第111話 寄りかかる肩

 手合わせを終えた頃には少しづつ陽が傾き始めており。

 僕達は夕食の準備に取りかかる事にした。


 そうして夕食の準備を始めたのだが……

 その先にあったのはちょっとした地獄であった。






「それじゃあ、夕食の準備なんだけど、ここは女子に任せて貰おうかしら!」


「んにゃ。夕食の準備はウチら任せるにゃ!」



 ソフィアとラトラはトンと自分の胸を叩く。

 どうやら今日の夕食は女子達が作ってくれるようだ。


 前世では同世代の女子が作った手料理を食べる機会など殆ど無く。

 かろうじてあるとすれば、調理実習で作ったカップケーキを貰ったくらいだろうか?


 まぁ、妹の手料理なら何度も口にしたことがあるのだが……

 ソレを同世代の女子の手料理としてカウントするのはあまりに悲しいことだろう……


 そう言った理由で、女子の手料理を食べられると言うことに気持ちを高揚させていると。



「お前達が作るのかよ?

別にいいけどよ……なんか女子が作る料理って男には薄味だったりするんだよなー。

アルもそう思わねぇか?」



 ダンテに話を振られることになる。



『いや? そんな経験ないから分かんないよ?』



 正直に伝えるならこんな言葉だろう。


 だが、女子の手料理食べたことありますけどなにか?

 そんな感じを漂わせるダンテが気にいらなかったので、僕は虚勢を張る。



「う、うん。

女子の料理はそうだね、うん、アレだよねー」



 ……いや、虚勢を張ろうにも情報量が乏しくて、それすらままならなかった。


 そして、そんな僕の様子を見たダンテは。



「あれ? もしかしてそう言った経験なかったか? だったら悪るかったな」



 そんな謝罪の言葉を口にする。



「ダ、ダンテは何言ってんだかー。

僕にだって女子の手料理を食べた経験くらいあるし」



 何故、更に虚勢を張ってしまったのだろう?


 それは、ダンテの余裕ぶった態度が気にくわなかったからだろう。

 勝者の余裕すら漂わせるダンテに対し、内心で歯ぎしりしながらそう言うと。



「おっ、手料理食わしてくれる女子が居んのか?

誰だよ? 教えろよ?」



 ダンテは茶化すように尋ねる。



「へぇ、大人しそうな顔して案外やるんだな」


「まさか、彼女でも居るにょか?」


「ちょ!? そんな人が居るの!?

ま、まぁ、私には関係ないけど、す、少しは興味あるから聞いておこうかしら!」



 そして、ダンテの言葉を聞いたベルトに女子2人はそんな言葉を口にした。



 どうして虚勢を張ってしまったのだろう……?

 興味心身と言った視線を向けられた僕は、自分の発言に思わず悔いるが。

 そう思ったとしても後の祭りだろう。



「で? どこの誰なんだよ?」



 それでも、どこかで負けを認めたくない気持ちがあったのだと思う。

 僕は虚勢にもならない虚勢を張る為に女性の名前を捻りだした。




「……ア、アイシャ」


「お、お前……それは客と店の関係――いや、何でもない」



 僕の一言と、ダンテの言葉で皆はすべてを察したのだろう。


 実に生暖かい視線を送ると。



「そ、そういやベルト。

お、お前、剣も結構使えるんだな、こ、今度手合わせしようぜ」


「あ、ああ。ぼ、僕もダンテの剣術には驚かされたよ。

ぜ、是非手合わせをお願いしたいところだ」


「さ、さーて! ウ、ウチらは料理に取り掛かるとするかにゃ〜」


「そ、そうね! お、美味しい料理作ってくるから待っててね!」



 まるで何も聞かなかったかのように振る舞う。


 そんな、皆の優しさを一身に浴びながら。

 何故、虚勢を張り続けてしまったのだろう……?

 そう激しく後悔すると、羞恥のあまり、僕は顔を伏せるのであった。



 ちなみにだがソフィアとラトラの料理は非常に美味しく。

 何故だろう?涙が出そうになった。






 その後、夕食を食べ終わると、みんなは楽な姿勢で寛ぎ始める。


 その頃には完全に陽が落ち、周囲は完全に闇に包まれており。

 そんな中、焚き火だけが周囲を柔らかな光で照らし、焚き火を囲む形で僕達は雑談を交わす。


 雑談の内容は明日の予定から始まり、学校での出来事や最近の趣味にまでに至り。

 僕達は焚き火の明かりで顔をオレンジ色に染めながら、森から聞こえる虫の音を背景にし雑談を楽しんだ。


 そうしていると。



「ふぁーー」



 ソフィアの口から欠伸が漏れる。



「眠むそうだね?」


「ん、ちょっと眠くなってきたかも」



 皆の様子を見て見れば男性陣は割と元気そうだが。

 ソフィアの目はすこしトロンとしているし、ラトラに至っては船を漕いでいた。



「明日は森に入るんだよね?

