第112話 オークの王

 火の番を始めて暫く経った頃。



「なんだ? ソフィアは寝てしまったのか?」



 僕の肩を枕にしているソフィアの姿を見て。

 火の番の交代に来たベルトが小声で話し掛けてきた。



「うん、寝ちゃったみたいだね」



 そう言ってソフィアを見れば、幸せそうな表情を浮かべ寝息を立てている。



「随分と好かれてるんだな」


「そう? まぁ、嫌われてはいないと思うんだけど……

僕に対してはキツイ言い方とかするし、どうなんだろうね?」


「……ソフィアは苦労しそうだな」



 ベルトは呆れたように溜息を吐くと、焚き火を囲んだ対面へと腰を下ろす。


 そして――



「……すまなかったな」



 ベルトはそんな一言を口にした。


 一体何に対して謝っているのか分からず、疑問符を浮かべていると。



「試験の時に不正だと騒いだ事だ……」



 ベルトは申し訳なさそうな、恥ずかしそうな表情を浮かべる。



「試験の事なら気にしないでよ? 僕は全然気にしていないからさ」



 まぁ、不正だと騒がれた時は少なからず思うところはあったが。

 2人とも試験には受かった事だし、今はこうして話すことが出来る間柄になれたのだ。

 今更掘り返す必要もないだろう。

 そう思って今の本心を口にすると。



「だが!」



 ベルトは声を荒げ掛けたのだが。

 ソフィアを起こしてしまうとでも考えたのだろう。

 すぐに語気を弱めると、ボソボソとした声で話を続ける。



「だが、迷惑を掛けたのは事実だ。

僕はアルディノの実力を見誤り、理解できなかったからと言って不正だと決めつけた……


試験に受かったから良かったものの、僕は君のしてきた努力を不正扱いしてしまったんだ。

アルディノのしてきた努力を知った今。

なんて浅はかな事を言ってしまったんだろうと後悔しているよ……」



 ベルトはそう言うと、再度「すまない」と言って頭を下げた。


 そんなベルトの姿を見て、気にしなくても良いのにな。そんな風に思ったが。

 僕が「気にしないでよ」と言ったところで、やっぱりベルトは気にしてしまうのだろう。


 そう考えた僕は、それならばと思い一つの提案をすることにする。



「ベルトがそんなに気にしてるなら一つお願いを聞いてくれるかな?」


「お、お願い?」



 お願いと言う言葉を出されてベルトは一瞬身構えるが。



「あ、ああ、僕が出来ることであれば何でも言ってくれ」



 覚悟を決めたような表情を浮かべると、真剣な視線を僕へと送る。


 その様子を見て、なんとも堅苦しい子だな。などと思うが。

 自分にもそう言った部分があるので、あまり人の事を言えないなとも思い。

 自嘲するように笑みを浮かべる。



「じゃあさ――」



 僕がお願いを伝える為に口を開くと、ベルトは再度身構えるが……



「ベルトも皆と同じようにアルって呼んでよ」


「へ?」



 続く言葉によって間の抜けた声を漏らす事になった。



「い、いや、お願いってそれだけか?」


「それだけだよ?」


「で、でも、それだけと言うのは流石に……」


「そうかな? 案外キツイお願いだと思うよ?」


「名前の呼び方を変えるだけなんて、きつい筈がないだろ!?」


「それはどうだろう?

気を使ってる相手のあだ名を呼ぶのって、結構照れくさかったりするよ?

