第101話 禍事を歌う魔女

 とある所に一人の女性が居ました。


 その女性は王都で薬屋を開き、薬を売ることで生活をしていました。


 王都の住人達は、他所から来た得体の知れない女性を疎ましく思っていましたが。

 女性と接している内に人柄を知り、少しずつ心を開いて行きます。


 女性もそんな住人達に心を開いていったのでしょう。


 薬師としての知恵を使い、王都の住民の為に献身的に尽くすようになり。

 女性は王都に住む一員として周囲からも認められるようになって行きます。


 しかし、心を開いた王都の住民を他所にその女性は悪い悪いたくらみを抱いていたのです。



 魔女のたくらみなど知る由もない王都の住人達は、いつもと変わらないない生活を送り。 

 仕事に家事にせいを出し、1日1日を過ごしていきます。


 そして、そんなある日の事。

 いつも通り仕事を終えた王都の住民達は、家族の待つ我が家へと帰ろうとします。


 しかし、その時でした。


 王都の中央にある噴水広場から大きな破壊音が響いたのです。


 王都の住民たちはその音に驚き。

 ある者は逃げまどい、ある者は破壊音のした噴水広場へと向かいます。


 そして、噴水広場についた王都の住民たちは言葉を失いました。


 そこで王都の住人達が見たのは――

 高笑いを上げながら魔法を放ち、噴水広場を破壊していく女性の姿だったのです。


 王都の住民たちはそんな女性に声を掛けました。



 ――何故だ? 何でこんな事をする?

 私達は今まで上手くやって来たじゃないか?――



 そんな問い掛けに女性は答えます。



 ――上手くやっていた? それは違うぞ?

 この日の為にお前達を騙していたにすぎん。

 ほら、もたもたしてて良いのか? 早く逃げないと押し潰してしまうぞ?――



 女性はそう言うと、目の前の建物を魔法でぺしゃんこにして見せました。


 これには王都の住民たちも黙ってはいられません。


 王都の住民達は剣や槍を取り、女性の前に立ち塞がります。


 そんな住民達を嘲笑うかのように、女性は宙へと舞い上がると。

 女性は奇怪な魔法を使い、破壊の限りを尽くして行き。


 そして、まるで歌うかのように噴水広場に声を響かせます。



 ――我こそは魔女! 禍殃を! 禍難を! 奇禍を! 禍患を! 惨禍を! 禍事を歌う魔女!


 ほらほら! 逃げろ逃げろ! 私をもっと楽しませろ!――



 それでも王都の住民は魔女に立ち向かいました。


 しかし、住民達の勇気ある行動が魔女にとっては面白くなかったのでしょう。



 ――時間切れだ――



 面白くなさそうに呟いた次の瞬間。

 王都の半分を飲み込む程に大きな。とても大きな爆発を起こして見せたのです。


 その爆発は王都の半分を消滅させ、地形を変える程の爆発でした。


 そして、その光景を見た魔女は、心底嬉しそうに笑うと。

 それで満足したのでしょう。忽然と姿を消してしまいました。



 魔女は去りました。


 王都は大きな被害を出し、人々は悲しみに暮れましたが。

 皆が力を合わせることで復興にも成功し。

 時間と共に魔女の恐怖さえも克服してみせたのです。


 ――ですが、魔女の恐怖は再び王都を襲いました。


 不思議な事ですが。

 王都では魔女と同じ素養を持った子供が多く生まれるようになったのです。


 王都の住民達はこれを魔女の呪いだと言い恐れました。


 恐怖に駆られた王都の住民達は、素養を持った子供達を魔女の素養を持った呪われた子供。

 忌子と名付け、時には監禁し、時には殺してしまうことすらありました。


 それほどまでに王都の住民は魔女と言う存在を恐れ。

 克服したと思った恐怖は、王都の住民達の深い所に根を張っていたのです。


 だから、王都の住民達は目を光らせます。


 二度と同じ禍に見舞われないように。


 二度と同じ過ちを繰り返さないようにと――



 だから、王都の住民たちは囁きます。


 銀色の髪は禍の衣擦れ。


 紅い瞳は禍の訪れだと――



 『禍事を歌う魔女』



 それは王都の歴史史上、最も多くの人間を殺した恐ろしい魔女の名前なのです。






 ◆ ◆ ◆






 ソフィアは『禍事を歌う魔女』のおとぎ話を語り終えると、陽が落ちる前に寮へと帰る事を告げ。

 ダンテやベルトと共に家路へと着いた。



 そして、3人が帰ったことで少し静かになった部屋には、僕とメーテとウルフの3人が残されることになった。



「な、なんか凄い話だったね。

闇属性の素養があるとどうして迫害されるのか分かった気がするよ」


「あ、ああ、そうだな。

アルにはいつか話そうと思っていたんだが、話しそびれてしまっていたよ」



 メーテがそう言うと、ぎこちない空気が流れる。



「そ、そっか。

で、でも、本当凄い話だったね。

だけど、なんでその魔女は急に住民を裏切るようなことしたんだろうね?」


「そ、それは……

ア、アル、そう言えば道中でプルカを買うか迷ったとか言ってたな。

き、今日は持って来たんだ。一局指してみないか?」


「ま、魔女かー。一体どういう人なんだろう?」


「そ、そうだ。

このお茶菓子は食べたか? アリエッタの焼き菓子と比べても何ら遜色ないぞ?」


「……銀色の髪に紅い瞳って言えばメーテに――


「アルッ!! ……その話はまた今度にしよう。

こ、紅茶も冷めてしまっただろ? 新しく淹れてくるからちょっと待っててくれ」



 メーテはそう言うと紅茶を淹れる為に席を立とうとするのだが。

 僕の一言でその動きを止めることになる。



「……話を避けるのはメーテが『禍事を歌う魔女』だから?」


「……」



 メーテはその問いに答えなかった。


 しかし、その代わりにウルフが口を開く。



「メーテ? アルも大人だし話しても良いんじゃない?」


「ウルフッ!! 余計な口を聞くんじゃないっ!!」



 メーテとウルフが喧嘩している場面は何度か見たことがあったが。

 ここまで荒々しい口調は初めてで、その剣幕と口調に僕はビクリと肩を跳ね上げてしまう。


 そんな中、ウルフは動じる様子も無くメーテに厳しい視線を送る。



「なに? もしかして恐れているの?

『禍事を歌う魔女――」


「ウルフゥッッ!! お前はもう口を開くなぁっ!!」



 メーテは更に声を荒げると、ウルフの首を掴みギリギリと締めあげる。



「がふっ! 必死ね……メーテ……」


「黙れぇっ! お前はもう黙れぇっ!」



 メーテのその形相に怯んでしまい。

 情けないことに言葉を掛けることが出来ない。


 だが、そんな僕とは違い、ウルフは怯まずに言葉を続ける。



「12歳の少年に……真実を伝えるのが……がはっ! ……そんなに怖いって言うの!?」


「黙れぇっ! 黙れぇっ! 黙れぇっ!!」



 まるで駄々っ子のように声を張り上げるメーテ。


 それでもウルフは黙ることをしない。



「何を……怖がっているの?」


「煩いっ! 煩いっ! 煩いっ!」



 ウルフの首を掴むメーテの手には更に力が込められているのだろう。

 ウルフの首筋が赤く滲んで行く。


 だが、それでもウルフは黙ることをしなかった。



「ずっと……そうやって……抱え込んでく……つもり?

苦しいんでしょ?……辛いんでしょ?」


「ち、違う! く、苦しくなんて――」


「誤魔化さ……ないで……」


「ご、誤魔化してなどいない!! 私は! 私はっ!!」



 メーテは酷く狼狽え、酷く拙い表情で視線を彷徨わす。


 ウルフはそんなメーテの頬に手を伸ばし。

 量の頬に手を添えると、強引に顔を向き合わせた。



「な、何を――」


「しっかり……しっかりしなさいよっ!

あなたでしょ……アルが……転生者だって……苦しんでた時……

アルはアルだって……一人で……不安を抱え込んだり……するなって……

私達は家族……だって言ったのは……メーテ! あんたでしょうが!!


そんな……あんたがっ!

……家族を! アルを……信じないで……どうすんのよっ!」



 そして、その言葉でメーテは手を緩めたのだろう。


 メーテの手から解放されたウルフは床に膝をつくと、大きく何度も咳き込んだ。



「はぁ、苦しっ……

――メーテ、アルはアルなんでしょ?

大丈夫、私達の知っているアルならきっと分かってくれる筈よ」


「あっ、わ、私は……」



 そう言うとメーテは、まるで幼い少女と錯覚してしまいそうな表情を見せた。



「それに、おとぎ話を聞いた時点でアルは気付いている筈よ。

後はメーテ。貴女の口から伝えるべきだと私は思うわ」



 ――確かにウルフが言う通りだった。

 ソフィアからおとぎ話を聞かされた時点で、メーテが『禍事を歌う魔女』だと言う確信を持っていた。


 始めて闇属性魔法について教えて貰った時に寂しそうに呟いた言葉。



『これは私の罪なのだろうな』



 と言う言葉や、大顎との戦いで闇属性魔法を使ってしまい。

 フィナリナさん問い詰められてしまった時の過剰ともいえるメーテの反応。


 それに、魔の森と言う危険な場所に結界を張ってまで隠れ住んでいた事や。

 この国の大半が知っていると言うおとぎ話を今まで僕の目につかないようにしていたこと。


 流石におとぎ話として語られる人物がメーテと結び付けるのは荒唐無稽だとも思ったのだが……

 何年生きているかと言うのはうまく誤魔化されてはいたものの。

 メーテが見た目通りの年齢ではなく、長く生きていることを知っていた。


 それに加え、おとぎ話で語られていた身体的な特徴と言い。

 メーテが『禍事を歌う魔女』と言うことであれば、全ての辻褄が合う気がしたのだ。


 だから、僕はメーテに尋ねた。


 闇属性の素養を持っている者の境遇を憂うメーテの姿を何度も見ているし。

 おとぎ話で語られている『禍事を歌う魔女』の姿は間違った伝わり方をしている。真実ではない。

 そう思ったからだ。


 だから――

 そのことでメーテが苦しんでいるのなら――


 僕が転生者と言うことを言えないで悩んでいた時、2人が受け入れてくれたように。

 僕もメーテを受け入れてメーテの苦しみを少しでも軽くしてあげたかった。


 ――だが、僕はメーテの剣幕に怯んでしまった。


 あんなにも苦しそうに、辛そうにしていたのに。

 僕は怯んでしまい、なんの言葉も掛けてあげることが出来なかった……



 ――僕が伝えたいことはウルフが伝えてしまったし、今更なんて声を掛けて良いのか分からず。

 ただ、自分の無力さが情けなくて、悔しくて俯いてしまう。


 だが、そんな時。

 ウルフにパンと腰を叩かれ。

 その衝撃により思わず足が進み、意図せずメーテの前に立つことになる。


 ふとメーテの顔に視線を向ければ悲しそうな、怯えているような。

 そんな表情を浮かべていた。


 そんなメーテをみて口を開きかけるのだが……

 どんな言葉を掛けていいのか分からず、僕の口は何度も空気を噛む。


 そうしていると。



「アル、余計なことは考えないでいいのよ?

悔しいけど、私の言葉じゃ駄目なの。アルの言葉で伝えてあげて」



 ウルフはそう言って優しく笑うと、もう一度僕の腰をパンと叩き。

 僕はまた一歩メーテの前へと歩み出ることになる。


 そして僕は、怯えた表情を浮かべるメーテに視線を向けると――


 焼き増しだが、伝えたかった言葉をメーテに伝える。





「メーテは色々な不安を抱えていたんだね。

でも、今は僕とウルフが居る。


だから……

不安を一人で抱え込こんだり、気を使ったり、そんな他人行儀な事しないでよ。


僕達は家族でしょ?」




 僕がそう伝えると、メーテはクシャリと顔を歪め。

 無言で僕の頭を胸に寄せると。

 強く、ただ強く抱きしめるのだった。

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