第158話 アルベルト対ラトラ

 席位争奪戦4日目。


 本戦第二回戦が行われる本日。

 午前中にベルト対ラトラの試合とダンテ対コールマンの試合が予定されており。

 午後からはソフィアの試合とグレゴ先輩対コーデリア先輩の試合が行われる予定とされている。


 そして、今日の試合の勝者が、明日の準決勝に進むことになる訳なのだが。

 聞く話によると、午前中に準決勝。午後には決勝戦が行われるらしく。

 数日に渡って開催された席位争奪戦も明日で最終日を迎えるようだ。


 その所為だろうか?

 観客席を眺めて見れば、昨日の午前中と比べても人の入りが多く。

 立ち見すら困難に思える程にごった返している。


 聞く話によれば入場規制がかかるのも時間の問題らしいのだが……


 そんな賑わいを他所に、僕達は喧騒とは無縁の場所で紅茶を啜っていた。


 僕達が居るのは貴賓席。

 昨日に引き続き、何故貴賓席に居るかと言うと。

 ミエルさんとの勝負を終え、僕達が帰宅しようと際――



『そうじゃ。明日も貴賓席に招待するから、一緒に試合を観戦してくれんかのう?』



 テオ爺がそんな提案をし、僕達がその提案を受け入れたからだろう。


 正直、2日連続で招いて貰うのは流石に悪いと言うのもあったし。

 僕たちに対して貴賓席を開放するより、貴族などの要人に開放するべきなのでは?

 そう言った疑問もあった為、テオ爺のお誘いを断ろうとも考えたのだが……



『貴族たちの相手は初日に済ませておるし、貴賓席は一部屋だけじゃないからのう。

それに、試合観戦中の貴族の対応はグスタフ――副学園長に任せておるから問題無しじゃ。

そう言うことじゃから、アルは素直に招かれれば良いんじゃよ? と言うことで決定じゃな!』



 妙に張りきっているテオ爺に押し切られてしまい。

 結局は2日連続で貴賓席に招かれる事になったと言う訳だ。


 まぁ、観客席の様子を見る限りでは、観戦するのも困難と言った状況なので。

 正直なところ、ゆっくり観戦できるのはありがたいし、非常に助かる話ではあったのだが……



「アル君? 紅茶のお変わりは如何ですか?

このお茶菓子は美味しいので是非食べて見て下さい」



 そう言ったのはミエルさん。


 席は幾つも空いていると言うのに、何故か僕の隣に腰を下ろしており。

 その距離が妙に近い為……なんと言うか心臓に悪い。


 それに加え――



『砂糖は何個入れますか?』


『もう少し冷ました方が良いですか?』


『椅子の座り心地はどうですか?』


『寝癖が付いてるので梳かしてあげますね?』



 などと言い、やたら世話を焼いてくるのだから、どう反応して良いのか困ってしまう。



「あ、ありがとうございます。じ、じゃあ、一つ頂きますね」



 若干の居心地の悪さを感じながらも焼き菓子に手を伸ばし。

 包装を剥がすと焼き菓子を口へと運ぼうとする。



「少しお待ちください」



 しかし、何故かミエルさんから待ったが掛かり。

 何故かミエルさんに焼き菓子を奪われてしまう。


 もしかして勝負に負けた事による嫌がらせだろうか?

 そんな考えが一瞬過ぎるのだが。

 昨日行われたミエルさんとの勝負。その勝負の後――



『あれだけの実力を見せられたら認めるしかないですね』



 意識を取り戻したミエルさんは、そう言うと妙に納得した表情を浮かべていたし。

 メーテとテオ爺が始めた賭け事も、ミエルさんも迷惑だろうと考え、賭け自体を無効にして貰っていた。


 その事を思い出した僕は、ミエルさんが嫌がらせをするような心当たりが無く。

 僕の勘違いだったと言い聞かせると、変に勘繰ってしまった事を反省する。


 ……とは言っても、現に焼き菓子を奪われてしまったのは紛れもない事実なので。


 実のところ、ミエルさんは勝負の結果に納得しておらず。

 やはり嫌がらせとして、新手の精神攻撃を仕掛けて来ているのではないか?

