第140話 一次予選
「それでは4番に名前を書かれている選手は会場へ向かって下さい」
職員がそう告げた事で壁際に腰を下ろしていた僕が立ち上がると、僕以外にも4名の生徒が立ち上がり。
その事により、その4名の生徒達が僕の対戦相手だと言う事を知る。
どの生徒も真剣な面持ちをしており、席位争奪戦に掛ける意気込みを感じさせられると同時に僕も気を引き締め直すのだが――
「アルなら負ける筈は無いと思うけど……まぁ、頑張ってこいよ!」
「アルディノは……僕が応援するまでも無いか」
「んにゃ! 手加減しなきゃ駄目にゃんだからな? 殺したら失格だし」
友人達から掛けられる声援はなんとも締まらないもので、引き締め直した筈の気が緩んで行くのが分かる。
まぁ、それでも応援しているのは確かな筈なので、力無く「頑張ってくるよ」と伝えると、職員の指示に従い控室を後にすることになった。
そうして職員の指示に従い修練場の廊下を会場へと向かい歩き。
コツコツと地面を叩く足音が響くと、それと共に鼓動が速くなっていくのに気付く。
4番の選手が呼ばれるまでに、1から3番の選手達が予選を行っており。
気持ちを落ち着かせる時間は充分に与えられていた筈だった。
それなのに、いざ試合だと言われるとやはり緊張してしまうようで、何処か落ち着かない。
それをどうにか落ち着かせようとゆっくりと肺に息を貯め、ゆっくりと吐きだすのだが。
そうこうしている内にも予選会場へと到着してしまったようで――観客の声だろうか?
会場へと繋がる扉の向こうから、歓声と呼べるような人々の声が耳へと届く。
今の僕にとって、その歓声は緊張を煽る一因でしか無く。
鼓動が更に早くなっていくのが分かり、もう一度深呼吸をして落ち着かせようとするのだが――
「私の案内はここまでです。
このままリングへと進み、リングに上がった後は審判員の指示に従って下さい」
どうやら気持ちを落ち着かせる時間は与えて貰えないようで。
職員がそう告げると、対戦相手である生徒の一人が歩みを進め会場へと繋がる扉へと向かい。
それに続くように3名の生徒が続き、出遅れてしまった僕は最後尾につくことになってしまった。
そして、会場へと続く扉に手を掛けた職員。
「それでは、頑張って下さいね」
そんな言葉と共に扉を開いた。
そして、その瞬間。
僕の目に飛び込んできたのは会場の観客席を埋める多くの人の姿と歓声。
これには僕だけでは無く、4名の生徒もビクリと肩を跳ね上げるのだが。
僕なんかよりも度胸が据わっているようで、一人の生徒は自分に活を入れる様に頬を叩くとリングへ向かい歩みを進めた。
それに続く3名の生徒。
一番最後に続いた僕は、我ながら情けないなと思いつつも先程の生徒と同様に自分の頬を叩いて活をいれるとリングへ向かい歩みを進める。
そうして、立たされたリングの上。
周囲を見渡せば多くの観客が目に映り、やはり緊張してしまいそうになってしまう。
それをどうにか表に出さないようにし、自分の立っているリングに目をやると。
正方形のリングは石作りで、一辺が20から30メートル程の大きさがあり、結構広い事が分かる。
そんなリングの中央に立つのは僕を含めた5名と審判員と思われる男性。
審判員は僕達に視線をやると、これから行われる試合についての説明を始めた。
「事前に説明されていると思いますが幾つかのルールがあります。
一つ、魔道具や身体能力を向上させる様な薬の使用禁止。
2つ、使用する武器は学園から指定された武器の中から選ぶこと。
それを守って頂ければ、磨き上げた魔法や技術を存分に発揮して頂いて構いません」
審判員の言葉に僕を含めた5人は頷く。
それを確認した審判員は更に説明を続ける。
