もしらけてしまいそうだしねぇ……ふむ、仕方無い」
コールマンはそう言うと、揺らしていた穂先の動きを止め――
「楽しませておくれよぉ?」
そんな言葉と共に高速の突きを放つ。
「なっ!?」
急に飛び込んできた穂先を首を横に振ることで避けて見せたダンテなのだが。
その容赦ない一撃に思わず声を漏らしてしまう。
だが、それも仕方ない事だと言えるだろう。
コールマンの放った突き――その狙いはダンテの喉元で。
幾ら刃引きしたと言っても穂先は金属の塊であり、槍の形状からして先端は鋭いものとなっている。
当然、そんなもので喉を突かれでもすれば、良くて重傷、下手すれば致命傷だ。
幾ら救護班が控えているからと言って、まともな神経であるならば喉を突くと言う行為に躊躇を覚えるのが普通だろう。
だがしかし、コールマンは容赦なく喉を狙い突いてきた。
それも躊躇することもなくだ。
それは明確な殺意と言っても過言では無く。
そう理解したからこそダンテは思わず声を漏らすと同時に、僅かばかりの恐怖を覚えてしまうのだが――
――そんなダンテの考えとは裏腹に、コールマンは微塵ほどの殺意も持ち合わせていなかった。
だが、それもそうだろう。
もし、喉などを突いて間違って殺してしまった場合、問答無用で失格となってしまうのだ。
それは席位争奪戦と言う舞台に施してきた数々の仕込み。それを水泡に帰すような行為だと言え。
当然コールマンからしても本意では無く、避けるべき事態でもあった。
だから、喉を突けるようであれば槍を止めようと考えていたし、逸らそうとも考えていた。
それは、喉を狙うと言う行為に対して、矛盾した考えだとも言えるのだが。
それでもコールマンが躊躇なく喉を狙った――いや、そう見せかけた理由。
それはまさにダンテがした認識。
恐怖と言う認識を植え付けたかったからだと言えるだろう。
コールマンは、15年と言う短い人生経験しか積んでいないものの。
『人と言うのは自分が理解できないものに対し恐怖を覚える生き物であり。
恐怖の対象を前にした時、人は委縮し、十全に力を発揮する事が出来ない』
自らの経験上、そのように結論へと至っており。
コールマンの結論を裏付けるように、恐怖に縛られた相手と言うのは相応に容易で。
例外なく、容易く扱う事が可能だった。
そして、そんな経験からダンテの表情を観察してみれば。
ダンテが穂先を避けた際に見せた表情。その表情には、まさに恐怖と言う感情が孕まれており。
そんなダンテの表情を見たコールマンは狙い通りの結果に酷薄な笑みを浮かべて見せた。
だがしかし――
「一瞬ビビっちまったが、ウルフ師匠の方が速いし怖えぇッ!!」
ダンテは声を荒げると、一瞬感じた恐怖を打ち払い、コールマンとの間合いを詰めに掛かる。
「くっ!?」
委縮するどころか間合いを詰められた事で反応が遅れてしまい。
ダンテの振るう剣を槍で受ける事になったコールマンなのだが。
その剣の重さが想像した以上に重く、コールマンの喉から思わず声が漏れた。
そして、これを好機と見たダンテ。
二度三度と剣を振るい、ダンテ攻勢の形を作りあげる。
対して、少しの油断で劣勢に追い込まれたコールマン。
並みの生徒であれば、意識の切り替えが間に合わず、このまま試合の主導権まで奪われてしまい。
あっけなく敗退。なんてことも考えられるのだが――
流石は腐っても学園第二席と言うべきなのだろう。
冷静にダンテの剣を受けきって見せると、一瞬の隙を文字通り槍で突き。
ダンテに距離を取らせることに成功すると、試合を振り出しに戻して見せた。
そして、振り出しに戻すと同時にダンテに対する警戒心を何段階かあげるのだが――
それでも尚、コールマンは酷薄な笑みを浮かべて見せた。
「余裕っすね?」
「余裕? 当たり前だろぉ? 僕は第二席なんだからねぇ。
まぁ、確かに間合いを詰める速度、剣の重さには多少驚かされたけどぉ。
所詮、それだけと言ったところかなぁ」
「へー、腐っても第二席って言う訳っすね」
「ふー、本当、ダンテ君は口が減らない子だねぇ? 流石に不愉快に感じるよぉ」
「不愉快にさせる為に言ってますんでね。そう思ってくれて良かったっすよ」
そんなダンテの言葉を受けて、コールマンはもう一度「ふー」と溜息を吐き。
「本当、ムカツク餓鬼だねぇッ!!」
らしからぬ声を上げると、高速の槍を放つ。
その一撃を間一髪のところでダンテは避けて見せるのだが――コールマンの追撃は止まらない。
高速の槍が幾度となくダンテを襲い。
ダンテは切り傷を増やしながらも、剣で受け流す事で、身体を捻る事で対応していく。
そして、ダンテの身体に刻まれた傷が二桁に届こうかと言ったその時――
「流石に見慣れたっすよ!!」
ダンテは敢えて左右に避ける事をせず、前進を選択することで槍の間合いの内へと入る。
先程までの攻防により、槍を引き戻す際に僅かな時間が生じる事を把握したダンテ。
その僅かな時間を無駄にしない為にも。
穂先に裂かれた傷の痛みに堪え、伝う血の感触を無視すると、重ね掛けによる一撃を振るう。
