第141話 二次予選
席位争奪戦2日目の朝。
学園に到着した僕を待っていたのは多くの声援だった。
「おはようございますアルさん! 昨日は流石でしたね!」
「おはようアルディノ君、昨日は格好良かったよ!」
「うんうん、次も応援するから頑張ってね!」
「アルディノって強かったんだなー、今日も派手なの期待してるぜ!」
「おう、昨日派手な勝ち方した坊主じゃねぇか、今日も頑張れよ!」
「昨日はすっちまったけど、今日はお前に賭けるから儲けさせてくれよ?」
グレゴ先輩が声を掛けてきたのを皮切りに、話した事の無い女子生徒や男子生徒に声を掛けられ。
昨日の試合を観戦していたのであろう、観客と思われる男性達にも声を掛けられる。
いつもの朝の風景であれば、グレゴ先輩が居る時点で遠巻きに視線を送られ。
距離を取る様にそそくさと逃げられる事なんかざらなのだが。
今日はグレゴ先輩が隣に居ると言うのに声を掛けてくれる生徒がやたら多い。
一夜にして状況が変わったと理由と言えば、昨日の予選を勝ち抜いたことしか思い浮かばないのだが……
こうも効果があるとなると流石に驚かされてしまう。
それと同時に、このまま勝ち進めばソフィアが言っていた様に、不良と言う印象を完全に払拭することも不可能ではないように感じてしまい、顔がニヤけるのが止める事が出来ない。
そうして二ヤけていると――
「うっす、随分人気者みたいじゃねぇか?」
「アルディノが皆に囲まれるなんてな、珍しい光景で少し驚かされたぞ」
そう声を掛けてきたのはダンテとベルト。
まるで、面白いモノを見た時のようにニヤニヤとした表情を浮かべる。
「うん、昨日の予選のおかげかな? 不良って印象が少しは払拭出来たんだと思うよ」
「ああー成程なー。確かに印象に残る試合したもんなー。
……てか、良いよなアルは、派手な勝ち方してよー」
「確かにな、まさかソフィアの『魔法剣』を再現して見せるとは……」
そう言うと不満そうな表情を浮かべるダンテとベルトなのだが――
「でも、2人とも勝ち残ったんだからさ、そんな不満そうにしなくていいんじゃない?」
僕が口にしたように、2人は見事第一次予選を勝ち抜いており。
派手かと言われれば少し首を傾げたくなる部分はあるが、危なげないどころか普通に対戦相手を圧倒して見せていた。
ちなみに、ここには居ないがラトラもしっかりと一次予選を勝ち抜いている。
「まぁ、そうなんだけどよ……アルの後だと霞むと言うか……」
「そうだな、アルの次の試合の生徒なんか悲惨だったらしいじゃないか?
観客もアルの後だから期待して試合観戦したらしいんだが……
その期待に生徒達が緊張してしまい、泥仕合になってしまった――なんて噂もあるくらいだぞ?」
「そ、そうなの? だとしたら申し訳ないな……」
昨日の試合の話題でそんな風に盛り上がっていると。
「そういやアルさん、今日の試合はランドルとですよね?」
グレゴ先輩が思い出したくない話題を振る。
そう、昨日の一次予選なのだが。
しっかりランドルも勝ち上がっており、今日の二次予選はランドルを相手にしなければいけないのだ……
まぁ、正直に言ってしまえば負けるつもりは更々ないのだが。
ランドルの事なので、勝っても負けても面倒なことになりそうなので、出来れば一次予選で敗退してくれればな〜。
などと考えていた。
しかし、そんな淡い期待はものの見事に打ち砕かれてしまったようで。
聞く話によればランドルも危なげなく一次予選を勝ち上がったらしく。
その結果、今日の二次予選でランドルと試合をすることになった訳だ。
「そうなんですよね……もしかしたらランドルと試合しないで済むかな~。
とも思ったんですけど、そんなに上手くはいかないみたいですね」
「まぁ、そんなもんすよね。
でも、アルさんなら万が一にも負けないと信じてるんで、安心して観戦させて貰いますよ」
グレゴ先輩はそう言うと親指を立てて見せる。
確かに負けるつもりは無いのだが……
面倒だと思ってしまうのは事実なので思わず溜息が漏れてしまう。
そんな僕の様子を見てダンテは肩を叩くと。
「まぁ、なる様にしかならないんだから、アルはアルの出来る事やりゃ良いんじゃねぇか?」
そんな言葉と共に無邪気に笑ってみせ。
そのダンテの言葉と表情を見た僕は、何だかダンテらしいな。
そう思うと共に、確かにダンテの言うとおりだろうと納得し、余計なことは考えずに二次予選を勝ち抜くことだけを考えることにした。
そうして気持ちを切り替え、予選会場へと向かっていると。
校舎の角から女子生徒が顔を覗かせ、僕と目が合った瞬間トテトテと歩み寄る。
一体どうしたのだろうか?