 などと考え、悪いと思いながらも再度勘繰ってしまった。


 そんな思考の迷路に迷い込み、どう対応して良いのか分からなくなっていると――






「アル君。あーんして下さい」






 ……ふむ、まったくもって意味が分からない。


 いや――意味は分かる。要するに僕に焼き菓子を食べさせようとしているのだろう。


 だがしかし、そうする理由に見当がつかない。


 見当がつかないのだが……

 敢えて理由を挙げるとすれば、やはり、ミエルさんは勝負の結果に納得しておらず。

 僕を辱めると言う形の嫌がらせ――言うなれば精神攻撃と言うヤツを選択し。

 そのような理由から、ミエルさんは謎の行動に出たのだろう。

 そうでなければ、ミエルさんの行動に説明が付かない。


 まぁ、素直に考えるならば、好意からの行動と考えることも出来なくも無いのだが……


 ――だが、そう考えるには些か無理がある。


 昨日までのミエルさんと言えば。

 射殺す様な視線を向けてきたり、冷たい口調を浴びせてきたりと。

 理不尽までの敵意を僕に向けるような人だったのだ。

 昨日の今日で、此処まで態度が変わると言うのは異常だと言えるだろう。


 それにだ。

 ミエルさんの態度が変わる要因があるとするなら。

 ミエルさんとの勝負に勝利した事が要因だと考えられ。

 認められた事で好意的な態度になった。と考えるのが普通なのかも知れない。

 

 しかし……しかしだ。

 正直、その考えは浅はかだと言えるだろう。


 何故なら、その勝負の内容と言えば。

 『重槌』で動きを封じてからの『雷轟』。

 相手が大技を使うのを見計らってから目の前へと転移し。

 魔法を制御している隙を突き、雷属性の『魔装』による一撃で意識を刈った。

 と言った内容で。

 試合をした本人が言うのもなんだが。

 不意打ち的な要素が多く、とてもじゃないが好意を持たれるような試合内容だとは思えなかった。


 もし、この試合内容で好意を持つのであれば。

 余程のやべぇヤツか、熟練されたやべぇヤツ。

 または、変な階段を登りつめちゃったやべぇヤツくらいしか考えられず。


 流石にミエルさんは違うだろう。

 そう考えると、やはり「あーん」は僕への嫌がらせなのだろうと結論を出し――



「あ、ありがとうございます。自分で食べられるので大丈夫ですよ?」



 そう言って、やんわりと断る事にしたのだが……





「あーんして下さい」




 どうやら、ミエルさんは人の話をあまり聞かないタイプらしい。



「い、いや、自分で食べられるの――」


「あーんして下さい」


「で、ですから、自分で――」


「あーんして下さい」


「で、ですか――」


「あーんして下さい」


「あーんして下さい」


「あーんして下さい」



 ……何これ? 超怖い。


 まるで壊れた音楽機器のように同じ音程で同じ言葉口にするミエルさん。


 そして、その事により僕は理解し、胸の内で呟くことになる。


 『あっ、この人やべぇ人だ』


 と。


 そして、その考えはミエルさんの瞳を見た瞬間。更なる確信となる。

 

 何故かと言えば、その瞳。

 その瞳は、アル教について熱弁しているやべぇ時のフィナリナさんのソレで。

 ミエルさんはフィナリナさんと同類。所謂やべぇヤツであると、理解してしまう。

 

 そして、そう理解すると同時に。


 そう言えば……『女王の靴』の皆は元気にやってるかなぁ?


 自分の置かれた状況から目をそむける為、無理やり現実逃避することにしたのだが――



「フガッ!?」



 痺れを切らしたのであろうミエルさんによって、焼き菓子を口に突っ込まれてしまい。

 無理やり焼き菓子を突っ込まれた事で、僕は目を丸くしてしまう。


 そんな僕とは対照的に、満足そうに笑みを浮かべるミエルさん。

 僕が開けた焼き菓子の包装をハンカチに包みだすと、何故かポケットへと運び。

 再度満足そうな表情を浮かべ、ポケットの上からポンポンと叩いた。


 いや? ソレごみですよね?

 大事そうに包んでますけど、どうするおつもりでしょうか?


