第105話 黄色いそなた
不良生徒と言うレッテルを貼られてから数日が経ち。
僕・・・・・俺は荒んでいた。
小さい頃からやんちゃをして過ごした結果、不良と呼ばれるようになった人は多いと思うが。
ふとしたことで、不良と言うレッテルを貼られ。
不良と言う生き方を選ばなければならなくなった人も中には居るのではないだろうか?
そんな事を考えながら、俺は教室の窓から中庭を眺めていた。
「アル、そろそろ昼食だけどどうする?
食堂で食べるか? それとも購買でパンでも買ってくるか?」
「ん〜、食堂で問題起こしたばっかりだし僕は購買で……
じゃなくて、俺は購買で買うぜ」
「お、おう。
んじゃ、俺も購買にしとくかな〜」
「僕に付き合って……
俺に付き合ってくれるのは嬉しいけど、ダンテは好きな方で昼食取ってくれていいんだぜ?」
「お、おう
……てか、その喋り方似合わないから止めた方が良いぞ?」
「あっ、はい」
ダンテにビシリと言われた所為で、僕なりの荒んでいる風の演出が一瞬で終了することになってしまったが。
ダンテは僕に付き合って購買でパンを購入することにしたらしく、僕達は購買へと向かうことになった。
そうして購買へと到着したのだが、昼食時と言うこともあって購買は鉄火場のような賑わいを見せていた。
ダンテから聞いた話によると。
どうやら、購買で売られる食事と言うのは食堂の食事と比べると随分と安い上に、安さの割には量もあると言うことで金欠ぎみの生徒達に人気があるらしく。
その中でも特に人気があるのが、分厚く切られた豚肉にパン粉を付けて揚げたものをサンドしたパンで、授業が終わり急いで駆け付けないとすぐに売り切れてしまうそうだ。
購買に群がる人混みを見て気遅れしそうになるが、意を決して人混みの中に飛び込むと、人混みの中を進んで行く。
周りに居る生徒達もより良い昼食に在りつく為に必死で、何度も押し戻されそうになってしまうが。
なんとか踏ん張って堪えると、パンが並べられたワゴンの前へと辿り着くことが出来た。
ふと、横を見れば、無事ダンテも辿り着けたようで、既にダンテの腕の中には2種類のパンが収まっていたのだが、育ち盛りのダンテにとってはそれでは足らないのだろう。
更にもう一つと言った感じでパンへと手を伸ばしている。
僕もパンを一つ選ぶと、更にもう一つ選び。
ダンテを見習ってもう一つ選ぼうかと悩むのだが。
視界の端にあるモノが目に入った瞬間、僕はその動きを止めることになった。
視界の先にあったモノ。
それは片手に収まる大きさの瓶で。
その中身の大半は黄色いモノが詰まっているのだが、瓶の底に目をやれば薄く茶色いモノがしかれていることに気付く。
そして、僕は理解する。
恐らく、アレはプリンだと。
そう理解した瞬間、僕は身体強化を施すと、人の波をすり抜けてプリンの元へと瞬時に辿り着く。
そして、手を伸ばし、プリンを掴むのだが。
それとほぼ同時に横合いから手を伸ばされ、一つのプリンの瓶を2人で掴むと言う形になってしまう。
本来の僕であれば、相手に譲っている場面だろう。
しかし、今の僕は少しだけ荒んでいることに加え、前世で食べて以来食べることの無かったプリンを前に少々冷静ではなかった。
しかも、最後の一つとなれば尚更だ。
僕は横合いから伸ばされた手に視線を向けると、顔へと視線をずらして行く。
すると、僕の目に入ったのは頭に三角の獣耳を乗せた獣人の女の子の姿だった。
「なに見てるにゃ? とっととその手を離すにゃ?」
獣人の女の子は僕と視線が合うと威圧しながらプリンを手放すように言う。
――だが、僕も譲れない。
「僕の方が先に掴んだと思うんですけど?」
「はぁ? 目が腐っているのかにゃ? ウチの方が早かったにゃ」
「目は腐っていませんよ。
それに瓶を掴んでいる手を見れば、どっちが早かったか一目瞭然の筈です」
「何を馬鹿な事を言ってるにゃ!」
獣人の女の子はそう言いながらも瓶へと視線を向ける。
ほぼ同時に瓶を掴んだように見えたのだが。
よくよく見れば、僕の手の上に獣人の少女の手が掛かっており。
僕が瓶を掴んだ後に、獣人の女の子が掴んだと言うのは明白であった。
しかし、それに気づいたのであろう獣人の女の子は、旨い具合に僕の手を避け、瓶だけを掴む形にして見せる。
「こ、これでどっちが先かなんて分からないにゃ!」
「ず、ずるいですよ!
