第109話 ブエマの森

 僕が学園に通い始めてから2ヶ月程の時間が流れていた。


 最近では少しづつ学園での生活にも慣れ始め。

 ダンテやソフィア達以外にもちらほらと会話を交わす学友も増えてきていた。


 そうやって会話を交わす相手に何故か柄の悪い人が多い気がするのだが……

 まぁ、それは兎も角、それなりに学園生活を満喫する事が出来ていた。



 そして、本日なのだが。

 学園の2連休を利用し、学園都市から徒歩で3時間程歩いた場所。

 森と草原の境目と言った場所に、ダンテ、ソフィア、アルベルト、ラトラに、僕を加えた5人で訪れていた。


 何故こんな場所に来ているかと言うと、そのきっかけはこんな会話だった。






「ねぇダンテ、僕って結構強い方だったりする?」


「は? 自慢か? それとも嫌味か?」



 自慢でも嫌味でもなく、単純に質問したつもりなのだが。

 ダンテは昼食のパンを齧りながら、実に不愉快そうな表情を浮かべる。


 一緒に昼食を取っている、ソフィアにアルベルト、ラトラまでもが。


 「コイツ何を言ってんだ?」


 と言ったような視線を僕へと向けていた。


 ちなみにだが、最近ではこの面子で昼食を囲む事が多い。



「ち、違くて! 今まで同年代の子と実力を比べる機会が無かったし。

大人と過ごす時間の方が多かったから、自分の実力がどの程度なのか知っておきたかったんだって!」


「今更かよ……

てか、盗賊を一瞬で無効化するわ、グレゴ先輩を倒すわ、普通に考えて強いに決まってんだろ?」



 今度は呆れた表情を浮かべるダンテ。


 僕自身それなりの経験を積んでいるし、それなりに強いつもりでは居たのだが。

 僕の中での強さの基準と言えば、一番長く時間を共に過ごしたメーテやウルフであり。

 2人の強さを基準にしたら僕の実力では遠く及ばず、未熟とも言えるだろう。


 まぁ、メーテがおとぎ話で語られる『禍事を歌う魔女』と知った今では、強さの基準として持ち出すのは間違いだと思うし。

 だからこそ一般的な基準を知りたくてダンテに尋ねることにした訳なのだが……


 ダンテはさも当然と言った様子で「強い」と言う言葉を口にし、他の皆もダンテの意見に同意なようで頷いて見せる。



「と言うか、アルは5歳の頃から強かったわよ!

その頃から『不屈のアラン』に認められてたし、手合わせだってしてたんだから!」



 何故か自分の事のように胸を張るソフィア。


 そんな言葉を聞いたダンテは興奮した様子で声を上げる。



「不屈のアランと言えばAランク冒険者だろ!? すげぇ羨ましいわー」


「えっ!? アランさんBランクから昇格したんだ!」


「そうそう、2年くらい前かな?

Aランクに昇格して、今最も勢いがある冒険者に数えられてるんだけどよ。

手合わせしたくせに知らないのかよ?」


「ご、ごめん……」



 ダンテに対して謝罪をしながらも、思わぬところでアランさん達の活躍を知り。

 思わず笑顔が零れてしまう。


 そうしていると。



「でも、確かにアルディノが強いと言うのは分かっているが、どれくらいの実力があるのかまでは分かっていない。

ちゃんとした実力がどれ程なのか……そこは興味があるな」


「それは同意にゃ、グレゴ先輩の時の実力が全力じゃにゃいくらいは分かるけど……

本気で戦ったらどれくらいにゃのかは謎だからにゃー」



 ベルトとラトラが興味津々と言った様子で僕へと視線を向ける。


 すると、そんな2人の発言を聞いたダンテはいかにも名案を思いついたと言った感じでポンと手を打つ。



「んじゃさ! 今度の連休があるだろ?

その連休を利用してアルの実力を確かめるってのはどうだ?

確か、学園都市から少し離れた所にゴブリンとかオークが現れる森があるらしいじゃん?