 そんな疑問を浮かべるものの。

 状況について行けず、焼き菓子を咥えたまま呆けていると――



「怖っ! ミエル怖っ!」


「儂が余計な事を言ったばかりに……本当に申し訳ないのう」



 そんな言葉をマリベルさんとテオ爺が口にし。



「お、おいウルフ!? 私が断ったの聞いていたよな!? 私の所為じゃないよな!?」


「わ、私に聞かないでよ……」



 メーテとウルフはそんな会話を交わす。


 そうして皆の会話を聞きながら呆けている間にも時間は流れていたようで――



『これより本戦第二回戦! アルベルト=イリス選手対ラトラ選手の試合を始めます!』



 審判員は試合の始まりを告げるのであった。






 ◆ ◆ ◆






 『試合開始!!』 


 

 その言葉と共に動いたのはラトラだった。



「ベルト! 手加減はしないにゃ!」



 ラトラ自身が言葉にした様に、手加減と言う発想は端から追いやっており。

 身体強化に重ね掛けを施したラトラが踏み込むと、獣人の持つ元々の身体能力と相俟り、石造りのリングが爆ぜる。



「雫よ! 対を弾け!」



 アルベルトもラトラと同様、手加減なんて概念は試合前に捨て去っており。

 迎撃する為の詠唱を口にすると、ラトラの軌道に合わせるようにして四つの水球を放つのだが――



「甘いにゃ!」



 重ね掛けを施したラトラにとって、水球の威力など恐れる程のものでは無く。

 ラトラは敢えて避けないと言う選択を取ると、手の甲を持ちいて水球を弾いて見せる。


 合計三つの水球を手の甲で弾き、残りの一つは弾くまでも無く軌道から外れ。

 その事により、アルベルトとの間合いを詰める事に成功したラトラ。


 水球を弾いたことで、幾分身体が濡れ、水滴が頬を伝うのだが。

 高揚した今のラトラにとっては、頬を伝う水滴の冷たさが心地よく、思わず口角を上げてしまう。


 対してアルベルトは?と言うと。


 容易に間合いを詰められてしまったのだ。本来なら焦りを感じる場面だと言えるだろう。

 しかし、ラトラの俊敏性を知っているアルベルトにとっては、間合いを詰められる事など想定内で。

 アルベルトは慌てることなく剣を抜くと、剣の腹でラトラの拳を受け止めて見せる。



「流石ベルト、そう簡単には喰らわにゃいか」


「ああ、ラトラの手の内は大体把握しているからな、そう簡単には喰らわないさ」



 ラトラの言葉にそんな言葉を返すアルベルト。


 捉えようによっては、只の強がりにも聞こえなくはないが。

 実際のところ、アルベルトの言葉は強がりでは無く、紛れもない事実であった。


 では何故、手の内を把握しているのか?


