第159話 不正に対する供述


「救護室に運ばれたアルベルト君とラトラさんの容体ですが。

体力と魔力を限界まで使いきってしまったようで、今は泥のように眠っています。

勿論、治療は済んでいますし、命には別状がないようですので安心して下さい」



 そう報告したのはミエルさん。


 試合が決着する際に意識を失ってしまったベルトとラトラ。

 試合後の容体が気掛かりだったのだが、2人とも命に別状がないようでホッと胸を撫で下ろす。



「まったく、あのまま魔法主体で戦ってれば勝てただろうに……ベルトには後で説教だな」


「相変わらずラトラも無茶な戦いをして……後で説教かしらね?」



 2人の試合をそう評したのはメーテとウルフ。

 試合内容の問題点を上げると、不満げな表情を浮かべて見せるのだが――



「まぁ、それなりに考えて戦っていたようだし、今回は大目に見てやるか」


「いつの間にか獣化まで身に付けてたようだし……努力に免じてってところかしらね」



 どうやら、問題点を補って余るだけの試合内容だったと判断したようで。

 少しばかり不満げではあるものの、説教と言う言葉は取り消す事にしたようだ。 


 そんな2人の様子を眺めながら。

 「素直に褒めれば良いのになー」などと思っていると。



「それにしても引き分けとは、珍しい結果になったものじゃのう。

そうなると、明日の準決勝はダンテ君かコールマン君、勝った方が不戦勝となる訳じゃが……

それだと、遠くから見に来る観客も居るじゃろうし、少々物足りなく感じないかのう?」


「アルベルト君かラトラさん、どちらかが試合に出れれば良いのですが。

聞く話によれば、魔力は兎も角、試合に出れる程に体力が回復するかは怪しいと言う話ですね」



 テオ爺は思案顔でそんな言葉を口にし、ミエルさんも思案顔で答える。



「ふむ……それならば敗者復活戦でもするかのう?」


「時間的にそれは厳しいかと……代替案があれば良いのですが……」



 そう言うと2人は「うーん」と唸りながら顎に手を当てるのだが。

 唸るタイミングや、顎に手を当てる仕草、それに首を傾げる角度までまったく同じで。

 そんな2人の様子を見た僕は、少しだけ面白く感じてしまう。


 メーテから2人の関係は家族のようなものだと教えられており。

 「家族のようなもの」と言う事から血の繋がりは無いことが予想出来るのだが。

 その仕草を見れば、血の繋がりが無くても家族である事は疑いようも無く。


 僕にもメーテやウルフと似た部分や仕草があったら良いな。

 そんな風に思い、なんだかほっこりした気持ちになっていると――



「ああ、コールマン君の名前が出たことで思い出しましたが。

アル君、アル君に掛けられた不正疑惑は払拭出来そうですよ?」 



 ミエルさんから声が掛かり、聞かされた内容に驚かされてしまう。



「へっ? 不正疑惑を払拭って……昨日の今日でですか?」


「ええ、昨日の今日ですが、どうやら運が良かったようですね。

私達が勝負している間、ダンテ君達はカート君の元へ話を聞きに行こうとしたらしいのですが。

その際に、アル君に焼き菓子を渡した女子生徒ですか?

その女子生徒を運よく見かけたようで、話を聞くことが出来たみたいです」



 ミエルさんは「こちらが供述の内容ですね」と付け加えると一枚の書類を手渡し。

 僕は受け取った書類に目を通していく。


 そうして一通り書類に目を通していくのだが……

 書かれていた内容に思わず呆れてしまい、それと同時に溜息を漏らしてしまった。


 書類に書かれた内容。

 その内容は?と言うと――


 僕に強化薬入りの焼き菓子を渡した女子生徒。

 名前はマールと言い、卒業を控えた後期組の最高学年らしいのだが。

 卒業後の就職先が既に決まっており、卒業後は学園都市を離れて役所勤めをするそうだ。


 しかし、その役所のある場所と言うのが問題で。

 コールマンの親が収める領地――マクガレス子爵家の領地での勤務となるらしい。


 まぁ、此処まで読んだ時点で何となく先の展開は何となく見えていたのだが……

 僕の予想は大きく外れていなかったようで、続きにはこのように書かれていた。


 席位争奪戦の前日、コールマンから呼び出されたマールさん。

 前期組と後期組で隔たりがある事から、コールマンとの接点など皆無であったのだが。

 呼び出された以上は出向かない訳にもいかず、不安に思いながらもコールマンの元を訪ねたそうだ。


 そして、不安を抱えながらコールマンと対峙する事になったマールさん。

 そんなマールさんが聞かされた話はこんな話であった。



『君は僕の両親の領地での勤務が決まってるそうだねぇ?

折角決まった勤務先だし、嫌な思いをしながら過ごしたくは無いだろぉ?