じゃあさ、試しに呼んでみてよ?」



 僕がそう言うと、ベルトは「アル」と呼ぶ為に口を開きかけるが。

 パクパクと口を開け閉めするだけで、肝心の「アル」と言う言葉が出てこない。



「あれ? 簡単じゃなかったの?」



 僕が意地悪そうな笑みを向けると、ベルトは悔しそうな表情を浮かべ。



「アル――」



 漸く僕のあだ名を呼んだが……



「――ディノ」



 やっぱり照れくさかったようで、続く言葉で名前にして見せた。


 そして。



「い、今はあれだが、その内あだ名で呼んで見せる!」



 ベルトはそう言うと、恥ずかしそうにそっぽを向き。

 僕はそんなベルトの姿を見て頬を緩めるのだった。







 ソフィアに肩を貸している状態では下手に動いて起こしてしまうのもなんだと思った僕は。

 火の番を交代せずにベルトと雑談を交わすことにした。


 そうして雑談を交わしていると。



「ああ、確かにサディー先生の喋り方はあれだが、授業内容の方は――


「ベルトごめん、少し静かにして貰っていい?」



 森が少しざわついている様な感覚を覚えた僕はベルトの言葉を遮る。


 そして、ざわついていると感じた原因を探る為に『魔力感知』を広範囲へと広げて行く。


 その距離を100メートル、300メートル、500メートルと広げて行き。

 800メートルを越えたあたりで森に生息する動物以外の反応があることに気付いた。



「この反応はオークかな? しかも、20匹以上の群れ?」



 『魔力感知』で探りながら、僕が確認するように呟くと。

 その言葉にベルトが反応する。



「オークの群れ? 20以上になると結構な群れだな……

しかも、群れとなればボスが居る筈だが……どうするつもりだ?」


「方角的にこっちに向かってきてるみたいだから……

とりあえず皆に起きて貰って、それから考えようか?」



 僕は肩によりかっかっているソフィアの頭をポンポンと叩いて起こす。



「ふえっ!? あ、あれ本当に寝ちゃったみたい」



 そう言ったソフィアは本当に熟睡していのだろう。

 僕の方には涎の跡がハッキリと付いていた。


 それを見なかったことにしている間にも、ベルトが皆を起こしに行ってくれていたようで。

 ダンテとラトラも眠そうにしながらもテントから顔を覗かせた。


 そうして皆が集まると、僕は今の状況を説明し始める。



「起こしちゃってごめんね。

ここから少し離れた場所に20匹くらいのオークの群れが居るみたいなんだ。

しかも、僕達が居る方向へ進行してるみたいで……

どう対応するべきか、皆の意見を聞いておきたかったから起こさせて貰ったよ」



 オークの群れ。その言葉を聞いた皆は、一瞬だけ表情を強張らせる。

 だが、すぐに表情を緩めると。



「オーク20匹は確かに多いけどよ。

それくらいならアルが居るから大丈夫じゃねぇか?

流石に俺が相手するのはきついけど、それでも数匹くらいなら相手に出来るしよ」


「確かに、アルディノが居るなら大丈夫かも知れないな。

20匹程度の群れであれば、ボスもハイオークかオークの亜種といった感じだろうし。

当然、アルディノに任せっきりと言う訳では無く、僕もオークの相手をするつもりだ」


「んにゃ! オーク程度にゃら学園に来る前から毎日のように相手してたし余裕にゃ!」


「アルが居るならいけるんじゃないかしら?

それに、私自身も実習でハイオークを狩った経験があるし、交戦する事も考えていいんじゃないかしら?」



 どうやら、皆はオークと交戦することを視野に入れているようで、そんな言葉を口にする。


 確かに皆が言う通り。

 20匹の内の半数以上がハイオークだったとしても遅れを取るつもりは毛頭ない。


 だが、夜間と言うこともあり少しばかりの不安があったのだが……



「久しぶりのオークか! なんかワクワクしてきたな!」


「先程の手合わせではアルディノに手も足も出なかったからな。

オークでもかって少しは自信を回復したいところだな」


「それは同意にゃ!

アルが規格外なだけで、これでも同学年の中じゃ強い自信があるからにゃ!

