第157話 アル対ミエル


「それでは、そろそろ始める事にするか」



 そう言ったメーテ様は懐から一枚の銀貨を取り出す。



「定番だが、始まりの合図は銀貨がリングに着いた瞬間で良いだろう。

2人とも準備は整っているか?」



 その言葉に私とアル君は頷き。

 私達が頷いたのを見届けたメーテ様は、親指に乗せた銀貨を宙へと弾いた。


 くるくるとまわる銀貨が、月明かりを反射しキラキラと光る。


 目の前に居るアル君から意識を放さないようにしながら目の端で銀貨を追い。

 数秒後に訪れる、始まりの合図を聞き逃さないように耳を澄ます。


 そして数秒後、その時は訪れる。



 コツン



 始まりの合図は、そんな小さな音だった。


 もっと金属音らしい高い音を想像していただけに、銀貨が落ちた音であることを一瞬疑ってしまう。

 しかし、私の眼は銀貨がリングに着いた瞬間をしっかりと捕らえており。 

 紛れも無く銀貨が鳴らした音である事を確信した私は、腰に差してある杖に手を置き身構える。


 アル君にどれ程の実力があり、どのような魔法は使えるかは分からないが。

 恐らく、初手に使用されるのは無詠唱による初級魔法か、身体強化を持ちいた物理攻撃。


 テオドール様の師であるメーテ様に師事された事を考えれば、魔法の方が得意だと予想出来。

 そのような理由から、前者を選択する可能性の方が高いだろうとあたりをつける。


 ……あたりをつけるのだが。


 アル君は身構えはしたものの、攻撃を仕掛けるような素振りを見せない。


 年上の威厳と言うものがある所為だろうか?

 私から攻撃を仕掛けると言うのはどこか気が引けてしまう部分があり、初手は譲ろうと考えていたのだが。

 そんな私の考えを他所に、アル君は身構えた状態から動くことをしなかった。


 その行動を疑問に思った私は、思わず間の抜けた質問をしてしまう。



「どうしました? 銀貨は地面に着きましたよ?」



 行動を起こさない理由でもあるのだろうか? それとも何か策が?

 そんな疑問を思い浮かべ、アル君の返答を待っていると――


   

「えっと、なんて言うか……女性相手に先に手を出すのもどうかと思いまして……」


「へっ?」



 在りえない言葉が返ってきた事に、私は間の抜けた声を漏らしてしまう。 


 ……この少年は一体何を考えているのだろうか?

 攻撃を仕掛けない理由が『女性』だから? 


 確かに私は女性ではあるのだが……

 だからと言って、攻撃しない理由とするには、些か乏しいと言えるだろうし。

 正直言って、私にはその感覚を理解することが出来ない。


 それに加え、アル君の言い分を私なりに解釈するのであれば。

 私が手を出さない限りアル君からは手を出さないと解釈することも可能で。

 要は先手を譲ると言っている様なものなのだから、尚更理解に苦しんでしまう。


 優しいと言うか、甘いと言うか……

 理解することは出来ないものの、何となくアル君の性格を覗き見ることが出来たような気がし。

 