まぁ、賢いマール君の事だ。僕が何を言いたいかは言わずとも理解できるよねぇ?』



 ……言ってしまえば脅迫だ。


 直接的に何をするとは明言してはいないものの。

 相手を委縮させ、威嚇する様に発せられた言葉は脅迫以外の何ものでも無い。


 それを理解しているからこそ、マールさんはコールマンの出した条件。

 「僕に強化薬入りの焼き菓子を食べさせる」と言う条件を承諾するしか無く。

 悪いと思っていても、コールマンに従うと言う選択肢しか選べなかったようだ。



 ――この様な内容が書類には書かれていた訳なのだが。

 書類の最後には「陥れる様な真似をして本当にごめんなさい」と言う謝罪の一文が書かれており。

 その一文を読んだ僕は――マールさんも被害者なのだろう。

 そう思うことでマールさんに対する留飲を下げる事にしたのだが……


 それと同時に、脅されたから焼き菓子を渡しただけだった事を改めて実感してしまい。

 思わず肩を落とすと、溜息を漏らしてしまう。


 なんとも未練がましい溜息を漏らしてしまった事に僕自身驚いてしまい。

 言い訳のように「男心を弄ばれたんだし仕方無いよね?」などと言い聞かせてみるのだが……


 そうやって言い聞かせること自体女々しい行為なのだろう。

 それに気付くと自分の器の小ささを知り、何とも言えない笑みを浮かべる事になってしまった。 



 まぁ、器の小ささはさておき。


 僕とミエルさんが勝負している間にもダンテ達は不正を暴く為に奔走し。

 コールマン達の不正を暴く為、もしくは僕の不正を晴らす為に行動してくれたのだ。


 それだけでも感謝し足りないと言うのに。 

 連日の試合に加え、本日も試合があると言う状況であれば、帰って休みたいと言うのが本音だろう。

 そんな状況の中、身体を休める貴重な時間を消費してまで奔走してくれたのだ。

 申し訳ないと思うと同時に、それ以上の感謝の気持ちで一杯になってしまう。



「……本当、友人に恵まれてるんだな」


 

 その所為か、思わずそんな言葉が零れ。

 そう口にした事で目頭が熱くなるのを感じていると……



「それとですが、棄権したカール君でしたか?

こちらは名前も割れていましたので、早朝に部屋を伺い供述を取ってきました。

まぁ、中々口を割ろうとしなかったので裁縫針と糸を使うところでしたが……

結果的に使用することなくホッとしました」



 カート先輩からも供述を取ったことをミエルさんは告げるのだが。

 話の後半。「裁縫針と糸」の意味が分からず、僕は首を傾げてしまう。



「裁縫針と糸……ですか?」


「ええ、こう見えて実は裁縫が得意でして、裁縫道具を持ち歩いているんですよ」


「そ、そうなんですね。でも、カート先輩と何の関係が?」


「ああ、それはアレです。

喋らない口であれば必要ないだろうと言うことで、口を縫い付けてあげようと思ったんですが。

その事を伝えたところ白状してくれましてね。

私としても気が乗らなかったので、裁縫針と糸を使わずに済んでひと安心した――と言う話です。

まぁ、喋らないのなら縫い付けるつもりではいましたが」



 ミエルさんはそう言うと、慈母のような微笑みを浮かべて見せた。


 ……まぁ、喋らない口なら必要ないし、縫い付けても仕方ないのだろう。

 それに、不正に加担しておいて喋らないなんて言語道断。

 ミエルさんがそう言った発想に至るのも当然と言えば当然でとも言え。

 実際に口を縫い付けてる訳でもなく、口にするだけに留めたのは流石としか言い様だないだろう。

 要するにミエルさんがやった事は、脅しとかでは無く、あくまで提案であり。

 実行しないならそう言う考えも有りっちゃ、有り――



 ――いや、無しだろう。


 どうにかミエルさんの肩を持とうと思ったのだが、中々に荷が重い。


 口を縫い付けると言う発想もさることながら。

 当然のように縫い付けると口にし、挙句の果てには微笑みを浮かべて見せるのだから尚更だ。


 やっぱりミエルさんはやべぇ人だと再認識させられ。

 その猟奇的な発想に若干引いてしまったのだが……


 しかし、当のミエルさんはと言うと――



「でも、アル君の為ですから仕方ないことですよね……褒めても良いんですよ?」



 あろうことか僕の為だと言い、褒める事を要求してくる。


 確かに僕の為と言えば僕の為だとは思うのだが……

 手放しに「ありがとうございます」とは大変言い辛く……



「さ、流石ミエルさんですね……

で、でも裁縫針と糸は本来の目的で使った方が女性的で素敵なんじゃないかな〜。

……な、なんて思うんですよね〜」



 猟奇的な発想を控えて貰えるよう、やんわりとした口調で伝えて見る事にすると――



「……アル君は裁縫が得意な女性を素敵だと思うんですか?」


「えっ、は、はい」


「私はこう見えまして存外可愛いものとかも好きでして、趣味でぬいぐるみなんかも作ったりします」


「そ、そうなんですか?