そこに皆で行ってみようぜ!」



 ダンテがお出掛けの提案をすると、その提案を聞いた皆はそれぞれの意見を口にする。



「確かにそれは良いかも。

多分ダンテが言ってる場所は、実習で行ったことのある場所だし……

うん、危険な魔物も少ない筈だから丁度良いかもしれないわね」


「次の連休か……確か予定も無い筈だし、僕は構わないかな」


「興味はあるけど、少し面倒だにゃ」


「ラトラは行かないのか? 

折角の連休だし、アルの実力見るだけってのもなんだから。

泊まり込みで夜はバーベキューとかしようって考えたんだけど……

まぁ、無理強いは出来ないよな〜」


「だ、誰も行かないとは言ってないにゃ! ウ、ウチも行くにゃ!」



 あれ? 僕の予定は聞かないの?


 ……まぁ、特に予定は無いけど。


 少しだけ腑に落ちないものを感じる中、そんな僕を他所に皆の会話は弾み――



「んじゃ、今度の連休は『アルの実力を確かめる会』を開くと言う事で問題無いか?」


「ああ、問題無い」


「問題無いわ!」


「問題無いにゃ!」



 ダンテの発言に、誰ひとり異論を唱えること無く、連休の予定が決まることになった。




 そして、それから数日が経ち。

 森と草原の境目。


 『ブエマの森』の前へと僕達5人は訪れた訳である。






「んじゃ、どうする? 森に入ってゴブリンとか狩るか?」



 今晩お世話になるテントを組み立てながらダンテが尋ねる。



「ゴブリンかー。 今回の集まりって僕の実力を確かめる為だよね?

自慢ぽくなっちゃうけど、ゴブリン相手だと本気の出し様が無いかもしれないよ?」


「まぁ、そうなるよな〜」



 ダンテは気の無い返事を返すと、今度は簡易的な竈を組み始める。


 なんとなしに周囲を見渡せば、皆もテントを組んだり、買い出した食料を並べたりしており。

 そんな様子を見た僕は、僕の実力を測るよりも、皆で野営をするのが目的なのでは?

 などと勘繰ってしまう。


 だが、一応は実力を見る事はするようで。



「んじゃ、まずは何が出来るかを把握しとくことにするか。

中級魔法は使えるって話は聞いてたけど、実際どの程度の魔法まで使えるんだ?」



 竈を組みながらダンテは尋ねた。



「んー。自己紹介では幾つかの中級魔法を使えるって言ったけど。

本当は中級魔法なら大体使えると思うよ。

それと、上級魔法も幾つかは使えるかな?」



 流石に闇属性の魔法を使えることや、素養があることは伝えることは出来ないが。

 こうして僕の為に集まりを開いてくれたのだから、その誠意に対して嘘を吐くのはよくないだろう。

 そう思うと、出来る範囲で正直に伝える。


 だが、正直に伝えたつもりなのに皆の視線は冷ややかだ。



「もしかして疑われてる?」


「いやぁ、疑うつもりじゃないんだけどよ。

俺達の年齢で中級魔法を使えるのすら珍しいのに、上級魔法まで使えるって言われてもな~。

いまいちピンとこないんだよなぁ」



 ダンテがそう言うと、ソフィが補足するように話す。



「私は中級魔法を幾つか使えるんだけど。

逆に、第7席である私が幾つかしか使えないって言えば、アルの言ってることが非常識だってのが分かるんじゃないかしら?