『普通の女性なら、紳士的に思い、その優しさに毒気を抜かれてしまうのかも知れないな』



 などと思うと、思わず気が緩みそうになるのだが――



 ――だがしかし。


 私は『賢者の弟子』を冠するAランク冒険者だ。

 そう言い聞かせると、緩みかけた気持ちを引き締め直す。


 それにだ。

 冒険者と言う家業は、男女の区別が無く実力の下に平等で。

 実力が無ければ簡単に命を落とすし、実力が無ければ名をあげる事が出来ない。


 更には、冒険者と言うのは圧倒的に男性の割合の方が多く。

 当然、著名な冒険者の割合も男性の方が多くなるのが自然で。

 その所為か、女性の冒険者と言うのは軽視される事も間々あり。

 正直言って風あたりが強いと言うのが、女性冒険者が置かれている現状と言えるだろう。


 そんな女性に優しく無い冒険者と言う家業に身を置き。

 「女は力が無い」「体力が無い」「どうしたって月に数日体調を崩す」

 そのような言葉に堪え、時には女であると言う事を捨ててまでAランクまで昇りつめたのだ。


 今更『女性』と言う言葉をを持ちだし区別するのは、私に対する侮辱とも言えるだろう。


 ……当然、アル君に侮辱するつもりが無いのは理解しているし。

 アル君の優しさから出た言葉だと言うのも理解できてはいるのだが……

 そう理解していても苛立ちを覚えてしまうのは私の未熟さ故なのだろう……



「そうか、ならこちらから仕掛けさせて貰うよ――」



 正直、「先手を譲る」と伝えたい所ではあったが。

 なんとくだが、押し問答になる光景が目に浮かんでしまった。


 それなら、切っ掛けを与えてしまった方が話が早いだろう。

 そう思った私は、小手調べと言った意味も含めて『紫電』を放つ事にした。


 不意打ち気味の『紫電』ではあるが。

 これをまともに喰らう様ならそれまでの実力だろうし。

 避けたり、反撃に転じるのであれば、その行動に合わせた対処をすれば良い。


 そう考えていたのだが……



『黒球』



 アル君がそう口にすると、人の頭くらいの大きさがある黒い球体が現れ。

 その黒球に吸い込まれるようにして『紫電』の光は飲み込まれてしまう。



「へ?」



 正直理解が追いつかず、一瞬呆けてしまうのだが――


 『アレは危険な物だ』


 瞬時に細胞が警鐘を鳴らし、逃げるように後方へ飛び距離を取り。

 それと同時に警戒度を限界まで引き上げると、小手調べなどと言う考えを急いで頭から追いやる。


 しかし、次の瞬間。



『押し潰せ』



 そんな声が聞こえると共に、身体の自由が利かなくなる。


 だが、この魔法には身に覚えがあった。

 私の記憶が確かなら、闇属性魔法の『重槌』だった筈だ。


 以前、闇属性魔法の使い手と戦った際に使用された経験があり。

 その実体験から言うのであれば。

 まるで、鉛をつけたように身体は重くなるが、身体強化の重ね掛けをすればどうにでもなる程度の魔法と言う印象があった。


 ある程度の効果範囲はあるが、その範囲から抜け出す事さえ出来れば――

 そう思い、身体強化の重ね掛けを施すと、『重槌』の範囲外へ逃れようとするのだが。



「くっ!? 重さがまるで違う!?」



 以前戦った闇属性魔法の使い手とは魔法の質が違い。

 まるで巨大な手で押さえられている様な、骨が軋む程の重圧を感じた。


 だが、それでも堪えられなくは無い。

 