 それは前期休暇に入った際に友人とした約束。

 暇な時に手合わせをして欲しい。と言う約束を友人が律儀に守り。

 前期休暇が終了した今も、その約束が続いているからだろう。


 そのおかげで、友人との手合わせだけでは無く。

 空いてる時間にはラトラやソフィア、それにダンテと手合わせする機会が幾度となくあり。

 そのような経験がある為、アルベルトは「手の内は大体把握している」と言葉にした訳なのだが……


 それは、同じ経験をしているラトラにも言える事で。

 言ってしまえば、手の内――お互いの切れる札は見えていると言う状況であった。


 だからこそ、何処で札を切るかが勝負の明暗を分ける事になり。

 いかに相手の虚を突くかが勝負の鍵となる訳なのだが――


 その『虚』は以外にも速く訪れる。



「じゃあ、こんなのはどうかにゃ?」



 ラトラがそう言った瞬間、両腕が体毛に覆われ異質な変化を遂げる。


 金色の体毛に覗く黒のまだら模様。

 それだけでも異質だが、更に異質なのは体毛の隙間から覗く、黒く鋭利な爪だろう。


 それはまるで獣のソレで。虎の前足を想像させた。


 そして、そんな異質な変化を目の当たりにしたアルベルト。



「獣化と言うヤツか!? だが! 雫よ対を弾け!」



 ラトラの変化に一瞬驚きはするものの。

 知識として『獣化』と言うものを知っていただけに、驚きは小さなものとなり。

 アルベルトはすぐさま意識を切り替えると水球を放って見せたるのだが――


 もし、アルベルトが『獣化』について詳しい知識を要していたのであれば。

 恐らく、すぐに反撃に転ずることは出来なかった事だろう。


 何故なら、『獣化』と言うものはそれ相応の鍛練を積んだ先に身に付けることが出来る技で。

 早熟の者だとしても成人――15歳以上かそれ以上で身につけるのが普通であり。

 13歳そこらのラトラが『獣化』を身に付けていること自体が異常なのだ。


 もし、アルベルトがその情報を知っていたなら、驚きも大きなものになり。

 その際に生じた隙を狙い打たれ、手痛い一撃を喰らっていたに違いない。


 知識を要していない事がアルベルトから隙を奪い。

 反撃する時間を得たと考えると、なんとも皮肉な話に思えてしまうのだが。

 結果だけ見れば、悪い結果では無かったと言えるだろう。



 そして、そんなアルベルトとは対照的に、最悪の結果になったしまったのはラトラ。


 ラトラの予定では『獣化』を見せる事で、アルベルトから一瞬の隙を奪い。

 奪った隙を利用し、『獣化』による一撃を叩きこむ予定であった。


 勿論、一撃を叩きこんだ後の行動も組み立てており。

 運が絡めば、『獣化』による一連の流れから、勝利を得ることも可能と考えていた。


 ――だが、実際はと言うと。


 アルベルトは隙を見せるどころか反撃に転じ。

 本来のラトラであれば、恐らく避けていたであろう水球をまともに喰らってしまう事になる。


 それは、『獣化』を見せることで、確実に隙を奪えると確信した故の慢心。


 その慢心の所為で、反応が遅れてしまい、水球をまともに喰らってしまい。

 更には、とっておきの『獣化』が不発に終わった動揺に加え、行動を組み立てていた故に修正の時間を要し。

 それが新たな隙を生んでしまったのだから、こちらもまた皮肉な話と言えるのかも知れない。


 そして、その結果――更なる追撃がラトラを襲う。



『大地を潤す雨よ 渇いた大地は此処には無い 本流へと至り敵を攫い給えッ!!」



 それはアルベルトが前回の試合で放とうとした中級魔法。

 水属性の中級魔法である『流波』、大質量の水の塊が高速で襲うソレはまるで川の氾濫。


 ラトラも避けようとするのだが、水球をまともに受けた痛みの所為で反応が遅れてしまうのだが――



『風よ! 草木を潜り 対を弾け!』



 あろうことか、自らに向かって『風球』を放ち。

 吹き飛ばされる勢いを利用する事によって、間一髪のところで『流波』を避ける事に成功する。



『雷よ 大気を伝い 対を弾け』



 だが、アルベルトの追撃は止まらない。

 今度は『紫電』の詠唱を口にすると、リングへ向けて放つ。


 ラトラは一瞬何故リングに?と疑問に思うのだが。

 次の瞬間、痺れるような衝撃に襲われ、その事により何故リングに紫電を放ったのかを理解する。


 そう、ラトラが足元を見れば、リングの上は水浸しと言う状況。

 伝導率がどうだとかは理解していないが、水が電気を通すと言う事くらいはラトラも理解しており。

 アルベルトが紫電の詠唱を口にした時点で、その考えに至らなかった事をラトラは後悔する。


 だが、後悔した所で状況が好転する訳では無く。

