第125話 男子達の夜

 皆が森の家を訪れてから一週間が経過した。


 相変わらずメーテとウルフの訓練は続いており。

 一日の訓練を終える頃には、足元をフラフラさせている皆ではあったが。

 それでも、訓練を始めた頃よりかは幾分慣れてきたのだろう。

 足元をフラつかせているものの、その表情から悲壮感を感じることはなかった。


 それが本当に慣れなのか?それとも諦めなのか?

 少しだけ怪しいところではあるのだが……

 出来ることなら前者であって欲しいと願うばかりだ。



 そして、僕の方はと言うと。


 マリベルさんによる転移魔法陣の授業は続いており。

 今は、自らの手で転移魔法陣を書きあげると言う作業に取り組んでいる訳なのだが。

 この作業が非常に複雑で、想像以上に難航させられていた。


 そんな僕の様子を見て。



「転移自体は私の道具の お か げ で! 出来たいみたいだけど!

流石に書きあげるのまでは無理だったたみたいね!」



 マリベルさんは実に満足そうな笑みを浮かべ。

 勝ち誇るように身体を反らして見せるのだが――



「まぁ、魔法陣を一つ書きあげるなんて言うのは、2週間の授業で身に付く様な物でもないし。

学園都市に帰ってからも面倒を見てあげるから、焦らずじっくりやりなさいな」



 作業に難航している僕を見て、気遣うような言葉を掛けてくれるのだから。

 なんだかんだ言っても面倒見が良く優しさい人なんだろうな。と実感させられ。

 そんなマリベルさんの授業の甲斐もあり。

 転移魔法陣について理解を深める日々を送り、有意義な一週間を送らせて貰っていた訳だ。






 そして、それから更に2日程経ったある夜の事。



 就寝時は女性陣がメーテの部屋に。男性陣は僕の部屋に布団を敷いて眠る事になっており。

 少々狭くはあるのだが、普段敷かれることの無い場所に布団が敷かれて居るのは、いかにもお泊りと言った感じで、僕はその雰囲気が結構好きだったりする。


 そうして、僕の部屋に布団を敷き。

 就寝前の時間を布団の上でゴロゴロとしながら過ごしていると。



「少しは訓練に慣れてきたけどよ。ウルフさんの訓練てめちゃくちゃだよな」



 半分ほど枕に顔を埋めた状態のダンテがそんな言葉を口にし。



「そっちはそっちで大変そうだが……こっちはこっちで中々に苦行だぞ? 

と言うか、色々な知識に技術。それに加えあの実力……

メーテさんって一体何者なんだろうな?」



 ベルトは訓練の内容を思い出したのか、渋い表情を浮かべながら疑問を口にする。



「訓練してて分かったけどよ。ウルフさんもめちゃくちゃ強いよな〜」


「2人の実力からして名のある人だと見受けられるんだが……

冒険者や探索者に詳しいダンテでも2人の名前は聞いたこと無いのか?」


「いや、聞いたことねぇな〜。

つーか、いちばん身近なアルが居るんだし、アルに聞けば良いんじゃねーか?」


「……正論だな」



 2人はそんなやり取りを交わすと、僕へと視線を向ける。


 流石に――



「『禍事を歌う魔女』って話をこないだしてたでしょ? それがメーテだよ!

ちなみにウルフは本当は狼なんだよ! 凄いでしょ!」



 なんてことは言える筈も無く。

 代わりの言葉で2人のことを説明しようとするのだが、どう説明していいのか悩んでしまう。



「うーん、なんて説明していいだろう?

2人が昔何してたとか、どうして強くなったかとか、詳しいことは知らないんだよね」


「アルも知らないのかよ!? てか親からも聞いたりはしてないんか?」


「そうだねー、と言うか。

元々僕は捨て子だったから、親は居ないん――」



 そこまで口にしたことでハッとして2人に視線を向ける。


 すると、聞いてはいけない事を聞いてしまった時のように、気まずそうな表情を浮かべる2人。


 いや、現に気まずいのだろう。



「そうだったんか……わりぃ……嫌なこと思い出させちまったな……」


「獣人であるウルフさんを家族と言っていることから複雑な家庭環境だとは思っていたが……

いや、今のは失言だったな……すまない、アルディノ」



 2人は謝罪の言葉を口にし、頭を下げる。


 そんな2人の様子を見た僕は、わざわざ言う必要の無いことを口にしてしまった事を後悔するのだが。

 幾ら後悔しても今更発言を取り消すことは出来ないだろう。

 そう思うと、慌てて2人の頭を上げさせようとする。



「そ、そんなに気にしないでよ!

まぁ、少し家庭環境は複雑かも知れないけど、辛いとか寂しいとかは無いからさ!

だから、そんな申し訳なさそうにしなくても大丈夫だって!」



 僕の話を聞き、2人は頭を上げるのだが、やはり何処か気まずそうで。

 そんな空気を変えたかった僕は、お泊まり会の定番でもある一つの話題を振ることにした。



「と、ところでさ!

ダンテには好きな人とか居るの?」



 そう、お泊まり会の定番である恋愛トークである。


 急に話題を振られたことで、2人は一瞬だけ呆けたように目を開くが。

 気まずい空気を変えたかったのは僕と同様だったのだろう。


 僕が振った話題に食いつくことにしたようで。

 ダンテは少しだけ悩んだ素振りを見せた後に口を開いた。



「好きな人か〜。

今のところは居ないけど、なんつーの価値観が同じって言うんかな?