て言うか、僕の方が早かったって認めてるような行為じゃないですか!」
「う、うるさいにゃ! とっとと離すにゃ!」
「な、なんて横暴な!?」
どうしてもプリンを譲れない二人。
そんな言い争いを続けていると一番先に音を上げたのはプリンが収まっている瓶であった。
ピシッ
そんな不吉な音が聞こえた僕達はプリンを守る為、暗黙の了解があった様に思わず手を離してしまう。
そして、次の瞬間。
「おっ、プリンが残ってんじゃん。
パンも人気なのが買えたし、今日は運が良いみたいだな」
いつの間にか傍に居たダンテによって奪われてしまい。
プリンを手に満足そうな表情を浮かべるダンテとは裏腹に。
僕と獣人の女の子は激しく肩を落とすことになるのだった。
購買での買い物を終えた僕達は、学園の中庭へと向かうと木の木蔭へと腰を下ろした。
下ろしたのだが。
「まったく、お前の所為でプリンを奪われるし散々な目にあったにゃ!」
何故か獣人の女の子もついて来ていた。
まぁ、何故かと言えばダンテは僕達のやり取りを見ていたようで、冗談のつもりでプリンを奪って見せたらしいのだが。
あまりにも落ち込む僕達を見て、だったら2人で分けたらどうだ?と言う提案をし。
僕達がその提案を受け入れることにしたからだ。
そうして、木陰に腰を下ろし食事を始めた僕達。
おかしな出会いではあるが、自己紹介くらいはしておいた方が良いだろうと思い。
簡単な自己紹介をしておくことにした。
「僕の名前はアルディノと言います。
皆にはアルって呼ばれることが多いです」
「俺はダンテ、普通にダンテって呼んでくれ」
「ウチの名前はラトラ、見た目通りの猫科の獣人だにゃ。
好きに呼んでくれて良いにゃ」
見た目もそうだし語尾に「にゃ」なんて付けるくらいだから、猫科の獣人だと言うことは何となく予想できてはいたが。
髪の模様や名前から恐らく虎の獣人なのだろうと察することが出来た。
その後、雑談を交えながら食事をしていると――
「あ、あら、こんな所で会うなんて奇遇じゃない。
貴方達もここで食事をしていた……って! 誰よその女の子!?」
たまたま偶然出会ったような事を口にするソフィア。
しかし、校舎の2階から僕達を発見し、慌てるように駆けつけるソフィアの姿をばっちりと見ていたので。
残念ながら、偶然を装うのには結構な無理な話であった。
「えっと、この子は購買で知り合ったラトラだね」
「そ、そうなのね。
私の名前はソフィア、宜しくねラトラ」
「おお、ソフィアよろしくにゃ。
と言うかアル、もうご飯食べ終わったんじゃにゃいか?」
ラトラは早くプリンを食べたいのだろう。
ソワソワとした様子で僕を急かす。
「丁度食べ終わったところだし。
それじゃあ、プリンを頂こうか?」
僕がそう言うとラトラは何度も首を振り、腰から生えている尻尾をピンと伸ばした。
猫と同じであれば喜んでいる時と同じ仕草だったと思うので。
ラトラは本当にプリンが好きなのだろう事が窺えた。
そんな事を考えながら瓶に張られた薄い紙を解くと。
玉子と砂糖、それにバニラの甘い香りが僕の鼻孔をくすぐり、口の中に唾液が溢れて行くの感じた。
その所為で喉がゴクリとなってしまい、少しだけ恥ずかしい思いをしてしまったのだが。
今はそれどころでは無い。
「本当に僕からで良いの?」
「初めて食べるって言うから、初めの一口は譲ってやるにゃ」
