第119話 前期休暇

 早いもので、パーティ名を決めてから約二ヶ月の時間が流れていた。



 パーティ名を決め、学生と冒険者。

 二足のわらじを履くと言った日常を送る事になった訳なのだが。

 特にこれと言った問題が起こる訳でも無く、実に穏やかな日常を送ることが出来ている。


 まぁ、段階を飛ばしてCランク冒険者になったことに加え。

 『黒白』と言う大層な名前を付け所為もあり、冒険者達に疎ましく思われていたようなのだが。

 何度か冒険者ギルドに通い、依頼をこなしていたおかげだろうか?

 そう言った視線を向ける冒険者も減ってきており。

 徐々にだが、僕達のことを受け入れてくれる冒険者も現れ始めていた。



 そして、学業の方は?と言うと。

 こちらも穏やかとは言い切れないが、それなりに穏やかな日常を送らせて貰っている。


 不良生徒と言う認識されているからだろうか?

 少しばかり一般生徒から距離を置かれているような気がするし、ランドルや一部の前期組からは睨まれるなんて事も多々あるのだが。


 学園内で5席であるグレゴリオ先輩や7席であるソフィアと行動を共にしているだけあってか。

 表立ってちょっかいを掛けてくる、なんて事も特には無かった。


 しかしながら、ランドルが僕に向ける視線は実に憎々しげなモノなので。

 その内、ひと悶着あるんだろうな……

 そう考えると少しだけ気が重くなってしまうのだが。

 今のところは何か行動を起こされた訳でもないので。

 気を重くしながらも穏やかな学園生活を送らせて貰っていると言う訳であった。






 そして、本日なのだが――



「えー、それでは学園メルワ―ルの一学生として礼儀と節度を持って前期休暇を楽しむように」




 と言うことで、本日で前期授業が終了し。

 明日から約1ヶ月間の前期休暇を迎えることになる訳だ。


 その後、壇上に立つ副学園長が挨拶を締めくくると、解散することになり。

 生徒達は講堂を後にし出すのだが、休暇と言うこともあってかその顔には笑顔を浮かべている。


 生徒達の楽しそうな会話が聞こえる中、僕も生徒達に倣い講堂から出ると。



「よっしゃあ! 明日から休みだぜ!

何して過ごすかな〜。ギルドで依頼でも受けるか? 

いや、折角だし思い切り遊び回るってのも捨てがたいな……」



 声を弾ませたのはダンテ。

 実際、前期休暇を楽しみにしていたのだろう。

 あれもしたい、これもしたいと、色々な予定を口にし、楽しげな様子を見せる。



「約1ヶ月だもんね。全部とはいかないまでも色々出来るんじゃないかな?

