第135話 300年分

 

「へ? と言うことはメーテ様が『始まりの魔法使い』様……」



 全てを理解したミエルではあったのだが。

 その事実が受け入れられるかと言えばまったくの別問題で、酷く混乱した様子を見せる。


 そして、何を血迷ったのか――



「さ、先程の無礼はこの命を持って償わせて頂きます!」



 ミエルはそう言うと、小振りのナイフを取り出し自らの首に当てようとする。


 その行動にギョッと目を見開くメーテとテオドール。



「お、落ち着け! わ、私は気にしてないから先程の事は水に流そうじゃないか! な?」


「な、何をしておる!? 馬鹿な真似はするんじゃない!」



 慌ててミエルの行動を制止しようとするのだが――



「は、離して下さい! 元より不敬を働いた場合、死を持って償うつもりで『紫電』を放ったのです!

そ、それにです! こうでもしなければテオドール様に迷惑がかかるじゃありませんか! ふぐぅ」



 ミエルはそう捲し立てると、目の端にうっすらと涙を浮かべる。


 メーテとテオドールからすれば、自害される方が余程迷惑ではあるのだが……


 それに気付かないミエルは再び首にナイフを運ぼうとし。

 慌てて止めに入った2人よって取り押さえられると、ミエルの手からナイフが零れ落ちた。


 床に転がるナイフを見て、ホッと息を吐く2人。


 そしてミエルはと言うと。

 どうやら泣くのを我慢しているようで、「ふぐぅ、ふぐぅ」と鼻の奥を鳴らすのだが。

 本当に学園都市で5本の指に入る美貌の持ち主なのだろうか?

 そう疑いたくなる程度には、今のミエルの表情は幼く拙い。


 混沌とした状況に加え、ミエルの面倒臭さを実感したメーテは思わず溜息を吐きそうになるが。

 ソレをなんとか我慢すると、優しい表情でミエルに声を掛ける。



「本当に私は気にしていないからミエルも気にするな。

テオドールも迷惑なんて思ってはいないさ。なぁ? テオドール」


「そうじゃそうじゃ! 先程も言ったじゃろ?

そうやって命を無駄にしようとすることの方が余程迷惑じゃし悲しいことなんじゃぞ?」


「で、ですが! それでは私の気が収まりません! どうか不敬を働いた私に罰を! ご迷惑をお掛けした事に対する罰を! ふぐぅ」


「わ、分かったから落ち着け!」


「そ、そうじゃ! 少し落ち着くんじゃ!」


   

