第107話 対グレゴリオ


「それでは! 始め!!」



 ランドルが始まりの合図を告げると。

 グレゴリオはその体格からは想像できない速さで僕との間合いを詰める。


 その速さには少しだけ驚かされたが。

 所詮、少し驚かされた程度の速さであり、対応するに何ら問題は無く。

 斧が振るわれる初動を見極め、斧が振るわれる位置を推測すると、余裕を持って2歩下がる。


 すると、グレゴリオの斧は空を薙ぎ、振るわれた斧の風圧が頬を撫でた。



「ほう……一応は学園に受かっただけあってこれくらいは避けて見せるってか。

んじゃ、こんなのはどうだ!?」



 グレゴリオはそう言うと、先程よりも速度を乗せて斧を薙いで見せる。


 恐らく身体強化を施した上での一撃なのだろう。

 だが、やはり対応できる程度の速さで、僕は同じように2歩下がることで避けて見せた。



「おお、やるじゃねぇか?

んじゃ、コイツは受け止められるかな?」



 次に振るわれたのは上段からの一撃で、避けようと思えば幾らでも避けられるモノであった。

 しかし、何気なく言われた「受けられるかな?」と言う一言に意識を誘導されてしまったのだろう。


 僕は避けると言う選択肢を選ばずに、木剣で受けると言う選択肢を選んでしまう。


 そして、それが間違いだと言うことに気付いたのは次の瞬間だった。



「つっ!!?」



 確実に木剣で受け止めた筈だったのだが、ガツンと言う衝撃が脳天を襲い。

 その衝撃によって片膝を付いてしまうことになる。


 予想しなかった衝撃に一瞬混乱してしまいそうになるのだが。

 どうにか冷静さを保つと、次の攻撃が来ることを考え、すぐに後方へと飛んだ。


 それとほぼ同時に、僕が居た場所へと斧が振り下ろされ、木斧が振るわれたとはとても思えないような重低音が響くと共に地面が抉られる。


 抉られた地面を見て、もし頭上に振り下ろされていたら……


 そう考えると、思わずゾッとしてしまう。


 しかし、それよりも重要なのは、確実に受け止めた筈の斧をどうして喰らう羽目になったのか?だ。

 ニヤニヤとした表情を浮かべるグレゴリオから注意を逸らさないようにし。

 その原因を探すと、すぐに原因を知ることになる。


 僕の握っている剣を見れば、半ばから綺麗に切断されており。

 振るわれた斧に対して剣の耐久力が足らなかったことが原因だと分かった。


 木剣を切断するだけの攻撃力があるようにはとても思えなかったが、見誤ったのは自分の責任だし反省するべきだろう。

 そう考え、意識を切り替えようとしたのだが。



「どうやら、偶然、偶々、折れかけの剣を掴んじまったみたいだな?

只でさえ実力差があるってのに、運にまで見放されちまったらどうしようもねぇな?」



 グレゴリオはそう言ってニヤニヤと顔を歪めて見せる。


 その表情と言葉を不信に思い、折れた剣に視線を向けて見ると。

 切断面の他にも斧を受けたのであろう傷跡があり、恐らくだが予め折れやすくなる細工がされていたのだろう事を察する事が出来た。


 黙って居れば細工に気付かなかったかも知れないのに、何故、わざわざ口にする必要があるのだろう?

 そんな疑問が浮かび、理由を考えてみるも。

 僕の感情を煽り乱れさせるつもりなのか? それとも単純に性格が悪いのか?

 それくらいしか思いつかず、恐らくは前者なのだろうと投げやりに結論付けた。


 そして、そんな様子を見ていたダンテにラトラ、それにソフィアなのだが。



「汚ねぇぞ!この野郎ぉ! 何か仕組んでやがるだろ!」


「ウチは見てにゃ! 剣が変にゃ折れ方したのを!」


「うへへぇ」



 そんな言葉を口にし、グレゴリオを非難する。


 ソフィアは相変わらずの様子で本気で心配になってくるが……

 ダンテ達がソフィアに関して何も言ってこないので、とりあえずは大丈夫なのだろう。



「おいおい、変な言いがかりはやめてくんねぇか?