やっぱり一緒になって馬鹿やってくれるような女が良いよな。

まぁ、一緒になって馬鹿やってくれなくても、理解してくれるだけでも充分なんだけどな」


「あ、あー、分かる分かる。そ、それって重要だよね」



 正直、ちっとも分かっていないのだが。

 ダンテの口から男女のソレらしい言葉が出てきたことが悔しくて分かった振りをして見せる。


 と言うか、ダンテはまだ12歳の癖になんでソレっぽいことを言えるのだろうか?

 そんな疑問が浮かぶが、下手な突っ込みを入れて逆に質問された場合、上手く言葉を返す自信が無い。


 なので、わかっている素振りだけに留めておくことにすると、ベルトへ話題を振る事にした。



「そ、それで! ベルトはどうなの?」


「ぼ、僕か!?

ぼ、僕はそうだな……歳は同じくらいで、三つ編みが似合って。

後は――エプロン姿が似合って、笑顔が可愛らしい子なんかが好みかも知れないな」



 もはや好みと言うよりかは、アイシャに対する印象でしかないような気もするのだが……

 まぁ、野暮なことは言わないでおこう。

 そう思いながらベルトに生暖かい視線を向けていると。



「それで? アルはどうなんだよ?」



 ダンテがニヤニヤとした表情を浮かべ尋ねてくる。


 その質問に頭を悩ませるのだが――ダンテ同様に特定の誰かの名前が出てこない。


 好きな女性と言えば幾らでも名前はあがる。

 メーテやウルフにソフィアやラトラにマリベルさん。

 それに『女王の靴』の皆にレオナさん。

 他にも『青き清流』のピノさんやユーラさんに『篝火亭』の女将さんやアイシャ。


 幾らでも好きな女性の名前を上げられるのだが……

 今ダンテが尋ねているのはそう言う事ではないだろう。


 恋愛対象としての女性。

 そう言った意味だと理解しているからこそ名前があげられないでいたのだが。



「なんだよ? 話題を振った割には好きな相手とかいないのか?

てかソフィアとはどうなんだよ?」



 ダンテは呆れたように言った後、ソフィアとの関係について尋ねてくる。


 どうしてソフィア?とも思ったが、とりあえずはダンテの質問に答えることにした。



「ソフィアはちょっと難しい所があるけど、努力家だし可愛らしいし良い子だよね」


「おお、なんだなんだ!? ソフィアに対して好意的じゃんか」



 僕の言葉を聞いたダンテは興味津々と言った様子で身を乗り出し。

 ベルトは興味ない風を装っているが、聞き耳を立てるかのように身体を傾ける。



「うん、小さい頃から知ってるからね。ソフィアのことは好きだよ」


「おお! これはソフィアが聞いたら喜ぶんじゃねぇか?」



 更に身を乗り出すダンテと身体を傾けるベルトだったのだが――



「うーん、ソフィアが懐いてくれてるくらいは分かるんだけど。

なんて言うんだろう? 恋愛とかそう言うんではないだろうし。

『アルにそんな事言われたって嬉しくないんだから!』って怒られちゃう気がするな〜。

どう? ソフィアのもの真似ちょっとうまくなかった?」



 そう言った僕に対し、どうしようもないモノを見るような視線を向ける。



「とりあえずソフィアの為にもお前のこと殴っておくわ」


「……僕には止める理由が見当たらないな」


「へ? な、なんで!?」



 意味も分からずに狼狽えている僕を他所に。

 ダンテは大きく溜息を吐くと、容赦ない手刀を僕の頭に落とすのだった。  






 ◆ ◆ ◆ 







 皆が寝静まった真夜中。

 メーテはふと喉の渇きを覚え、皆を起こさないよう静かにベッドから抜け出すとリビングへ向かう。


 月明かりを頼りにリビングへと辿り着いたメーテは。

 冷蔵庫型の魔道具から冷えた水を取り出すとコップへと注ぎ。

 渇いた喉をゆっくりと潤して行く。


 ふうと一息吐き、なんとなしに窓から覗く月を眺めていると――



「メーテさん」



 か細い月明かりが部屋を照らす中。

 急に声を掛けられたことでメーテは少しだけビクリとしてしまうが。

 どうにか平静を装って見せると声の主に言葉を返す。



「どうしたソフィア? もしかして起こしてしまったか?」


「いいえ。少し寝付けなくて……」



 ソフィアの言葉に、メーテは自分が起こしてしまった訳ではない事を知りホッとする。



「そうか、それなら水でも飲むか?

ああ、それともミルクでも温めてやろうか?」



 ソフィアはメーテの言葉に首を横に振ると、神妙な面持ちで口を開く。



「アルのことでお話があります」



 本来であれば。



『ほほう、アルのことか? 好きな食べ物か? 好きな小説か?

それとも好きな女性のタイプか?』



 そんな言葉でソフィアのことを茶化して見せる場面だろう。 


 だが、今のソフィの面持ちを見てはそんな言葉を口にする気になれず。

 一つだけこくりと頷くことで返事を返すに留めた。



 そして、メーテの同意を得たソフィア。

 その小さな口から出た言葉は――



「アルは……どうして闇属性魔法を使えるんでしょうか?」



 その言葉を聞いたメーテは眉根に寄せた皺に指を置くと。



「ソフィア。その話は書斎で聞こう。

――その前に、少し長くなりそうから、ホッミルクでも用意してからにするか……」



 そう言って、ミルクを温め始めるのであった。

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