第103話 始まりの瞬間
おとぎ話の真実を伝え終えたメーテは、僕の胸に顔を埋めると少女のように泣いて見せた。
普段とは違うメーテの口調や素振りを見て。
本当はこんな風に喋る女性だったんだろうな……
そんな風に思うと、喋り方を変えてまで気丈に振るわなければいけなかったメーテの人生が窺え。
なんだか僕まで泣けて来てしまった。
2人して涙を流していると言う混沌とした状況を見て、ウルフは少しだけ狼狽えていたが。
僕達へと送る視線は、どこか微笑ましい物を見るような視線で。
その表情はなんとなく嬉しそうに感じられた。
それから暫くそんな状況が続き。
徐々に落ち着きを取り戻した僕達は顔を見合わせると、お互い目が真っ赤になっていることに気付く。
照れくささの所為か、無理して平静を装うとしたのだが。
こんなに目が真っ赤な状況では平静を装ったところで格好が付く筈もなく。
僕達はバツが悪そうに笑い合うことになった。
そんなやり取りをかわしていると、メーテが口を開く。
「なんだか、今日は情けない姿ばかり見せてしまっているな」
そう言ったメーテの口調はいつもと変わらない口調だった。
「全然大丈夫だよ。
情けない姿なら僕の方が多く見せてるくらいだし……
むしろ、メーテの違う一面が見れて新鮮だったかも」
「そうねー、いつもと違う感じで少し可愛かったわよ?」
「か、可愛いとか言うな!
忘れろ! お前達! さっきの事は忘れるんだ!!」
いや、忘れろと言うのは流石に無理がある……
だがしかし、聞かされた話の内容やメーテの心情を考えれば。
下手に話題に出したり、気軽にいじって良いような話題では無いだろう。
そう思い、下手にいじるようなことはしないでおこうと考えていたのだが……
「ありがどう……ありがどぉアルゥ……」
僕の考えとは裏腹に、メーテの真似をしながら遠慮なしにいじって見せるウルフ。
「ぐっ! ウルフ、後で覚えておけよ!」
先程、ウルフの首を締めあげた負い目がある所為だろうか?
メーテは強く言いかえすことも出来ないようで、顔を真っ赤にしながらウルフを睨みつける。
遠慮の無いウルフの発言に一瞬ドキッとさせられはしたが。
恐らく、ウルフはあえて口にすることでメーテの緊張をほぐそうと考えたのだろう。
僕が口にした場合、無神経にも取られそうな発言ではあるが。
ウルフが口にした場合、ちょっとした気遣いにすら思えてしまうのだから不思議だ。
2人の間には、そう思えるだけの信頼関係が築かれているのだろう。
そんな風に感じ、少しだけ2人の関係性に妬けていたのだが……
「ありがどう……ありがどぉアルゥ……」
「よし、分かった。先程の続きをしようじゃないか?」
小馬鹿にするようにメーテの物真似をするウルフに対し。
メーテはこめかみに青筋を浮かべながら指を組みポキポキと鳴らして見せる。
そんな二人のやり取りを眺めていると。
ウルフは気を使っている訳では無く、本当に小馬鹿にしてるだけのように感じてしまう。
ウルフの事を過大評価しすぎたかな?
そう感じた僕は、上げ過ぎたウルフの評価を修正し直すのであった。
ちょっした小競り合いの所為でメーテは疲れてしまったのだろう。
大きく息を吐くと、冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。
「まったく……
ウルフの所為で話がそれてしまったではないか……
――ところでアル。
大まかな経緯は話したが、何か聞きたいことはあるか?
答えられる範囲でなら答えるぞ?」
メーテは紅茶で湿った口を布で拭うと尋ねる。
正直に言ってしまえば聞きたいことは幾つかあった。
メーテは話の中で自分の事を人間だと言っており。
僕は今までメーテは長寿種だと思っていたので特に気にすることは無かったのだが。
人間だと言うのであれば、何故こうも変わらない姿で居られるのかと言う疑問が浮かんだ。
それに加え。
メーテが『禍事を歌う魔女』と呼ばれるようになった事件から、数百年の時間が経過しており。
その間の詳しい話は聞けていないし、それ以前の話も聞くことが出来ていない。
なので、正直に言ってしまえば聞かされていない部分の話を聞きたいと言うのが本音ではあったのだが……
――しかし、僕が転生者だと言うことを打ち明けた時。
メーテとウルフは僕に気を遣い、無理に話を聞こうとはしなかった。
この場で詳しく話を聞こうと思えば、恐らくメーテは答えてくれるのだと思う。
だけど、ここで詳しく話を聞いてしまった場合。
あの時の2人の気遣いを無下にしてしまうような……そんな風に思えてしまった。
だから、2人が気遣ってくれたように僕も気遣いで返す事が出来たら――そう思った。
「聞きたいことはあるけど今は辞めておくよ。
ここで根掘り葉掘り聞いても格好付かないしね」
「だが、アルはそれで良いのか?」
「うん、構わないよ。こう言う時はなんだっけ?
ええい! 僕に二言は無い! って言えば良いのかな?」
メーテが僕に言ってくれた言葉を思い出し、少し冗談めかして口にしてみたのだが。
メーテはそれが妙にツボに入ってしまったのだろう。
「くふっ、な、なんだその口調は?
くふっ、笑わせるんじゃない! ……くふっ」
メーテは口を抑えながら必死になって笑いを堪える。
そんなメーテの様子を見て、ウルフはなにやら思いついたようで。
僕を手招きして呼び寄せると。
ペンとインクを持ち出し、僕の顔になにやらで書き込んでいく。
「これで完成ね! ほら、メーテ見て見て」
ウルフは僕の顔を見て満足そうに手を打つと、僕の背中へと周り。
まるで声をあてているかのように僕の声真似をして見せた。
「ええい! 僕に二言は無い!」
次の瞬間。
どうやらメーテは笑いを堪えることが出来なかったようで。
立派なカイゼル髭が描かれた僕の姿を見て、声を出して笑い。
「――本当に――お前達に出会えて本当に良かったよ」
そんな一言を呟くと、僕達はいつもと変わらないように笑い合うのだった。
――思えば、この時だったのだろう。
メーテの悪評を。
闇属性に対する風評を。
闇属性の素養を持つ僕だからこそ。
そんな世界の認識を変えることが出来る筈だ。
そう思い、世界の認識を変えられるだけの人物になることを決意したのは――
そして――
『禍事を歌う魔女』
その名と罪過を殺し、只のメーテとして生きられる世界にしてみせる。
そう決意したのは――
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