第144話 アルベルト対フーガ

 マリベルさんに甘いものを奢る為、屋台が立ち並ぶ通りへと繰り出した僕達。


 そうして屋台を眺め、商品を物色していると、予想以上に目を引かれる商品が多かったらしく。

 マリベルさんは「アレも食べたい」「コレも食べたい」と言いだし、屋台の商品に目を輝かて見せた。


 そんなマリベルさんに引きずられる形で屋台巡りをする羽目になってしまった訳なのだが。

 「マリベルだけずるい」だの「私にもお肉を奢るべきだと思うわ?」

 などと言う物言いがメーテとウルフから入ってしまい、何故か2人にも奢る事になってしまう。


 まぁ、屋台の料理は高くは無いし。

 オークキングの報酬も殆ど手付かずだったので、奢るくらい問題はなかったのだが……



「ちょ、ちょっと早くしなさいよ! 試合始まっちゃうじゃない!」


「早くしろって、時間が無いのにマリベルさんが連れ回すからじゃないですか!?」


「ふぉうよ、まっふぁくまりふぇるっふぁら」


「ウルフ? 何言ってるか分からないけど肉を頬張りながら言っても説得力無いからね?」



 マリベルさんが思っていた以上に試合までの時間は残っていなかったらしく。

 会場からひと際大きな歓声が響いたことで試合が始まるのを察した僕達は、慌てて会場へと向かう羽目になってしまう。


 そうして会場へと向かっていると。



「まったく、マリベルもウルフには困ったもんだ……」



 慌てるマリベルさんと肉を頬張るウルフの様子を見てメーテはそんな言葉を零す。

 メーテの言葉に「確かにね」と同意したい場面ではあるのだが……


 メーテの手に目をやれば、クレープみたいなものが握られており。

 それを口へと運ぶともっちゃもっちゃと咀嚼し――



「ふむ、コレはうみゃいな」



 などと言って幸せそうな表情を浮かべている為、まったくもって説得力が無い。


 と言うか、こうして小走りで会場に向かう羽目になった理由として。

 メーテ―の注文した品が焼き上がるまで結構な時間が掛かってしまった、と言う理由がある筈なのに、堂々とマリベルさんとウルフを批判する姿にはある意味感心してしまいそうになる。


 まぁ、それも気の迷いで、すぐに感心する場面では無い事に気付く訳なのだが……


 それは兎も角。

 そうこうしている間にも会場へと辿り着き、階段を上ると観客席へと向かう。



「ま、間に合ったかな?」



 観客席からリングへ目を向ければ、その中央にはベルトと対戦相手の姿があり。

 今まさに試合が始まると言う場面であった。


 どうやら、試合開始には間に合ったようでホッと胸を撫で下ろす。


 そして次の瞬間。



『本戦第一試合、アルベルト=イリス対フーガ=ロクロトスの試合を始めます!』



 審判員が試合の始まりを告げるのであった。






 ◆ ◆ ◆






『試合開始!』



 審判員がそう告げた瞬間。



『麦の穂を揺らす風よ 頭を垂れる者は此処に居ない――』 



 ベルトの対戦相手であるフーガと言う男は、風邪属性の中級魔法である『乱風』の詠唱を始める。


 

『大地を潤す雨よ 渇いた大地は此処には無い――』 



 アルベルトも対抗し水属性の中級魔法である『流砲』の詠唱を始めるのだが――



『頭を垂れる者を差し出そう! 乱風ッ!』


『本流へと至り敵を攫い――!?』



 フーガが『乱風』を発動させる方が一歩速く、アルベルトは詠唱を中止すると『乱風』を避ける方向に意識を切り替える。


 だがしかし、避けると意識を切り替えた所で実際に避けられるかどうかは別問題であり――



「逃がさねぇよ!!」   


「なっ!?」



 フーガは『乱風』。

 言ってしまえば相手に向かって伸びる竜巻と言った感じだろうか?