 一歩一歩は限りなく重いが、それを身体強化で無理やり動かし、身体を運び。

 それから数歩踏み出したところで右足から重さが消え。

 片足だけ範囲外に出た事を理解した私は、完全に『重槌』の範囲外に出る為に更に歩みを進めるのだが――



「もう少しじっとしてて下さい」



 その言葉と共に私の前方を『紫電』の光が掠め、踏み出した足は範囲内へと戻されてしまう。

 更には二本の『紫電』が襲い、それを『紫電』を放つことで相殺してみせたのだが。

 相殺の余波によって『重槌』の範囲内。その中央へと押し戻されてしまった。


 再び全身を骨が軋む程の重さが襲い、思わず膝をつきそうになってしまう。

 そして、その瞬間を見逃す程アル君は甘くは無いのだろう。


 先程は紳士的などと思ってしまったが。

 相手が嫌がると事と言うのが分かっているようで。

 その戦い方からは紳士らしさを感じる事が出来ず、先程までの発言を撤回したい気持ちに駆られてしまう。


 だが、それが戦いと言うものだ。

 むしろ、先手を譲ろうなどと考えていた私の方が彼の事を甘く見ていたのだろう。

 そう思うと、随分と自分の事を棚に上げた考えをしてしまったものだと自嘲してしまうのだが。


 そんな事を考えている間にも次の手に移っていたようで――



『雷轟』 



 アル君はそんな言葉を口にした。


 それは雷属性の上級魔法で、上級魔法まで無詠唱で放てることに些か驚いてしまい。



「本当に容赦ないな……」



 思わず弱気な言葉を漏らしてしまうのだが……


 ――その反面、私は喜びを感じ始めていた。


 『重槌』から『雷轟』に繋げられたら下手したら死んでも可笑しくは無い。

 いや、むしろ死なない方が可笑しいレベルだと言っても過言ではない。


 そんな命を奪いかねない魔法の組み合わせではあるが。

 少ない会話ではあるものの、アル君が優しい性格だと言う事は覗き見ることが出来ていた。


 正直、優しさよりも甘さが目立つような感じが難点だが。

 だからこそ言えるのは、そんな彼が命を奪おうとするだろうか?と言う事だ。


 恐らくではあるが、命を奪おうとは考えていない筈で。

 私であれば、『重槌』から『雷轟』を喰らっても死なないと判断した上での行動なのだろう。


 そして、そう思い至った瞬間。

 私の喉の奥はゴクリと鳴り、頬が火照っていくのが分かった。


 そう。そうなのだ。

 要するにこれは『信頼』だ。


 私なら耐えて見せる。私ならどうにかして見せる。

 そう判断したからこそ、致死に至るであろう魔法を躊躇なく放とうとしているのだろう。


 ならば、その『信頼』に答えるのが私の役目だ。


 私は思わず緩む頬に抵抗すらせず、渇いた唇を舌で濡らす。

 そして、気が付くと私は柄にもなく声を張り上げていた。



「ふふっ――さぁ! 撃ってきなさい! 私が受けきって見せましょう!」



 その瞬間、『雷轟』が頭上を襲う。

 恐ろしい程の衝撃が身体中に走り、同時に視界が真っ白に染まっていく。


 だが、私は慌てない。

 身体強化の効果を極限まで高めることで『雷轟』の威力を最小限に抑え。

 それと同時に構築した魔力で魔法で自己回復を図り、反撃の機会を窺う。


 その為に使用された魔法は『交響楽団 序曲 抱擁と咆哮』。


 言ってしまえば回復魔法と身体強化をの性能を段階であげると言う魔法だ。

 正直、混合魔法である『交響楽団』と言う魔法は私の魔力でも扱いが難しく。

 その上、使用する上で幾つかの制約がある。


 非常に扱い辛い魔法ではあるのだが、それだけの効果と性能があるのは確かで――

 『雷轟』の直撃を受けて尚、皮膚に幾つもの火傷と裂傷程度で済ます事が出来ていた。


 そうして『雷轟』を耐え始めてから時間にして数秒。

 気の抜けない時間はそれ以上の長さにも感じる程であったが。

 どうにか耐え抜くことが出来たようで、奪われた視界が徐々に戻り始める。


 世界が元の色を取り戻し、色を取り戻すのと同時に映ったのは驚きの表情を見せるアル君の姿で。



「全力を出して良いとは聞いたけど……本当に受けきっちゃった……」



 続いてそんな言葉が私の耳に届いた。



「はい。受けきって見せると言いましたからね。

それに、私に対する『信頼』を裏切る訳にはいきませんからね」



 私はそう言うと、アル君の『信頼』に答えられた事に笑みを浮かべてしまう。


 きっと、アル君も『信頼』に答えてくれたのが嬉しいのだろう。



「……へ? 信頼?」



 などと言って惚けてみせるのだが、それは恐らく照れ隠しだ。

 現に、頬を引き攣らせてはいるものの、笑顔を浮かべているのが何よりの証拠だろう。


 だから私は余計な事は言わない。

 アル君の『信頼』に対して私が『信頼』を受け止めて見せた。

 その事実が重要で、下手な言葉を口にするのは無粋なだけだろう。


 そう考えた私は行動で示す事にした。



『交響楽団 輪舞曲 英雄達の夜会――さぁ、今度は私の『信頼』を受け止めて下さい」



 次の瞬間、アル君を囲むようにして8つの火柱が噴き上がる。


 それは踊る様な不規則な動きでアル君へと迫り。

 逃げ場を無くすように中心へと収束していく。


 

『水刃!』



 水属性の混合魔法だろうか?

