第113話 キングとの戦闘

 僕達の存在に気付いたオーク達。

 その歯牙に掛けるべく、僕達へと向かい歩みを進める。



「ど、どうする!?

オーク達はなんとかなるかも知れねぇけどキングの相手なんか絶対無理だぞ!」



 ダンテは声を震わせており、目に見えて焦った様子を見せる。他の皆もそうだ。

 表情からは焦りが感じられ、瞳には恐怖の色を孕んでいた。



 ……正直に言ってしまえば僕だって怖い。


 初めて遭遇する魔物であることに加え。

 オークキングと言えば、Bランク冒険者が数組かAランク冒険者が当たらなければいけない相手だ。

 自分にそれなりの実力があると分かったからと言って、流石にそれだけの実力があるかと言えば怪しいところだ。


 出来ることならこの場から全員で逃げ出してしまいたい。

 思わず、そう言った気持ちに駆られるのだが……キングはソレを許してはくれないだろう。

 現に、そう思わせるだけの存在感と威圧感をキングは放っていた。


 ――だから、僕は覚悟を決める。


 このメンバーでオークキングを相手に出来るとしたら、それは恐らく僕だけだ。

 それに、見た目で言えば同年代だが、精神的に言えば僕がいちばん大人なのだ。

 皆を守る、逃がすだけの時間を稼ぐのは僕の役割だろう。


 僕は大きく息を吐き出すと口を開いた。



「皆は逃げて! キングは……アイツは僕が殺る!」


「まっ、待ってアル!」



 ソフィアの呼び止める声が聞こえたが。

 僕はその声を聞かなかったことにすると、茂みから飛び出しオーク達の前に姿を晒す。



「こっちだ!」



 オークに言葉に通じる筈もないが、オーク達の視線を集める為に大声を上げた。


 その効果は劇的で、20数匹からなるオーク達の視線が一斉に僕へと集まり。

 一斉に向けられたオーク達の視線に気押されそうになってしまう。


 しかし、それを振り払うように更に大きな声を。

 そして、少しでも心を強く持てるように。

 この世界で一番強いと思っている人を模倣して見せた。



「さぁ、豚ども――死ぬ準備が出来たヤツから掛かって来るがいい!」



 次の瞬間。

 まずは第一陣と言う事なのだろう。

 キングとハイオーク以外のオーク達が襲い掛かる。


 ――だが、それは流石に僕を甘く見過ぎている。



『水刃!』



 水刃を薙ぐように放つことで。

 オーク達の大半は上半身と下半身は一瞬の内に別れを告げることになる。


 だが、10数匹からなるオーク達の一陣だ。

 全てを一撃で。と言う訳にもいかなかったようで、狩り損ねた数匹のオークが怯むこと無く襲い掛かろうとする。


 しかし、所詮はオークだ。

 『紫電』であったり『爆炎』であったり。

 使われた魔法はそれぞれ違うが、僕との距離を詰めることも無く絶命することになった。


 これで、残されたのはハイオークとキングのみ。

 オーク達が一瞬で絶命したのを見て、引いてくれるなら儲けものなのだが……



「やっぱり、そんなに甘くは無いか……」



 どうやら、僕の希望は叶わないらしく。

 キングが顎をしゃくる様にして命令を出すと、第二陣としてハイオーク達が一斉に襲い掛かる。


 だが、その判断はやはり僕を甘く見過ぎだ。


 オークの時と同様に『水刃』を放つことでハイオーク達を一掃しよう考えたのだが……


 どうやら、甘く見過ぎていたのは僕の方だったようだ。



 元よりオークキングは、ハイオーク達で僕の事をどうにか出来るとは思っていなかったのだろう。

 先行させたハイオークを肉の盾として利用することで僕との距離を詰めてくる。


 その所為で急遽キングに意識を集中させることになり。

 ハイオーク達を一掃することが出来ず、3匹程狩り損ねてしまのだが。

 その結果、キングとハイオークに囲まれると言う最悪な状況に陥ってしまう。


 正直。ハイオークだけであればどうにでも出来る状況ではあるのだが……


 僕の目の前に居るのはオークキングで、そちらに集中しなければいけない状況である以上。

 ハイオークに意識を集中してやる余裕は欠片も無い。


 なんとも厄介な状況に、冷や汗が額を伝い、渇いた笑みが漏れてしまう。


 しかし――



『火天渦巻き剣を纏えっ!!』



 そんな声が響くと共に、ハイオークの断末魔が草原に響く。


 そして。



「ハ、ハイオークは私達に任せて!