そ、それは凄く素敵だと思いますよ! 裁縫はそうあるべきですよね! はい!」  


「素敵……そうですか……素敵ですか……ふふふっ」



 ミエルさんは僕が伝えたい事を理解してくれたのだろうか?

 満足そうに頷いた後に笑みを浮かべて見せた。  


 まぁ、本当に理解しているかは定かでは無いし。

 実際、怪しい所ではあるのだが……

 恐らく、理解してくれている筈だ! そう言い聞かせる事で、この話を切りあげる事にした。


 ……決して、ビビっている訳ではないと言う事を言っておこう。






 その後、話題はカート先輩の供述内容へと移り。

 ミエルさんから供述内容を聞かされる事になる。


 その内容と言うのは、席位争奪戦の組み合わせと八百長についてで。

 ミエルさんから全容を聞かされた僕達は揃って溜息を吐いた。



「要するに、コールマンは生徒会の権限を使用して八百長を持ちかけたと言う訳か……」


「しかも、それに従わなかった場合は退学に仕向けるとか……子供らしくないわよね〜」


「本当、最近の子供はこまっしゃくれてると言うと言うかなんて言うか……

って言うか、退学とかそんな権限まであるの?」



 呆れたように言うのはメーテとウルフ。

 その言葉に同意したのマリベルさんで、テオ爺に視線を向けると疑問を投げかける。



「ふむ、生徒会と言えどもそこまでの権限は無いのう。

まぁ、風紀を取り締まったり、学園で行われるイベントに大きく関わることもあるのじゃが……

あくまで一生徒であり、逸脱するような権限は与えていない筈なんじゃがのう……

しかし、そうなると――」


「はい、教師の中に共犯者が居ると言う事になりますね」


「……嘆かわしい話じゃが、そう考えるのが自然になってしまうのう……

まったく、一体何を考えておるんじゃ……と言いたいところじゃが、これは学園長である儂の責任でもあるか」


「そ、そんな事は! テオドール様は学園の為にと各地に出向き、頑張っておられるではないですか!」


「それを含めてじゃよ。

視察だの交流会だのは確かに大切じゃが、その事で学園を離れる機会も多くなっておったしのう。

その所為で生徒や教師達との時間を設けてやる事が出来なくなっておった。

学園の為にと思ってしていたことじゃが……これでは本末転倒といったところじゃな……」



 テオ爺はそう言うと寂しそうな表情を浮かべ。

 ミエルさんが悔しそうに唇をかむと、なんとなく陰鬱な雰囲気に包まれてしまう。


 しかし、コールマンや教師が不正に加わっていると言う情報は得られたのだ。

 これはある意味朗報であり、言い方は悪いが膿を出す好機ではないのだろうか?

 そう思った僕は、落ち込むテオ爺に声を掛ける。



「でもさ、これが切っ掛けで悪い部分が見えてきたんだしさ、一歩前進したって考えれば良いんじゃないかな?

だから、テオ爺もミエルさんも元気出そうよ!」



 気休めではあるかも知れないが、少しでも元気を出して貰えたら。

 そう思って掛けた言葉だったのだが――



「ア、アルが前向きな事を言っているだと……」


「あらあら、明日は雨かしらね?」



 などと、メーテとウルフに茶化されてしまった。


 まぁ、普段は考え過ぎてしまう傾向にはあるのは確かなのだが。

 僕だってたまには前向きな事を言ったりもするので、2人の反応を不満に感じてしまう。


 まぁ、それは兎も角。   


 テオ爺もミエルさんも僕の言葉を受けて少しは前向きになってくれたのだろう。



「そうじゃな、改革を進める好機と考える方が建設的かも知れんのう」


「そうですね。教師の件はどうにかするとして。

これでアル君が不正したと言う件は払拭出来ますし、コールマンをいつでも失格にすることも出来る筈ですからね」



 そう言うと、満面の――とまでは言わないが笑みを浮かべて見せ。

 そんな2人を見た僕も、なんとなく頬が緩んでしまうのだが。

 ミエルさんの言葉の中に気になる言葉が含まれていたので、その事について尋ねてみる事にした。



「コールマンが失格となると次の試合はダンテの不戦勝って事になるんですかね?」


「ええ、コールマンを失格にすることは出来ますね。 しかし――」



 しかし? 何か問題があるのだろうか?

 疑問に思いながら首を傾げていると、ミエルさんは言葉を続ける。



「失格に出来る事は伝えたんですが、どうやらダンテ君はそれを望まなかったようで――」



 ミエルさんがそこまで口にした瞬間。



『これより準決勝第二試合! コールマン=マクガレス選手対ダンテ=マクファー選手の試合を開始します!!』



 試合を告げる声が会場に響き渡るのであった。

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