と言うか、ダンテは里帰りしないの?」



 学園には、実家が遠く1ヶ月で往復出来ないような生徒もいる。

 そんな生徒達が里帰り出来るよう、転移魔法陣の仕様が許可されているので休暇を使って里帰りする生徒も少なくは無い。

 なので、ダンテは里帰りしないのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだので尋ねてみたのだが。



「んー、帰ってもあんま楽しくなさそうだしなー。

だったら、アルとかベルトとかが居るこっちに残った方が楽しいと思うんだわ。

ってことで里帰りはしない感じだな」



 どうやら、そう言う事らしい。

 僕は里帰りしようと思えばメーテとウルフの部屋にある転移魔法陣を使えればすぐ帰ることが出来るし。

 そもそも、里帰りする理由と言えば、家族や故郷の友人に会う為だと思っているので。

 隣に家族が住んでいる僕に取っては里帰りする理由が見当たらない。


 ベルトも元々学園都市の出身なので、もちろん里帰りする必要はない。


 ダンテの故郷での交友関係は分からないが。

 ダンテがそう言うのであれば、こっちに残った方が楽しいのだろう。

 そんな風に思っていると声が掛かった。



「ダンテにアル――ディノ。

前期休暇の事で相談があるんだが少しいいか?」



 声を掛けてきたのはベルト。

 まだ「アル」と呼ぶことに抵抗があるのか、少しぎこちない感じで名前を呼ばれるのだが。

 「アル」と呼ぼうと努力してくれているのは分かり、少し頬が緩んでしまう。



「「相談?」」


「ああ、この後少し付き合って貰いたいんだが――」



 ベルトは言葉を続けようとしたのだが。

 それは2人の女性の声に因って遮られてしまった。



「おー、いたいた! この後ちょっと時間良いかにゃ?」


「あ、アル! ちょっとこのあと時間良いかしら?」



 ベルトの声を遮ったのはラトラとソフィア。

 今日はよく声が掛かる日だな〜。

 そんな事を呑気に考えていると、用件があるのであろう3人の視線が合うのだが。

 言い出しにくいのか無言になってしまう。


 そして、その様子を見ていたダンテ。

 なにやら名案を思いついたかのようにポンと手を打つと提案をする。



「なんか話があるみたいだし、とりあえずは場所を移動してゆっくり話そうぜ」



 その提案に皆は頷くと、僕達は学園を後にすることにした。






 そうして辿り着いた場所なのだが。



「……何で家なの?」


「いや、ゆっくり出来る場所と言ったらやっぱりここだろ?」



 ダンテは僕の家のソファーにゆったりと身を預け、さも当然のように言ってのける。


 別に構わないと言えば構わないのだが……

 ここまで堂々とされるとなんだか腑に落ちないものを感じてしまう。


 まぁ、溜まり場にされるのも一人暮らしをしている者の宿命なのだろう。

 そんな風に自分を納得させ、気持ちを切り替えると人数分のカップを用意し紅茶を注いでいく。


 いくのだが……



「な、なんで私達には紅茶が無いんだ……」


「アルが意地悪をするわ……」


「なんで私に紅茶がないのよ! お客様よ! お きゃ く さ ま!」



 そう言ったのはメーテとウルフで拗ねる様な表情を浮かべている。


 なんだろう?このデジャヴ?


 そして何故かマリベルさんも加わってるし……



「と言うか、何で3人が居るんですか?」



 何で居るのかと言えば、僕の帰りを待ち構える様にして中庭でお茶をしていた3人が、僕の部屋まで付いてきたからだろう。


 だが、友人が居るのだから少しは遠慮してくれても良いのでは?

 そう思った僕は少しだけ棘を含ませて3人に尋ねるのだが……



「友人が訪ねて来たようだから昼食でも作ってやろうと思ったんだが?」


「なんか楽しそうだったからかしら?」


「メーテっちとウルフっちの後になんとなく付いてきた感じ?」



 僕の含ませて棘は3人には刺さらなかったようで、平然とした様子でそんな言葉を口にする。


 と言うか、「っち」てあだ名の付け方から年齢を感じさせるのだが……

 それを口にしたら藪蛇どころか、それ以上の何かが出てきそうなので聞かなかったことにした。


 それは兎も角。

 この様子では帰る気なんて更々ないのだろう。 そう思った僕は。



「これから話し合いをするから邪魔はしないでね?」



 軽く釘をさす事にすると、3人の分の紅茶を注ぐ事にするのだった。






 紅茶を注ぎ終わり、椅子へと腰を下ろすと。

 早速と言った感じでベルトが口を開いた。



「さっきは最後まで話せなかったんだが、相談と言うのはアレだ……

も、もし、休暇中に空いてる時間あるようなら、その時間で手合わせをして貰えないだろうか?

そう思って声を掛けさせて貰ったんだ」



 相談と言う言葉から深刻な話なのでは?

 そう言った予想をしていたので、少しだけ肩透かしを食らってしまう。

 それと同時に深刻な相談では無いことにホッと胸を撫で下ろす。



「相談て言うからもっと深刻な話かと思っちゃったよ。

うん、休暇中は特に予定も無いから、声掛けてくれれば手合わせくらいなら付き合うよ」



 僕がそう言うとベルトは安心したのか?

 短く息を吐いた後に「ありがとう」と口にした。


 そして、女性二人も話があると言っていたので、2人の話を聞こうと視線を向けたのだが。



「にゃんだ。ベルトもウチと同じ相談だったにょか」


「ベルトもって、ラトラも手合わせをして貰おうと思ったってこと?」


「そうにゃ。って言うか、その感じだとソフィアも同じ口かにゃ?」


「そうね。前期休暇が終わったら席位争奪戦があるでしょ?

その為に少しでも強くなりたいと思ったんだけど……考えることは皆同じみたいね」



 どうやら、3人の相談内容は共通だったらしく。

 休暇を利用して手合わせをして欲しいと言った内容だった。


 そんな3人の相談を受け、その向上心に感嘆させれていたのだが――



「そ、そう言えば俺も手合わせを頼もうと思ってたんだよなぁ〜」



 ダンテは自分だけその発想が無かった事に焦ったのか、取って繕った様に言葉を口にする。



「いや? ダンテ?

さっき思い切り遊び回るとか言ってなかった?」


「……さ、さぁ、言ったかな〜?」


「……」


「な、なんだよその目は!?

と、兎に角! 俺も手合わせして貰って実力を付けるべきだと考えてた訳だ! うん!」



 実に嘘臭い感じだが、言及しても仕方が無いだろう。

 そう思った僕は、4人相手に手合わせする時間を作るにはどうするべきかに頭を働かせ始める。


 まぁ、予定は無いとは言え、ゆっくり過ごす時間も欲しいと言うのも本音なので。

 数日毎に手合わせをする日を設け、時間が合う人と手合わせをすると言うのが現実的ではないだろうか?

 そんな風に考え、思いついた案を口にしようとした時――



「なにやら面白そうな話をしているようだな」



 昼食を作り終えたようで。

 肉や野菜などをサンドしたパンを、大きめのトレイに乗せて運んできたメーテが声を掛ける。



「要するに、ソフィア達は強くなりってことで良いのかな?」


「は、はい。

席位争奪戦もありますし、パーティーを組んだ以上は、アルに頼ってばかりではいられませんので」



 ソフィアの言葉に他の皆も頷くと。

 皆のその姿を見たメーテも満足そうに頷き――



「では、一つ尋ねてみることにしよう。

今より一回り強くなることが出来る上。

ちょっとした旅行気分も味わえる場所があると言ったらどうする?」



 そんな質問を投げかけるのだった。

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