第134話 始まりの魔法使い


「テ、テオドール様! な、何故!?」



 自分を襲った『紫電』がテオドールの放ったものだと知ったミエルは、困惑した様子でテオドールに尋ねた。



「何故じゃと? そん事も分からんのか?」


「も、申し訳ありません! 私如ではテオドール様の深い考えを理解することが――」


「莫迦者!」



 テオドールは声を荒げると、まるで我が子を見る様な慈しみを帯びた視線をミエルに送る。



「成り行きは分からんが、ミエルのことじゃ。

儂の為に『鎮魂歌』、あの自爆魔法を使おうとしたんじゃろうが……

あまり儂を悲しませるような選択はしないでくれんかのう?

老い先短い儂の為に、ミエル、お主が犠牲になる必要なんてないんじゃよ?」


「そ、そんな! テオドール様の為でしたら私の命なんて幾らでも――」


「ミエル! ……そんな悲しいことを言って儂を困らせないでおくれ」


「――ッ」



 その言葉でミエルは何も言えなくなってしまい。

 テオドールの言葉を嬉しく思う反面、悲しませてしまった事を悔いる。


 そして、そんなミエルの頭をポンポンと軽く撫でると、テオドールはメーテと向き合った。



「異常な魔力反応を感じて慌てて駆けつけたんじゃが……

まさか『蛟』を放てるような者が居るのは予想外じゃったのう……


まぁ、その『蛟』も儂が『紫電』を放った瞬間、ミエルから狙いを逸らしてくれたようじゃし。

それに、儂らのやり取りを黙って見てくれていたようじゃが……敵意は無いととっても構わんのかのう?」



 テオドールはそう言うと目の前に立つ女性。メーテの反応を覗うのだが――



「ああ、敵意は無いさ。

『蛟』も脅しに使っただけで、これで実力の差を理解して引いてくれればとも思ったんだが。

まさか『鎮魂歌』を使おうとするとはな……流石に肝が冷えたよ」



 返って来た声を聞いて自分の耳を疑う。


 何故ならば、その声色はテオドールにとって遠い記憶の中の一部であり。

 この300年ついぞ聞くことが出来なかった声色だからだ。


 最近出来た闇属性の素養を持つ茶飲み友達。

 彼に出会ったから妙な期待をしてしまい、自分の都合の良い音として目の前の女性の声を拾ってしまったのだろう。


 それに加え、暗がりで顔をしっかり確認することは出来ないが。

 テオドールの記憶にある人物はこんなくすんだ金髪では無く。

 それに気付くと、頭を振って聞き間違いだと言い聞かす。


 しかし――



「久しいなテオドール。

すっかり爺さんになってしまったが、目元に昔の面影が残ってるな」



 目の前の女性は、記憶を揺さぶる声色で語りかける。


 それでも何処か信じられないのだろう。

 困惑する頭で情報を整理し始めるが追いつかず、思わず無言になってしまう。


 「そんな」「でも」「いや、まさか」

 テオドールは頭の中で否定の言葉を幾つもあげ、どうにか頭の中を整理するのだが。

 そんなテオドールを他所に目の前の女性は少し気まずそうな表情を見せると。



「もしかして忘れてしまったか?

まぁ、300年以上前となればそれもいたしかたなしか?

私だ、メーティーだよ」



 自分が何者であるかを告げた。



「ま、まさか……ほ、本当にメーティー様……

メーティー=メルワ―ル様なのですか?」


「ああ、メーティー=メルワ―ルだ。

と言うか始めて学園の名を知った時は驚かされたぞ?

まったく、勝手に人の性を使いおってからに」



 メーテがそう告げた事でテオドールは漸く整理することが出来たのだろう。

 その瞬間、歓喜とも言える感情が自分の身体を支配していくのが分かり。

 その場に膝をつくとまるで祈りを捧げるかのようメーテを仰いだ。



「な、なにをしている!?