自信を取り戻すにゃ!」


「ここでハイオークを格好良く仕留められればアルも……うへへぇ」



 皆はオークと交戦する気満々のようで、各々が意気込みを口にする。


 そんな皆の様子を見た僕は。

 まぁ、ハイオーク程度ならどうにかなるし、皆のやる気を削ぐのもどうかと思い。

 皆の意志を尊重することにすると、オークと交戦する為の準備を始めることにした。







 そうして、交戦の準備を整えた僕達は、とりあえず様子見と言うことで。

 森と草原の境目に潜みながらオーク達の様子を窺うことにした。


 それから少しした所で。



「来たみたいだよ」



 僕が声を上げると明の視線が僕と同じ方向へと向く。



 視線の先には、丁度森を抜けた一匹のオークの姿があり。

 それに続くように数匹のオークが姿を見せる。



「今のところは全員オークみたいだな……これなら楽勝じゃないか?」



 オークの姿を見たダンテはそんな言葉を漏らす。



「いや、ハイオークも姿を見せたみたいだぞ……」



 ベルトの言葉通り、オーク達の後に続いて現れたのはオークよりも一回り大きな身体を持つハイオークで。

 1匹、2匹と姿を現し始める。



「今のところオークが13匹のハイオークが8匹ってところかにゃ?

ちょっと多いような気もするけど、アルも居るしこれならなんとかなりそうだにゃ」



 ラトラはオーク達の姿を見て、イケると判断したのだろう。

 ホッとした様子を見せる。


 しかし――



「ちょっと待って……何アイツ……

アイツはちょっとヤバいよ……」



 怯えた声色を漏らすソフィア。


 その視線の先にあったのは。

 ハイオークを一回り大きくした体格を持った、黒い肌のオーク。


 今まで見たことの無い種類のオークで、遠巻きながらも、その姿からは威圧感さえ感じられた。


 そして、ソフィアは言葉を続ける。



「嘘っ……あれって、もしかしてキング!?」



 キング。その言葉で皆の顔に緊張したような表情が浮かび、それは僕も例外では無い。


 たしか、記憶が正しければキングと言うのはハイオークの中から突然変異によって生まれると言う個体で。

 体格もさることながら力や速さ、知能なども非常に優れており。

 討伐するとしたらBランク冒険者がパーティーを組み、数組で当たらなければいけない相手であった。


 皆もそのことを知っているのだろう。


 それ故に僕達の間には緊張の糸が張り詰めた。



「キ、キングかよ……ア、アル、なんとかなりそうか?」


「ごめん……僕も戦ったこと無いからなんとも言えないよ」



 ダンテは僕の言葉を受けてさらに表情を強張らせる。



「キングか……相手がキングとなれば話が変わってくるな。

ここはどうにかやり過ごして、キングとはち合わせない形でブエマに戻り。

冒険者ギルドに報告した方が良いだろう」



 ベルトが提案をすると、僕達は反対することも無く頷き。

 キングにばれないようにする為、森の奥へと移動しようとするのだが。



 パキッ



 誰かが小枝でも踏んだのだろう。そんな小さな音が鳴った。


 こんな小さな音だ。オークだって気付きはしないだろう。

 そうは思ったのだが、何となく気になりオーク達へと視線を向ける。


 その瞬間。


 向こうからは見えていない筈なのに、何故か目があったような気がした。


 そして、それは間違いではなかったようで。

 キングは地面にある人の頭大の石を握り――



「皆!! 伏せて!!」



 突然僕が大声を上げたことに皆は驚いた様子を見せたが。

 咄嗟に僕の言葉に従い身を屈める。



 それとほぼ同時にゴウッと言う風切り音が聞こえると、頭大の石が頭上を滑空し。

 立木にぶち当たると、轟音を響かせて立木もろとも爆ぜた。


 その轟音に誰かが「ヒッ」と言う短い悲鳴を上げる。


 そんな悲鳴を聞きながらオーク達へと視線を向ければ、オーク達の視線はこちらへと向いており――


 逃げられる状況ではないと判断した僕は、腰に差してある片刃の剣に手を添えるのだった。

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