そんな風に思っていると女子生徒が口を開いた。
「ア、アルディノさん! き、昨日の試合凄く格好良かったです!
も、もし宜しければコレを受け取って貰えないでしょうか!」
校舎の角から飛び出した女子生徒は、そういって包み紙を差し出すのだが。
その包み紙からは、ほのかに甘い香りが漂ってくる。
「おお、流石アルさんっす!」
「やるじゃんアル!」
「へぇ」
女子生徒を見て、皆は茶化すような感心するような言葉を口にするのだが。
――今はそれどころでは無い。
……も、もしかしてだが……これは手作りのお菓子と言うヤツなのではないだろうか?
そんな予想を裏付けるように女子生徒は言葉続ける。
「は、初めて作ったんですけど、ママも美味しいって言ってくれたので!
あっ、すみません! こここ、これは焼き菓子です!」
どうやら予想は当たっていたようで、僕は内心で拳を掲げる。
以前、皆でブエマの森に行った際。
同世代の手料理を食べたこと無い癖に要らぬ見栄を張った結果。
とんだ恥を掻き、悔しい思いをすることになったのは記憶に新しい。
これで、あんな悲しい嘘を吐かないで済む。
そう思った僕は女子生徒にお礼の言葉を伝え、その手から包み紙を受け取とると。
ニヤニヤを堪えながら、この焼き菓子は後でゆっくり大切に食べよう。
そう考えたのだが――
「あ、あの、もし良ければ感想なんかを聞きたいな……
なんて思ったんですけど、それは我儘ですよね……ご、ごめんなさい」
女子生徒はそう言うと、寂しげな表情を浮かべる。
後で食べようと考えてはいたが、流石にそんな顔をされてしまっては断る訳にもいかず。
「そ、それじゃあ一つ頂くとしようかな?」
そう言って包み紙を開けてみる事にすると――
「おっふ……」
思わずそんな声が漏れてしまう。
包み紙にくるまっていたのは……クッキー?それともパウンドケーキだろうか?
もはや焦げまくっていて、定かではないが何かしらの焼き菓子なのだろう。
と言うか、包まれている時点では良い匂いがしていたのに、開けた瞬間に酸味を帯びた臭いを感じるのは何故なのだろう?
