第145話 方程式
「くふふっ、ず、随分と声を張ったじゃないか? そうは思わないかウルフ?」
「わふふっ、アルの声だけが響いたからびっくりしちゃったわ」
「ぷすす、アルもお腹から声出せるんじゃない」
メーテとウルフ、それにマリベルさんは笑いを堪えながらそんな言葉を口にする。
まぁ、実際は堪え切れておらず、だだ漏れではあるのだが……
そして、3人の言葉を聞いた僕はと言うと。
自分で確認することは出来ないが、顔が真っ赤になっている事が容易に想像することが出来た。
それもそうだろう。
何せ、静まり返った会場に僕だけの声が響き渡ってしまったのだ。
当然、周囲の視線は僕へと集まる事になり。
驚く様な、微笑ましいものを見る様な視線を注がれてしまったのだから居た堪れない思いもするし、恥ずかしい気持ちにもなる。
その結果、羞恥のあまり顔が赤くなっていくのが分かったのだが。
それに加え、こうして容赦なくイジってくる3人が居るのだから尚更だろう。
まぁ、ベルトが勝った瞬間、興奮して声を張り上げてしまった自分の自業自得と言えば自業自得なのだが。
まさか、ベルトが勝利した瞬間、あんなに静まり返るとは思わなかったし。
声を上げたところで周囲の歓声に掻き消されると予想していたのだが……
僕はやらかしてしまったと言う現実に肩を落とすと、大きく溜息を吐く。
だがしかし、あまり引きずっても仕方ないだろう。
そう思うともう一度大きく息を吐き、気持ちを切り替えようとするのだが――
「次の試合も景気の良い声援よろしくね!」
マリベルさんにそんな事を言われてしまい、再度、顔を赤く染める羽目になってしまった。
その後、気持ちを落ち着かせる為に随分と時間が掛かってしまったものの。
どうにか気持ちを落ち着かせた僕はリングへと視線を送る。
すると、調度試合の準備が整ったのだろう。
審判員がリングの中央に立ち、声を上げた。
『それでは席位争奪戦本戦、第二試合を始めたいと思います!
それでは選手は入場して下さい!」
その言葉と共に会場に繋がる扉が開き、見覚えのある少女が姿を見せるのだが――
「うおーーーー! ラトラちゃーーーん!」
「予選みたいな爽快な試合期待してるぞーーー!」
「ラトラちゃーーーん! 頑張ってーーー!」
「ラトラちゃーーーん! 俺にも馬乗りしてくれぇえええ!!」
そんな熱狂的な声援が耳へと届き、思わずビクリとしてしまう。
予選で派手な勝ち方をして会場を盛り上げたとは聞いてはいたのだが。
こんなに熱狂的な声援を貰う程に人気があるとは思わず、ラトラの人気に少しだけ驚かされる。
と言うか、声援の中に若干と言うか、かなりやべぇ声援も混ざっている気がするのだが……
……まぁ、聞かなかったことにしておこう。
などと思っている間にも審判員は進行を進めていたようで。
ラトラはリングの中央へと歩みを進めており、ラトラの対面には対戦相手であろう男子生徒の姿があった。
そして、僕同様に男子生徒の姿を確認したマリベルさん。
男子生徒の顔を身を乗り出すようにして確認すると、何とも渋い表情を浮かべる。
「うえぇ、ラトラっちの相手は結構有名なヤツじゃない」
「有名って、強くてですか?」
「本戦に進んでるんだし、強いは強いと思うわよ。
確か、名前はグランベール=スルノア。去年の席位争奪戦で第六席になってる筈だし」
マリベルさんの答えを聞いた僕は、第六席と言う言葉に驚いてしまう。
確かにラトラは強いが、相手が第六席ともなれば流石に分が悪いのではないだろうか?
そう思い、これから行われる試合に若干の不安を覚えてしまっていると――
「まぁ、でも有名は有名でもアッチの方で有名なのよね」
マリベルさんが続けた言葉に疑問符を浮かべてしまった。
「? アッチってなんですか?」
「ん? アッチって言うのはアッチよ、夜の方の話」
夜の方? いまいち要点が掴めず「夜の方?」と質問してしまう。
「あ、あんた!? こんな美少女に言わせようとするなんて良い趣味してるわね……
まぁ、いいわ、仕方ないから教えてあげるけど……
グランベールってヤツの親は子爵なんだけどさ、巷では好色子爵なんて言われてんのよ。
そんで、グランベールてヤツはしっかり親の血を受け継いでるみたいでね。
子爵の息子って立場を利用してあっちこっちの女性に手を出してるって訳なのよね。
それで付いた二つ名が『美食家』。
噂では自分から名乗ってるって話も聞くけど。
どっちにしたって、女性に手を出して『美食家』なんて言うのは女性を馬鹿にしてるわよね?
要するにアレよ、グランベールってヤツは女の敵として有名って訳なのよね」
呆れたようにグランベールと言う人物を語るマリベルさん。
そんなマリベルさんとは裏腹に、今更ながら女性に対してする質問ではない事に気付いてしまう。
その所為だろうか?
