第106話 第五席
グレゴリオと名乗った少年は醜悪に顔を歪ませると、足を一歩踏み出す。
グレゴリオは先輩だと言っていたので、僕のより一つか二つ上の筈なのだが。
本当に14歳か15歳なのだろうか?と首を傾げたくなる。
何故ならば、グレゴリオの身長は目測で180センチ以上はあるのではないかと思われるほどに高く、僕と比べたら20センチ近く身長差があったからだ。
そうなると、当然見下ろされる形となり、その威圧感に怯みそうになってしまう。
そんな僅かな心の機微を見抜いたのだろう。
グレゴリオは嬉しそうに顔を歪ませた。
「で、お前がアルディノとか言うヤツで間違いないんだよな?」
「ええ、僕がアルディノですけど、先輩が一体何の用でしょうか?」
まぁ、躾と言っていたし碌な要件では無いのは分かってはいるのだが。
話してみたら友好的に接してくれるかもしれないと言う可能性に賭けて尋ねてみる。
「お前、話聞いてなかったのか?
さっきも言ったが、舐めた後期組を躾けてやろうと思ってな」
「お説教……みたいな感じですか?」
「説教? 生温いこと言ってんじゃねぇよ?
お前みたいな舐めたヤツは動物と同じだ。
動物を躾けるには言葉なんかいらねぇだろ? 後は分かるよな?」
友好的に接してくれる可能性に賭けてみたのだが、どうやらそれは叶わないようで。
これから何が起きるのか説明するようにグレゴリオ先輩はポキポキと指を鳴らす。
「ちょっと待って下さい! いくらなんでも横暴すぎます!」
そんな中、声を上げたのはソフィアだった。
ソフィアはグレゴリオ先輩を睨みつけると、非難してみせる。
「グレゴリオ先輩は5席じゃないですか!
学園の模範であり、生徒達の目標である貴方が、入学したての生徒にに暴力を振るうなんて許される事じゃありません!」
「あ? なんだソフィア=フェルマー?
生意気な口聞いてるんじゃねぇぞ? それに誰が暴力を振るうなんて言ったよ。
これから行われるのはあくまで躾だ。それ以上でも以下でもねぇよ」
「そんなものは詭弁です!
5席であるグレゴリオ先輩と入学したてのアルでは、実力に差があるのは明白じゃないですか!
いくら躾と称した所で、強者が弱者に対して振るうそれは暴力以外なの何物でもありません!」
ソフィアの言葉を聞いたグレゴリオ先輩は苛立たしそうにソフィアを睨みつける。
そして。
「ピーピーうるせぇ女だな。少し黙っとけ」
グレゴリオは払いのけるようにソフィアの頬を叩いた。
その瞬間、パンと言う渇いた音と「キャッ」と言う短い悲鳴が僕の耳へと届く。
「ソ、ソフィア!」
あまりに突然に手を挙げられたことで庇うことが出来無かった僕は慌ててソフィアの元へと駆けよる。
「ソフィア……大丈夫?」
「え、ええ、これくらいなら問題無いわ」
ソフィアは気丈にもそう言うが、頬を見れば殴られた所為で赤くなっていることに気付く。
そんなソフィアの顔を見た僕の中でフツフツと怒りが込み上げてくるのが分かる。
しかし、今はソフィアを手当てすることの方が優先だろう。
そう判断した僕は水属性魔法を応用し手のひらに薄い氷の膜を張ると、ソフィアの赤くなった頬に触れた。
「ち、ちょっと! ア、アル! なななな、何してるのよ!?」
「殴られたところが赤くなってるから、腫れたら大変でしょ?
冷やした方が良いと思って」
「そ、そう言うことね! 知ってたわ!」
ソフィアはそう言うと、反対側の頬も赤くしていく。
その様子を見た僕は、ただ殴った訳では無く何らかの方法で衝撃が反対側の頬へと貫通したのだろう。
そう予想し、慌てて右手にも氷の膜を張るとソフィの右頬に触れる。
「ちょっ!? こ、こっちの頬は何もされてないわよ!」
「いや、赤くなってるよ。
多分だけど、何らかの方法で衝撃が反対側の頬まで貫通したんだと思う」
「こ、これは、そう言うんじゃなくて……うへへぇ」
ソフィアは途中まで何かを言い掛けて、突然、顔をだらしなく緩ませた。
そんなだらしないソフィアの表情を見た僕は、衝撃が脳を揺さぶっていたのだろうと判断し。
そこまでの暴力を振るったグレゴリオに対して更に怒りが込み上げてくる。
「ダンテ、ラトラ。
ソフィアは殴られたことで脳が揺さぶられてるみたいだ。
ちょっと様子を見てて貰ってもいい?」
「お、おう」
「脳が揺さぶられたって……
てかあの反応で気付かにゃいとか、こいつ馬鹿なのかにゃ?」
「ラトラ、アルは多分馬鹿なんだよ。
そっとしといてやってくれ……」
ソフィアの様子を見てて頼んだだけなのに、馬鹿扱いされたのは心外だが。
今はソレを問い詰めるよりかは、グレゴリオの方が問題だろう。
そう思った僕はグレゴリオを睨みつける。
「よう、茶番は終わったのかよ?」
「茶番かどうかは知りませんが、待っててくれたんですね。
女の子に手を挙げる割には随分紳士的じゃないですか?」
皮肉交じりにグレゴリオを非難して見せると、今度はグレゴリオが僕を睨みつける形になる。
「ランドルから聞いていた通り、コイツは本当に舐めてるみたいだな。
躾のし甲斐がありそうだぜ」
「教養の無い人の躾なんて、只の暴力でしょ?
