第124話 今日の出来事

 転移魔法陣についての授業をして貰ったおかげで。

 僕は無事に『短距離の転移』を身に付けることに成功した。


 正直、転移魔法陣について説明はされたが、理解できていない部分も多々あり。

 身につけるまでには結構な時間が掛かりそうだと考えていたのだが。

 マリベルさんから転移魔法陣が描かれた皮手袋とカードを借り受け、実際に試してみると。

 実にすんなりと短距離の転移を成功させることが出来てしまった。


 自分自身すんなりと成功してしまったことに驚いてしまったのだが。

 転移を成功させた今の現状で思うことは、その結果はある意味当然だったと言えるのかもしれない。と言うことだった。


 転移を使ってみて分かったことなのだが。

 転移を成功させるのには、転移先の魔法陣に魔力を通す作業が一番重要だと感じた。

 そして、その作業は『魔力感知』と非常に似ている。


 魔素感知の場合、大気中の魔素に干渉することで魔素の流れていない空白部分を探り出し。

 空白部分を更に探ることで、大雑把な大きさや形を浮き彫りにする訳なのだが。


 転移の場合もほとんど同様で、大気中の魔素に干渉しながら転移先の魔法陣を探り当てると言うところまでは同じであった。


 そこから魔力の道を繋ぐことで、転移魔法陣を発動させ、転移となる訳なのだが。

 実際に転移するには、相応の魔力と精密な魔力操作が必要とされ。

 一気に難易度は跳ねあがり、一朝一夕では成功させるなんてまず不可能だと言う話だった。


 しかし、そこは幼少の頃から毎日のように魔力を枯渇させ、魔素に干渉しやすい身体に作り変えられて来ただけの甲斐はあったようで。


 始めは何度か失敗する場面もあったものの。

 何度か挑戦している内に、転移魔法陣に魔力を通す感覚と言うのを掴み始め。

 それから数度の挑戦をした所で『短距離の転移』を成功させるに至った訳だ。






 その後、『短距離の転移』を成功させた僕を見たマリベルさんは、どうやら実技よりも座学に力を入れた方が良いと判断したようで。

 転移魔法陣の組み方から応用方法まで、転移魔法陣についてみっちり教わることになった。


 そうして、マリベルさんの授業を受けていると――



「あら、みんな帰って来たみたいよ」



 マリベルさんが森の方を見ながら、皆が帰って来た事を告げ。

 僕も本から視線を切り、森の方へ視線を向ければみんなの姿を確認することが出来た。



「確かに帰って来たみたいですけど……随分しごかれたみたいですね」


「……本当、どんな訓練して来たのかしら……」



 視線の先にある皆の脚元はふらついており。

 遠目からでも満身創痍と言った様子を窺うことが出来た。


 本当、どれだけしごかれたのだろう?