は、早く頭をあげろ! と言うかここじゃなんだ。

積もる話もあるだろうし、い、家に招いてはくれないか?」



 テオドールのあまりに大仰な仕草に焦ったメーテは慌てて家に招いてくれるよう頼む。



「か、畏まりました! 粗末な場所ではありますが!」



 テオドールはそう言って家の中へ招こうとする。

 そして、「ミエルも付いてきなさい」と伝えると、3人はテオドール宅へと向かうのだが。



「へ? テオドール様のあの態度に……メルワ―ル様? へ?」



 状況を飲み込めていないミエルは呆けたようにそんな言葉を口にするのだった。






 そうしてテオドール宅の応接間へと案内されたメーテ。


 応接間にの中央には背の低い猫脚のガラステーブルがあり、それを挟むように一対のソファーが置かれていた。


 部屋を見渡してみれば、壁際に置かれた棚には意匠の感じられる陶芸品や木彫り細工。

 壁などには自然をモチーフにした絵画が数点飾られており。

 そんな部屋の様子を眺めながら、テオドールに促されるままにソファーに腰を下ろすと、沈み込むような柔らかさに上等なソファーである事を知る。


 このソファーは何処に行けば買えるんだろうな?


 などとメーテが考えている間にもテオドールとミエルは忙しなく動き回り。

 人数分の紅茶と、お茶菓子を用意し終えると対面のソファーに腰を下ろす。


 ミエルは形式上ではテオドールの付き人と言う事なので、座る、座らないでひと悶着あったのだが。

 テオドールに言いくるめられたことで渋々と言った様子でミエルは腰を下ろす事になった。



「ささ、冷めない内に飲んで下され。

高い物では無いのですが風味が独特でしてのう、愛飲させて頂いておりますのじゃ」


「そ、そうか、では頂いてみることにしよう」



 満面の笑顔でお紅茶を進めるテオドールに若干気押されながらも、メーテはカップを口へと運ぶ。

 テオ―ドルの言った通り少し独特の味がする紅茶ではあるのだが。

 メーテ自身嫌いな味では無く、一口だけすすると感心するように「ほう」と息を吐いた。


 そんなメーテの様子を見ていたテオドールは満足そうに頷き。

 未だ状況を把握していないミエルはなんとも強張った面持ちをしている。


 ミエルからすれば、殺す気で挑んだ相手が目の前に居ると言う状況なのだ。

 ミエルが強張る気持ちも充分理解出来たのだのが。

 何となく居心地が悪く感じてしまったメーテは、場の空気を尚ませる為にミエルへと話しかけた。



「そう言えば、ミエルと言ったか?

見た所20歳前後と言ったところか? その歳で終章まで使えるとは中々優秀なようだな」 


「こ、今年で18になります! お褒めの言葉ありがとうございます!

そ、それと先程は失礼いたしました!」



 未だ状況を把握していないミエルではあるのだが。

 師であるテオドールの態度から察するに、テオドールにとって大切な客人だと言うことくらいは理解しており。

 そんな相手に危害を加えようとしてしまった焦りから、慌てて謝罪の言葉を口にすると、深く頭を下げる。



「気にするな。約束も無く訪問した私が悪いし、使える者を守ろうとするのは当然のことだ。

……まぁ、選んだ手段は褒められるものでは無かったがな」



 メーテがそう言うと、ミエルは少しだけ安心して表情を柔らかくしたのだが。



「まったく、メルワ―ル様の言う通りじゃ!

いつも言っておるじゃろうに! 儂なんかよりも自分の為に行動しろと!」



 テオドールを守る為に自爆魔法まで使用したことを突かれてしまい、再度表情を強張らせることになる。


 そして、一度火が付いたら止まらなくなってしまったテオドール。

 アレやコレやとミエルの短所を指摘していくのだが。

 中には人に聞かれたくない失敗談も含まれていた為に、ミエルの顔に徐々に赤みが帯びて行く。


 それに気付かないテオドールは短所を並べて行くのだが――



「そう言えば幼少の頃なんか、布団隠していると思ったらおねし――」


「わ、分かりました!分かりましたから! それ以上はご容赦下さい!」



 流石にこれ以上語られた場合、精神が保てなくなると判断したミエルによって遮られることになった。


 そんな2人の様子を眺めていたメーテ。



「まったく、弟子だからと言って人に聞かせていい話と悪い話があるだろ?

もう少しそう言った点に配慮するべきだと私は思うぞ?」



 などと言って、テオドールのデリカシーの無さを嘆いて見せるのだが。

 もしこの場所にアルが居たのであれば、間違い無く冷めた視線を向けられていることだろう。

 完璧に自分の事を棚に上げた発言ではあるのだが、それを知らないテオドールは。



「流石メルワ―ル様ですじゃ! 不肖テオドール目から鱗の思いですぞ!

