第152話 二つ名

 どうやら、貴賓席と呼ばれる部屋は会場の三階部分に数部屋あるようで。

 ミエルさんの案内に従い会場へと辿り着いた僕達は、三階にある扉の前へと案内された。



「ミエルです。只今戻りました」



 その扉をコンコンと叩いた後。

 部屋の中に居るであろう相手に帰還の報告をするミエルさんなのだが――



「御苦労じゃったな、入って構わんよ」



 扉の向こうから返って来たのはそんな言葉で。

 その言葉を聞いた僕は、聞き覚えのある声色に思わず首を傾げてしまう。


 そうして僕が首を傾げている間にもドアノブに手を掛けるミエルさん。

 「失礼します」と言うと、光沢のある高級そうな扉をゆっくりと押し開いた。



「随分と遅かったのう? ……と言うか随分と大所帯じゃな?」


「申し訳ありません、メーテ様達が会場に入れずお困りのようでしたのでお連れしました。

私の勝手な判断ですが、むしろ喜ばれるかと思いましたので」


「流石ミエルじゃな、儂の事をよく分かっておるのう」


「そ、そのようなお言葉! 不肖ミエル! 恐悦至極に御座います!」


「か、堅苦しいのう……」



 ミエルさんは扉の向こうに居た人物とそんな会話を交わすのだが、僕は驚きを隠せないでいた。 それは何故なのか?



「メーテ様に皆さん、この様な場所ですがゆっくりして行って下され。

――それと、学園で会うのは初めてじゃな、のうアル?」


「え、えっと……テオ爺……じゃなくて、テオドール様?」



 扉の向こう。そこに好々爺然とした人物――テオ爺が居たからだろう。


 テオ爺が学園長だと言うことは演劇を見て知ってはいたが。

 まさか、このタイミングで会うとは思っていなかったし。

 『偉人』と呼ばれても可笑しくない人物である事を知った今、どう接していいか迷っている所もあった。


 その所為か歯切れの悪い返事を返してしまい。

 それと同時に「テオ爺」と呼んでしまった事に気付くと、慌てて訂正してみせたのだが。



「なんじゃ? つれないのう……いつも通りテオ爺と呼んでくれて良いのに」



 テオ爺はそ不貞腐れたように口を尖らせると。

 テーブルに『の』の字を書き、これでもかって言うくらいにベタないじけ方をして見せる。 


 ここは学園の貴賓席だと言うのに。

 まるで、早朝のベンチで話す時と変わらない態度で接して来るテオ爺。


 そんなテオ爺の態度を見た僕は、なんだか緊張がほぐれて行くのを感じると。

 あまりにもベタないじけ方をして見せるテオ爺に笑いが込み上げて来てしまう。


 だが、此処で笑いだすのは流石に失礼だと思った僕は必死になって堪えるのだが――


 