アルは安心してキングにだけ集中してちょうだい!」



 声の主であるソフィアが震えた声でそう告げると。



「に、逃げろって言われたってお前を置いて逃げられる訳ないだろうが! 馬鹿アルッ!」


「あ、ああ! と、友達を置いて生き延びてはイリス家にとって末代の恥じになるしな!」


「ん、んにゃ! そ、そんなことしたらウチの母ちゃんに怒られるにゃ!」



 ダンテにベルト。

 それにラトラが、声を震わせながらもハイオークへと襲い掛かる。


 そんな皆の様子を見て。

 どうして逃げなかったんだ!?と言う疑問が浮かび、それと同時に声を荒げそうになるのだが。

 疑問に対する答えは既に口にしており。

 声の震えから察するに、覚悟を持って飛び出したのであろう事が分かる。


 僕は「どうして逃げなかったんだ!?」その言葉を飲み込むと、変わりの言葉を口にした。



「みんなっ! ハイオークは任せるよ!

その代わり――キングは絶対に僕が狩って見せるっ!!」



 その言葉に皆が頷いたかは分からないが。

 僕はオークキングだけに意識を集中すると、オークキングとの間合いを詰め。

 既に『魔力付与』を済ませてある片刃の剣を抜くと、首に狙いを定め剣を薙ぐ。


 だが、その一閃はキングの手に握られていた真っ白な大剣。

 ……いや、正確には大剣を模して造られた何らかの骨に因って防がれてしまう。



「堅っ!?」



 ゴーレムと同じ強度であれば、問題無く斬り割ける筈なのだが。

 その一閃はキングの骨剣に少しの切れ込みを入れた程度で。

 予想以上の骨剣の強度に一瞬だけ戸惑ってしまう。


 そして、そんな一瞬の戸惑いを見逃さないからこそ。

 オークの中の王。『キング』と呼ばれ恐れられているのだろう。


 オークキングはもう片方の手に持った小振りの骨剣で、間髪入れず斬りかかる。


 僕は慌てて剣を盾にし、なんとか防御には成功するのだが。



「ぐっ!!」



 その一撃は重く。

 骨剣が振られた方向に数メートル程吹き飛ばされる事になる。


 しっかり防ぎきったと言うのに防御した右腕は痺れ。思わず手から剣が零れそうになり。

 どうにかそれを耐えるとオークキングに向きあうのだが……


 既に追撃の体勢に入っていたオークキングは、骨の大剣を振り下ろす動作に入ろうとしていた。


 小ぶりの剣でさえあの威力なのだ。

 まともに受けるなんて選択は間違っても選ぶべきではないだろう。

 そう判断した僕は、慌てて左方向へと飛ぶ。


 それとほぼ同時に大剣は地面を叩き。

 地面を叩いたとは到底思えないような爆発音にも似た音が響き渡った。



「こんなの無茶苦茶でしょ……」



 地面を見れば数メートルに渡り大きく抉れており。

 それが大剣の一振りによって出来あがったのだ。

 思わずそんな愚痴が零れてしまうのも、仕方が無いことだと思えた。


 それと同時に僕は頭を悩ませる。


 剣の威力や身体差を見ても、このまま近距離で剣を交え続けるのは分が悪いだろう。

 本来であれば、距離をとって上級魔法を使うべきなのだと思うが……


 今の状況。

 皆がオークと交戦している状況では下手に上級魔法を使ってしまえば皆を巻き込んでしまう可能性だって考えられる。


 だとしたら、やはり近距離での戦いを強いられることになるのだが……


 そんな風に頭を悩ませている間にもキングの猛攻は続き、上下左右から骨剣が襲い掛かる。


 それをどうにか捌き、避けながら思考するのだが。

 こんなことが出来るのは『感応結界』のおかげだろう。


 始めてメーテに聞かされた時は「無意識に身体が動くなんて怖い」なんて思ったいたのだが。

 突き詰めて見ればこの『感応結界』と言う技術は無意識と意識の共存。或いは分断とでも言うのだろうか?