貴方に教養がある様には見えませんし、素直に殴らせろと言った方がよっぽど似合いますよ?」
「て、手前ぇ!」
グレゴリオは僕の言葉を受けて額に青筋を浮かべると、掴みかかろうとしたのだが。
「グ、グレゴリオ先輩! ここじゃまずいですって!
ソフィアさんを叩いたことで皆の視線が集まってます!」
「あん? 視線だと?」
ランドルに声を掛けられたことでその動きを止めることになった。
そして、グレゴリオは周囲を見渡し、周囲の視線が集まっていることに気付いたのだろう。
面倒くさそうに頭を掻くと、苛立った様子で口を開く。
「ここじゃランドルの言う通り人目に付き過ぎる。
修練所に場所を移すから付いてこい。
あんだけの口を俺に利いたんだ。まさか、逃げる訳ないよな?」
「逃げませんよ。行くならさっさと案内して下さい」
いつもの僕であれば、どうにかして避けようとする場面だが、今回は違う。
ソフィアが頬を叩かれたのだから、僕だって黙って居られる筈がない。
僕は逃げない事を伝えると、グレゴリオの後に続き、修練所へと向かった。
そうして修練所に辿り着くと、昼休みだと言うこともあり修練所を利用する生徒の姿は見られず。
この場所であれば、グレゴリオの言う「躾」をされたとしても他の生徒達の目に付くことは無いだろう事が分かる。
「一応、逃げなかった事だけは褒めてやるよ。
まぁ、今なら泣いて謝れば許してやっても良いんだぜ?」
「許す? 謝罪するのは貴方の方でしょう?」
円形に作られた、修練場の中央に立つ僕達はそんな言葉のやり取りをかわす。
正直、自分より体格の大きいことに加え、学園内5席と言う相手だ。
実力は分からないが決して舐めてかかって良い相手ではないように思える。
それに、対人戦の経験の少ない僕と比べれば、学園の生徒達と研鑽に励んだグレゴリオの方が対人経験も豊富だと考えるのが当然だろう。
僕がそう考え気を引き締め直していると。
「はっ、勇ましいこった。
最後にもう一度聞くぞ? 今なら逃げても良いんだぜ?」
「くどいですね。僕は逃げませんよ」
グレゴリオはそう尋ね。僕の答えを聞いた瞬間、ニヤリと顔を歪ませる。
「おい! 聞いたか!?
俺が逃げても良いって言ってんのに、無謀にもコイツは俺に挑むらしいぞ!
折角逃げる機会を与えてやったのに、挑むってんだからこれから先はコイツの自己責任だよな!?」
グレゴリオは、まるで言質を取ったと言わんばかりに声を上げた。
その発言を聞いていたランドルとその周りの数名の生徒は、グレゴリオに同意するよう「そうだそうだ」「その通りです」と好き勝手な声を上げる。
恐らく、修練場と言う場所を選んだのも人目に付かないと言う理由の他に、僕に大怪我を負わせたとしても修練中の事故だとでも言えば丸く収まるなどと考えたからなのだろう。
そう言ったグレゴリオの思惑を察し。
随分と周りくどいことを考えるものだと、ある意味感心してしまうが、それと同時に溜息を漏らしてしまう。
そうして溜息を漏らしている間にも着々と準備が進んでいるようで、木製の剣や槍、それに様々な木製の武器が収められたワゴンが運ばれ。
グレゴリオはワゴンから斧を手にし肩に担ぐと武器の有無を尋ねる。
「お前は何の武器を使うんだ? それとも無手で魔法の撃ち会いでもするか?」
「僕はどちらでも構わないですが、貴方が斧を使うんだったら剣を使わせて貰うことにしますよ。」
僕はワゴンの中から木製の剣を選ぶと柄を握った。
「んじゃ、そろそろ始るとするか? おい! 誰か合図をしろ!」
「お、俺が合図を務めさせていただきます!」
ランドルが生徒達の話から一歩前に出ると、僕達の間に立ち。
「それでは! 始め!!」
始まりの合図を告げるその間際。
「お、おい! 止めにゃくていいにょか!?」
「最悪助けには入ろうと思うんだけど、アルの事だからなんとかするような気がするんだよな……」
「うへへぇ」
そんな友人達の会話が聞こえる中で、未だソフィアが正気を取り戻せていない事を知り。
僕はグレゴリオに対する怒りを湧きあがらせるのだった。
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