「テオ爺寂しいのう……」



 テオ爺が呟いた不意打ち気味の一言に、思わず噴き出してしまう。



「ちょっ、ちょっと! ボソリと言うのは反則だよ!」


「じゃって、寂しかったんじゃもん……」


「ず、ずるいよ! そんな乙女みたいな言い方するのさ!」


「……乙女じゃからかのう?」


「テオ爺はお爺ちゃんでしょ!?」


「そうだったかのう?」


「そうだよ!」  



 噴き出してしまったことで、やけくそになった僕は、いつもと変わら無い態度でテオ爺に接し。

 そんな僕に対して、テオ爺も変わらない態度で言葉を返してくれる。


 正直、こうやって接することが正解なのかは分からないが。



「ほっほっ、茶飲み友達なんじゃから気安く接してくれて構わないんじゃよ?」



 そう言って笑うテオ爺を見た僕は。

 その優しさに甘えさせて貰おう。そんな風に思うのだった。






 その後、ミエルさんに案内され席へと着くのだが。

 学園の生徒が学園長に対し「テオ爺」と呼ぶのは流石に不敬と判断したようで。

 「テオ爺」と呼ぶ事を控えるようミエルさんに注意されてしまった。


 確かに、ミエルさんの言うことは正論で。

 呼び方を変えるべきかと考えたのだが、それにはテオ爺から待ったが掛かる。


 テオ爺が言うには。



『学園長と生徒だから問題であって、只の茶飲み友達なら問題無いじゃろ?』



 との事で、理屈としては少し無理があるようにも感じたのだが。

 テオ爺とミエルさんが話し合いをした結果。

 どうやら2人の意見の間を取る事にしたようで、人目の多い場所では「テオドール様」と呼び、プライベートな時間では「テオ爺」と呼ぶことで折り合いがついたようだ。


 僕としても、公私混同しないようにするのは良い案だと思い納得する事が出来たのだが。

 ……何故だろう? 折り合いがついたと言うのに、ミエルさんが僕へと向ける視線は厳しい……


 まるで射殺さんと言わんばかりのミエルさん。

 そんな視線を受けながら、少しだけ肩身の狭い思いをしていると。



「あ、あの、色々聞きたい事があるんすけど……質問しても大丈夫っすか?」



 そう言ったのはダンテ。

 恐る恐ると言った様子で手を上げ、窺う様な視線をテオ爺へと向ける。


 そんなダンテの姿を見た僕は「借りてきた猫」と言う言葉を思い浮かべてしまうのだが。

 『学園長』であり『賢者』と呼ばれるような相手が居るのだから仕方がないのかも知れない。


 そう思って周囲を見渡してみれば、ベルトとラトラも緊張した面持ちをしており。

 いつもと変わらないのはメーテにウルフ、それにマリベルさんと言った感じで。

 肝が据わっていると言うかブレないと言うか……変に感心させられてしまった。


 そうしていると。 



「ダンテ君じゃったかな? さっきの試合は見事じゃったのう。

答えられる範囲での質問であれば受け付けておるよ?」



 テオ爺は賛辞の言葉と共に質問に答える事を伝え。

 ダンテは感謝の言葉を口にすると、幾つかの質問をして行くことになった。







「成程、そう言うことだったんすね」



 質問を終えたベルトは、そう言うと納得したように頷いて見せる。



「納得して貰えたようで何よりじゃ。

旅先で酷い食当たりで死にかけた事があったんじゃが……その際にメーテ様に介抱して貰ってのう。

そのおかげで一命を取りとめたと言うこともあり、メーテ様には頭が上がらんと言う訳なんじゃよ」



 どうやら、メーテに対し、テオ爺が妙に畏まった態度を取るのが気になっていたようで。

 その理由を聞いたダンテは合点が言ったと言った様子で頷き。

 テオ爺も改めて説明すると頷いて見せるのだが……



「うむー、そう言うことだー。

はははーあの時は大変だったなーテオドールー」



 メーテの言葉が棒読みな所為で、実際はテオ爺が言った様な関係ではない事を察してしまう。


 恐らくではあるが、この場では実際の関係を伝えられない理由があり。

 この場ではそう言う設定で押し通すつもりなのだろう。


 まぁ、此処では伝えられない事に加え。

 メーテやテオ爺の境遇を考えれば、どの様な関係であるかなんとなく察する事が出来てしまうのだが。

 敢えて伝えないようにしているのだろうし、この場で追及するのは野暮だろう。

 そう思った僕は、詳しい事は後でメーテから聞くことにし、メーテのぼろが出ない内に話題を変えて見せる。



「そう言えば、マリベルさん。

何で二つ名持ちって事を教えてくれなかったんですか?」



 『瞬転』と言う二つ名を聞いた時から気になっていたのだが。

 その辺の質問もダンテがしてくれたお陰で、大まかな話を聞くことが出来ていた。


 以前から元冒険者で有名だったと言う話は聞いており。

 実力からも嘘ではない事は理解していたのだが、僕が想像していた以上に大物だったようで。

 冒険者時代のマリベルさんは『瞬転』と呼ばれ恐れられていたようだ。


 二つ名の理由は言わずもがな『瞬間転移』の略のようで。

 冒険者ランクもSランク確実とまで言われていたらしいのだが……

 諸事象によりパーティーを抜けてしまい、故郷に戻り大家業につくことにしたそうだ。


 そう言ったマリベルさんの過去を知った今。

 マリベルさんの事だから自慢しそうなものなのに、今まで自慢しなかった事を不思議に思い尋ねてみたのだが。



「え? だって『瞬転』って可愛くないじゃない」


「へ? それだけですか?」


「? そうだけど?」



 返ってきた言葉に思わず間抜けな声を漏らしてしまう。


 それと同時に、『美女使い』なんて二つ名よりよっぽどましだと言うのに贅沢を言うマリベルさんが憎らしくなってしまい。

 なんで僕だけ変な二つ名なのだろうと思い、若干不貞腐れてしまっていると――



「て言うか、この空間て結構豪華じゃない?

『賢者』に『賢者の弟子』に『瞬転』、二つ名持ちが3人も居るって中々凄くない?」



 マリベルさんがそんな事を言い始め。

 そう言われれば確かに凄いような気がしてくる。


 元が付くとは言え、Sランクのテオ爺にAランクのマリベルさん。

 そして、聞く話によればミエルさんも『賢者の弟子』の二つ名を持ち、現役でAランクだと言う。

 冒険者に詳しい人が見れば、思わず興奮してしまうような面子なのではないだろうか?


 現に冒険者に憧れているダンテは先程からソワソワし、落ち着きのない様子を見せている。


 まぁ、実際には『禍事を歌う魔女』と『美女使い』の2人が加わり合計5名の二つ名持ちが居る訳なのだが……


 などと思っていると……



「マリベル? 『美女使い』も居るのを忘れないであげて?」



 ウルフが要らん事を口にし出す。



「へ? 何よ? そのフェミニストを敵にまわしそうな二つ名は……」


「あら? 知らなかったの? アルの二つ名よ」



 その一言で周囲の視線が一斉に僕へと注がれる。



「うわぁ……引くわぁ……」



 そう言ったのはマリベルさん。



「アル、美女使いって……」


「どう言った経緯か知らないが……あまり嬉しくない二つ名だな……」


「美女使いってより、美女に使われてるって方がしっくりくるにゃ」



 そして、それに続く友人達なのだが、ラトラの言葉が地味に精神を抉る。  



「ほっほっほ、その年齢でから美女使いとなると……これは、将来がたのしみじゃのう」



 テオ爺は呑気な様子でそんな事を言い。



「……」



 敢えて何も言わないのであろうミエルさんの態度が更に精神を抉る。


 ゴリゴリと精神が削られ、思わず項垂れてしまっていると――



「そろそろ、ソフィアの試合が始まるようだぞ」



 メーテがそう言ったことで、頭をあげ視線をリングへと向ける。


 どうやらソフィアの試合が始まるようで。

 どうにか気持ちを落ち着かせると、観戦する為に気持ちを切り替えるのだが……




「ぷすす……美女使い」



 やはり項垂れてしまうのだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る