てか、打ち合いになれば剣が折れることだってあるだろうが。

それともなにか? お前等は実戦で剣が折れた時もそうやって卑怯だなんだ言って文句を言うのか?

んなことしてたって相手はまってくれねぇぞ! ――こんな風にな!!」



 グレゴリは僕との間合いを詰めると、容赦なく頭へと斧を振り下ろす。


 折れた剣しか持たない僕では防ぎようが無いと判断し、斧が振り下ろされた後の光景を想像したのだろう。

 グレゴリオは会心の笑みを見せ――



「は?」



 呆けたような声を出すと、その笑みを消すことになる。


 それは何故か?

 それはグレゴリオが手に持つ斧。

 その斧の半ばから先が無くなっており、地面に転がっているからだろう。


 グレゴリオは地面に転がった斧の先を横目で見て尋ねる。



「手前ぇ……何しやがった!?」


「……魔力付与です」


「魔力付与!? そんな訳あるか!

あんな旧時代の使えねぇ技術だってのか? 出鱈目言ってんじゃねぇ!

そもそも付与する武器がその有様じゃねぇか!」



 グレゴリオは僕の握っている折れた木剣を指差し、出鱈目だと声を荒げた。


 質問に答える必要が無い状況で、正直に答えたと言うのに……

 出鱈目扱いされてしまうのは少し心外である。


 しかし、グレゴリオの認識は間違いとは言い切れないので、反論は出来ない。


 アルベルトと戦った際にも使った、この『魔力付与』なのだが。

 グレゴリオが言った通り、旧時代に多用された魔法で、現代では使う者は多くない。


 その理由は『魔力付与』で武器を強化する必要が無いくらい、昔と比べ武器の精度が上がったからだろう。


 それに加え、武器や防具に魔法を付与するような職人も居るらしく。

 自ら魔力付与を行わなくても、同様の効果を得られるのだから。

 『魔力付与』と言う技術が廃れてしまったのも必然だったのかも知れない。


 ――だが、『魔力付与』の真骨頂はそこでは無い。



「おい! 武器を寄こせ!」


「は、はい!」



 グレゴリオは新しく斧を受け取ると、僕に向かって振り下ろす。



「は!?」



 そして、先程と同様に間の抜けた声を漏らす。


 それもその筈で。

 グレゴリオの斧はやはり先程と同じように、柄の半ばからその先を失ったいた。



「手前ぇ……何をやってやがんだ……」


「だから、魔力付与ですよ」


「出鱈目言ってんじゃねぇって言ってんだよ! 