 その軌道を器用に変えて見せ、アルベルトを追うようにして『乱風』が襲い掛かる。


 ベルトは一瞬だけどう対処するか迷うのだが。

 避けることが叶わないと悟ると全身に身体強化を施し、気休め程度ではあるが剣を盾の様にして構えた。


 アルベルトは初級魔法なら身に受けた経験が何度もあり。

 その経験から、中級魔法でも全力で身体強化を施せば何とか耐えられると踏んでの行動だった。


 そして、そんなアルベルトへと『乱風』が襲い掛かる。



「があッ!」



 『乱風』が直撃した事で、アルベルトは苦痛の声を漏らす。 


 実際にその身に受けた中級魔法はベルトの想像以上の威力があり。

 思わず苦痛の声を漏らしてしまった訳なのだが……ある意味これは朗報でもあった。


 想像以上の威力がある上に『乱風』の直撃で多くの裂傷が出来たものの。

 アルベルトの予想通り、耐えられない程の威力では無かった。


 中級魔法を直撃して尚まだ戦える。そう思うと心に余裕が出来たのだろう。

 アルベルト自身は自覚していなかったが、僅かに口角が上がった。


  

「? 今笑ったのか?」



 しかし、それに気付かなかったのはアルベルトだけで。

 対戦相手であるフーガの目には口角を上げたベルトの姿が目に映っており。

 『乱風』を耐えて見せた事も相俟って、まるでアルベルトが嘲笑っているかのようにフーガの目には映った。


 そして、このフーガと言う男なのだが。

 前期組の最高学年であり、前期組と言うのは御多聞に漏れず自尊心が高い。

 それに加え、前年の席位争奪戦で第九席と言う席を与えられているのだから尚更だろう。


 アルベルトが無自覚に上げた口角。

 これが同じ前期組であり同学年が行った行動であれば、許容することも出来た筈だ。


 だが、フーガからすればベルトは二歳下。それに加え後期組だ。

 前期組の最高学年で第九席と言う肩書を持っているフーガからすれば、ベルトの行動は許容できる筈も無く――



「何が可笑しいぃッ!!」



 酷い形相で睨みつけると腰に差してある剣を抜き、ベルトへと斬りかかる。



「くっ!」



 フーガの剣を間一髪のところで防いだアルベルトではあったが。

 体勢を立て直せていない所為か、防戦一方と言う形になってしまい。

 幾度となく振り下ろされる剣の重さに思わず苦痛の声を漏らしてしまう。


 そして、そんなアルベルトを見て歪な笑みを浮かべるフーガなのだが――


 本来、フーガと言うこの男は魔法を得意としており。

 接近戦が少し苦手と言うことも相俟って、間違っても接近戦を選択する様な男ではなかった。


 では何故、フーガが接近戦を選んだのか?


 その理由は、魔法で止めを刺すよりも、剣から伝わる直の感触を求めたのが理由だろう。

 要するに、直に伝わる感触により、相手を叩きのめすと言う実感を得る為に接近戦を選んだフーガなのだが……

 己の留飲を下げる為だけに接近戦を選んだと言うのだから、何とも歪なものを感じてしまう。


 それに加え、ベルトの怪我の様子を見た上で、これならば接近戦でも遅れは取らないだろう。

 そんな打算の元での選択であると言うのだから、尚更歪さが際立つと言うものだ。


 そして、そんな自分の歪さに気付くことのできないフーガ。

 アルベルトに剣を振り下ろすその表情は歪な愉悦に染まっていくのだが――



『雫よ対を弾けッ!』



 渾身の一撃をアルベルトに振り下ろそうとしたその瞬間。

 アルベルトは『水球』を放つ事でフーガの剣を弾いて見せた。


 そして――



『雫よ対を弾けッ!!』



 アルベルトは更に『水球』を、三つの水の球体を浮かせると、全てをフーガへと打ち込む。



「ぐえッ!?」



 アルベルトの放った『水球』の一つは残念な事に外れてしまったが。

 内二つの水球は鳩尾の辺りと肩で弾け、フーガの口から苦悶の声を引きだした。



「て、てめぇ……今のは『詠唱短縮』か!?



