第149話 ダンテ対ランドル
『これより本戦第四試合を始めたいと思います!』
審判員の言葉に呼応するように観客席の至る所から歓声が上がり。
観客たちの視線はリングの中央。そこに立つ2人へと注がれる。
リングの上に立つのは、側頭部から伸びた漆黒の角が特徴的な魔族の少年ダンテ。
それと、緩くうねった金髪に、やたら長い下睫毛が特徴的な人族の少年ランドルであった。
「よう、随分と卑怯な手を使ってくれてるみたいじゃねぇか?」
「卑怯? 一体何の話だ?」
「とぼけやがって……まぁ、審判が居る前じゃ言える訳もねぇか」
「とぼけるも何も、何の話か分からないからな。
それより、何の根拠もなしに人を卑怯者扱いとは……流石は後期組、礼儀すら知らないようだ」
ダンテの言葉を受けて、小馬鹿にするような言葉を返すランドル。
その表情からは余裕さえ感じる事が出来るのだが。
実際はその逆で、ランドルは内心焦っていた。
それもそうだろう。
『ダンテだっけ? 単純そうだから、少し煽れば手を出して来るでしょ?
カート君の様子を見るついでに傷めつけといてあげるよぉ。
ランドル君もそっちの方が楽で良いでしょ?』
事前にコールマンからそう聞かされており。
ランドルの頭の中では労せず勝利を拾うと言う予定が出来上がっていたのだが……
目の前のダンテの姿は満身創痍どころか傷一つないと言った状況で。
その上、敵意を隠すこと無く睨みつけてくるのだから、ランドルが焦るのも当然と言える。
そんなランドルを焦りを知ってか知らずか。
『それではランドル=ヴィルバーツ選手とダンテ=マクファー選手は開始位置へ』
審判員は試合の進行をさせるのだが。
焦るランドルを他所に、ダンテは合点がいったとばかりに「成程な」と呟いて見せた。
ダンテが「成程な」と呟いた理由、それは一つの疑問を持っていたからだ。
その疑問と言うのは、席位を持つ者達が何故ランドルの為に動くのかと言うこと。
実際、疑問と言っても、少し疑問に思った程度であり。
後期組に対する前期組の変質的な姿勢を嫌と言う程目にしていたので。
ランドルの為に動くのも下らない選民意識の延長なのだろうと半ば結論付けていた。
だが、審判員が告げた『ヴィルバーツ』と言う家名を聞いた瞬間。
ダンテはその考えが思い違いだったと言うことに気付かされた。
何故なら、その『ヴィルバーツ』と言う家名。
それは、学園都市もその一都市であるダグディオム王国に連なる貴族の名前であり。
『ヴィルバーツ』と言えば建国記から名前が上がる大貴族の家名であった。
実際、ダンテは建国記から名前が上がると言う事実は知らないのだが。
それでも、『ヴィルバーツ』と言えば、大貴族で侯爵家である、と言うくらいの知識はある。
端的に言ってしまえば。
席位持ちがランドルの為に動くのは『ヴィルバーツ』と言う家名に魅せられての事なのだろう。
それを理解したからこそダンテは「成程な」と呟いた訳なのだが。
それと同時に呆れてしまう。
学園と言うのは学ぶ者には等しくを謳っており。
学園内では貴族の階級に関わらず接する事を義務付けているが。
蓋を開けて見れば、前期後期で摩擦があるし。
全員が全員では無いが、職員は自然と貴族の肩を持つ。
それに、ランドルのように何の実績も上げていない者が、家名だけで格上の者を動かす事が出来るのだ。
これでは「学園の理念ってなんだっけ?」とダンテが首を傾げてしまうのも仕方が無いだろう。
そんな風に思い、ダンテが呆れている間にも審判員は進行を進め。
『これより本戦第四試合! ランドル=ヴィルバーツ選手対ダンテ=マクファー選手の試合を始めます!』
両者が開始位置に付き、準備が整ったことを確認すると――
『それでは! 試合開始!』
試合の始まりを告げた。
「ぶっ倒すっ!!」
そんな言葉と共に先に動いたのはダンテだった。
身体強化に加え、重ね掛けを施したダンテの脚は容易にランドルの懐へと潜り込む。
そして、懐へと潜り込んだ瞬間。
腰に差してある剣を淀みない動きで引き抜くと、引き抜いた勢いのままにランドルの胴を薙いだ。
ゴキッ
ダンテの耳に届いたのは、そんな鈍い音と感触。
試合用に刃引きされた剣では肉を割くことこそ叶わないが。
刃引きされたと言っても、鉄の塊と言う事実には変わりは無い。
そんなものを全力で叩きつけられれば骨の一本や二本折れてしまうのは自然の道理だろう。
ダンテは手に伝わる感触からアバラを折ったことを確信し、追撃するべきか一瞬迷うのだが。
初撃が見事に成功たことで色を出し、手痛い反撃を喰らっては堪ったものではない。
そう考えると、初撃が成功した事だけで上出来だと言い聞かせ、一度ランドルとの距離を取る。
「どうした? 後期組、後期組って馬鹿にしてた割には良いの貰っちまったみたいだな?
お前が言う、前期組の凄さってのを見せつけて見ろよ?」
試合の最中に無駄に挑発するのは礼に欠ける行為だろう。
だが、ランドルとの出会いから後期組を理由に馬鹿にされ続け。
それに加え、ランドルの所為で少なくない被害を被った友人が居るのだ。
その事を考えれば、溜まっていた鬱憤を晴らしたくもなるだろうし。
ダンテが挑発するような言葉を並べてしまうのも無理のないことに思える。
そして、そんな挑発を受けたランドル。
忌々しいものを見る様な視線をダンテへと向け……
いや、そんな勇ましさを見せるどころか、蹲り、額に冷や汗を浮かべる。
「はぁ!?」
思わずダンテは間の抜けた声を上げてしまう。
それもそうだろう。
これが演技で無いのであれば、隙だらけとか言う以前に闘士すら感じさせないのだ。
これで「参った」とでも口にされた場合、疑うことも無く審判員は試合終了を告げることだろう。
だがしかし。
ランドルはまかり成りにも本戦へと進んだ相手だ。
流石にこれは演技だろう。
そう確信したダンテは油断すること無く身構え、再度ランドルとの間合いを詰めようと脚に力を込めようとすると――
「ま、待てっ!」
ランドルは慌てて剣を抜き、牽制するように突き出す。
だが、アバラが折れた所為で力が入らないようで。
剣先が小刻みに揺れる様は酷く頼りなく、とても牽制と呼ぶことが出来ないような代物だ。
「待たねぇよ!」
只突き出されと言った感じの剣。
それをダンテは左から切りあげることで弾き、手首を返すとランドルの左肩へ落とす。
「ぐうぅッ!?」
その一撃で今度は鎖骨が折れしまい、激痛のあまりにくぐもった声あげるランドル。
だが、その痛みよりも2度も激痛を与えた相手への憎悪が勝り。
顔を上げるとダンテを睨みつけようとし――
「はっ?」
上げた視界は真っ黒で、思わず間抜けな声を上げる。
そして次の瞬間。
衝撃が顔面を襲い、その衝撃によりランドルの身体は後方へと弾かれることになった。
ランドルが真っ暗と感じたのは、ただ単にダンテの靴底が目の前にあったからで。
後方へ弾かれた理由は顔面をけられたからなのだが……
それを理解できていないランドルは尻餅を付きながら酷く困惑した様子を見せる。
そんなランドルを見降ろす形のダンテ。
思わず、こんな言葉を口にしてしまう。
「……本気でやってんのか? だとしたら弱すぎんだろ」
ランドルを弱いと評したダンテ。
それは正しくもあり、間違いでもあった。
『同学年で』と言う括りの中ではあるのだが、ランドルは決して弱い方では無い。
正直、本戦に進めるだけの実力が本当に会ったのかと言われれば、首を傾げたくなるのも事実ではあるものの。
『同学年』と言う括りの中で言うのであれば、上位10名に数えられる程の実力はある。
なので、正確に表現するのであれば。
「ランドルが弱い」では無く「ダンテが強い」と言った方が正しいだろう。
だが、それを理解していないダンテ。
その理由はダンテの一番の友人が規格外であり、それと比べてしまっているからなのだが……
比較対象さえ間違えてしまったばかりに、それに気付くことが出来ず首を傾げてしまう。
そうして首を傾げていると――
「お、おみゃえ! おれはヴィルバーツらぞ!?」
何を思ったのか、ランドルは家名を名乗るのだが。
前蹴りを顔面に喰らったことで前歯が折れたらしく、発音が拙い。
「は? だからなんだよ?」
「ら、らからって!? おれはヴィルバーツらってひってるんらよ!
これらから理解力のない後期組は!!」
「あ? 何言ってんだお前?」
「おれはヴィルバーツ! エロワードこうひゃくの孫なんらぞ!? わかってんのか!?」
「なんだよエロワードって? エロい侯爵かなんかか?」
「き、きひゃま!! 今のは侮辱じゃいらぞッ!!」
「侮辱罪って……お前が言ったんじゃねーか」
実際、ランドルの言わんとしている事をダンテは理解していた。
ヴィルバーツ侯爵家の孫に対して何してくれているんだ?
ヴィルバーツ侯爵家の孫だと分かって殴ってるんだろうな?
ヴィルバーツ侯爵家を敵に回すつもりか?
他にもまだまだありそうだが、「ヴィルバーツだぞ」と言う言葉には多分な意味が含まれているのだろう。
それを理解して尚、ダンテは口にする――
「だからどうした?」
と。
そして、その言葉を口にすると同時にランドルとの間合いを詰め。
「まっ、まへ――」
「誰もが従うと思ってんじゃねぇぞ!!」
咆哮と共に全力の一撃をランドルの顔面へと叩きこむ。
鼻骨が砕かれる感触を感じながら拳を振り切るダンテ。
ランドルはリングに身体を叩きつけられる事になるのだが。
その一撃で完璧に意識が飛んでしまったのだろう。
白目を剥いたままに天を仰いだ。
そんなランドルを見降ろすダンテは手を振り下ろすことで付着した血を弾き。
「後期組だからって舐めんな!」
そう口する。
その瞬間、観客席から割れんばかりの歓声が起き――
『し、勝者!! ダンテ=マクファー選手!!」
審判員は勝者の名を告げるのであった。
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