ラトラの許しが出たことで、僕は木製のスプーンで一口分だけ掬う。
黄色いプリンにトロリとしたカラメルが絡み。
口へと近付けるとカラメルの香ばしい香が届く。
僕は逸る気持ちを押さえながらも、しっかりと味わう為、ゆっくりと舌の上へと乗せる。
その瞬間。
ほんのりとした甘さとカラメルの苦みを舌の上に感じ。
それと同時に、前世で妹とプリンを取り合って喧嘩した記憶が思い出される。
そんな懐かしい思い出と懐かしい味が相俟って、なんだか目頭が熱くなってしまい。
思わず目頭を押さえてしまう。
「ど、どんだけ食べたかったんだにゃ!?」
「・・・・・上手いのは知ってるけどちょっと引くわ」
「アルはプリンが好き、アルはプリンが好き・・・・・
うん、しっかり覚えたわ」
そんな僕の様子を見て、各々が好き勝手に言っているが。
非常に美味しそうにしている僕の姿を見てラトラは我慢できなくなってしまったのだろう。
ラトラは僕の手からプリンの入った瓶を奪うと、一口掬って口へと運び。
実に幸せそうな表情を浮かべる。
「ちょっ!? かかか、か」
ソフィアがなにやらかかかか言っているようだが。
気にすることなくラトラからプリンを奪うともう一口、口へと運ぶ。
「ち、ちょっと! かかかか――ずるいわよ!」
やっぱり、ソフィアはかかかか言っていたが、恐らくだがソフィアもプリンを食べたいのだろう。
「ソフィアも食べたいみたいだし、一口上げても良いかな?」
「……一口だけにゃら」
ラトラに許可を貰い一口だけソフィアに上げることにしたのだが。
「だ、だから! かかかかかんせ」
かかかかうるさかったので一口だけ掬って食べさせてあげることにすると。
「うへへぇ」
そう言って驚くくらいに弛み切った表情を見せたので、少しだけ引いてしまった。
その後、ダンテにも一口あげようとしたのだが。
「なんかお前ら見てたらお腹いっぱいだから、俺はいいや……」
砂糖を吐きそうな表情で断られてしまい。
何処にそんな要素があったかは分からず、疑問符を浮かべることになった。
そうしてプリンに舌鼓を打ち、余韻に浸っていると。
「ソフィアさん! またこいつと一緒に居るんですか!?」
聞き覚えのある声が余韻から引き戻した。
視線を向けて見れば僕が謹慎になった現にでもある男子生徒のランドルの姿があり。
拳骨を落とされた所為だろうか?
厳しい視線を僕へと向けていた。
これから関係を改善するとなると骨が折れるが。
僕自身、反省する点があったので謝罪をしておくべきだろう。
そう考え、拳骨の件を謝罪しようと思い立ち上がると。
「お前がアルディノと言うヤツか?
随分と舐めた真似してくれたみたいじゃねーか?」
ランドルの後ろに控えていた男子生徒が一歩前に出て僕を睨みつける。
そして――
「俺の名前はグレゴリオ。
この学園の5席をやらせて貰ってるんだが。
舐めた後期組に躾をしてやらなきゃと思ってな」
グレゴリオと名乗った男子生徒はそう言うと醜悪に顔を歪ませる。
そんなグレゴリオの表情を見た僕は。
一部の生徒が結託して復讐しようとしていると言う、ソフィアから聞かされた話を思い出し。
なんで、こんなにも災難が続くのだろうと頭を抱えたくなるのだった。
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