第151話 入場規制
「ちょっ!? 入場規制!? 観戦出来ないって事!?」
「も、申し訳ありません……
こちらが想定している以上に客足が多く、立ち見も困難と言った状況でして……」
食事を終えた僕達は会場へ戻ろうとしたのだが。
僕達を待っていたのは入場規制の看板で。
マリベルさんが近くに居た職員に尋ねたところ、返って来たのはそんな言葉であった。
「今回の大会は注目度高いのは分かってたけど……
まさか、もう入場規制が掛かるなんて……私の予想が甘かったわ……皆ごめん」
マリベルさんはそう言うと申し訳なさそうに頭を下げる。
「そ、そんな気にしないで下さいよ!
普通、入場規制が掛かるのは準決勝とかからなんですよね? 仕方無いですよ」
「そ、そうなんだけど……」
気にしないでと伝えて見るも、マリベルさんは責任を感じているようで。
普段は見せることのない、しおらしい姿を見せる。
まぁ、確かにソフィアの試合までお茶しようと言いだしたのはマリベルさんだが。
その言葉に全員同意した訳だし、本戦一回戦から入場規制がかかるのは極めて稀なことらしいので、マリベルさんが責任を感じる事なんて無いと思うのだが……
それでも責任を感じてしまっているようで、マリベルさんの表情は暗い。
「マリベル、そんなに気にするな。
試合は見れないかも知れないが、試合内容は分かるようだし、ここで応援するばいいさ」
「そうね、ソフィアが勝てるように応援してあげましょ?」
「ごめんねぇえええ! メーテっち! ウルフっちーーーー!」
メーテとウルフの言葉に涙目になるマリベルさん。
二人の間で視線を行き来させた後、ウルフの胸に飛び込み顔を埋めるのだが……
「なぁ、マリベル? 今、胸で視線を行き来させてなかったか?」
メーテはマリベルさんの選択が不服なようでジロリと視線を送り。
そんなメーテの視線を受けたマリベルさんはと言うと。
「はえっ!? そそそ、そんなこと無いんじゃないかしら?」
「もしかしてアレか? ウルフと比べて、私の胸では包容力が足りないと言うことか?」
「ちちち、違うのよ? メ、メーテっちの胸に飛び込んでアバラがゴリッってなったら痛いだろうし、悪いかな? って思ったのよ!」
身ぶり手ぶりを加え、焦った様子でメーテの胸に飛び込まなかった理由を説明してみせるのだが……
焦っている所為だろうか?
マリベルさんの言葉は暗に「無い」と言っているようなもので、どう考えても火に油を注いでるようにしか感じられない。
そして、そう考えたのは僕だけでなく、メーテも同様だったようで。
「どうやら、マリベルは私を気遣う振りをして煽っているようだな?
ああ、そう言えば、そこの角を曲がった所に人気のない場所があったな。
マリベル、そこでゆっくり話し合おうじゃないか? ――2人きりでな」
そう言うと、思わず背筋が凍るような薄い笑みを浮かべ、マリベルさんの首根っこを掴む。
「ちょっ!? 違う! 違うんだってばメーテっち!
ちょっとぉ! アルも見てないで助けなさいよ!!」
メーテに首根っこを掴まれた恐怖からか、僕に助けを求めるマリベルさん。
正直言って助けてあげたい気持ちもあるのだが。
下手にマリベルさん加勢して、巻き込まれてしまっては堪ったものではないと言うのも本音だった。
君子危うきに近寄らず。そんな言葉を頭の中に思い浮かべた僕は。
引きずられるマリベルさんの悲痛な声を聞かなかった事にし。
「安らかにお眠り下さい」と心の中で祈りながら、建物の影に消えて行こうとする2人の姿を見送る事にしたのだが。
「メーテ様?」
建物の影に消えようかと言うその瞬間。
そんな声が掛かったことでメーテはその足を止める事になった。
「ん? おお、奇遇だな、こんなところでどうしたんだ?」
「は、はい。 軽食を買ってくるようにを頼まれまして、これから師の元へ戻るところです。
……と、ところで、メーテ様は何をしていらっしゃるんですか?」
「ああ、少しばかり躾る必要のある者が居てな。これから躾けるところだ」
「な、なるほど……運の悪い方もいた者ですね……」
そんな会話を交わすメーテと、少しキツそうな印象は受けるが驚くほど綺麗な黒髪の女性。
学園都市でのメーテの知り合いと言えば共通の知り合いが多く。
僕の知らない交友関係がある事に少しだけ驚いていると。
「と言うか、メーテ様? もしかして手に持っておられるのは『瞬転』ではありませんか?」
「瞬転? これはマリベルだぞ?」
「た、確かにそうなのですが……メーテ様はマリベル様の二つ名を御存じなかったのですね」
黒髪の女性はメーテの手の中でもがくマリベルさんを見て『瞬転』と呼んで見せる。
そして、そう呼ばれた事でマリベルさんは漸く黒髪の女性に気付いたのだろう。
表情を明るくすると、黒髪の女性に懇願して見せた。
「ミ、ミエル! ちょっと助けて! このままじゃ明日の陽を拝めないから!」
「……はぁ、一体なにをしたんです?