だが――
「甘いねぇ」
そんな言葉を耳にすると同時に、ダンテは顎を跳ね上げられる。
突如襲った顎への衝撃に「何故!?」「どうして!?」と疑問を浮かべるのだが。
その答えは単純。
コールマンは敢えて槍を引き戻さないと言う選択を選ぶと、槍に縦の回転を加え。
柄の底――石突と呼ばれる部位でダンテの顎を捕らえてみせた。
要はダンテの見込みが甘かっただけと言う話なのだが……
それを理解できていないダンテは、疑問を浮かべたままに隙を作ってしまう。
そして、コールマンがその隙を見逃す筈も無く――
「がはっ!!」
石突を鳩尾に捻じ込まれたダンテは苦悶の声を漏らす事になり。
顎を跳ねあげられた拍子に口内に傷をおってしまったダンテは、苦悶の声と共に小量の血を口から零した。
さらに追い打ちをかけられ、前蹴りを喰らってしまうダンテであったのだが。
これはある意味幸運であった。
その際に出来たわずかな距離を利用し、後方へと飛ぶ事によって、コールマンの間合いから脱出することに成功する。
「つッ……腐っても第二席。汚ねぇ手だけが取り柄じゃないってことかよ」
ダンテはそう呟くと、口の端に付いた血を手の甲で拭い。
「汚い手ぇ? 何を言ってるかまったく理解できないねぇ。
それよりどうしたんだい? 僕を倒すと息巻いていた割には随分とお粗末じゃないかぁ」
コールマンはそう言うと、挑発的な笑みを浮かべた。
そして、そんな挑発的な笑みを向けられたダンテはと言うと――
「ラトラに被ってるとか言われそうだし……
数日はまともに動けなくなるから使いたくなかったんだけどな……」
そう呟いた次の瞬間。咆哮をあげる。
「があぁああああぁああぁッ!!」
突如咆哮をあげるダンテを見て、何事かと目を見開くコールマンであったが。
『何かまずい事が起きる』
そんな警鐘が鳴り響くと同時に、試合を終わらせるつもりで捻りを加えた高速の一撃を放ち――
「なっ!?」
コールマンは間の抜けた声を上げる事にる。
何故なら、コールマンが試合を終わらせるつもりで放った一撃。
それ程の一撃を避けるどころか、柄を掴む事でダンテが止めて見せたからに他ならないだろう。
「お前っ!! 何をしたッ!?」
思わず声を荒げるコールマンであったが。
ダンテの視線、正確にはその瞳に気付くとこんな言葉を漏らす。
「まさか『魔人化』と言うヤツか……!?」
コールマンの目に映るのは、まるで白目を黒く塗りつぶした様なダンテの瞳。
そして、コールマンが漏らした言葉はまさしく正解であった。
白目の反転、それは『魔人化』の特徴であり。
『魔人化』と言うのは一部の魔族だけに許された奥義とも言える技であった。
そして、この『魔人化』と言う技。
端的に言ってしまえば、身体の能力を高めると言う単純な技ではあるものの。
熟練度に左右されはするが、発動した時点で倍、もしくは数倍の身体能力を得る事が出来る技であった。
しかし、当然ながらリスクもある。
ダンテが使用する事を躊躇い、言葉にしていた事からも分かるように。
『魔人化』を使用した場合、酷い痛みが襲い、日常生活以上の行動が困難となってしまう。
まぁ、それも錬度次第と言った部分はあるのだが……
今のダンテで言えば『魔人化』をした場合、数日はまともに動けなくなると言うのが現状であった。
所謂、諸刃の剣と言った技ではあるのだが――
「がはっ!?」
それだけのリスクに見合うだけの技であるのは確かなようで。
ダンテの放った剣はコールマンのわき腹を捉え、苦悶の声を引き出した。
「これで終わりじゃねぇっすよ!」
更に振るわれるダンテの剣。
今度はコールマンの左のわき腹へと剣が振られ。
それを阻止しようと割って入ったコールマンの左腕からゴキリと言う骨の折れる音が響く。
「がああぁッ!!」
その事により、再度苦悶の声を漏らすコールマン。
状況は一転し、圧倒的にダンテが有利と言った状況で。
コールマンからすれば不利を通り越し、最悪とも言える状況だと言えるだろう。
更には、得物である槍もダンテに掴まれており、碌に振るう事すらも出来ない。
コールマンが選択できる状況と言えば、槍を手放し距離を取っての魔法主体の戦いくらいしか無いのだが。
『魔人化』を使用したダンテから距離を取るのは非常に難しいと言える。
言ってしまえば、ほぼ詰みと言う状況に置かれたコールマンなのだが――
そんな状況にも関わらず、コールマンは酷薄な笑みを浮かべて見せた。
そして、その瞬間。
コールマンは槍の柄を捩じる様な仕草を見せる。
すると、槍の半ばから分割され、短い槍が姿を現す事になる。
それは所謂仕込み槍と言うもので、その軌道はダンテの喉元へと軌道を描くのだが――
「あっぶねぇ!!」
寸前のところで腕を盾にしたダンテ。
矛先が腕を貫くものの、どうにか最悪の展開だけは避ける事に成功し、お返しとばかりに剣を振るう。
「がはッ!?」
今度こそ左わき腹を捕らえ、コールマンから再度苦悶の声を引き出したダンテ。
「仕込み槍とか……既定の武器にはこんなのもあるんかよ?
