第126話 ――はい

 メーテさんの後に続いてキシリと鳴る階段を降りて行き。



「さぁ、中へ入ってくれ」



 部屋の中へと通された私は思わず驚きの声を上げてしまう。



「……す、凄い」



 私の実家にも書斎はあるけど、せいぜい三段程度の棚が埋まる程度だ。

 それに比べ、私が通された部屋には天井まで届く本棚が全面に置かれていて。

 その本棚には隙間が無い程びっしり本が並べられているのだから驚かされてしまう。


 それに加え、床に目をやれば私の腰の高さまで積まれた本の山なんかが幾つもあり。

 そんな本の題名を見れば学園にも置かれていないような魔術書や学術書だと言うのだから尚更だ。


 それに……へ? これは禁忌経典!?

 ……いえ、きっと気のせい……流石にそんな物がある筈ないわよね?


 私は馬鹿な考えを頭を振って散らそうとするんだけど……



「あまり迂闊に触らない方が良いぞ?

触れただけで呪われてしまう類の本もあるからな」



 禁忌経典の特徴である『呪い』と言う言葉を聞かされたことで身を竦めることになった。


 そんな私を他所にメーテさんは2脚の椅子を用意し。



「散らかっていてすまないな。とりあえず座ってくれ」



 そう言って座る様に促すと、積まれた本をテーブルの代わりにするようにホッミルクを置いた。


 だけど、この本も……『メルワ―ルの魔道書』のような気がするんだけど?

 し、しかも装丁からして初版本のような……


 現在の価値で換算するなら大金貨で数十枚はするであろう本。

 それをテーブル代わりにしていると言う事実に眩暈を覚えていると。



「さて、アルの話だったな。

ソフィアはどうしてアルが闇属性魔法を使えると思ったんだ?」



 メーテさんはホットミルクを口に運んだ後、そう尋ねた。


 その言葉で意識を切り替えた私は真剣な表情を作ると口を開く。



「――それはオークキングとの戦闘を見たからです。

私自身、ハイオークと交戦していたので一部始終見ていた訳じゃないんですが。

アルがオークキングに止めを刺す直前。

オークキングはまるで重いものを身体で受け止めてるように膝をつきました。


学園では闇属性の使用方法こそ教えることはしませんが。

その特徴や対策方法は教えてくれるので、授業で聞いた内容とオークキングに起きた現状が似ている気がして……

もしかしたらアルが使ったのは闇属性魔法では? そう思ったんです」



 私がそこまで話すと。



「まったくアルのヤツは……

その場に居合わせた者の中で、ソフィア以外にも怪しんでいる者は居るのか?」



 メーテさんは眉根を揉みながら尋ねる。 



「い、いえ、気付いたのは恐らく私だけだと思います」



 困ったような表情を浮かべるメーテさんを見て、私が慌てて答えると。



「――そうか、ソフィアはアルのことを良く見ててくれてるんだな」



 そう言って、何故か嬉しそうな表情を浮かべた。



 その後、何となく間が空いてしまい。

 無言になった部屋にホットミルクを啜る音が2つ響く。


 メーテさんはカップから口を離すと、ふぅと息を吐き。

 同じ女性だと言うのにその仕草に思わず見惚れてしまう。


 そうして見惚れていると、メーテさんは少しだけ瞑目し――



「ふむ、ソフィアに尋ねられた時点で話す事は決めていたが。

ソフィアにはちゃんと話しておいた方が良いのかもしれないな」



 そんな言葉の後に、ポツリポツリとアルについて話し始めた。






 そうして、メーテさんに聞かされた話の内容に私は何も言えなくなってしまった。


 アルが闇属性の魔法を使えると言うのは予想が付いていたけど。

 まさか、素養があるなんてことまでは想像していなかったし。

 それにアルの生い立ち。

 初めてアルとメーテさんを見た時にあんまり似ていないなとは思ったけど。

 本当の姉弟じゃなく、血の繋がらない捨て子だなんてことも想像していなかった。


 そしてなにより。

 胸の中にある一つの感情の所為で上手く言葉にする事が出来ない。

 そうして黙ってしまっていると。



「どうした? 闇の素養と聞いて嫌いになったか?」



 メーテさんが尋ねる。



「そ、そんなんじゃありません!」



 確かにこの国では闇の素養を持つと言うことは忌避の対象だ。

 王都では特に根強い排他的姿勢を見せているし。

 この国の国教でもあるヴェルニクス教が悪と謳っていることからも、闇属性の素養を持っている者に対して良い感情を持つ人は少ないと思う。


 だけど、私が何も言えなくなったの悪い感情を持ったからじゃない。



 ……こんな話を聞いた後だと言うのに――私は嬉しかったんだ。


 自分でも不謹慎だとは思っている。

 アルの生い立ちから今までの境遇を考えれば、この世界は生きにくいと思うし。

 アルの立場は危ういモノだとも思う。


 本来ならアルのことを気遣うような。心配するような。

 そんな言葉が出て来るのが当然の場面の筈なのに。


 そう思うよりも、そう言った状況の中で闇属性の素養を隠しながらダンジョンに潜り。

 大人でも貯められるか分からない程の大金を貯め、幼い私との口約束を果たしてくれた。


 ……その事が嬉しくてしょうがなかったんだ。


 だから、何も言えなくなってしまった。 

 アルの境遇や内心よりも嬉しさが勝ってしまったから……



「最低だな……」



 その所為か、自虐する言葉を漏らしてしまう。


 そんな私を見て、メーテさんは困ったように笑うと。  


 