どうせマリベル様の事だから、メーテ様を怒らせるような事を言ったんではないですか?」
「そそそ、そんなこと無いわよ! メーテっちの胸に飛び込んでアバラがゴリッってなったら痛いだろうし、悪いかなって言っただけよ! 別に悪気があった訳じゃ……あっ……」
そう言ったマリベルさんの視線の先には黒髪の女性。
ミエルと呼ばれた女性の胸があるのだが……
なんと言えば良いのだろう……ふと頭の中に浮かんだ言葉は「慎ましい」と言う言葉であった。
恐らく、それに気付いたからマリベルさんは「……あっ」と言う言葉を漏らしたと思うのだが。
自ら首を絞めるような発言をしてしまうマリベルさんの迂闊さに頭を抱えたくなってしまう。
そして、そんなマリベルさんの言葉を聞いたミエルさん。
てっきり怒るものだとばかり思っていたのに、まったくそんな素振りは見せず。
マリベルさんが明日の陽を拝めないのは半ば確定しているものの。
これ以上ややこしい事態にならないことにホッと胸を撫で下ろしていたのだが――
「メーテ様、その躾に私も同行してよろしいでしょうか?」
どうやら、怒っていないと言うのは僕の勘違いだったらしく。
ミエルさんはそう言うとマリベルさんの頭を鷲掴みにして見せる。
「ちょっ!? ミエルまで!? ア、アル!? ウルフっち!?
あ、あんた達も助けなさいよーーーーー!!」
ミエルさんに頭を鷲掴みされ、悲痛な面持ちで懇願の言葉を口にするマリベルさん。
しかし、皆から返ってくる言葉は?と言えば。
「私、明日の陽を拝みたいもの」
「なんつーか、自業自得って感じだよな」
「ああ、一度ならず二度まで口にするとは……まぁ、ある意味感心させられたが……」
「触らぬ神に祟りなしにゃ」
マリベルさんを突き放すような言葉ばかりで。
そんな言葉を聞いたマリベルさんは『絶望』と言う言葉を完璧なまでに顔で表現し。
まるで売られて行く子牛のような哀愁を漂わせ、建物の影へと引きずり込まれて行くのであった。
それから程なくした所で戻ってきたマリベルさん。
どうやら、明日の陽は拝め無いと言う事態だけは避けられたようなのだが……
「もげるかと思った……」
そう言ったマリベルさんの目からは光を失っており。
何故か、衣服が乱れている。
一体何をされたのだろう?と言う疑問が一瞬浮かぶのだが。
「もげる」と言う言葉と衣服の乱れから、何があったのかなんとなく察する事が出来た。
敢えて何処がとは言わないが、メーテとミエルさんの手によってもがれる様な思いをしたのだろう。
そんな風に納得し、マリベルさんと同じ間違いを起こさないよう肝に銘じていると。
「ところでメーテ様、試合は観戦なさらないので?」
ミエルさんはそう尋ねる。
「試合か……観戦したいところではあるんだが。
入場制限がかかっているようで、会場に入れないみたいなんだ」
「成程、そう言うことでしたか……
お使いに出ていたので気付きませんでしたが、既に入場規制がかかっていたのですね」
メーテの言葉を聞いてミエルさんは頷き。
なにやら考える様な素振りを見せると「それでしたら」と口にし言葉を続けた。
「これから貴賓席に戻るのですが、宜しければご一緒に観戦しませんか?
メーテ様がいらしたらきっと師も喜ばれる筈ですので」
「それは嬉しい提案だが……いいのか?」
「ええ、大丈夫だと思いますよ。
こう見えて私にはそれなりの権限がありますし。
勿論、ご友人やそちらの生徒達もご招待しますので、ご心配なさらないで下さい」
どうやら、ミエルさんは貴賓席に招待してくれるようで。
そう言うと「如何なさいますか?」とメーテに尋ねるのだが。
メーテは困った様な考えるような素振りを見せる。
今の僕達は結構な大所帯になっているので。
全員で押し掛けるのは如何なものか?などと、メーテは考えているのだろう。
まぁ、僕の憶測でしか無く外れている可能性はあるのだが……
そうしてメーテが返事を返すずにいると。
「折角だしお呼ばれしましょうよ!」
いつの間にか復活したマリベルさんが、ミエルさんの提案に対し賛成意見を口にする。
すると――
「俺も折角なんで行ってみたいっす!」
「ウチも貴賓席行ってみたいにゃ!」
マリベルさんに続き、ダンテとラトラも賛成意見を口にする。
正直、僕としても大勢で押し掛けるのは悪いのでは?と考えていたのだが。
ソフィアの試合を見たいと言うのも本音であった為。
「迷惑じゃなければ僕も行ってみたいです」
少し図々しいかな?と思いながらも賛成意見を口にする。
そんな僕達の様子を見たメーテ。
呆れたように小さく溜息を吐き。
「……ミエル、この礼は必ずする。
申し訳ないんだが招待して貰っても構わないか?」
メーテがそう伝えると、ミエルさんは「気になさらないで下さい」と口にするのだった。
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