第120話 みんなと旅行

 前期休暇に入ってからの僕は、本を読んだり、買い物を楽しんだりと。

 休暇らしい、随分のんびりとした日々を送らせて貰っていた。

 毎日の鍛練は欠かさないものの、それでも充分のんびりとした日々だと言えるだろう。



 ――まぁ、そんな休暇も恐らく今日で終わりだとは思うのだが……


 そんな事を思っていると、メーテが声を上げる。



「お前達、忘れ物は無いか?

忘れ物が無いようならそろそろ出発しようと思うんだが?」


「大丈夫っす!」


「はい、問題無ありません」


「んにゃ! 忘れ物はにゃいであります!」


「私も大丈夫です!」



 メーテの言葉に返事をしたのはダンテ、ベルト、ラトラ、ソフィア。

 言ってしまえばいつもの4人で、皆は一様にパンパンに膨らんだバックパックを背負っている。



「うむ、それでは出発することにしよう」



 皆の返事を聞いたメーテが出発を告げると、皆はその言葉に頷いてみせた。


 僕の部屋で行われているそんなやり取りや皆の格好を見れば。

 これから何処かに出掛けるであろうことが容易に想像できるのだが。

 では、何故? このような状況になったかと言うと――



『今より一回り強くなることが出来る上。

ちょっとした旅行気分も味わえる場所があると言ったらどうする?』



 そんなメーテの質問に皆が興味を示し。

 そんな場所があるなら是非連れてって欲しい、と申し出たからだろう。


 要するに、今日から皆で訓練兼旅行に出かけると言う訳だ。


 そして、この旅行なのだが。

 予定では約2週間を予定しており、それなりに長い期間の旅行となっている。


 僕としては特に予定も無かったので、どれだけ時間を拘束されても問題無いのだが。

 みんなや。親御さんにとっては、どこぞの誰かが大事な子供を長期間連れ回す形となるので。

 反対する意見も聞こえてくると思ったのだが。


 ベルトの家は貴族と言う割には放任主義のようで、特に止められることは無かったようだし。

 ダンテはお世話になっている親戚姉妹の説得には苦労させられたものの。

 母親自体は「楽しんできてね〜」といった感じで軽い感じで送りだしてくれたらしい。


 それと、ソフィアとラトラなのだが。

 実家から離れ、寮に入っていると言うこともあり。



 「黙っていればバレないんじゃない?」



 などと言って、親御さんに連絡をしないまま旅行を敢行しようとしたのだが。

 これにはメーテから待ったが掛かった。


 2週間もの間、人様の子供を預かることになるのだ。

 親御さんの許可も無く連れ回す事は出来ない。そうハッキリと告げ。

 その事により、2人は急遽親御さんに報告することになった。


 しかし、この世界での通信手段と言えば、僕は手紙くらいしか知らないので。

 今から手紙をかいたのでは前期休暇中に間に合わないのでは?とも思ったのだが。


 学園都市では離れた親御さんと連絡が取りやすいよう、転移魔法陣を使っての手紙の配送をしてくれるようで、前期休暇中に間に合わないと言う不安は杞憂であったようだ。


 とは言っても、それでもそれなりに時間は掛かるらしく。

 2人の元に返信の手紙が届いたのがつい先日で、前期休暇に入って一週間たった今日。

 漸く旅行へと出発することになった訳だ。


 ちなみに、手紙の返事はと言うと。

 ここにソフィアとラトラが居る事から分かる様に、旅行を許可するという内容で。


 ラトラの親御さんからの手紙は。

「強くなってこい。娘を宜しくお願いします」の一文だけしか書かれておらず。

 そのシンプルな文面から、似たもの親子なんだろうな……そんな風に感じられた。


 そして、ソフィアの父親であるパルマさんからの手紙にはメーテさん同行するのであれば――

 と言った内容が綴られていたのだが。

 僕宛ての追伸に「わかっているよね?」と一言だけ書かれていたのが異様に恐ろしく。

 思わず引き攣った笑いを零してしまう羽目になった。 






 そう言った感じで、メーテとウルフ。

 いつもの4人に加えて僕といっ感じで訓練兼旅行に出かけることになったのだが――



「なんか私の事忘れてない?」



 そんな声が聞こえ。

 視線を向けて見れば、皆と同様にバックパックを背負ったマリベルさんの姿が映る。



「と言うか、なんでマリベルさんが居るんですか?」


「な、何でって! 皆で旅行するんでしょ!

あの場に居た私だけ行かないなんて、なんか仲間外れみたいじゃない!」



 仲間外れとかでも無いし、旅行と言っても訓練が主な目的なのだが……

 そんな風に思っていると、メーテが口を開く。



「ああ、マリベルは私が呼んだんだ。

私とウルフは皆の相手をしなければいけないからな。

その間、食事や洗濯。行ってしまえば家事を頼もうと思ってな」



 どうやら、そう言うことのようで成程と納得していると。



「まぁ、細かいことは兎も角。とりあえずは出発するこにしようじゃないか」



 メーテは話を纏めると玄関の扉を開き。

 メーテの後に続くようにして僕達は部屋を出る。


 最後に部屋を出た僕はしっかりと施錠し、外へ向かう為に階段へと向かおうとしたのだが――



「そっちじゃないぞ? こっちだ」



 メーテが指をさす方向を見れば、メーテとウルフの部屋がある。


 その言葉と行動により、今まで聞かされていなかった旅行先。

 それが何処であるのかを察することが出来たのだが。


 当然、みんなは察することが出来る筈も無く。

 不思議そうな表情を浮かべて見せた。


 そんな皆の反応を他所に、メーテ玄関の扉を開くと室内へと皆を招く。



「どう言うことだ?」


「私に聞かれても分からないわよ」


「なんか忘れ物でもしたんじゃねーか?」


「メーテさんも案外ドジにゃんだなー」



 メーテの意図が分からない皆からすれば、その反応は当然で。

 疑問を口にしては不思議そうな表情を浮かべる。


 だがしかし、ある一室へと案内された瞬間。



「へっ? これって転移魔法陣……いやいやいや、そんな筈ないわよね?」



 そう言ったのはソフィア。

 まるで在り得ないものを物を見た時のように目をまん丸に見開く。



「ソ、ソフィア馬鹿言ってんじゃねぇーよ、た、只の魔法陣だろ?」


「ダ、ダンテの言う通りだ。

転移魔法陣なんてものは一個人が扱えるものではない。

お、恐らくだが転移魔法陣に似た何かだろう……うん……」


「に、にゃんだ〜。 そう言うことだったにょか〜。

ほ、本物かと思ってちょっと驚いちゃたにゃ〜」



 他の皆もソフィア同様に信じられないといった表情を浮かべるのだが――



「……古代文字に……何、この配列……意味が全然分からないんだけど……

で、でもコレは凄いわ!

古代文字に現代文字を加えることであえて遅延させて同調させているって言うことかしら……?」



 マリベルさんだけは目を輝かせながら魔法陣に見入っている。

 その言葉から存外魔法に対しての造詣が深いことを窺い知ることが出来、以外に思っていると。



「皆が思っている通りこれは転移魔法陣だ。

細かいことは良いからとりあえずは中に入ってくれ」


「「「「へ?」」」」



 メーテの言葉に皆は驚いて見せるのだが。

 メーテはとりあう事をせず「ほらほら」と言って皆を部屋に押し込めて行く。


 そして、皆が部屋に入ったことを確認し終えると。



「では、転移するぞ」



 その一言と共に転移魔法陣は淡く輝きだし。


 次の瞬間。

 独特の浮遊感に襲われ、気が付けば見知った地下の光景が目に入る。


 皆は状況が飲み込めていないのか一様に呆けた表情を浮かべているが。

 そんな皆に、またもメーテは「ほらほら」と声を掛け、地下室から追い出して行く。


 ギシギシと軋む階段を昇って行く僕達。


 階段を登りきった先にあるのはやはり見知った光景。


 本と薬草の匂いが香る、数カ月ぶりの我が家の光景がそこにあった。



 そして、僕達はその足で玄関へと向かい扉を開く。


 目に映るのは開けた庭と周囲を囲む一面の森。


 そんな光景を呆けた様子で眺めている皆に向けてメーテは声を掛ける。



「とりあえずは我が家へようこそと言っておくか。

アルには旅行と言う感じではないかも知れないが。

ここには森や川、湖なんかもあるし、旅行の避暑地としては最適だと思う。

これから2週間の間は自分の家だと思ってゆっくりしていってくれ」



 その言葉で、徐々に状況を飲み込めて来たのか。

 皆は困惑しながらも顔に笑みを浮かべはじめる。



 そんな皆の様子を見ていたメーテとウルフ。



「……くふふっ。

以前言った通り、しっかり鍛えてやらんとな。なぁ、ウルフ?」


「ええ、どれくらい成長してくれるのか楽しみね……わふふっ」



 なんとも不穏なやり取りをしているのだが。


 目に映る光景に気を奪われ、皆はそれに気付くことが出来ないのであった……  

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