「まぁ、闇属性の素養を持つ者なんて言うのは忌子なんて呼ばれ恐怖の対象でもある。

ソフィアがアルに忌避感を持ったとしても誰も責めはしないから、自分を責めなくてもいいんだぞ?」



 私の言葉を勘違いしたのか、庇うような言葉を口にする。

 私は慌てて自分に向けた言葉である事を説明しようしたんだけど――



「まったく、アルには困ったものだな。

私の言いつけも聞かず闇属性魔法をほいほいと使いおってからに……」



 メーテさんが言葉を続けた事で説明するタイミングを逃してしまい。

 そんな私を他所にメーテさんは更に言葉を続けた。



「ここまで育ててやったと言うのに迷惑をかけるような真似はしないで欲しいものだよ」



 その言葉にムッとしてしまった私は反射的に反論する。



「め、迷惑って! 確かに闇の素養がばれたらメーテさんにとっても他人事では無いかも知れませんが、その言い方はあんまりです!」


「ん? 何故だ? 育てた恩を仇で返されたら堪ったものではないだろ?」


「仇って! 何でそんな言い方するんですか!」


「どうしたソフィア? 何をそんなに怒っているんだ?」



 どうした? はこっちのセリフだ!!

 メーテさんが何故こんな言い方するのか分からず混乱する中。

 メーテさんは駄々っ子を見る様な視線を私に送ると、溜息交じりに言葉を吐く――



「……所詮は捨てられた子と言う訳か」



 その言葉で一瞬にして頭に血が上って行くのが分かった。



「取り消して下さい! 幾らメーテさんでも言っていいことと悪いことがあります!

それに! あの場面でアルが闇属性魔法を使わなければ私達はきっと死んでいました!

だからアルは私達の事を守る為に闇属性魔法を! 

もし闇属性魔法を使えるってばれたら自分の身に危険があるかも知れないって言うのに!

それなのにアルは! だから使ったんです! 私達の為なんです!

アルは! アルは褒められることをしただけで――」



 頭に血が上った所為で上手く説明することが出来ない。

 それでも――どうにか言葉を繋ぎ、アルは悪くないと言う事を伝えようとする。


 だけど、やっぱり頭に血が上って居る所為か上手く言葉に出来ず。

 伝えたいことが伝えられないもどかしさから更に混乱してしまう。


 自分自身の不甲斐なさや。

 メーテさんが何でそんな事を言うのか?

 アルはメーテさんの言葉を聞いたらどう思うのか?

 そんな思考が頭の中でぐちゃぐちゃになってしまい。




「――だがらっ! メ―デさんだけはそんなごどはいわないであげてぐださい!」



 

 それと同時に感情が整理出来なくなった私は泣きだしてしまう。



「ソ、ソフィア!?」



 メーテさんはそんな私を見て、目に見えて狼狽えて見せた後。



「悪かった! 悪かったソフィア!」



 そう言って私のことをギュッと抱いた。


 そして、あやす様に私の背中を撫でるメーテさん。



「闇属性の素養があると知った今、もしかしたらアルに対して悪い感情を持ったかも知れない……

そう思ってソフィアのことを試すような真似をしてしまったよ……

だから安心してくれ、先程言った様なことは欠片も思ってなどいないさ。


ソフィアだから話すと決めたと言うのに……

本当、私は浅慮で愚かだな……すまない、本当にすまなかったなソフィア」



 その言葉を聞いて、さっきの言葉かメーテさんの本心じゃない事が分かり安心する。


 その所為だろうか?

 少しずつ冷静になって言った私は、このままじゃ涙でメーテさんの服を汚してしまう。

 そう思って慌てて離れようとしたんだけど。


 メーテさんの柔らかさや、お陽様のような香と、薬草の少しツンとした匂い。

 それが心地よくて、もしかしてお母さんが生きていたらこんな感じなのかな?

 なんて思ってしまい、汚してしまうと分かっているのに顔を埋めてしまう。


 そんな私の頭を優しく撫でるメーテさん。


 この状況じゃ顔は見えないけど。

 多分微笑みを浮かべているのかな?

 そう思わせる優しい声色で、メーテさんは話しかける。



「ソフィア。アルと仲良くしてくれてありがとうな」


「……はい」


「ソフィア。アルの為に泣いてくれてありがとうな」


「……はい」 


「ソフィア。これからもアルと仲良くしてくれるか?」


「……はい」



 まだ涙声なのが少し恥ずかしいけど、私はメーテさんの言葉に一つづつ返していく。

 その度に頭を撫でられ、優しい手つきが髪をすく感覚に目を細めてしまう。


 そして――



「ソフィア。アルのことが好きか?」




 ふいに掛けられ言葉に頬が熱くなるのが分かり。

 それを隠すように更に顔を埋めた私は――




「――はい」



 短い言葉を返した。

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