第108話 舎弟
学園メルワ―ルの正門へと続く通りは緩やかな上り坂になっており。
通りを挟むようにして幾つもの店舗が立ち並んでいる。
それらの店舗の多くは学生向けのお店で、筆記用具を揃える為の文房具屋であったり。
魔法の授業で使う為の簡易的な杖や剣などを取り扱ってる武器屋だったり。
授業が終わった後、生徒達の憩いの場となる喫茶店だったり。
その他にも、前世で言うところのダーツやビリヤードを楽しめる遊戯施設なんかも揃っていた。
そんな幾つもの店舗。
その店先に並ぶ商品を眺めながら学園へと向かうのが、僕の楽しみの一つでもあった。
そうして、いつも通り緩やかな坂道を学園へと向かい歩いていると、本屋の店先に張り紙がしてある事に気付く。
張り紙に目を通してみれば、最近お気に入りの作家の新刊が発売される。
と言った内容が書かれており。
通学途中だと言うのに立ち寄ってしまい、予約まで済ませてしまう。
つい先日、節約しようと決めたばかりだと言うのに、早速散財してしまう自分に少々呆れてしまうが。
まぁ、お気に入りの作家だし仕方ないよね?
半ば投げやりに自分を納得させると、本が手元に届く日を思い、顔を緩ませた。
緩ませたのだが……
「アルさん! おはようございます!!」
正門前へと着くなり、そんな言葉を掛けられたことで、緩んだ顔を引き攣らせることになる。
「お、おはようございます。
先輩なんですから、アルさんて言うの辞めにしません? グレゴリオ先輩?」
何故ならば、先輩であるグレゴリオ先輩が、それはそれは綺麗なお辞儀と挨拶をして見せたからだ。
「もしかして兄貴とかボスとかの方が良いっすか? それなら呼び方変えさせて貰いますけど?」
「さ、さんでお願いします!」
そして、訳の分からない敬称を付けられそうになり、僕は慌ててそれを断り教室へと向かおうとするのだが。
「うっす! それじゃあ教室まで鞄をお持ちします!」
どうやら、教室まで付いてくるようで、僕の鞄を奪い取る様にして抱えると、僕の3歩後をまるで良妻のように付いてくる。
本来、下に見られがちの後期組の生徒に、仮にも学園第5席ともあろうものがそう言った態度を取るのだ。
自然と周囲の視線が集まり、その視線に渇いた笑みを漏らしてしまう。
どうしてこんなことになったのか?
それを知るには数日前、グレゴリオ先輩と戦った日まで遡る必要があるだろう。
グレゴリオ先輩を気絶させた僕は、巨体を前にしてどうするべきかと悩んでいた。
このままにしておくのもなんだが、医務室まで運んでやる義務も無かった為だ。
まぁ、ランドル達も居る事だし、ランドル達が医務室まで運ぶだろう。
そう思っていたのだが。
どうやらランドル達はいつの間にか逃げていたようで、気付いた時にはグレゴリオを置いてこの場から消えてしまっていた。
なんとも現金なヤツらだと思うと同時に、復讐の道具として扱われた上、こうして放置されてしまうグレゴリオが不憫になり。
仕方が無いかと溜息を吐くと、僕は身体強化を施し、グレゴリオを担いで医務室へと向かうことにした。
そうして、医務室へと辿り着くと、保険医である女性職員に任せてその場を去ろうとしたのだが。
診察を円滑に済ませる為に、どう言った経緯でグレゴリオが気を失うことになったのかの説明を求められた。
僕が拳骨で気絶させたとは言いにくく、一瞬躊躇しそうになったが。
嘘をついて診察の妨げるのも宜しくないだろう。
そう思うと、事の経緯を正直に話すことにした。
グレゴリオは第5席と言うこともあり、職員の間でも有名なようで。
僕が気絶させたと言ったところ、疑わしい視線を向けられることになってしまったのだが。
女性職員はどうにか信用してくれたのだろう。
経緯の説明を元にグレゴリオの診察を始めた。
治療に取り掛かった姿を見て、今度こそ医務室を後にしようと思ったその時――
「っつ! こ、ここは!?」
診察を始めてすぐにグレゴリオは意識を取り戻し、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
どうやら、保険医は聖魔法の使い手のようで、一瞬で治療を終えてしまったようだ。
本当ならグレゴリオが意識を取り戻す前にこの場を去りたかったのだが――
意識を取り戻した以上は一言くらいは声を掛けた方が良いだろう。
そう思った僕はグレゴリオに声を掛けることにした。
「えっと、意識を取り戻したみたいなので、僕はこれで失礼しますね。
自分でやっといてなんですが、お大事にして下さい」
それだけ伝えると医務室を後にしようとするが。
「ちょ、ちょっと待て!