「そ、そうだったんですね〜」
返す言葉も歯切れの悪いものになってしまったのだが。
そんな僕の様子を見たマリベルさんは、新し玩具を見つけたかのように笑みを浮かべると。
「あら、なになに? アルってばそう言う話に免疫が無い感じ?
仕方無いからマリベルお姉さまが色々教えてあげちゃおうかしら?」
そう言って僕の事をからかって見せる。
見た目は兎も角、年齢だけで言えばお姉さまと呼ぶには無理があるような気がしてしまうのだが。
それを口にしてしまったら、マリベルさんが言うところの戦争がおきてしまうのだろう。
それを理解しているからこそ「お姉さまは無理ありますよね?」と言う言葉をグッと飲み込み。
愛想笑いをすることでこの場を乗り切ろうとしたのだが……
そんな僕の様子を見て、マリベルさんは照れているとでも勘違いしてしまったのだろう。
「あら〜、大人の魅力にメロメロって感じかしら?」
正直、この人酔っぱらってるのか?と思い若干引いてしまったのが。
僕の内心を知る筈も無いマリベルさんは、蠱惑的な笑みを浮かべると僕の肩にそっと手を置き――
「まったく、照れちゃって〜」
などと、訳の分からない事を宣う。
まったく照れてないし、むしろ引いているのだが。
僕が迂闊な質問をした所為で今の状況になっている為に強く言い返す事が出来ずにいると。
「マリベル、もうそれくらいにしてやってくれないか?」
そんな僕の姿を見兼ねたのだろう。
メーテがマリベルさんの奇行を止めに入ってくれた。
流石メーテ、これでマリベルさんも大人しくなると思い、ホッと胸を撫で下ろしたのだが……
「言いにくいことだが……アルは女性に興味が持てない人種なのかも知れない」
何をとち狂ったのか、神妙な表情で訳の分からない事を言いだした。
「前から疑問に思っていたんだ……アルは女性に対する反応が薄いんじゃないかと」
メーテはそう言うと、一瞬間を作り――
「だってそうだろ!? 私が添い寝をしようと言っても拒絶するんだぞ!?
健全な男性なら「わ〜い、メーテと添い寝だ!」とか言って喜んでベッドに潜り込んでくるだろ?」
この人なに言ってんだ?
そんな僕の疑問を他所にメーテは言葉を続ける。
「それにだ! 私が部屋に遊びに行ったってダンテと遊びに行ってくるとか!
ダンテとばっか遊びに行って私と遊んでくれないとか、おかしいだろうがッ!?」
いや、おかしいのはメーテの方だと思う。
「だから、私は気付いてしまったんだ……アルは女性より男性の方が好きなんじゃないか? ――とな」
「そう言うこと……だったのね……」
――とな、じゃねぇ。
と言うか、ウルフ?
合点がいった、みたいな顔つきで深く頷くのはやめて頂きたい。
確かにダンテと遊びに行く機会は多いし、それが理由でメーテの誘いを断ることもあるが。
だからと言って男性の方が好きと言うのはこじ付けが過ぎるだろう。
それに、僕は普通に女性の方が好きだし、こう言うのもなんだが、人並み程度には厭らしい妄想なんかもしたりする。
だから、誤解を解く為に口を開きかけるのだが――
「――何も言わなくていいわ」
何かを悟った様な目をしたマリベルさんに遮られてしまう。
いや、何も言わなかったら誤解は解けないんですが?
そう思った僕は再度口を開きかけるのだが――
「いいの、何も言わなくて……だってそうでしょ? 愛の形は人それぞれなんだもの」
まるで、私は貴方の味方よ?
そう言わんばかりの優しい視線を送るマリベルさん。
未だかつてこれほど優しい視線をマリベルさんから向けられた経験が無く、思わず戸惑ってしまう。
だが、このままでは誤解が加速してしまうだろう。
それをどうにか避けようと思った僕は再三口を開きかけるのだが――
「良いこと言うなお譲ちゃん! 坊主! おじさんは応援するぞ!」
「愛の形はそれぞれ、なんか目から鱗が落ちる様な気分だわ、少年、頑張れよ!」
「うんうん、お姉さんも応援しちゃう!」
「……アルとダンテ――いや! ダンテとアルの方がしっくりくるわね!」
僕達の会話を聞いていたのであろう、周囲の観客からそんな声が掛かってしまう。
と言うかマリベルさん? 変な方程式組むの辞めて貰えませんか?
そんな事を思っている間にも、何故かマリベルさんを中心に数名の女性が集まり始め――
「ダンテってこれから試合する魔族の子?
だとしたら、私的にはアルとダンテって響きがしっくりくるんだけど?」
「はぁ? なに言ってんのよ!? ダンテとアルの方がしっくりくるでしょうが!」
「何かしらこの感じ? 何かに目覚めそうな感じがするわ……」
思わず顔が引き攣ってしまいそうな会話が繰り広げらる事になる。
そんな混沌とした空気の中――
『それでは! 試合開始!』
審判員は試合の始まりを告げるのであった。
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