第133話 訪問


「ラトラ、今日は気を使って貰ってすまなかったな」


「全然問題ないにゃ、ソフィアは友達だからにゃ〜。

だけど、こんなに奢って貰って良いにょかな? 少し悪い気がするにゃ……」



 ラトラは屋台の料理が詰まった紙袋を両手に抱えながら尋ねる。



「気にするな、気を使ってくれたお礼だ。

それに、旅行でも頑張ったからな。そのご褒美だと思ってくれれば良いさ」


「おお〜、メーテさんは太っ腹にゃ!」



 返って来たメーテの言葉を聞いたラトラは、頬を綻ばせながら紙袋を大事そうに抱え。

 その姿を見たメーテとウルフは微笑ましいものを見た時のように笑う。



「それじゃあラトラ、寮までは目と鼻の先だが気を付けて帰るんだぞ?」


「了解にゃ! 今日は沢山奢ってくれてありがとうにゃ!

それじゃあ、またにゃー!」



 ラトラは紙袋を片手で抱え。

 空いた方の手で大きく振ると、学園の正門をくぐり寮のある方へと歩いていく。


 2人はラトラの姿が見えなくなるまで見届けた後。

 夜の帳が降りて尚、賑わいを見せる大通りへと踵を返そうとしたのだが――



「あーウルフ、悪いんだが一人で帰って貰って良いか?」



 メーテはピタリと脚を止めると、そんな言葉を口にした。



「どうしたの? 何か用事でもあるの?」


「……ああ、そうだな。用事というか、ちと人と会って来ようと思ってな」


「あら、珍しいわね?

