第147話 ラトラ対グランベール

 場所はリングの中央。

 ラトラはエレナから聞かされた話を思い出すと対戦相手――グランベール=スルノアに厳しい視線を送る。



「女の子から視線を注がれるのは嫌いじゃないけど、僕としてはもっと目尻を下げてくれた方が嬉しいんだけどな〜。

まぁいいや、で? 僕の提案は受け入れてくれるのかな?」



 ラトラの表情ををみれば、絶対に首を縦に振らない事くらい察することが出来そうなものだが。

 それでも確認したのは、もしかしたら首を縦に振るかもしれないと言う僅かな可能性に賭けてのことだ。


 グランベールからすれば、ラトラが首を縦に振れば夜のお楽しみが増えるし。

 もし断られたとしても、最近手に入れた使用人と楽しめばいいと考えていた。

 しかし、どうせなら前者の方が楽しそうだと言う考えが紛れもない本心で――だからだろう。



「返事が無いけど、どうなのかな?」



 ラトラの視線を受けて、今日は使用人と楽しむしかないかな?

 頭の中ではそう察していてもグランベールは、執拗にラトラに尋ねた。


 だがしかし。



「グランベール選手、これ以上続けるのであれば不正とみなし失格となるが、それでも良いのかね?」



 審判員から注意――グランベールからすれば横入りが入ってしまう。


 ラトラが頷く可能性はほぼ無いにしろ、返事は貰っていないのだ。

 もしかしたら万が一の可能性ではあるが、頷く可能性もゼロでは無い。

 せめてラトラの返事を聞きたいところではあったが、流石に失格になるのは頂けない。

 グランベールはそう考えると、胸の内で盛大に舌打ちをし、渋々ながらもラトラの事は諦める事にした。


 そんなグランベールの内心を知らない審判員は、2人に距離を取るように告げ。

 試合開始位置に2人が立った事を確認すると、声ををあげる。



『それでは席位争奪戦本戦、第二試合! グランベール=スルノア選手対ラトラ選手の試合を開始します!』



 そして―― 


 

『試合開始!!』



 グランベール=スルノア対ラトラの試合の始まりを告げた。


 その瞬間、グランベールの視界からラトラが消え。



「お前は絶対ぶっとばすにゃ」



 真横からラトラの声が聞こえると、初めて聞いたラトラの声に「案外可愛い声してるじゃないか」などと惚けた事を考えるのだが。

 それと同時に脇腹へ重いい衝撃が走り、思わず苦痛の声が漏れる。



「ぐっ!?」



 突如襲った真横からの衝撃。

 下手な学園の生徒であれば、その一撃でアバラを砕かれ戦意を喪失していたに違いない。

 だが、流石は第六席と言ったところなのだろう。 


 グランベールの身を包む身体強化は、ラトラの一撃からアバラを守りきり、苦痛の声を漏らすに留めた。


 しかし、驚かされたと言うのは事実で。

 グランベールはラトラに対する警戒度を上げると、気を引き締め直すのだが。

 驚かされたという意味ではラトラも同様だった。


 何故なら、ラトラの放った一撃は身体強化の重ね掛けこそしていないものの、このまま試合を終わらせてやるつもりで放った一撃であった。

 それをグランベールは耐えて見せたのだ。

 第6席と言う肩書があると言っても、ラトラの中では屑と言う印象しか無く。

 どうせ耐えられないだろうと踏んでいたのだが……


 実際はラトラの見通しが甘く、第六席と言うのは伊達ではない事に気付かされ。

 ラトラはグランベールに対する認識を一段階――いや、二段階ほど上方修正する。



 そして、そんなラトラの一撃を見事に耐えきったグランベール。

 試合前の飄々とした姿は成りを潜め、敵に対する視線を向けると腰に巻いてあった武器を抜き。

 その武器を見たラトラは露骨に顔を顰めて見せた。



「鞭か……」



 ラトラが呟いたようにグランベールが手にしていたのは2メートル程の革製の鞭だったのだが。

 露骨に顔を顰めたラトラを見たグランベールは嗜虐性を刺激されたのだろう。



「ああ、鞭だ。獣を躾けるにはお誂え向きだろ?」



 そう言うと上唇をぺろりと舐めて見せる。


 その仕草に思わず肌が粟立つの感じたラトラ。

 それと同時に、以前両親から聞かされていた言葉である「扱う武器には性格や嗜好が現れやすい」と言う言葉を思い出し、なんとなくグランベールの性格や嗜好、嗜虐性なんかを察してしまい。