てか、奇襲するなら悪そうな笑顔やめた方がいいっすよ? あんな面見た後じゃ、嫌でも警戒するっすよ?」
コールマンの欠点を指摘すると、留めと言わんばかりに剣を振りかぶるのだが――
「は? なんだこれ……」
突然、ダンテの視界が揺れ始め。
それと同時に今まで感じたことのない、酩酊感がダンテを襲った。
「どうだい? 効くだろ?」
その言葉と共に仕込み槍を突き出されるが。
酷い酩酊感の為に反応出来ず、ダンテは右肩を貫かれる。
そして、コールマンは槍を突き刺した勢いのままにダンテとの間合いを詰めた。
「いやぁ、左腕は痛かったねぇ〜。
本当、殺してやりたい気分だけどぉ、殺したら失格になっちゃうからねぇ、渋々我慢するよぉ。
それよりどうだい? 特製の薬物の効き目はぁ? 良い感じに飛べるだろぉ?」
間合いを詰められた事で、そんな言葉を耳元で囁かれたダンテ。
自分を襲った酷い酩酊感の原因が、薬物の所為である事を知らされる。
「て、てめぇ!! さっきの仕込み槍か!?」
「正解。中々察しがいいじゃないかぁ」
コールマンは槍を引き抜くと距離を取り、今度は左肩に槍を放つのだが……
やはり、酩酊感の所為でダンテの反応は間に合わず、今度は左肩を貫かれる事になってしまった。
「んがぁッ!」
「コレで少しは気が晴れたよぉ。
どうだい? これ以上は試合を続けても無駄だと思うしぃ。
降参してくれると助かるんだけどねぇ?」
「つッ……誰が降参なんてするかよ!!」
ダンテは口ではそう言って見せたが。
酷い酩酊感と体中の切り傷、それに先程貫かれた肩の出血の為、立っているのもやっとと言う状況で。
自らの状況を考えれば、コールマンの提案を受け入れ、降参を口にした方が利口な判断だと言えるだろう。
だが、それでも、ダンテが降参を口にしない理由――
「てめぇに勝って! 俺がアルの不正を晴らしてやるんだ!」
それは、やはり友人の為であった。
「アル? ああ、あのアルディノとか言うヤツか……
ダンテ君と言い、ランドル君と言い、あんな奴に拘る意味が分からないねぇ。
所詮は後期組の色無し。道端の石ころ程度だろうに。
まぁ、焼き菓子を食べた時には笑わせて貰ったから、もう少しだけ評価は上げてあげようかねぇ?」
コールマンはそう言うとくつくつと笑うのだが。
そんなコールマンとは対照的にダンテは声を荒げた。
「てめぇがアルを語るんじゃねぇッ!! アルは……アルは凄ぇヤツなんだ!
アルがいなきゃ、盗賊の時だって、ブエマの森の時だってきっと俺は死んでた……
だから!! 感謝したってしきれねぇし!
だから!! 俺は友人として! 仲間として!
アルのことを嵌めたお前等も! アルが不当に評価される事も許せねぇんだよ!!」
そんな言葉と共に、酩酊感と肩の痛みを耐えて剣を振り上げるダンテ。
だが、現実と言うのは無常なのだろう――
「興味のない話だねぇ」
言葉通り興味の欠片さえ見せないコールマン。
そんなコールマンが放った石突の一突き。
それを眉間に受けたダンテは意識を狩り取られるのであった。
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