まぁ、私は魔法よりも剣技で第7席を掴んだから、参考にならないかも知れないけど」



 確かにソフィアの言う通りであれば、僕が中級魔法や上級魔法を使えると言っても眉唾扱いされてしまうのも仕方が無いように思える。



「まぁ、何はともあれ、本当に使えるんなら見せて貰った方が早いよな。

ってことでアル、上級魔法を使えるんならちょっと使って見せてくれないか?」


「ここで!?」


「おう、森に向けて魔法を放つのは流石にアレだけど、こんだけ開けた平野なら誰にも迷惑掛からないだろ?」


「まぁ、確かにそうかもしれないけど……」


「んじゃ! 一発よろしく頼むわ!」



 ダンテがそう言うと、他の皆もなにやら期待するような眼差しを向ける。


 そして、そんな眼差しを向けられたら断ることが僕には出来ない。


 僕は仕方が無いかと思うと、上級魔法を使って見せることにした。



「それじゃあ今から上級魔法を使って見せるから少し離れて貰っていいかな?」



 その言葉に従い、皆は後方へと距離を取る。

 それを見届けた僕は、草原へと手のひらを向けると、口を開く。



『――雷轟』




 次の瞬間。


 中空から一筋の稲光が地上へと向かって伸びると。

 真っ白な光が皆の視界を奪い、轟音が聴力を奪う。


 その光や音に驚いたのだろう。

 皆は身を竦め、ラトラなんかは耳が良いの所為だろうか?

 耳を塞ぎ身を丸めている。


 そして、徐々に視力と聴力を取り戻したのだろう。


 恐る恐ると言った様子で皆は目を開き、目の前に映る光景に驚愕の表情を浮かべた。



「な、何よこれ……」


「はは、意味わかんねぇ……」


「これ程までとは……」


「お、おっきい音がするなら始めから言うにゃ! てかにゃんだこれ……」



 そんな言葉を口にする皆の目の前には、直径で10メートル程の深く抉れた地面の姿があり。

 その深さは大人がすっぽりと収まるほどで、着弾点からは黒い煙がうっすらと登っている。



「これで信じて貰えたかな?」



 その言葉に皆は激しく頷いて返す。



「どうする? 他にも見せた方が良いかな?」



 この言葉には激しく首を横に振り。

 皆は出来上がったクレーターを呆けたように眺めるのであった。






 ◆ ◆ ◆






 一方その頃。


 学園都市にある冒険者ギルド内に、慌てた様子で男が飛び込んでいた。


 実際に慌てていたのだろう。


 男は肩で息をし。

 その様子を見て見兼ねた女性職員が水を差しいれると、一息で飲み干した。



「おいおい、モリス、そんな慌てた様子でどうしたんだ?

まさか、カミさんに浮気でもばれて逃げ出して来たってオチじゃないだろうな?」



 モリスと呼ばれた男の様子を見て、受付の奥に居る大男からそんな声が掛かると、ギルド内に笑い声が上がる。


 笑い声が響く中、モリスだけは神妙な表情を浮かべ。

 口に付いた水滴を乱暴に袖で拭うと口を開いた。



「そんなんじゃありません! オークを! オークキングがいやがったんです!」



 笑い声に包まれた空間は、その一言で静まり返る。



「それは本当か!?」


「ま、間違いねぇ、その他にもハイオークが数匹にオークが10以上は居た筈です!」



 更に伝えられた情報で、今度は一斉に慌ただしくなる。

 受付の奥に居た大男は眉根に皺を寄せると女性職員に声を掛けた。



「オークキング、本当ならBランクパーティーが数組がかりの仕事になるな……

おい! Bランクで依頼を受けていないパーティは何組居る?」


「え、えっとですね。 確か『襤褸切れ』と『暁鼠』が依頼を受けていない筈です!」


「ちっ、上がりたてか。アイツらじゃ、ちと荷が重いかもしれないな……

明日までに依頼を終える予定の冒険者いるか?」


「た、たしか――居ます! しかもAランク冒険者の『乱雑なる図書』です!

明日の昼頃には戻る筈ですが……どうしますかギルド長!?」



 受付の奥に居た大男。ギルド長と呼ばれた男性は思案顔を浮かべる。



「明日の夕方か……いや、モリスがオークキングを見た場所によっては迎えの馬車を出す必要があるだろう」


「わ、わかりました!」


「それで、モリス。

オークキングを見たと言ったが、それは何時、何処でだ?」



 モリスは答える。



「あ、あれは今日の早朝……

見掛けた場所は……『ブエマの森』のでした」

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