『本当に救えにゃい男だにゃ』



 心の中でそう呟くのだが、当然その言葉はグランベールに届く筈も無く。

 そんなラトラを他所に、愉悦に顔を歪ませたグランベールは鞭を振って見せた。



「はははっ! 避けないと皮膚が持って行かれるぞッ!!」



 身体強化を施した上で振るわれた鞭は、容易にリングを削り。

 会場にグランベールの笑い声と、パンッと言う鞭が音速を超えた音が響く。


 それに加え――



『芳醇なる大地よ! アレは収穫者だ! 実りを奪う収穫者に罰を与えよ!』



 以前、グレゴリオが使用して見せた土属性の中級魔法である『隆起』を放つと。

 その瞬間リングを割り、棘のように隆起した土の塊がラトラを襲う。


 しかし、ラトラはソレを獣人の身体能力で危なげなく回避し。

 身体強化の重ね掛けをすると、グランベールとの間合いを詰めようとするのだが――



「馬鹿めッ! それは囮だ!」



 振るわれた鞭は隆起した土の塊を砕き。

 岩程の硬度がある幾つもの土塊が、まるで散弾のようにしてラトラに直撃する。


 岩程の硬度がある土塊が幾つも直撃したのだ。

 身体強化を施してると言えど、間違いなく怯み隙を見せる筈だ。

 そして、その隙を見せた瞬間、鞭で拘束してしまえば後はどうとでもなるだろう。

 グランベールはこの後の試合展開を思い描くと、半ば勝利を確信し口角を上げる。


 だがしかし――


 幾つもの土塊を受け、額から一筋の血を流しながらもラトラは怯まない。

 そして――



「馬鹿はお前にゃっ!!」



 その言葉と共に重ね掛けを施した全力の拳をグランベールの鳩尾へとめり込ませる。


 バキバキッと言う骨の折れる音と感触がラトラの拳へと響き。

 ラトラの全力の一撃を受けたグランベールは内臓でも損傷したのだろう。



「おごっおっごえっ」



 今朝の朝食と共に少なくは無い量の血を吐いた。


 本来なら此処で試合終了するべきだし、本来なら参ったと口にするべきだ。


 だが、子爵家の跡取りだからか?

 それとも第六席と言う自尊心からか?

 いや、もしかしたらその両方なのかも知れない。


 血反吐を吐いて尚、グランベールは膝を付くことをしないのだが。

 それだけの根性を見せたと言うのに、口から出た言葉は酷く拙いものだった。



「ぼ、僕は子爵家の跡取りだぞ!? 後期組の一年如きがこ、こんなこと!」



 ラトラの一撃を耐えて尚膝をつかなかった事に少しだけ感心したと言うの、一転してラトラは呆れてしまう。



「よ、よし分かった! お前負けを宣言しろ、そうしたら俺の女にしてやる? な? どうだ?」



 コイツは何を言ってるんだ?

 ラトラは心底呆れてしまい、拳を握りしめるとグランベールを睨みつける。



「ヒッ!? わ、分かった、今のは僕が悪かった、あ、謝るから許してくれ」



 先程のラトラの一撃で格付けは既に済んでしまったのだろう。

 ラトラが睨むと、グランベールは謝罪の言葉を口にするのだが。

 ラトラは『謝る』と言う言葉を聞いた瞬間、グランベールが本当に謝るべき相手がいる事を思い出し、一つの提案をする事にする。



「私に謝らにゃくてもいいにゃ。

……さっきの提案にゃんだけど、お前がエレナに謝れば降参してやってもいいにゃ」



 ラトラは自分でも馬鹿な提案をしていると思っていた。

 確かに、エレナの境遇を聞かされた時は不憫だと思ったし、グランベールに対しては怒りを覚えた。

 だが、最後にはグランベールを懲らしめて欲しいとお願いされると予想出来ていたラトラは。

 正直に言ってしまえば、いざこざに巻き込まれるのが面倒臭いとも思っていた。


 だが、そんな予想をしていたラトラが聞かされた言葉は――



『グランベールは前回の大会で、何人かの女性選手と肉体関係を持っていると聞きました。

どう言った話でそうなったのかは分かりませんが……

ラトラさん、グランベールは決して約束を守る様な男じゃありません。

甘い誘惑があっても絶対に惑わされないで下さいね」



 ラトラの身を案ずるそんな優しい言葉で。

 グランベールを懲らしめて欲しいなんて言葉をエレナは一つも口にしなかった。

 だからだろう、本来のラトラであれば自分の身を犠牲にするような提案はしなかった筈だが。

 エレナの顔を思い出すと、思わずそんな提案を口にしてしまっていた。



「わ、分かった謝る! うん、それで行こう!」



 グランベールは提案を受けて何度も頷く。

 その姿を見たラトラは、勝ち進めないのは残念だけど、仕方が無いかと思うと「降参」を宣言することに決めたのだが――



「で? そのエレナって言うのは誰なんだい? 



 その言葉で何かがプツンと切れるのを感じると――



「お前はッ! いっぺん死んどくにゃッ!!」



 その言葉と共に、ラトラの拳が低空を走り、上空へと持ちあがる。

 その軌道は所謂アッパーカットと言うヤツで、グランベールは咄嗟に顎で腕を組む。


 しかし、その拳は顎には向かわず。

 下腹部、言ってしまえば金的へと軌道を描いた。



 グチャリ



 そんな何かが潰れる様な音が会場に響き。

 「ヒィッ!」と言う、男達の短い悲鳴がそこかしこから上がる。


 そして、グランベールは?というと。


 悲鳴さえ上げられなかったのだろう。

 白目を剥き、口から血の混じった泡を吹くと、ドサリとリングへと倒れこんだ。


 大事な部分が潰されたことで、ズボンを湿らせていくグランベール。

 それを熱の無い視線で眺めるラトラ。


 完璧に勝敗は決し、後は審判員が勝者を告げるだけなのだが……

 審判員は何故か内股になり、「コイツは鬼か?」と言わんばかりの視線を送り震えている。


 そんな審判員を見て大きく溜息を吐くラトラ。



「まだ続けなきゃいけにゃいのかにゃ?」



 そう伝えたことで審判員はハッとした様子を見せると――



『ししし、勝者! ラトラ選手!!」



 ラトラの勝利を震えた声で告げるのであった。

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