まぁ、そう言うことなら先に帰ってるけど……危ない事じゃないわよね?」


「ああ、そう言ったことは無いと思うから安心してくれ」



 ウルフは少しだけ難しい表情を浮かべるのだが。

 メーテの言葉を信じることにしたようで。



「あんまり無茶はしないようにね?」



 とだけ伝えると、メーテに背を向け、大通りに向かい歩きはじめる。 


 その姿がお祭りで賑わう大通りの中へと消えたことで、学園の正門前に一人佇むことになったメーテ。

 何かを覚悟するように「よし」と呟くと、メーテは正門をくぐった。







「さて、目的の場所は何処かな?」



 メーテの視線の先にあるのは学園の案内板。

 目的の場所を探る様に案内板を眺めていると、目的の場所を発見する。



「ふむ、このまま真っすぐ進んで三棟目……と言うか自宅が学園内にあるのか……」



 目的地の場所を記憶したメーテは案内板通りに歩みを進め。

 程なくして目的の場所へと辿り着くのだが。



「魔除けの結界か……破るか? いや、流石にそれはまずいか……

ふむ、普通に訪問して通してくれるようなら楽なんだが……」



 目的地である一軒の屋敷には結界が張られていることに気付く。


 メーテからすれば結界を破る事など造作も無いことであったが。

 結界を破ってしまった場合、敵と認識される可能性が高く。

 本来の目的にそぐわないと判断したメーテは結界を破ると言う考えを頭から追い出すと。



「まぁ、とりあえず普通に訪問してみるか」



 余計な事はせず、普通に訪問する事を決めると屋敷の玄関へと近づいた。


 しかし、その瞬間。



「このような時間に何の御用でしょうか?」



 背後からそんな声が掛かる。


 メーテは振り向き、声の主を確認すると。

 そこに立っていたのは腰まである黒髪が特徴的な、非常に端整な顔をした女性の姿があった。



「ああ、夜分にすまないな。ちとここの家主に用事があってな」


「用事ですか? 一体どのようなご用件で?」


「ああー、なんだ? 昔の知り合いといった感じなんだが……言葉にして説明するのは難しいな。

まぁ、メーティーが来たと伝えて貰えれば分かると――ふむ、何故敵意を向けている?」



 あからさまな敵意を向けてくる黒髪の女性。

 こうも明確な敵意を向けられてはメーテとしてもあまり良い気がしない。

 だが、夜分に訪れると言う非礼に加え、突然の訪問であることを思い出すと、その気持ちをグッと抑え込み。



「また後日にとでも思ったんだが、そうするのも会うタイミングを逃してしまいそうでな。

こちらの都合でこんな時間の訪問になってしまった訳だが……

つまらないものだが、屋台で買ったお土産もある。

良かったら家主に取り次いで貰えはしないだろうか?」



 敵意が無いことを伝えようと、お土産の詰まった紙袋を指に摘み、ゆらゆらと揺らして見せた。


 しかし――



「申し訳ありませんが、それは出来ません。

本来であれば確認の一つでもする場面ではありますが。

こんな時間の来訪、しかも――闇属性の素養持ちの訪問となれば尚更です」



 黒髪の女性はそう言うと、メーテに対する敵意をより濃いものにするのだが。

 もし、メーテが正式な手順を追った上での訪問であればこの様に敵意を向けられることも無かっただろう。


 黒髪の女性は闇属性の素養があるからと言って差別をしないよう師から言いつけられており。

 闇属性だからと言って悪と断定しないだけの分別があった。

 しかし、闇属性の素養の持ち主と言うのはその出生や境遇から、道を踏み外す輩も少なくは無く。

 ミエル自身、色眼鏡で見ないようにしていても、闇属性の素養持ちは警戒に足ると言うのが現実であった。


 そして、刺すような敵意を向けられたメーテはと言うと。



「ほう、その若さで素養を見抜くか。ふむ、中々に優秀のようだな」



 素養を言い当てられてことに驚きはするも、危機感を感じるよりも感心して見せるのだが。

 黒髪の女性からしてみれば、その余裕とも言えるメーテの態度が癇にさわってしまったのだろう。



「ふざけないで下さい」



 黒髪の女性は声を静かに荒げると。

 腰に差してあった指揮棒のような物を抜き放ち、メーテが揺らしていた紙袋を切断して見せた。


 半ばから切断された紙袋はドサリと地面に落ち。

 中には詰まっていた屋台で買った粉物がベチャリと音を立てると。

 緊迫した空間に似つかわしくない、食欲をそそる匂いが2人の鼻孔をくすぐる。


 折角のお土産を駄目にされてしまったメーテだったが。

 それでも非礼は自分にあると判断したようで、文句を言うことも無く言地面に落ちた粉物を拾い上げ。



「ふむ、これは困ったな……警戒するのは分かるが、家主に取り合ってくれないだろうか?」



 そう言って再度交渉を試みるのだが――



「必要ありません」



 そんな否定の言葉がメーテの耳に届くと同時に『紫電』の光が襲い掛かる。


 無詠唱で放たれた『紫電』の光が暗闇を照らし。

 暗闇に一筋の線を描くと、寸分たがわずメーテへと光の尾を伸ばす。


 その光景を見た黒髪の女性は『紫電』が命中する事を確信するのだが。

 そこには奢りも慢心も無く、ただの光景として表情も変えずに見届けていた。 


 だがしかし――



「なっ!?」



 『紫電』の光はメーテの身体に触れることも無く霧散して見せ。

 目の前で『紫電』が霧散したことに対して驚きの声をあげることになってしまう。


 無詠唱での一撃で意識を奪い、夜間に現れたこの不審な訪問者の身柄をゆっくりと調べればいい。

 黒髪の女性は、そんな考えの元で『紫電』を放っていた。


 随分と乱暴な考えではあるのだが。

 只の不審者であればそのまま始末すれば良いし。

 逆に家主の知人であるならば、知人に対しての不敬を償えば良いと考えており。

 たとえ、その結果『死』で償えと言われたとしても。

 それで家主に対する危機を取り除けるのであれば、それはそれで構わないとも考えていた。


 それは言ってしまえば家主に対する敬愛――いや、崇拝とも言える感情で。

 黒髪の女性は、ソレを理解して尚、それで良いと結論付けており。

 そのような覚悟の元に『紫電』を放った訳なのだが……


 そんな黒髪の女性の覚悟や思惑など知る筈も無いメーテ。



「ふむ、穏便にと思ったのだが……ここまでされて穏便にと言うのも少し癪だな。

どれ、少しばかり躾けてやろうじゃないか」



 そう言うと目つきを鋭いものにする。



「……躾? 舐められたものですね。

――いいでしょう、躾けられるものなら躾けて頂きましょうか?」



 メーテの視線を受けて尚、気押された様子を見せない黒髪の女性。

 指揮棒のような物、実際は指揮棒を模して造られたミスリル製の杖なのだが。

 それを宙に這わせると一筋の雷光を放つ。


 それは中級魔法である『雷閃』。

 中級魔法であるからして初級魔法である『紫電』よりも威力が高く。

 黒髪の女性――ミエルが使えばハイオーク程度なら瞬殺も可能とした魔法であった。


 ミエル自身、それを理解している為、表情には出さずとも勝利を確信し気持ちを緩めたのだが――



「雷閃までも無詠唱か。本当良い教育を受けているようだな」



 そんな言葉と共に『紫電』同様『雷閃』までも霧散させてしまうのだから理解が追いつかない。

 その所為か。



「……何をしました? いや、言わなくて結構です」



 思わずそんな言葉を漏らしてしまうのだが、この一言は迂闊と言えるだろう。

 要するにメーテが何をやっているのかを理解していいない事を吐露しているのと同義で。

 一種の格付けを済ませてしまう様な一言と言える。


 それにすぐさま気付いたからミエルは答えを聞くことを放棄したのだが。

 放棄したとしても口に出してしまったことは変わらない。


 それに加え。



「何をしたと聞かれたら同じ魔法を同じ質量で放ち相殺したと言ったところか?

まぁ、それだけなら相殺した際に衝撃を伴うから、魔素に干渉し衝撃を打ち消すと言うこともしているがな」 



 ご丁寧に説明してくれるのだからミエルからしたら堪ったものではない。 


 この事により完全に格付けが済んでしまった訳なのだが。

 格付けが済んでしまったからと言って、それで勝敗に直結するとは限らない。

 現にミエルは格上と言った者を相手にし、困難と思える状況から勝利をつかみ取った経験が何度もある。

 だからこそ、相手が格上だと言う事を瞬時に受け入れると、ミエルは気持ちを切り替えて見せたのだが――



「今度は私の番だな」



 その言葉と共にパチンと指を鳴らす音がミエルの耳へと届く。

 そして次の瞬間、目に飛び込んできたのは――



「せ、精霊魔法!?」



 ミエルの目に飛び込んできたのは蛇を象った水流。

 『蛟』と呼ばれる水属性の精霊魔法だった。


 そして、ミエルはその事実に驚愕する。

 精霊魔法を使える者は決して多くはなく。

 それに加え、無詠唱での行使ともなれば更に人数は限られ、自分の師を入れても世界に10人居るか居ないかだ。

 勿論、ミエル自身使える訳も無く、目の前の光景にただ目を見開くことしか出来なかったのだが。



「これはサービスだ」



 メーテはそう言うと、2匹目の『蛟』を平然とした様子で召喚してみせた。


 そして、この行為にミエルは再度目を見開く。

 『蛟』の2体召喚なんて言うのは自分の師である『賢者』。

 それに神童と呼ばれ、S級相当の力を持ち合せてると聞く『全知』くらいしか聞いたことが無かった。


 そのことを知っており、師を敬愛し、崇拝しているからこそ。

 同等の行為をやってのけるメーテには叶わないと言う事をミエルは理解するのだが……


 理解したからこそ、この危険な人物を会わせる訳にはいかない。

 そう決意を新たにする事になった。



「貴方は危険ですね……

今の私では到底勝つことは出来ないでしょう……ですが!!」



 その言葉と共に指揮棒に魔力を込め。



「この命を引き換えにしてでも 貴方を果たしてみせます!!」



 まるで目の前に楽団が居るかのように指揮棒を踊らせるミエル。


 その行為を見たメーテは目を見開き。



「莫迦がっ!! こんな所で命を散らそうとするヤツが居るかっ!!」



 ミエルが魔法を完成させる前に『蛟』で意識を奪おうとするのだが。



『交響楽団 終章 鎮魂――』


 

 『蛟』が届くよりも魔法の発動が先だと思ったのだろう。

 ミエルはその顔にうっすらと笑みを浮かべる。


 しかし――



「莫迦者がっ!!」



 叱咤の言葉と共にミエルの背後を『紫電』が襲い。

 その事により、ミエルが構築していた魔力の反流は魔素の中へと溶けて行く。


 聞き覚えのある声、身に覚えのある魔法が自分を襲った事に混乱が隠せないミエル。

 敵であるメーテが目の前に居ると言うのに、メーテから意識を切り、声の主へと視線を向けると――


 そこに居たのは敬愛し崇拝する師の姿『賢者テオドール』の姿がそこには在った。

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