いやはや、魔法だけでも無く心遣いまで完璧とは……メルワ―ル様の弟子になれる者は幸せ者ですのう」



 そう言ってメーテを持ち上げるのだからメーテとしても悪い気はしない。その結果。



「ま、まぁな! 私にも弟子と呼べる存在が居るが。

魔力や使用できる魔法に技術だけで言ったら中々のものだぞ?

私からしてみれば、まだまだと言った所ではあるんだが……

なにより問題なのは、未だに甘えが抜けないと言ったところだろうな。


やれ「お風呂はいろ〜」だとか「添い寝して〜」だとか。

挙句の果てには、自立目的で学園都市に送りだしたと言うのに私が住んでいる場所を捜し出して、隣の部屋を借りる始末だからな〜。

まぁ、心配だから学園都市で隠れて見守ろうとしなければこんなことにもならなかったんだが……

そこは私にも甘い所がある――と言った所なんだろうな」



 アルが居ない事をいいことに願望と言う名の嘘を並べた揚句。

 まるで「まったくしょうがないヤツだよ」と言わんばかりにメーテは肩を竦めて見せた。


 まったくの大嘘で、アルが聞いたら間違いなく憤慨する場面であろう。

 しかし、嘘だと知らないテオドールは「流石メルワ―ル様ですじゃ」と頷き、感心した様子すら見せ。

 そんなテオドールの態度に気分をよくしたメーテは更に嘘を重ねようとするのだが――



「と、ところでテオドール様!

先程からメルワ―ル様と呼んでいらっしゃいますが、こちらの方は何方様なのでしょうか?」



 ミエルから質問されたことで口を閉じることになる。


 ミエルからすれば、弟子の話を続けられた結果、自分の恥ずかしい過去が暴露されるのでは?と言った懸念があり。

 自分の為に慌てて話題を変えようとしただけなのだが。

 図らずともアルの尊厳を守ることになったのだから、アルはミエルに感謝するべきだろう。



「ああ、そうじゃったそうじゃった。自己紹介が済んでいなかったようじゃな。

メルワ―ル様、こちらは儂の弟子であり従者であるミエルと申します。

ほれミエル、メルワ―ル様に挨拶を」


「は、はい!

先程は本当に失礼致しました、テオドール様の従者をやらせて頂いているミエルと申します!」



 ミエルは自己紹介をすると深く頭を下げた。



「よろしくなミエル。私の名前はメーティー=メルワ―ルだ。

テオドールはメルワ―ル様と呼んでいるが、今ではメーテと呼ばれることが多いんでな。

ミエルも気軽な感じでメーテとでも呼んで貰えたのなら助かるよ。

ああ、それとテオドールもだな。堅苦しいからお前もメーテと呼んでくれ」



 メーテがそう提案すると。

 「……流石に不敬では?」などと言って困惑した様子でテオドールは尋ねるのだが。

 続けて「異論は認めん」と伝えると、恐れ多いと言った感じではあるがテオドールは提案を受け入れることにした。


 流石に敬称は外せなかったようで「メーテ様」と呼んでメーテに渋い顔をさせていたのだが。

 まぁ、そこは仕方が無いかと言うことでメーテも受け入れる事にしたようだ。



「それで、メーテ様なのじゃが……

ミエルは学園が創立された理由は覚えておるかのう?」 


「は、はい! 大雑把ではありますが。

この地を去ってしまった『始まりの魔法使い』様に対する謝罪と感謝を込めて、教育機関を立ちあげたのが始まりだったと記憶しております!」


「ほ、本当に大雑把じゃな……

ま、まぁいいかのう……それでは、学園の名前の由来は知っているかのう?」


「た、確か、『始まりの魔法使い』様の性を冠していると聞いたことがあります」


「では、この方の名前はなんじゃ?」



 テオドールはチラリと視線を動かし、ミエルが視線を追うとそこにはメーテの姿がある。



「メーティー=メルワ―ル様です」


「学園の名前は?」


「学園メルワ―ルです」


「学園の元となった『始まりの魔法使い』様の性は?」


「メルワ―ル様です」


「で、この方は?」


「メーティー=メルワ―ル様です」


「と、言うことはどう言う事じゃ?」



 …………… 


 ………


 ……



「……へ?」



 全てを理解したミエルは、そんな間の抜けた声を漏らすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る