 それよりもどう対応するべきかに頭を働かせたラトラは、リングから逃げるように大きく跳ねた。


 しかし、それはアルベルトの予想通りでもあった。

 水浸しのリング上にいる以上、何処にいても紫電の的で。

 紫電から逃れようとするならばリングから離れるくらいしか選択肢が無い。


 アルベルトはそう予想していたからこそ、ラトラをリングに落とす為の詠唱を始めていたのだが――



『風よ! 草木を潜り 対を弾け!』



 ラトラは『流波』を避けた時同様に自分へと風球を放ち。

 『風球』に弾かれた勢いのままにアルベルトへと迫る。


 ラトラとは幾度となく手合わせをしているので。

 ラトラが『風球』を後方に放つことで、機動力にする戦い方をするのはアルベルトも知っていたが。

 その時は、あくまで補助に使うと言った感じで。

 間違っても自らに『風球』を放つことは無かったし、ましてや機動力とする姿は今まで見た事がなかった。


 先程見たと言えば見たのだが。

 あれは緊急回避の為で移動には利用しないだろうと高を括って居たアルベルト――



『風よ! 草木を潜り 対を弾け!』



 そんなアルベルトを嘲笑うかのように、ラトラは自らの身体へ再度『風球』を放ち。

 まるで飛ぶような勢いでアルベルトとの間合いを詰めて行く。



「本当……無茶苦茶だな」



 アルベルトはそんなラトラの姿を見て思わずそう零すのだが……

 口調とは裏腹に、その表情からは笑みが窺えた。


 ラトラが間合いを詰めていると言っても、その動きは直線的で。

 詠唱短縮を身に付けているアルベルトなら充分に撃ち落とせる距離だ。


 このままラトラを撃ち落とした上で。

 充分な距離を取り、魔法主体で戦うのであれば、アルベルトの勝利は確かな物となるだろう。



 ――だがしかし。

 これが若さと言うヤツなのか?

 それとも幼さとでも言うのだろうか?


 あろうことかアルベルトは接近戦を選択する。


 そこには接近戦では一度もラトラに勝った事が無いと言う事実や。

 一度くらいは接近戦でラトラに勝ってみたいと言う欲が出た所為ではあるのだが。


 それを知らないラトラは好機とばかりに間合いを詰めると、持てる限りの力を持って接近戦に挑む。



「いいにょか? 接近戦ならウチのが有利だぞ!」


「いいさ、今の状況なら勝てるかもしれないしな!」


「言ってろにゃ!」


「そっちこそな!」



 そんなやり取りを交わしながらアルベルトは剣を振り、ラトラは爪を振るう。


 剣と硬質な爪がぶつかり合い、金属を激しくぶつけた時のような高い音が会場に響き渡る。


 その音は次第に加速していき。

 その音が加速するに連れ、まるで呼応するかのように会場全体から歓声が上がり始める。



「アルベルトくーーーーん!! 負けないでーーーー!!」


「うおおお! ラトラちゃんも頑張れーーーー!!」


「どっちも頑張ってーーーー!!」 



 そんな歓声が至る所から上がり、会場は熱狂に包まれて行くのだが。


 アルベルトはラトラに。

 ラトラはアルベルトに。

 目の前の相手に集中している為、2人の耳に歓声は届かない。


 そして、更に2人の動きは加速して行くのだが……その時は当然訪れる。


 一瞬の隙を突いたアルベルトの剣が、爪を掻い潜りラトラの胴を完璧に捉える。



「がはっ!?」



 その一撃によってラトラは肺に残った空気を強制的に吐き出され。

 膝から崩れ落ちると、前のめりに倒れ込んだ。


 そんなラトラの様子を見下ろす形で立つアルベルト。


 審判員に観客達は、アルベルトの姿を見て、この試合の勝者が誰であるか理解するのだが――


 次の瞬間。

 アルベルトはフラフラと頭を揺らすと、足元をふらつかせ、仰向けに倒れ込んだ。


 一見、アルベルトの剣だけがラトラの意識を刈り取ったようにも見えたのだが。

 その実、ラトラの下方から放たれた掌底はアルベルトの顎を捕らえられており。

 脳を揺らす掌底の一撃によってアルベルトの意識は狩りとられていた。


 二人ともほぼ同時に意識を失うと言う非常事態。


 どちらか先に立ち上がれば勝者として宣言することも出来るのだが。

 審判員が近づいても、2人は身体を起こすどころか意識を取り戻す様子も無い。


 審判員は勝敗をどうするべきか迷うのだが。

 それよりも2人の選手の様態を優先したようで。


 リングの傍に待機していた救護班を呼び寄せると同時に――



『大変素晴らしい試合でしたが、この勝負――引き分けとします!!』



 試合の結果を告げるのであった。

 

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