「次に勝敗ですが、今回は勝ち残り戦となります。
降参をするか、或いは場外に落ちた場合に失格となり、最後の一人になるまで戦って頂きます。
例外として相手を死亡させた場合、死亡させた者は失格となりますが……
そうならない為にも争奪戦実行委員が何時でも止めに入れるよう待機していますし、怪我をした際に聖魔法の術師も控えていますので安心して頂けたらと思います」
その言葉でリングの周囲を見渡してみると。
明らかに『出来る』と言った佇まいの人達が、リングを囲むようにして4名程立っていることに気付く。
恐らくではあるが、この人達が実行委員と言う人達なのだろう。
そんな事を考えている内にも説明は続き。
「ルール説明は以上です。
それでは、これより試合を始めますが――準備は宜しいでしょうか?」
審判員の言葉で確認する。
腰に差してある剣はいつもの片刃の剣では無く。
学園から指定されたショートソードだが、何度か振って感覚は確かめてある。
『女王の靴』の皆から貰ったブローチ型の魔道具も家に置いてきたのでルールに抵触することも無い。
準備が整っていることを確認した僕は審判員の言葉に頷き、対戦相手である4名の生徒も頷いて見せた。
皆が頷いたことを見届けた審判員は「問題無いようですね」と口にすると。
リング内に散らばるよう指示し、腰に付けてあった手のひらサイズの正方形の板を手にし口元へと運ぶ。
『選手たちの準備が整ったようですので、これより予選第4試合を開始したいと思います!』
審判員のその声は会場内に大きく響き、一瞬驚かされてしまったが。
恐らく、審判員が持っていた正方形の板は魔道具か何かで、声を拡散するような効果があるのだろうと納得させる。
そして、そんな風に納得していると、審判員の言葉に反応して観客席から歓声が上がるのだが。
観客達は随分待ちくたびれてしまっていたようで。
「早くしろーーーー!!」
「おい? どいつに賭ける?」
「とっとと始めろーーーー!!」
歓声に紛れて野次のような言葉なんかも耳に届く。
……と言うか、単に観客と言っても楽しみ方はそれぞれだと言う事を知るのだが。
賭けごとをしてる人達が居る事に少しだけ呆れてしまう。
だが、逆にそれが良かったのだろう。
これから試合だと言うことで緊張している部分があったのだが。
皆が皆真剣に観戦している訳では無く、お祭り気分で観戦している人達も居ると知れたことで、いい感じに力が抜けて行くことが分かった。
そうして力が抜けて行くのを感じていると。
『それでは! 只今より予選第4試合を開始します!」
いよいよ試合が始まるようで――
『それでは! 試合開始ッ!!」
審判員が試合の始まりを告げた。
そして、その瞬間。
「まずは後期組!! お前からだッ!」
どうやら、まずは協力して一人を潰すという作戦を選択したらしく。
2名の生徒が僕との間合いを詰めに掛かる。
『礫よ! 空を転がり 対を弾け!』
『雫よ! 空を流れて 対を弾け!』
それに追従するように援護射撃を加える2名の生徒。
流石席位争奪戦に参加しようとするだけあって、間合いを詰める速さには目を見張るものがあり。
『土球』や『水球』も同時に3つ程発現させたことからも錬度の高さが窺える。
だがしかし――
それに僕が対応できないかと言われたらまた別の話で。
間合いを詰めにきた2人の横薙ぎに払われた剣を宙に飛んで交わすと、2人の肩に足を踏み台にして援護射撃にまわっていた2名との距離を詰める。
その事により、宙に浮かせていた『土球』や『水球』を僕に向かって慌てて放とうする後衛2人なのだが――
「ちょっと、遅いですよ?」
そう伝えた僕は、身体強化の重ね掛けをし、更に間合いを詰める懐へと潜り込み。