 戦闘中に限ってではあるが、所謂、並列思考に近いことが可能だと言う事が分かった。


 そのおかげで対応と思考が同時に可能となっており。

 オークキングと戦いながらも策を練る事が出来るのだから。

 「怖い」なんて思った事をメーテに謝罪しなければいけないだろう。



 そんな事を考えている間にもオークキングの攻撃に対応しながら、隙を見ては腕や足などを斬りつけているのだが……

 オークキングの再生能力は異常に高いのだろう。

 斬りつけたそばから傷が塞がっていく。


 それでも、ソレを続けて行けばキングの動きに衰えが見える筈だ。

 そう思い何度も斬り付けてはいるのだが、キングは衰えを見せることはせず。

 むしろ、準備運動が終わったとばかりに動きにキレを増して行った。


 ……このままではじり貧だろう。

 どうにか上級魔法が打てれば状況は変わって来るとは思うのだが……

 そう思った僕はチラリと周囲を見渡し皆の様子を探る。


 皆はハイオークに対し善戦しては居るようで。

 僕が撃ち漏らした3匹の内2匹までは狩ることが出来ているようだった。


 だが、未だ交戦中と言った感じでハイオークを狩り切るには、もう少し時間が掛かるように感じられた。


 そして――



「がはっ!」



 『感応結界』があるとは言え。

 それだけで相手に出来る程、オークキングは甘い相手では無かったようで。

 僅かな反応の隙を見つけたオークキングは蹴りを放ち、僕はソレをまともに喰らってしまう。


 肺の空気が無理やり押しだされ、それと同時に内臓を少し痛めてしまったのだろう。

 肺に溜まった空気と共に小量の血が口から零れた。


 襲い掛かる腹部の痛みに思わず膝をつき、苦痛に顔を歪ませる。


 そんな僕の様子を見て、オークキングは好機だと判断したようで。

 骨の大剣、それを頭上に掲げると――



「ブオォオオオオォオオオオオオオ!!」



 まるで勝ち名乗りを上げるかのように、腹に響く低い咆哮を上げた。


 オークキングからしたら後は骨剣を振り下ろすだけの簡単な作業だ。

 そして、その作業の先にあるのは物言わぬ肉の塊となった僕の姿だろう。


 お互いその姿を想像ししたのだろう。

 キングはニヤリと顔を歪め。僕は顔を青ざめさせる。


 だが――


 肉塊となった自分を想像したことで僕は覚悟を決められた。


 闇属性の魔法が使えると言う事実が皆に知られてしまうと言う覚悟を。


 この世界では闇属性の魔法を使える。素養を持っていると言うのは忌避の対象であり。

 僕が闇属性の魔法を使えると知ったら皆は僕の事を忌避する恐れがあった。


 僕は皆の事が好きだし信用もしてる。

 だけど、もしかしたら……


 そんな僅かな不安があった。


 皆のことが大好きだかこそ、嫌われてしまうのは怖くて恐ろしい……

 出来ることならばれる様なことはしたくなかったのだが……


 だがしかし、ここで僕が死んでしまえば、皆が助かる見込みはないだろう。


 だったら――皆が死ぬくらいなら――

 僕が忌避されるだけで済むのなら――

 それだけで済むならそれが最善の筈だ。


 だから、僕は口にする。



『押し潰せっ』



 それは初めてメーテが見せてくれた闇属性魔法。


 森の一角に空白を作った魔法だ。


 そして、その瞬間。


 オークキングの頭上に質量のある何かが突如現れたのかのように。

 自らの身体を支えられないかのように膝を着く。


 だが、流石はオークキングと言ったところなのだろう。

 完全に押し潰されるような醜態は晒さず、片膝を付くに留めている。


 メーテに及ばないまでも、大木や大岩などを容易に押し潰すことは出来るのだ。

 それを堪えて見せるのだから、オークキングの能力の凄まじさを実感し感嘆さえしてしまう。


 そんなオークキングとは対照的に。

 僕は軽い動作で立ち上がると、重力に対し必死になって抗うオークキングを見下ろす。


 キングは何が起こっているのかを理解はしていない様子だが。

 この状況に陥った理由は僕であると言うことは理解しているらしく。

 実に憎々しげな視線を向けてくる。



「ブォオオオォオォオオオオオ!」



 先程の勝ち名乗りとは違い、まるで罵声を浴びせるかのような鳴き声を上げるオークキング。


 そんなオークを他所に、僕は片刃の剣に最大限の『魔力付与』を施すと。

 身体強化の重ね掛けを脚へと施し――



「お互い運が悪かったみたいですね。

出来るだけ苦しまないように止めは刺すつもりです」



 気慰めにそんな言葉を呟くと――


 身体強化の重ね掛けに因る高速移動からの、魔力付与を帯びた刺突を繰り出す。


 繰り出された刃はキングの眉間の骨の堅さに跳ねかえされそうになるが。

 それを力で抑え込むと、眉間の骨を砕く感触が剣越しに伝わり。

 脳へと達した刃は頭蓋の裏側を砕く感触も伝える。


 その一撃により。

 オークキングはうつ伏せに倒れると、眉間から流れ出来た血だまりの中に頬を浸す。


 オークキングが絶命したことを見届けた僕は、急いで皆の手助けに入ろうとして振り返るのだが。



「これで終わりよっ! 燃え尽きろおぉぉ!」



 振り返れば、丁度最後の一匹にソフィアが止めを刺した場面のようで。

 動くハイオークの姿は一匹も見受けられなかった。


 そして――



「コイツ、マジでキング倒しやがった!!」


「しかも、単騎で撃破だぞ……もはや冒険者ではAランクレベルじゃないか……」


「ウチら4人でハイオーク3匹てのも大概だと思うんだけどにゃ……

んにゃーーーー! なんか霞んで見えるのが悔しいにゃ!」


「やっぱりアルは凄い……でもさっきの……

と、兎に角! 今は無事に討伐出来たこと、生き残れたことに感謝しましょ!」



 皆は思い思いの言葉を口にする。


 そんな皆の様子を見た僕は、闇属性魔法を使ったことがばれていなようでホッ胸を撫で下ろすと。

 皆が無事に生き残れたという状況に笑顔を浮かべるのだった。

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