 必要に罰を求めるミエルではあるが。

 メーテは罰を望んでいる訳では無いので、むしろ、ミエルの訴えこそ迷惑と言えるだろう。

 もはや迷惑と言うよりかは「この子面倒臭い!」と言う感情がメーテの中で加速度的に膨らんで行くのだが…… 


 だがしかし、それを顔に出してしまった場合、更に面倒な事態になるだろう。

 そう思ったメーテとテオドールは、一瞬の目配せでお互いの内心を察すると。

 どうにか表情を取り繕い、この場を穏便に乗り切る事に決める。



「と、とりあえず、罰はテオドールと話し合って決めておく!」


「う、うむ、ミエルの罰は決めておくから、沙汰を待つんじゃ!」


「か、畏まりました! ふぐぅ」



 2人がそんな言葉を口にすると、ミエルは漸く納得したのだろう。

 安堵した様子でぺたりと地面に座り込み。

 そんなミエルの様子を見た2人は大きな溜息を吐くのであった。






 それから少し時間が経過するとミエルも落ち着きを取り戻したようで。

 その様子を見届けたメーテとテオドールはソファーに腰を掛け、紅茶を啜ると――



「随分と話が逸れてしまったが……

そう言えば、今日この場所に来たのは理由があるんだったな」



 ふと思い出したかの様に言葉を口にするメーテ。

 実際は忘れてなどおらず、話すタイミングを覗っていただけなのだが。

 それを知らないテオドールはキョトンとした顔で「理由ですか?」と尋ねる。



「ああ、ここに来た理由なんだが……

何も告げずこの地を離れてしまった……その事に対して謝罪しようと思っていてんだ。

――本当にすまなかった」



 メーテは謝罪の言葉を口にすると深々と頭を下げた。



「な、何を!? 頭を上げて下され!」



 テオドールが頭を上げるように言ったことでメーテはゆっくりと頭を上げるのだが。



「還御祭の劇で知ることになったんだが、私を探す為に随分と苦労を掛けさせてしまったみたいだな。

その事についても謝罪したいと思っていたんだ。

テオドール――本当にすまなかった……」



 顔を上げたメーテからは謝罪の言葉が続けられ、申し訳なさからか瞳からは力が感じられない。


 そんなメーテの様子を見たテオドール。

 ふうと息を吐くと、好々爺と言った表情を浮かべメーテに語りかける。



「メーテ様、メーテ様は何も謝る必要はありません。あれは儂達の責任ですじゃ。

メーテ様は口を酸っぱくして言っておられました「満たされれば想像は停滞する」と。

それなのに皆は魔法研究によって齎される利益に溺れ。

魔法に必要不可欠な想像を放棄し、現実と金勘定に傾向して行きおった。

……あれではメーテ様に見放されてしまっても文句は言えますまい」



 メーテを中心として作りあげられた共同体。

 テオドールが言う通り、その内部は利益に溺れる者が半数を占めており。

 メーテが離れる直前には、貴族連中や商人などと手を組み如何に利益を上げるかに苦心するものばかりが増え、純粋に魔法を極めんとする者は少数となっていた。


 挙句の果てには利益目的に他人の足を引っ張る様な輩も出る始末で、有り体言えば腐っていたと言っても過言ではないだろう。


 そんな末期の状況を知っており。

 純粋に魔法を極めんとしていたメーテの姿と、共同体のあり方に乖離がある事を知っているからこそテオドールは謝る必要が無いと伝えたのだが――



「テオドールが言う通り、利益に溺れる者が多く居たのは事実だが。

テオドールのように利益に溺れ無い者も居たのも確かだ。

それを見捨てる様な真似をしたのだ……

テオドールは謝罪する必要が無いと言うが、やはり謝罪をするべきだろう」



 メーテは謝罪の必要性を説いて見せる。



「だから、本当にすまな――」



 そして、再度謝罪の言葉を口にしようとするメーテだったのだが。



「謝罪の言葉は必要ありませぬっ!」



 テオドールの強い口調によって遮られることになってしまった。



「儂達は知っていた筈なのです! メーテ様が只魔法を学びながらゆっくりと静かに暮らしたいと言う事を!

それなのに儂達は利益に溺れてしまい、その結果、村であったこの場所は村から町へ。

そして町から街へと姿を変えていき、最終的には都市と呼ばれるようになっておった……」


「テオドール……」


「それなのにメーテ様は儂達に付き合ってギリギリまでこの場所に居て下さった。

人が増えれば危険も増えると言うのに、ギリギリまで儂達に付き合って下さったんじゃ……

メーテ様には儂達を責める必要があっても、謝罪する必要なんて一つもありませぬ」



 そこまで話した所で感極まってしまったのだろう。

 テオドールは懐からハンカチを取り出すと、目尻に溜まった涙を拭う。



「それにです……

メーテ様のことですじゃ、これ以上都市として大きくなり、人が集まることで素性がばれ。

そのことで儂達に迷惑を掛けるとでも考えてこの地を離れる事にしたのではありませぬか?

だとしたら無暗に村を発展させた儂達の責任……むしろ追い出してしまったみたいなもの……

本当に申し訳ありませぬ……」


「謝るなテオドール。どんな理由があろうと言葉が足らなかったのは私の責任だよ。

ちゃんと伝えておけばテオドールに苦労させることも無かったのにな……

昔からだが、そう言った点は何時まで経っても拙いままだな、私は」



 そんな会話を交わした所でなんともしんみりとした空気が流れてしまうのだが。

 折角メーテと再会出来たのだから、お互い過去を悔むよりも今は再会できた喜びを感じるべきだろう。

 そう考えたテオドールは「少し失礼します」と言い残すと棚へと向かい。

 なにやら取り出すとテーブルの上にトンッと置いた。



「一杯付き合って貰えませんかのう?」



 テーブルに置かれたのは一本の瓶と3つのグラス。


 それを見たメーテは瓶の中身が何であるか察すると懐かしそうに笑う。



「昔はこんなもの何処が美味しいんだかと言っていたが、飲めるようになったのか?」


「あれから300年は立っていますからのう。

流石に歳を重ねれば飲む機会も増えますし、下戸と言う訳でもありませんからな」


「そうか……300年か」



 メーテがそう呟くと、ポンと言う栓の抜ける音が耳に届き。

 トクトクと言う音と共にグラスが琥珀色に満たされて行く。



「ミエルも飲むじゃろ?」


「えっ? あっ? は、はい! いただきます!」



 そうして3つ目のグラスにお酒が注ぎ終えると。



「今日と言う再会の日に――」



 そんな言葉と共にグラスの重なる音が響き。

 300年と言う時間を埋めるように語らい始めるのだった。

 


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