 などと考えている間にも、みんなは僕達の元へと辿り着き。

 へたりこむようにして地面に腰を下ろした。



「かなりお疲れみたいだけど、大丈夫?」


「……大丈夫じゃない」



 ダンテは力なく一言だけ返すと、項垂れてしまう。


 他の皆の様子も窺ってみるが。

 ダンテと同様に項垂れており、本当に満身創痍と言った様子が窺える。


 そんな皆の様子を見て。

 メーテとウルフがどんな訓練内容を皆に課したのかが非常に気になったが。

 とりあえずはお風呂で疲れを癒し、食事を取って英気を養って貰らった方が良いだろう。

 そう思った僕は皆を家の中に招くことにし、お風呂や食事の準備に取り掛かることにした。






 その後、お風呂で一日の汚れと疲れを癒して貰ってる間に食事の準備を進め。

 順番が最後だったメーテ、ウルフ組がお風呂から上がったところで夕食となった。



 合計8人で夕食を囲むには、元からあったテーブルでは心許なく。

 倉庫にあったテーブルを持ち出し、隣り合わせにくっつけて置くことにしたので。

 テーブルどうしの高さが合わず、少しだけ不格好な感じになっている。


 そんなテーブルの上にはマリベルさんとメーテが丹精込めて作った料理が並べられおり。

 食欲を誘う匂いが湯気と共に鼻孔へと届くと、唾液が溢れて行くのがわかる。


 訓練を受けた4人もそうなのだろう。

 その視線は、目の前に並べられた料理に釘つけになっていた。


 そんな僕達の様子を見たメーテは呆れたように笑うと。



「それではいただくとしようか。いただき――」 


「「「「いただきます!!」」」」



 食事の挨拶をしようとしたのだが、それを遮る勢いで挨拶をし。

 もの凄い勢いで料理へと手を伸ばす4人。


 その様子を見て、メーテはやはり呆れたように笑うが。

 どこかこの光景を楽しんでいるようにも感じられた。






 そうして、夕食を取り終えると。

 僕達はテーブルを囲みながら食後の紅茶を楽しむ。


 皆の表情を見て見れば、誰も彼も満足そうな表情を浮かべており。

 幾らか疲れも癒えたように感じられたので、僕は気になっていた事を尋ねて見ることにしたのだが……



「そう言えばダンテ、今日はどんな訓練をしたの?」  


 その一言により、食後で緩んでいたダンテの表情が強張ったものになる。



「訓練……ああ、訓練だよな……

って言うか、アレを訓練って言っていいのか……?」


「ダンテ……アレは訓練じゃにゃい……アレは一種の地獄にゃ……」



 ダンテの言葉に同意したラトラだが、その表情からは怯えのようなものを感じる。


 2人にここまで言わせるとか、どれだけの無茶をしたんだと思い。

 僕は少し厳しい視線をウルフに送るのだが――



「地獄って程じゃないと思うわよ? 手足を縛って手合わせをしただけだもの」


「あっ、そうなんだ。じゃあ、大丈夫そうだね」



 聞かされた内容が思ったよりも普通だったので、胸を撫で下ろす。


 だが、ダンテとラトラにとって、その反応は不服だったのだろう。



「おまっ! 全然大丈夫じゃねぇよ!?

そもそも手足縛られたら組手にならないだろうが!」


「おかしいにゃ!! うるふさんもおかしいけどアルも大概にゃ!」



 そう言って僕の事を非難し始める。


 しかし――



「でも、この訓練を僕は5歳か6歳くらいの時にやってたよ?」



 そう伝えたことで2人は一瞬だけ口を噤み。



「……やっぱアルはおかしいわ」


「んにゃ、ダンテに激しく同意にゃ」



 まるで、理解不能なモノを見るような視線を向ける。


 僕としては、5歳か6歳の時にやった授業だから、2人も乗り越えられるよ。

 そう言った意味で言ったつもりだったのだが……


 だがしかし。



「ったく! そんな小さい時にやり切ったって聞かされたら弱音吐けねぇじゃねぇか!」


「んにゃ! 6歳の時のアル以下なんて悔しいにゃ!」



 どうやら、やる気に火はついたようで。

 予想とは違うが、ある意味これで良かったのだろう。

 少し投げやりではあるが、そんな風に結論付けた。



 そして、ソフィアとベルトはどうだったのだろう?

 そう思って訪ねて見ると。



「ゴブリン相手の戦闘を数回……

その後は魔力枯渇するまで魔法を使わされたわ……」


「しかも、魔力枯渇状態から無理やり回復薬飲まされて。

少し魔力が回復したら、また魔力枯渇状態になるまで魔法を使わされた……

それを何度も何度もだな……うっぷ」



 魔力枯渇の症状を思い出したのか、会話の途中で口を押さえ出すベルト。


 今だから魔力枯渇状態でも対した不調は感じないが。

 慣れていないと辛い――いや、もはや地獄だろう。


 魔素に干渉しやすい身体に作り変えようと言うメーテの考えは理解出来るのだが、わざわざ回復させてまで枯渇状態にする理由が分からず疑問に思っていると。



「魔素に対しての感覚が一番敏感なのは魔力枯渇状態になってすぐの時だ。

だから、何度もその状態にすることで魔素に干渉しやすくなる訳だな。 


まぁ、魔素に干渉しやすい身体に作り変えるのは良いのだが。

アルの時と違い2人は成長してしまっているからな。要するに荒療治と言うヤツだ」



 との事らしく。

 伊達や酔狂で拷問の様な事をしている訳ではないと分かりホッとする。


 まぁ、理由があっても2人からしてみたらほぼ拷問のようなものだと思うけど……



 そんな感じで皆の訓練は進んでいる事が分かったのだが。

 2人はやりすぎてしまう場合が多々あるので、一応はやり過ぎないようにお願いをしておく。



「考慮する」


「考えておくわ」



 帰ってきた言葉が淡泊な物だったので、本当に分かっているのだろうか?と少しだけ不安に思ってしまう。

 そんな風に思っているとメーテが尋ねた。



「ところで、アルの方はどうなんだ? 転移について少しは学べたか?」



 その言葉に僕は少し自慢げな笑みを返す。

 そして、マリベルさんに教えて貰いながら作成したカードを取り出すとメーテの後方へと投げ――



「マリベルさんほど円滑な転移は出来ないけどね」



 そう言うとメーテの肩に手を置いた。


 肩越しに振り返ったメーテは一瞬で背後へと移動した僕の顔を見て、一つだけ息を吐くと。



「どうだマリベル? なんて言うかアルは教え甲斐が無いだろう?」  


「本当よ! 教えがいが無いにも程があるわよっ!」



 マリベルさんに同意を求め。


 自分が魔法を教えていた時の事でも思いだしたのだろう。


 メーテは不貞腐れたような表情を浮かべて見せた。

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