そんな折れた剣で魔力付与も糞もねぇだろうが!!」



 ……そう言われても困ってしまう。

 僕が使っているのは間違いなく『魔力付与』だ。


 まぁ、その先の技術ではあるのだが――



 そう。『魔力付与』には武器を強化するだけの技術では無く、その先の技術があり。

 そして、その先の技術こそが『魔力付与』の真骨頂でもあった。


 『魔力付与』の真骨頂。それは無手に因る斬撃である。


 何度も何度も何度も何度も、気が狂う程に『魔力付与』を繰り返し、ゴーレムを斬りつけた結果。

 刃を纏う魔力の流れと形状を身体が覚え込んでおり。

 無手と言った状況であっても、ゴーレムを傷つける程度の斬撃なら可能としていた。

 その為、折れた剣でもそれなりの芸当が出来る訳だ。


 そして、その事を知らないグレゴリオは、更に新しい斧を取ると僕へと振り下ろすのだが……

 結果は先程までと同様で、破壊された斧を生み出すだけであった。


 そして、そんなグレゴリオの様子を見て。

 しっかりと対処して居れば一撃を貰うことも無かった事を確信し、そう思うと同時に反省する。



 舐めてかかったつもりは無かったのだが。

 木製の武器と言うことと、グレゴリオの動きに対応できそうだと判断した僕は、気付かない内に油断していた部分があったのだと思う。


 それに加え、魔物相手に殺すか殺されるかの日々を過ごしていた所為で、僕の使う技や魔法は殺傷力に優れたものが多く。

 人間相手に手合わせとなると、どの魔法を使えてどの魔法が使えないかと言うのが未だに分かっていない。

 その所為で、攻撃を仕掛けるにも、まずは相手の実力を判断する必要があり。

 どうしても後手に回る必要があった。


 そう言った理由があり、後手に回った結果、まんまと一撃を喰らう羽目になってしまったのだが。

 もし本物の斧であったら恐らく命は無かったことを考えれば、自分の不甲斐なさを反省し無ければいけないだろう。


 そんな風に考えていると。



『芳醇なる大地よ! あれは収穫者だ――』



 グレゴリオは斧での攻撃を諦めたのだろう。

 折れた斧を投げ捨てると、土属性魔法の詠唱を口にし、その詠唱を聞いたダンテが声を荒げた。



「アル! 逃げろ! その詠唱は中級魔法の詠唱だ! しかも中級でも上位の――」


『――実りを奪う収穫者に罰を与えよ!』



 そして、ダンテの言葉を遮る様にグレゴリオは詠唱を唱え終わると。


 次の瞬間。

 地面が隆起すると、幾つもの土の棘が僕へ向かって襲い掛かり、周囲からは幾つもの声が上がる。



「アル! 避けろ!」


「ヤバいにゃ! あんなの喰らったらタダじゃすまないにゃ!」


「うへへぇ」


「グレゴリオさん! 流石にやり過ぎでは!?」


「うるせぇ! どうした!? 逃げなきゃ怪我じゃすまねぇぞ!!」



 グレゴリオは再度勝利を確信したのだろう。

 その顔を醜悪に歪ませた。


 だが――


 数度の斬撃音が周囲に響くと、その顔から表情が抜け落ちる事となった



 そんなグレゴリオの目に映るのは、棘の先端を斬り落とされた幾つもの土のオブジェ。


 恐ろしい程に硬質なゴーレムを相手にしていた僕にとって、グレゴリオが使う土属性の魔法など少し堅めの岩程度でしか無く、斬り落とす事など造作も無い事だった。


 まぁ、岩程度と言うのも大概な話だとは思うが……



 そして、そんな土のオブジェを見ながらグレゴリオは呟く。



「て、手前ぇ、手前ぇは一体何なんだよ……」


「何なんだと言われても……後期2組の生徒としか言えません」


「ふざけんな! 手前ぇみたいな後期組が居て――ふがっ!?」




 これ以上問答しても仕方が無いだろうと思った僕は、グレゴリオとの間合いを詰めると、飛び上がり拳骨を落とす。



「手前ぇ! 俺は第5席だぞ!」


「第5席とか凄いことは分かりますけど、だからと言って女性に暴力を振るっていい理由にはなりません

だから、貴方の言う『躾』を今からしようと思います」


「お前が俺を躾ける!? ふざけたこと言ってんじゃー―」


「身体強化を全力でして下さいね?

僕もソフィアを殴られて、結構頭に来てるんで、加減するの難しいと思うので」


「ま、待て! ちょっと待て!」


「いいえ、待ちません」


「だから! 待てって――ふがっ!?」


 僕はきっぱりと断ると、身体強化の重ね掛けをし、グレゴリオに拳骨を落とし。

 拳骨を落とされたグレゴリオは白目をむくと、そのまま地面へと顔面を打ちつけることになった。



 そして、そんな様子を見ていた周囲の人達。


 実際に、拳骨を落とされた経験のあるランドルは顔を青くし。



「やっぱアルってちょっと……てか、普通におかしいわ」


「ほぇ〜、アルは強いんだにゃ〜、ウチの部族は強い男を歓迎してるから、婿に来るかにゃ?」


「はっ!? なななな、何言ってるのラトラ!

そ、そんなの駄目に決まってるじゃない!! まだ早いわよ!!」


「じょ、冗談にゃ! う、ウチはもっと男らしいのがタイプにゃ!」



 ダンテとラトラがそんな言葉を口にすると、ソフィアが慌てた様子を見せる。


 どうやら、ソフィアの意識が戻ったようで、ホッと胸を撫で下ろすと。



「ところで、コレはどうすればいいんだろう……」



 白目を剥き、地面に倒れるグレゴリオの巨体を見て、そう呟くのだった。

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