第132話 射的

 ……何? あの三文芝居?


 気を使ってくれたのは嬉しいけど、流石にあの三文芝居は酷過ぎでしょ?

 もしかしたらアルに私の気持ちが気付かれちゃったかも?


 そう思うと、顔が赤くなっていくのが分かって思わず顔を伏せちゃったんだけど。



「……折角だし、一緒にお祭り周ろうか?」



 アルはいつもと変わらない声色でお祭りに誘う。


 それは凄く嬉しかったんだけど。

 その反面、アレだけ露骨な芝居を見せられたって言うのに、まったく気付く素振りを見せないアルに少しだけ腹が立ってしまう。


 もしかして私に興味が無いのかな? 少しだけ不安になってしまうけど。

 今は折角のお誘いなんだし、モヤモヤした気持ちでお祭りを周るなんて損だ。


 そう思った私は気持ちを切り替えると、アルと並んで賑わいの中へと飛び込むことにした。






 そうして、お祭りを楽しみ始めた私達。

 屋台を眺めながら歩いていると、アルが声を掛けてきた。



「そう言えば、旅行から帰ってからも魔力枯渇は続けてる?」


「ええ、寝る前に魔力枯渇するようにしてるけど……

凄くきついわよね……本当に慣れる日が来るのか不安だわ……」


「あははっ、確かに最初の頃は辛いよねー。

あっ、そうそう。冷やした布を用意して額を冷やしておくと少しは楽だよ?

まぁ、本当気休め程度なんだけどね……」


「気休め程度でも充分ありがたいわよ? 今日の夜、早速試してみるわね」



 「うん、試してみてよ」と言うとアルは笑顔を浮かべる。  


 普段は大人びたアルだけど、その笑顔は年相応の子供が浮かべるような無邪気なもので。

 そんな笑顔を向けられた私は、思わずドキリとしてしまう。



「あ、あそこに射的があるみたいね! ア、アル! やってみない?」



 それを誤魔化すように大きめの声を出すと、射的の屋台へと向かったんだけど。



「……坊主、また来たのか?」



 屋台のおじさんはアルの姿を見て呆れたように笑い。

 アルはアルで気まずそうな表情を浮かべている。


 もしかして、私達と合流する前にこの屋台に寄ったのかしら?

 そんな疑問を浮かべたんだけど、どうやら当たってたみたいで。



「ははっ……また来ちゃいました」



 アルはそう言うと、やっぱり気まずそうにしながら頬を掻いた。



「え、えっと、さっきも来たなら別の場所に行く?」



 気まずそうなアルを見て、場所を移す事を提案してみたんだけど。

 アルは「大丈夫だよ」って言った後に「何か欲しいのある?」って尋ねる。


 欲しいもの……照れ隠しで誘っちゃったから、特に欲しいものは無かったんだけど。

 そう言われて景品を並べられた棚を見て見れば、赤い石が埋め込まれた簡素だけど可愛らしい指輪が目に入った。



「え、えっと、あの木彫りの猫が可愛いかな?」



 正直に言えば指輪が欲しいと言いたかった。

 でも、でもソレを伝えるのは流石にあからさま過ぎる気がするし……恥ずかしい。


 だから、私は本音を誤魔化して次に興味があった猫の置物に興味がある振りをしたんだけど。



「ね、猫の置きものだね。 う、うん分かったよ。

プレゼントするからちょっと待っててね」



 何故だかアルは露骨な程に狼狽えて見せ。

 屋台のおじさんは面白いことでもあったのか声を出して笑って見せた。


 一体どうしたのかしら?

 2人のやり取りを見て疑問に思っている間にもアルは料金を払い。

 おじさんから矢を受け取ると弓をつがえた。


 アルが弓を使っている姿なんて見たこと無かったけど、その姿はなかなか堂に入っていて。

 流石アルね。なんて思っていたんだけど――

 アルが放った矢はポトリと言った擬音と共に地面に転がることになった。



「……さて、次は本気出すかな」



 アルはそんな言葉を口にし、再度矢を放つんだけど。

 やっぱりアルの放った矢はポトリと言う擬音と共に地面に転がってしまう。


 その様子を見た私は、屋台のおじさんとの会話やアルの見せた態度。

 そのすべてを照らし合わし、この屋台でどのようなやり取りが行われていたのかを察してしまい、なんだか力無い笑いが零れてしまった。


 多分だけど、以前来た時も今のように失敗して、何度も挑戦することになったんだと思う。


 それを察した私は。

 こと戦闘に関して完璧なアルなのに、苦手なこともあるんだなー。

 なんて思うと、アルの新しい一面を知れたことがなんだか嬉しく感じる。


 それと同時に、あんまり無理させちゃうのも悪いかな?

 そう思った私は、プレゼントして貰えないのは少しだけ残念だけど。

 渡された矢を打ち尽くしたら、アルを傷付けないよう上手く誤魔化しながら移動を提案しようと決める。


 そんな風に考えている間にもアルは失敗を繰り返し。

 最後の矢に手を掛けると、狙いを定めて矢を放ったんだけど。

 最後の矢も狙い通りの軌道を描くことは無く、猫の置物から大きくそれて飛んでしまい――



(……やっぱり、ちょっと欲しかったな)



 猫の置物をプレゼントして貰えないことに少しだけ肩を落としてしまう。


 だけど――



 カコンッ



 何かが落下する音が聞こえると、屋台のおじさんはソレを拾い上げる。



「坊主、狙いが反れちまったけどラッキーだったな」



 そう言ったおじさんの手には、赤い石が埋め込まれた指輪が握られていて。



「坊主には散々稼がせて貰ったからな、猫の置物が欲しかったんだろ?

良かったらコイツと交換してやるけどどうする?」



 そんな言葉を口にした。


 そして、その言葉を聞いたアルは。



「良いんですか? でしたら交換して貰おうか――」



 提案を受け入れ、交換をして貰えるようにお願いしようとしたんだけど――



「だ、駄目っ!」



 私はソレを遮った。



「えっ? で、でもソフィアは猫の置物が欲しかったんじゃ?」


「そ、そうよ! で、でも!

折角落としたんだから、交換するなんてもったいないじゃない?

ほ、本当は猫の方が良かったけど、この指輪も結構良いものだと思うわよ? うん」


「猫の置物の方が良いなら――」


「い、いいの!!」


「は、はい」



 私の剣幕に押されてしまったのか、アルは若干引き気味だったけど。

 指輪を死守出来た事に私はホッと胸を撫で下ろす。


 アルはおじさんから指輪を受け取ると。



「ソフィア、猫の置物は取れなかったけど、代わりにこれをプレゼントするね」



 指輪を私の手のひらにそっと置く。

 本音を言えば指にはめて貰いたかったけど、そこまで求めるのは流石に我儘だろう。

 そう思った私はアルからの初めての贈り物。

 それも指輪であることに頬を緩ませると、手のひらに収まった指輪をギュッと握りしめる。


 そうしていると。



「お嬢ちゃん、無粋な提案して悪かったな」



 屋台のおじさんに耳打ちをされ。

 初めて会ったおじさんにすら気持ちを見抜かれてしまう自分の分かりやすさが恥ずかしくなり。

 一気に頬が熱くなって行くのが分かるんだけど。

 それと同時に、アルの鈍感さを実感し。

 喜んでいいのか、それとも嘆いていいのか分からなくなってしまい。

 複雑な表情を浮かべてしまう。


 隣でコロコロと表情を変えていると言うのに。

 やっぱりアルは私の気持ちに気付く素振りも無く。



「じゃあ、次は何処行こうか?

そうだ、さっき女の子が好きそうな屋台見つけたからそこにでも行ってみる?」



 そんな言葉を口にするのだから、参ってしまう。


 本当に鈍感と言うかなんと言うか……

 本当は私の気持ちに気付いているのに気付かない振りしてるんじゃないかしら?

 そんな風に疑ってしまうけど、今はまだ、こんな関係が心地いのかも知れない。

 そう自分に言い聞かせ。



「そうなの? じゃあ、次はそこに行ってみましょうか?」



 私の気持ちが悟られないよう、いつもの自分でいようとしたんだけど――



「ちょっと混みあった場所だからはぐれないようにしなきゃね」



 そう言って手を差し伸べるのだから、本当に参ってしまう。


 私は頬が赤く染まっていくのを感じながら。

 差し出された指先をそっと握り返すのだった。

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