正直に行ってしまえば、口に運ぶのには躊躇われる代物だ。
だがしかし……
「やっ、やっぱり美味しくなさそうですよね?」
そんな事を言われてしまえば覚悟を決めるしか無く。
心の中で「神よ!」と祈ると、何かしらの焼き菓子を口の中に放り込む。
そして、その瞬間。
焦げから来る苦味、訳の分からない酸味、そしてそれを包み込むように甘みが襲うのだが。
その甘みは苦みや酸味をマイルドにする効果など一つも無く、どんな化学反応が起きているのかは分からないが、邪悪を煮詰めた様な――そんな意識を奪いかねない形容しがたい味が舌を襲った。
思わず吐きだしそうになるが、それをしたらこの女子生徒の気持ちを無碍にする事になるだろう。
そう思った僕は、もう一度神に祈ると気合を入れて嚥下して見せる。
「お、おいしかったよ! あ、後はゆっくり食べさせて貰うね」
そして、涙目になりながらもそう伝えると、女子生徒は満足したようで。
「あ、ありがとうございます! 今日の試合も頑張って下さいね! 応援しています!」
そう言うと、そそくさとこの場を離れて行った。
……味は兎も角、これで「女子の手料理食ったこと無いの?」。
などと言う、馬鹿にするような言葉をダンテから聞かされることも無いだろう。
そう思った僕は、ダンテに向かいドヤ顔をして見せたのだが。
「なんか、必死過ぎて逆に引くわ……」
などと言われる羽目になってしまった……。
その後、予選会場に付いた僕達は昨日と同じように職員の指示に従い自分が呼ばれるのを待つ。
今日は僕の前に一試合あるだけなので、そこまで待たされることも無いだろうと予想していたのだが。
僕の予想よりも早く試合が終了したようで、すぐに呼ばれる事になり。
ダンテにベルト、予選会場で合流したラトラの声援を貰い控室を後にする事になる。
会場へと続く廊下を職員の後に続く形で進み。
会場へと繋がる扉の前へと立つと、昨日よりも大きな歓声が僕の耳へと届く。
「随分期待されているようだね」
どうやら、職員にも歓声が届いていたようで、笑みを浮かべながらそんな言葉を口にする。
「そうなんですかね? でも、期待されているのなら裏切らないように頑張ります」
僕の言葉に職員は満足そうに頷くと扉を開き。
その瞬間、観客席から届く声援がより一層大きなものとして僕の耳に届いた。
そんな歓声の中リングへと向かい。
リングにあがると、そこには既に審判員とランドルの姿があった。
僕の姿を視界に捉えたのであろうランドル。
自信の表れなのか? 「ふんっ」と鼻で笑うと、挑発するような歪な笑みを向け。
審判員は僕とランドルが揃った事でルールの説明を始める。
そうして、審判員がルールの説明を始めたのだが――
「審判員の方、少し話したいことがあるのですが」
ランドルは説明を遮って審判員に声を掛ける。
「どうかしたのかね?」
「いえ、少し気になる話を聞いたのですが……
まぁ、こんな公の場で不正をしようなんて言うヤツはいないと思うので、悪い冗談だとは思うんですけどね」
ランドルは僕を一瞥すると言葉を続けた。
「なんでも、そこのアルディノと言う男は、試合前に強化薬を摂取したと言う話を聞いたんですよ」
「ほう、強化薬を? その割には強化薬を摂取した際に起きる目の充血などの症状が出ていないような気がするが……
アルディノ君は心当たりがあるのかね?」
強化薬? まるで心当たりの無かった僕は首を横に振る。
「いえ、そんな物は口にしていません」
「と、言っているがランドル君?
君が嘘を言って対戦相手を陥れようとしているならコレはコレで問題だよ?」
「陥れようとかではありませんよ。
そんな噂を聞いたので、もしかしたら――そう思っただけですよ?
でも、そうだな。要らぬ疑いを掛けたのも事実だし、ここは検査をして貰ってハッキリさせた方が良いかもしれませんね。
それで、何の反応も無かったら僕の失格で構いませんよ?」
「……ふむ、そう言う事であれば」
ランドルは何を言っているのだろうか?
僕は強化薬なんて口にしていないし、検査をした所でランドルが失格になるだけだ。
まぁ、それならそれで構わないのだが……なんとなく不気味に感じてしまう。
そんな事を考えている内に、強化薬を飲んだ反応でも調べる魔道具なのだろうか?
眼鏡のような物を取り出した審判員はソレを掛けると僕の姿を頭から足の先へと視線を動かす。
その視線になんとも言えない居心地の悪さを感じていると――
「強化薬は液状で摂取した場合だとすぐに効果が出ますが。
何かに混ぜ、固形として摂取した場合、効果が出るまでに時間が掛かるらしいですからね。
強化薬を摂取した際の症状を見抜かれない為に、そう言う形で摂取したんじゃないですかね?
そうだな――例えば焼き菓子なんかに混ぜてね」
「へっ?」
ランドルの言葉を聞いた僕は間の抜けた声を漏らしてしまい。
「焼き菓子」と言う単語が出た事にポカンと口を開け呆けてしまう。
そんな僕の様子を見たランドルは、歪な笑みをより深いものにし――
「強化薬摂取の反応により、アルディノ選手は失格となります!」
そして、審判員は僕の失格を告げるのだった。
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