 そんな声と共に火柱が断ち切られるが、すぐさま火柱は元の形を取りもどす。


 前後左右、火柱に囲まれた状態でどのような打開策を見せてくれるのか?

 それともこれで終わってしまうのか?


 勝ちたいと思うと同時に、アル君であれば――そんな期待から鼓動が速くなっていくのが分かる。


 だからこそ手を抜かない、四方を囲まれているが頭上はがら空きだ。

 闇属性魔法には浮遊する魔法が有った筈だ。確か『重解』だったかな?

 『重解』を使用された場合、火柱から逃げおおせる可能性は充分に考えられた。


 その可能性を摘む為に、先程の意趣返しと言ってはなんだが。

 『雷轟』を放つ為の魔力を構築し始めようとすると――



『水刃!』 



 再度先程の魔法が火柱を切断し。

 切断され火柱が再生する僅かな瞬間を縫ってアル君は鉄球を弾きだした。


 その軌道から察するに狙いは眉間。


 小さな鉄球ではあるが、相手を怯ませるのであれば充分だろう。

 一瞬の隙と言うのが、生死に繋がると言うのは間々ある話だ。


 だがしかし、この場面で使うにはあまりにもお粗末であり。

 この程度の鉄球でどうにか出来ると思われたと言うことに信頼が揺らぐのを感じてしまう。


 鉄球の軌道上にミスリルの杖を置き。

 火柱の間に『雷轟』を落としこむ。


 鉄球が最後の反撃であるならば、この勝負はここでお終いだ。

 もしかしたらアル君は堪えて見せるのかも知れないが……

 

 この状況を打開することが『信頼』に対する答えであり。

 どう耐えるかを見たい訳ではない。


 一瞬の思考に耽っている間にも『英雄たちの夜会』は一本の火柱へと至る為に収束して行き。

 その様子を見た私は、アル君が私の『信頼』に答えられないであろう事を理解し始める。


 私はアル君の『信頼』に答えたが。

 アル君は私の『信頼』に答えることが出来なかった。

 

 そんな結論を出した私は、このまま魔法を喰らうようであれば、直前で解除しよう。


 そう思うと同時に、期待していただけに身体から急速に熱が引いて行くのを感じてしまう。


 感じてしまうのだが――


 

「勝たせて貰いますね」



 そんな言葉と共に目の前にアル君の姿が現れる。


 「何故!?」「どうして!?」「何処から!?」

 そんな疑問が一斉に浮かぶのだが。

 マリベル様と行動を共にしていた事を思い出すと、そのカラクリを理解する。


 恐らくだが、あの鉄球は転移を行う為の媒介。

 要するに転移をもって私の目の前に現れたのだろう。


 言葉にしてしまえば簡単だが、転移は簡単な事では無い。

 しかも、戦闘中となれば尚更で、余程魔素に干渉しやすい体質でもない限り非常に困難――いや、まず不可能だと言える。


 そして、転移であると言う答えに辿り着いたは良いのだが。

 今の私の状況と言えば『英雄達の夜会』の制御に、『雷轟』の構築。

 それに加え、鉄球の対処の為に片手が塞がっていると言う状況。


 言ってしまえば隙だらけと言って良いだろう。


 そして、アル君がこの隙を見逃す事はきっと無いのだろう。


 その証拠にアル君の右手からはチリチリと言った不吉な音が鳴り始めている。



『雷光斬り裂き拳を纏え』



 その言葉と不吉な音を聞いて私は理解する。


 次の瞬間に私は膝を付くのだろうと。


 だが、不思議と悔しさは無い。


 激しい程に高鳴る鼓動。

 胸の中で湧きあがる形容しがたい感情。

 下腹部から込み上げる感じたことのない感覚。


 今まで感じたことのない、それらの感覚を処理する事が出来ないまま。

 腹部に強烈な衝撃を受けた私は意識を手放すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る