明日も体力を使うし今日はそろそろ寝ることにしようか?」


「そうだな。明日も早いし寝ることにするか。

てか火の番はどうする? 女子達は眠むそうだから男性陣でするか?」


「火の番なら僕がやるよ。

こう見えて野営の経験は多いから任せてくれて良いよ」



 迷宮都市からの帰り道で、嫌と言うほど野営はこなしたし。

 そんな経験からか丸一日くらいは寝なくても体調を崩すことも無い。


 そう言った理由から火の番をかってでると、ダンテやベルトは顔を見合わせた後。



「んじゃ、火の番はアルに任せるわ。

でも、少ししたら交代するから、交代したらアルもしっかり休んどけよ?」


「すまないな。とりあえずの火の番はアルディノに任せることにするよ」



 2人はそう言って寝る為の身支度を始める。すると。



「わ、私も火の番するわ!」



 ソフィアが火の番をかって出る。


 先程の様子から眠いのは分かっているし、火の番なら僕一人で充分なので。

 ソフィアにはゆっくり休んで貰おうと思い、申し出を断ろうと思ったのだが。



「まぁ、確かにアル一人じゃ不安だし、ソフィアにも任せることにするか」


「ああ、そうだな。2人に任せて僕達は先に休むとしようか。

ラトラ、寝るならテントで寝とけよ」


「んにゃ〜」



 皆はそう言ってそそくさと2つあるテントへと向かっていく。


 まぁ、一人で火の番と言うのも暇だし、話し相手がいた方が助かると言うのが本音なので。

 無理して申し出を断る必要ないかと思うと、ソフィアの申し出を受け入れることにし。

 僕は鞄を背もたれにして地面へと腰を下ろした。



「と、隣いいかしら?」



 僕がその言葉に頷くと、ソフィアも地面へと腰を下ろす。


 そうして、焚き火を前にし、並んで座っていると。

 始めてソフィアと会った夜の野営の事を思い出し。

 懐かしい気持ちが込み上げて来て、なんだか頬が緩んでしまう。



「な、なにニヤニヤしてるのよ?」


「いや、ソフィアと初めて会った夜の事を思い出してさ。

あの時もこうやって、焚き火を前にして並んで座ってたなーって思ってさ」


「よ、よく覚えてるわね?」


「忘れちゃったの? なんか勢い良く隣に座ったと思ったら凄く近くに座ってさ。

僕の隣が料理取りやすいだけなんだから! なんて言ってたんだよ?」


「そ、そんな昔の事覚えてないし……」


「本当に? その割には焦ってるように見えるけど?」


「あ、焦って無いわよ!」



 僕が茶化すように言うとソフィアは不機嫌そうに頬を膨らませてみせるが。

 気のせいだろうか?少しだけ笑っているようにも見えた。






 ◆ ◆ ◆






「そう言えば、こうしてゆっくり2人で話すのは、再開してから初めてじゃない?」


「確かにそうかもしれないわね」



 私は出来るだけ平静を装って答えたけど、顔がニヤけるのを抑えるので必死だった。


 だって、何年も前の事だし、出会いの日のことなんて忘れてるかも知れない。

 そんな風に思ってたんだけど、アルは自分でも忘れている様な一言まで覚えててくれたんだもの。

 ニヤけそうになるのも仕方ないじゃない?



「と言うか、今日は本当にビックリしたよ。

『魔法剣』て言うんだっけ? まさかあんな凄い技まで覚えてるんてさ。

それに学園でも第7席だし――ソフィアは頑張って来たんだね」



 アルはそう言うと優しく微笑みかける。



 ――私は頑張って来た。


 学園に通うと言う、私との約束を果たす為に頑張ってくれているアルに負けないように。

 剣術に魔法、座学に作法。

 色々なことに取り組み、人一倍努力をしてきたつもりだ。


 何度も泣きそうになったし、逃げ出したくもなった。

 擦り傷や切り傷も絶えなかったし、骨折なんかも何度もした。


 それでも――


 きっとアルなら約束を果たしてくれると信じていたから。

 アルが学園に通った時、恥ずかしくない自分でいる為に。

 隣に並んでも恥ずかしくないように頑張って来た。



『ソフィアは頑張ったんだね』



 その一言で、私が今までしてきた努力が認められた気がして……

 私は泣き出しそうになってしまう。


 でも。

 ここで涙を見せたとしても、アルにはそんな私の心情なんか知る筈もないし。

 涙を見せた所で困らせてしまうだけだと思う。


 だから、私は涙をグッと堪えると、いつもの私で居ようとする。



「まぁね! 私に剣術を教えてくれた先生の腕が良かったって言うのもあるけど。

私にはそれだけの努力をする才能とセンスがあったってところかしら?」


「そっかー、ソフィは本当に頑張ったんだね」



 私の言葉を受けてしみじみと言ったアルの言葉に、やっぱり涙が出そうになるけど。

 それと同時に、嬉しくて顔が赤くなっていくのが分かる。


 焚き火のオレンジ色の明かりじゃなければ、顔が赤いのがバレバレだろうな。

 そう思うと優しい焚き火の明かりに感謝をした。



 その後は色々と話した。


 話の内容は、城塞都市でお別れをしてからどんな風に過ごしてきたのか?

 そう言った内容で。

 アルは私の話を、驚いたり、笑ったり、表情をコロコロ変えながら聞いてくれた。


 私もアルの話を聞いたんだけど、アルから聞かされた話は、私からすれば驚きの連続で。

 殆ど驚いた表情ばかり浮かべていたと思う。



 そうして、アルと話していたんだけど……


 元から眠かったって言うのもあって、瞼が下がって行くのが分かった。


 そんな私の様子を見たアルは。



「後は僕が火の番をするから、ソフィアは寝てて大丈夫だよ?」



 そう言って寝るように勧めてきたんだけど。

 折角の2人だけの時間なんだし、ここで寝ちゃうのがなんだか勿体無い気がした。


 だから、頑張って起きていようとしたんだけど……眠気には勝てなかったみたいで。

 一瞬だけ意識が飛んでしまい――



「ソ、ソフィア? 寝るならテントまで運ぼうか?」



 アルの言葉で意識を取り戻すと、アルの肩にもたれ掛かっているのに気付いた。


 私は慌てて身体を起こそうと――

 ――やっぱり、気付ない振りをすることに決めると。



『少しくらい大丈夫だよね?』



 起きている事がばれないようにしながら――アルの肩に身体を預けることにした。

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