ランドルや他のヤツはどうした!? まさか! アイツらまでやったのか!?」
「ひ、人を蛮族みたいに言わないで下さい!
ランドルはグレゴリオ先輩が倒れたらすぐ逃げちゃいましたよ」
「に、逃げた!? 俺を置き去りにしてか!?」
「ええ、気付いた時には消えてましたね」
「は? じゃあ、誰がここに運んだんだ……まさかお前が?」
その言葉には僕では無くソフィアが返す。
「そうです。貴方が気絶して動けない所をアルが一人で運んでくれたんですから、感謝して下さい」
「ソフィア=フェルマー……」
グレゴリオはソフィアの少し赤い頬を見ると、バツが悪そうにソフィアの名前を呟き。
それと同時に、有耶無耶になってしまっていたが、ソフィアに対する謝罪を貰っていない事を思い出す。
その事をグレゴリオに伝えようとしたのだが――
「……さっきは殴って悪かったな。
それに、アルディノ……医務室まで運んでくれて……あ、ありがとうな」
それよりも先に謝罪の言葉を並べるグレゴリオ。
思いがけない柔軟な態度に本当に同一人物なのだろうか?
思わずそんな疑問が浮かんでしまう。
「……何か、企んでたりします?」
「なっ!? そんなんじゃねぇよ……アイツらが逃げる中、敵であるお前が運んでくれたんだろ?
一応、礼くらいは言っておこうと思っただけだ……」
グレゴリオはそう言うと寂しそうに俯いてしまう。
彼の心境を完全に察することは出来ないが。
僕だったら、仲間に見捨てられたと知れば、グレゴリオと同様に寂しそうな表情を浮かべてしまうだろう。
そう思うとグレゴリオのことが、やっぱり不憫に思えてしまい。
少しは元気が出るかな?そんな思いから声を掛けることにした。
「――先程までの関係は良好だったとは言えませんが。
昨日の敵は今日の友とも言いますし、これからは仲良くやって行きませんか?」
「……俺はお前に大怪我を負わせようとしたんだぞ?
そんな相手に対して、本気で言ってるのか?」
「グレゴリオ先輩がどう言うつもりで攻撃したかは分かりませんが。
少し頭が痛かったくらいで、大きな怪我をした訳ではありませんからね」
「……ははっ、俺の身体強化の一撃を喰らって少し痛いだけとか大概だけどな」
「そ、それは兎も角。
ちゃんとソフィアにも謝って貰った事だし、これ以上遺恨を残したくないと言うのが本音です。
どうでしょうか? 仲良くやって行きませんか?」
僕はそう伝えると、グレゴリオ先輩へと手を差し出す。
グレゴリオ先輩は、差し出された手を見て目をパチクリさせていたが。
呆れたような、諦めたような表情を浮かべると、少しだけ口角を上げ、僕の手を握り返したのだった。
それで終われば良かったのだが……
その翌日。
僕がいつも通り学園へと登校すると。
「おはようございます! アルさん!」
そう言って声を掛けてきたのはグレゴリオ先輩だった。
敬称付きで呼ばれたことに対し、やっぱり何か企んでるのでは?
そう考え、思わず身構えてしまったのだが。
グレゴリオ先輩曰く。
仲間が見捨てて行く中、敵である自分を医務室へと運んでくれたことや。
学園第五席である自分を子供扱いして倒した事。
それに加え、敵である自分を気遣い、手を差し伸べたくれたことに感銘を受けたようで。
僕の下に付くことを決めたらしい。
そんな訳で、あれから数日経った今。
毎朝の日課のように、グレゴリオ先輩は僕の出迎えをしてくれている訳なのだが……
グレゴリオ先輩は学園第5席と言う肩書の他にも、学園内ではやんちゃな生徒として名が通っているらしく。
そして、そんなグレゴリオ先輩を引き連れて歩いているのだ。
「おい……アイツって、入学して早々に暴力事件起こして謹慎になったヤツだろ?」
「前期組に喧嘩売るって噂はあったけど、グレゴリオ先輩まで仲間に引き入れたのかよ……」
そんな声が聞こえてくるのは当然で……いや、当然と受け入れられる筈も無く。
頑張って愛想を振りまく訳なのだが……
「目を合わすなよ! クラスメイトから金を巻き上げるようなヤツだ。
目を合わせたら何されるか分かったもんじゃないからな」
「ひっ! 今あたしの事見た! もうお嫁に行けなくなるかも……」
聞こえてくる会話は、盛大に怯えを含んでおり。
そんな会話を聞いた僕は、清々しい様子で後を付いてくるグレゴリオ先輩とは対照的に。
不良としての地位を確立し始めていることに大きく肩を落とすのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます