第102話 おとぎ話の真実

 メーテは僕の事を胸に、強く、強く抱きしめた。


 どれだけの時間そうしていたのだろう?


 暫くの時間が経った後。

 メーテは僕の事を胸から解放すると、指で目の下を拭った。


 恐らく少しだけ泣いてしまったのだろう。

 メーテは目と頬を赤く染め、少しだけバツが悪そうに笑った。


 その笑顔はぎこちなく感じる笑顔ではあったのだが、どこか晴れやかにも感じる表情で。

 そんなメーテの表情を見た僕は。

 少しはメーテの不安を取り除けたような気がし、少しだけ誇らしく思った。






 そして、僕達はテーブルに着くと冷めてしまった紅茶を啜る。



「紅茶冷めちゃったね。新しく入れ直して来るよ」



 僕はそう言うと紅茶を淹れなおし、2人のカップに注ぐと、自分のカップにも注いでいく。


 少し熱かったようで、フーと息を吐き冷ましていると。

 2人も同じようにして紅茶を冷ましており、なんとなくそれが面白く感じてしまい、思わず笑ってしまう。


 だが、それが良かったのだろう。


 僕が笑ったことで、メーテとウルフもそれに気付くと小さく笑い。

 場の空気が穏やかになって行くのを感じた。



 そうして穏やかな空気の中で紅茶を啜っているとメーテが口を開いた。



「んっ、アルにもウルフにも恥ずかしい所を見せてしまったな。

ウルフ、喉は大丈夫か?」


「ええ、ちょっと苦しかったけど問題無いわ。

ほんのちょーっと苦しかったけどね?」



 ウルフはそう言うと皮肉交じりな笑顔をメーテに向ける。



「ほ、本当にすまなかった。

こ、今度良い肉を御馳走するからそれで許してくれないか?」


「あら、物で釣ろうなんてメーテらしくもないわね?

そんなに気にしなくていいのよ?」



 普段は穏やかな口調が多いウルフだが、先程見せた口調は荒々しく。

 それだけでもメーテを心配していた事が分かった。


 それに加え、肉で釣られないのだから本当に心配していたのだろう。



「まぁ、くれるって言うんなら貰うけどね。

そう言えば、この前食べたなんとかって牛がおいしかったわね。

それの霜降りって言うのが特においしいらしいわよ?」


「ぐっ、さ、散財だが仕方ない……」



 ……うん。肉はしっかり貰うようだが、心配はしていた筈だ。


 そして、そんなやり取りを交わす2人を眺めていたのだが。

 メーテはフゥと息を吐くと、真剣な表情を僕に向け、声を掛けた。



「アル、今までアルには伝えられなかったが……

2人のおかげで話す決心が付いたよ。


良かったら私の話を聞いてくれないか?

私が『禍事を歌う魔女』そう呼ばれるようになるまでの話を……」



 僕はの言葉に深く頷き。



「うん。メーテの話を聞かせて欲しい」



 そう伝えると、メーテはポツリポツリとおとぎ話の真実を語り始めた。






 ◆ ◆ ◆






 あれは何時だったかな、四百年前かそれとも五百年前か?

 兎に角、随分と昔の話だ。


 私は街から街へと、当てもなく旅をしていたんだ。


 だが、そう言った生活も疲れてしまってな。

 ふと王都が懐かしくなり、王都へと戻ることにしたんだ。


 ん? ああ、アルには言って無かったな。

 私はそれより前は王都で暮らしていた時期があったんだ。

 意外だろ?


 それで、王都で暮らすことになったんだが、ただ住むのもなんだしな。

 魔法や薬学にはそれなりの知識があったから、小さいながらに薬屋を開くことにして暮らすことにしたんだ。


 そうして薬屋を始めた訳なんだが。

 王都の住民は他所者が店を構えたことに警戒していたんだろうな。


 王都は今でこそ多様な者達を受け入れているが。

 昔は今と比べると他所者に対して排他的な部分があって、薬屋を開いても王都の住民は寄りつこうとしなかったよ。


 正直に言ってしまえばお金に困っている訳でもなかったし、お客が入らなくても別に構いはしなかったんだが……

 長く生きてはいるが、私も一応は人間だ。

 そうして暮らすのは少し寂しく感じてな。


 だから、出来る限りは寄り合いなんかにも顔を出して、王都の住民たちと関わりを持とうと努力することにしたんだ。


 それでも、やはり最初は邪険にされたよ。

 「他所者の癖に」とか「いつ店を畳むんだい?」なんて嫌味も言われたな。


 だが、そう言う者も居れば、少しずつだが、声を掛けてくれる者も増えてきた。


 そうして声を掛けてくれる者の中からお店を利用してくれる人が出てきたんだが――

 それからは早かったよ。


 自慢になってしまうが、薬の効果には自信があったからな。


 薬の効果が口伝てに人から人へ伝わって、私の開いた薬屋は王都でも1、2を争う薬屋となっていったよ。


 そうなると当然、人と接する機会も増えるし。

 休日なんかは孤児院や貧民街に足を運び、治療費が払えない病人を治療して周ったりしていた事もあってな。

 徐々に王都の住民から受け入れられるようになっていったんだ。


 まぁ、教会なんかは治療を主な仕事にしていたから。

 私の売る薬が煩わしかったようでお叱りを受けることが何度かあったがな。


 それで、店が軌道に乗ってからは暫く平和で穏やかな日々を過ごさせてもらったよ。


 あの日が来るまでは……な。




 その日私は近所の婆さんに腰に効く薬を頼まれてな。


 いつも薬草を採取している場所では目的の材料が見つからず、王都の北東にある森へと行くことにしたんだ。


 この森には今まで来たこと無かったんだが、私が思っていた以上に薬草の種類が豊富にあってな。

 良い場所を見つけたと思って、思わず笑みを零したよ。


 そうして薬草を採取しながら森の中を歩いていたんだが……



 見つけてしまったんだよ。

 森の一角に魔素溜まりがあるのを……


 ああ、そうか。魔素溜まりと言うものをアルには教えて無かったな。


 この世界には魔素が濃い場所と言うのがあるんだが。

 本来ならそう言った場所は魔法が使いやすくなる程度で、特に何か問題があると言う訳ではないんだ。


 しかし、ごく稀にだが、何らかの媒介を見つけた魔素がそこへ流れ留まる事がある。

 媒介は様々だが、そうだな、例えば魔物の死骸なんかがそうだ。


 魔物の死骸なんかには魔石があるのは当然知っているとは思うが。

 死んで長く放置された魔石は徐々にその魔力を失っていく。


 そうして出来た空の魔石なんだが。

 魔素の濃い場所では、行き場を無くした魔素が行き場を求めて空の魔石へと流れ込もうとする場合があり、偏った魔素の流れが出来ることがある。


 そうして出来るのが魔素だまりと言うヤツなんだが。

 魔石自体が魔素を吸収できる訳では無いので、魔素溜まりが出来たとしても小さいものか、又はすぐに霧散するかのどちらかだ。


 しかし、例外がある。


 例えばそうだな。

 女王の靴に貰ったブローチなんかは魔力を貯めておける物だが。

 それに似た特性を持つものが天然の鉱石の中にはいくつかある。


 中には魔素を吸収できる鉱石なんて言うのもあるんだが……

 私が見つけた魔素溜まりには、まさにその鉱石が埋まっていたよ。


 ……巨大な鉱石がな。


 しかも最悪なのは、その鉱石自体の性能が悪い物だと言う事だった。


 性能が良い物なら周囲の魔素を早い段階で吸収し、偏った魔素の流れも霧散するんだが。

 その鉱石は非常に効率が悪く、ごくごく細い流れ、針の先から吸収するような性能しか無い鉱石だった。


 恐らく、長い間そんな事を続けていたんだろうな。


 行き場を失った魔素が吸収されるべく鉱石へと集まり。

 それが長い間続いたことで魔素が重なり、可視化出来る程の魔素溜まりへと至っていたよ。


 可視化した魔素、それは拳の大きさとさほど変わらないものだったが。

 そんなもの私はその瞬間まで見たこと無かったし。

 正直、暴走した場合どの程度の事態が起こるかも理解できなかったんだが……


 しかし、もしこの魔素溜まりが暴走したら間違い無く大変な事が起きる。


 私の本能がそう警鐘を鳴らしていたよ。


 だが、手立てはあった。


 埋まっている鉱石より質の良い物を並べることで、魔素の流れを分散し。

 時間は掛かるものの、魔素溜まりを消す事は可能だと思っていた。


 だから、私は急いで鉱石の手配をする為に王都に戻ろうとしたんだが……

 その時、最悪の音を聞くことになった。


 ピシッ。


 今でも耳に残ってるよ。


 まるで悪魔が耳元で囁いるかのように絶望的な音だった。


 その音に視線を向けて見れば、鉱石に僅かながらに罅が入っているのが目に入った。


 その瞬間頭が真っ白になりそうになったよ。


 最悪なことに鉱石が臨界点を迎えていたんだ。


 今まで行き場があったから魔素は方向性と一定の流れを保てた。

 しかし、その器が破壊された場合、方向性も流れも無くなった魔素はどうなると思う?



 ――ああ、そうだな。アルが言う通り霧散では済む筈が無い。

 破壊された鉱石の魔素と周囲の魔素が交り合うことによって恐ろしい事が起きると私も思ったよ。


 だから、私は走った。


 このことを王都の住民に伝える為に。

 そして、王都についてからは大声を上げ叫んだよ。


「逃げろ! 北東の森に危険な魔素溜まりがある!」「早く逃げてくれ!」


「時間が無いんだ!」「お願いだから私の話を信じてくれ!」


 そんな言葉を口にしたような気がする。


 だが、私の言葉は聞きいれて貰えなかった……


 それは私が他所者だったことが理由なのか。

 それともただの狂人だと思われたからなのかは今になっては知ることも出来ないが。

 どんなに声を張り上げようと私の声は王都の住民に届くことは無かった。


 それでもどうにか皆を助けようと思った。

 そして、思い至ったのが――



 だったら狂人を演じきってやろうじゃないか。



 そんな拙い考えだった。


 私は噴水広場に行くと魔法を使って周囲を破壊して見せた。


 勿論、人を巻き込まないように気を配って魔法を使ったさ。

 私も必死だったからな、もしかして怪我をした人も居たかも知れないが……



 ――私は恐ろしい魔女を演じたよ。


 これで恐怖を煽れば王都から逃げ出してくれるんじゃないか?

 そう思ったんだ。


 今思えばもっと違うやり様があったと思う。

 だけど、その時の私はそこまで頭が回らなかった。


 言い訳になるかもしれないが、兎に角必死だったんだ。


 北東の森に近づけないよう建物を壊して周って。

 慣れない言葉を使って王都の住民を捲し立てて、恐怖を煽って……


 それで逃げた住民も大勢居たとは思うが、一部の住民達は私を殺す為に武器を手に持ち出してね。


 だから、抵抗しても絶対に敵わない存在だと思わせる為に更に破壊を続けたよ。


 だから、恐ろしい存在だと思わせる為に一層狂人を演じたよ。



 だけど、それでも一部の王都の住民は私に剣を向け続けた。


 王都を守ろうとするその姿勢は素晴らしいものだったが……

 その時はもどかしさで一杯だったよ……


 そうしている間にも時間は流れてしまい。

 私が想像していた以上に時間は残されていなかったみたいでな……


 北東の森が一瞬光ったんだ。


 私は鉱石が破壊されたことを察し、咄嗟に闇属性の魔法を使い宙へ宙へと逃れたが。

 その所為で王都が飲まれて行く瞬間をハッキリと目に焼き付けさせられたよ。


 北東の森から生まれた光が収束すると。

 次の瞬間には大爆発を起こし、北東の森と王都の大半を光が飲み込んで行ったんだ。


 その光に目がくらんで一瞬目を覆ったんだが。

 次に私の目に飛び込んできたのは――


 半分ほどスプーンで掬われてしまったような王都の悲惨な姿だった。


 私は慌てて地上へと降りたんだが、そこで絶句したよ。


 私の薬屋も……腰が痛いと言っていた婆さんの家も!

 行きつけのパン屋も! 青果店も! 肉屋も! 雑貨屋も! 本屋も!

 少し厭らしい目で私を見る連中が居る貧民街も! 

 私を慕ってくれていた子供たちが居る孤児院もっ! 


 全部! 全部っ!

 無くなっていたんだ……


 自分の理解できる範疇を越えると、感情もおかしくなって仕舞うのかも知れないな。


 心の中では心底悲しんでいると言うのに。

 まるで面白い物を見た時のように、私は声を出して笑っていたよ……



 そして、私は逃げ出したんだ。


 まだ生きている人が居るかもしれない状況だと言うのに……

 それを放棄して、怖くなって逃げ出したんだ……



 それからは酷い日々だったな。


 王都破壊の容疑者である私には莫大な懸賞金が掛けられ、懸賞金目当ての賞金稼ぎや冒険者などに追われる日々が続いたよ。


 そんな日々の中、王都で闇属性の素養を持つ子が多く生まれると言う話を聞くことになった。

 生まれてきた子供の境遇もな。


 何故、闇の素養を持つ子供が多く生まれるようになったのかは分からないが。

 恐らくだが、私が闇属性魔法で王都を破壊して周った時の残滓。

 それに魔素溜まりの爆発が加わったことで何らかの影響が出たのではないだろうか?