 腐ってもフーガは第九席。

 『水球』をまともに喰らってしまったものの、それだけで意識を狩ることは出来ず。

 その上、ベルトの『詠唱』が本来の詠唱より短いことに気付き、『詠唱短縮』と言う言葉を口にして見せた。



「流石先輩ですね……よく知っていらっしゃる」



 フーガの問いに答えるベルト。

 ベルトが答えた通り、フーガの予想は当たっていた。


 ベルトが使った技術は『詠唱短縮』というもので、文字通り本来の詠唱を短縮すると言う技術であった。



「まぁ、何処かの誰かさんみたいに無詠唱とまでは行きませんがね」



 ベルトはそう言うと呆れたような表情を浮かべる。


 この呆れた様な表情は、身近に無詠唱で上級魔法を使えるような規格外の人間がいるから出た表情なのだが……

 そんな規格外を知らない一般的な生徒から見れば、ベルトがやったことは充分に規格外の事であった。


 そもそも、『魔法』と言うのは使おうと思えば大概の人が使えるものだ。

 勿論、しっかりとした教育を受けなければ上達する事は無いが。

 藁に火を付ける、布を少し湿らせるくらいの魔法であれば、大概の者は造作も無く使える事だろう。


 その為、多くの人達は幼い頃から魔法と言うものが生活の一部にあるのが当然のことで。

 それを行う為の『詠唱』嫌になる程に耳にしていた筈だ。


 だからこそ、普通の人達にとって『魔法』と『詠唱』と言うのは切っても切り離せない関係であり。

 当然、アルベルトにとっても『魔法』と『詠唱』は切っても切り離せないもので。

 固定観念として根付いていた筈だったのだが……


 ――幸か不幸か、規格外の人物と知り合うことになったアルベルト。

 規格外の人物が無詠唱で上級魔法を放つ姿や、その姉に旅行と言う地獄を見せられたことによって。

 良くも悪くも『魔法』と『詠唱』に対する固定観念と言うものがアルベルトの中で瓦解することになった。


 ただ、幼い頃から染みついた物は完全に抜けきらなかったようで。

 『無詠唱』での魔法の行使はどうしても無理だったようだが。

 それでも『詠唱短縮』を身に付ける事が出来たのは、規格外の存在――それだけでは無く、アルベルトの努力の賜物だろう。


 そして『詠唱短縮』を身に付けたことで、アルベルト自身、まだまだ自分は成長できると言う確信を持っており。

 そのきっかけをくれた規格外の存在。

 試験の際に酷い言葉で罵ってしまった相手であり。

 それを許し、今では友達と呼んでくれる。

 アルベルトにとっても大切な友人には感謝をしているのだが――


 素直に感謝の言葉を伝えようと思うと、どうにも口ごもってしまい。

 未だ感謝の気持ちを伝えられないでいる。


 しかし、素直に感謝の気持ちを口にすることが出来ないアルベルトではあったが。

 大切な友人――そう思っているのは紛れもない本音なのだろう――



「友人が、少し酷い目に会って少し苛々してたんですよね。

悪いとは思うんですが、先輩に当たらせて貰いますね――『雫よ対を弾け』」 



 ベルトはそう言うと『水球』を八つ程浮かせる。


 胴に受けた『水球』により、未だに苦悶の表情を浮かべていたフーガは目を見開くと。



「ま、参っ――なぁあ!? ほがぁっ!?」



 降参の言葉を口にしようとしたのだが。

 降参の言葉を言い切る前に襲い掛かかった八つの『水球』によって意識を途切れさせることになった。



 後期組が前回の席位争奪戦の第九席に勝ったと言う大番狂わせに、誰もが信じられないモノを見たと言う表情を浮かべ、会場が静まり返る。


 だが――そんな静まり返った会場に一つの声が響いた。



「ベルトーーーー! 良い勝負だったよーーーー!」



 そんな声が響いた瞬間、一気に観客席が慌ただしくなると、徐々に歓声へと変わって行き――



『し、勝者は! アルベルト=イリス選手です!』



 審判員が勝者の名を告げた瞬間、それは大歓声へと変わる。


 そんな大歓声の中、ベルトは初めに響いた声。

 聞きなれた大切な友人の声に、人知れず頬を緩めるのであった。

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