鞘から剣を抜かないままに、その柄頭を鳩尾へとねじ込んだ。
「がはっ!?」
胃液を吐きながら蹲る後衛の内の一人。
その様子を目を見開いてみていたもう一人の後衛なのだが……
「う、うわぁああああ!!」
次に攻撃を加えられるのが自分だと言う事を悟り、混乱してしまったのだろう。
周りの確認もせずに『土球』を放つ。
しかし、それは悪手であった。
何故ならば僕へと向けて放った『土球』射線上には僕以外の生徒の姿があり――
「ちょっ! まっ!! うごっ!!?」
僕が『土球』を避けた事で、射線上に居た生徒に全弾ぶち当たる事になり。
勢い良く場外へと吹き飛ぶ事になった。
労せず、戦力を削ぐことに成功した僕は、再度後衛との間合いを詰める。
それに対応する為に後衛の一人は詠唱を口にしようとするのだが――
「やっぱり遅いですよ?」
その言葉を聞いたであろう瞬間。
薄く顎に当てられた小掌により、糸が切れた人形のようにリングに伏す事になった。
そして、残すところは後一人。
剣を握り、じりじりと間合いを詰めながら様子を覗っていると言う感じなのだが。
「後期組が……調子に乗りやがって……」
そう言うと睨みつけるようにして僕を見る。
その言葉から前期組とだと言う事を察することが出来たのだが……
なんで前期組と言うのは選民意識と言うのがこんなにも強いのだろう?
そんな風に疑問に思ってしまう。
まぁ、ソフィアなんかはそんなことも無いし。
グレゴ先輩も今は前期組、後期組と言った枠組みには囚われていないので、全員が全員選民意識が強い訳ではないと思うのだが……
そんな事を考えている内に、どうやら名も知らぬ生徒の間合いに入ったようで。
「貰ったッ!!!」
その言葉と共に剣が薙がれるのだが――
「はっ?」
次の瞬間にはそんな間の抜けた声が漏れる事になった。
何故なら彼の剣――剣の半ばから綺麗に切断されたからだろう。
「な、なんだよ……それ?」
「これは『魔装』今で言う『魔法剣』てヤツですね」
僕が持つ剣、その剣には炎が纏っており。
それはソフィアが使う『魔法剣』そのものだった。
まぁ、覚えたてだし、ソフィアの『魔法剣』と比べれば威力も精度も比べものにならない程拙いものではあるのだが。
それでも学園指定の剣を切断するくらいなら造作も無いことだった。
「『魔法剣』……それって第七席が使う技じゃねぇか」
そんな言葉と共に僕の剣と切断した剣を交互に見る生徒。
そして――
「俺の……負けだ」
降参の言葉を口にすると剣を手放し、リングに剣の転がる硬質な音が会場に響く。
会場全体が静寂に包まれるが、それは一瞬の事で。
『予選第4試合の勝者が決まりました! 勝者はアルディノ選手です!!』
審判員が僕の名前を高らかに告げると、それと同時に会場全体が歓声に沸く。
「おいおい、まじかよ!? ほぼ瞬殺じゃねぇか!?」
「おお、面白そうなのが出てきたなー」
「次も応援してやるから頑張れよーー!」
「ねぇ、ちょっとあの子可愛くない?」
対戦相手の評価を無駄に下げない為にも、実力差をハッキリと示し、派手に締めくくろうと思っていたのだが。
この歓声を聞く分には、上手いこと言ったのではないかと感じてしまい、少しだけ頬が緩んでしまう。
無事に予選を勝ち抜けた事にも頬を緩め。
会場の歓声を聞きながらリングを降りようとしたその時――
「なんで『魔法剣』使えるようになってるのよーーーー!?」
「くふっ、流石私のアルだな!」
「わふふっ、今の試合は中々良かったわね」
よく知る女性達のそんな声が聞こえた気がしたのが。
気のせいだろうと言い聞かせると、会場を後にするのだった。
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