 そう思っている。

 まぁ、予測の域は出ないんだがな……


 それで、子供たちの境遇を知った私はどうにか保護できないかと考えたんだが。

 命を狙われている身としては、そうすることもままならず。

 情けないことに自分が生き残る事だけで精一杯だった。


 許せなかったよ。闇の素養があると言うだけで差別するヤツらも。

 何もしてやることが出来なかった自分の無力さもな。


 中には素養のある子を保護しようという団体も居て。

 寄付と言う形で協力はしていたんだが……

 今思えば、何もできない自分を慰めてるだけだったのかも知れないな……



 そうしている間にも一年、また一年と過ぎて行き。

 命を狙われると言う日々を百年近く続けた頃か?

 その頃には徐々に風化していったのか? それとも死んだとでも思われたのか?

 命を狙う輩も減っていって、少しづつだが人並みの生活を送れるようになっていた。


 それでもこの見た目だ。


 髪の色や瞳の色は変えられても根本的な見た目は変えられないからな。


 一つの場所に十数年も留まっていれば、見た目が変わらないことを不審に思われてしまう。

 長寿種だと言ったところで、それにも限度があって。

 不審に思われる前にその場所を後にすると言う生活を続けていたよ。


 ちなみにだが、転移魔法陣が色々な場所に在るのはその時の名残と言ったところだな。


 だが、そんな人目を気にする生活を続けるのも流石に疲れてしまってな……


 百数十年前くらいか?


 人目を避けて暮らす事を決めた私は、魔の森に家を建てて、結界を張り。

 そこで暮らすことにしたんだ。


 それから、魔の森でウルフと出会い、共に暮らすようになってからは、穏やかな毎日を送らせて貰っていたよ。



 あの日、アルを拾うまではな。


 今だから言うが。

 アルを見つけた時、神様と言う者が本当に居るのなら、なんて意地悪な方なんだろうと思ったよ。


 闇の素養のある『忌子』と呼ばれる赤ん坊を私の元へと授けたんだ。


 まるで、忌子と呼ばれている子供達に何も出来なかった事を責められているようにも感じたし。

 試されているようにも感じた。


 ――だが、アルを育て始めてからはそんな風に思うことも少なくなっていったな。


 アルは夜泣きをよくしたから、夜中によく起こされたし。

 子育てなんかしたことが無かったから、毎日の子育てに精一杯で、そんな事を考える余裕もなかった。


 でも、全然苦ではなかったな。

 アルの成長して行く姿を見守るだけで幸せだったし、笑顔を向けられるだけで私は満たされているのを感じた。


 そして、どんどん成長していくアルを見て幸せを感じると共に……怖さも感じたよ……


 私が『禍事を歌う魔女』だとアルが知った時、どう思うのかと……



 私は怖かった。


 アルが真実を知った時に出した答えが、私が犯した罪に対する答えのような気がして……


 だから――

 答えを知りたくなかった私は、『禍事を歌う魔女』に関するおとぎ話などには触れさせないようにしてアルを育てた。


 いつか話さなきゃいけないことは分かっていたんだが……

 その答えを聞くのが恐ろしかったんだ……






 不安? ああ、そうだな。私は不安だったんだろうな。




 違う……どう言う言葉で繕っても、アレは私の責任だよ。

 もっと、もっと他にやり様があった筈なんだ……



 だが! 私は助けられたかもしれない人を見捨てたんだぞ!?



 確かにアルの言う通りかも知れないが、私は……私は……

 それに闇属性の素養を持つ子供たちだって……




 ははっ……アルは厳しいな。

 確かにアルが言う通り、こんな私を許す筈はないよな……




 なっ!? だが……それでも……




 で、でも! 私は! 

 私はお婆ちゃんを! 孤児院の皆を! 貧民街の皆を助けられなかったんだよっ!




 だ、だけど――




 苦しんだよ! 寝れない夜だって数え切れないほどあったよ!

 でも、でもぉ――




 苦しいよ……だけどっ! 私は許されな――




 アルゥ……アルはこんなわたじを……ゆるしてくれるっていうの……?




 わたじは……わだじは……ゆるされてもいいの……?




 ――手の甲に添えらえた、手のひらの温かさが優しくて。

 私は子供のように泣きじゃくった――

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