第100話 おとぎ話

 誰が名付けたか知らないが『無慈悲なる拳骨事件』から一週間が経った。



 あれから、騒ぎを聞き付けた職員が駆けつけたことにより騒ぎは治まったのだが。

 騒ぎを起こしたことに関して、僕達は厳重に注意されることとなった。


 今後はこう言うことが無いよう釘を刺された後。

 午後の授業もあると言うことで解散することになったのだが……



 ……それは僕以外の話であった。



 職員に注意された際にことの経緯を説明した結果。

 先に暴力を振るったのは僕と言うことで、僕だけは解散と言う訳にはいかず。

 居残りで注意される羽目になってしまった。


 もちろん、先に手を出したのはランドルだと言うことも伝えたのだが。

 押した程度では暴力を振るったとは判断されなかったようで、僕の訴えが受け入れて貰えることは無かった。


 ……まぁ、あの時は冷静では無かったし、手を上げてしまったのは事実なので。

 その事についてはしっかり反省しようと思っていたのだが――



「それでは、アルディノ君には追って連絡をするが。

恐らく、2週間程度の謹慎処分となるだろう」



 そんな事を聞かされては流石に納得する事が出来ず。

 どう言った経緯でそのような処分になるのかを訪ねて見れば。



「ランドル君は貴族の上、前期組なんだぞ?

貴族相手に暴力を振るってこの程度の処分で済んだんだ、むしろ感謝して貰いたいものだよ。

と言うか、君は後期組だろ? 本当に反省しているのか?」



 そんな言葉を返されてしまい、思わず呆けてしまう。


 確かに暴力を振るった僕が悪いし、反省もするが。

 『学ぶ者は無く等しく平等であり、決して利に溺れることなかれ』

 そんな学園の理念を聞かされていただけに、貴族や前期組や後期組と言う言葉で区別する職員の姿は衝撃的で。

 理念とはいったい何ぞや?

 そんな疑問を浮かべることになってしまった。




 まぁ、そのような経緯があり。

 あれから一週間たった今、僕は自宅での謹慎処分を受けていると言う訳なのだが……


 正直言ってやることが無く、暇を持て余していた。


 自宅での謹慎処分と言うこともあり、課題や反省文を書くように言われていたのだが。

 3日、4日もした頃には、それらの課題や反省文の作成はすべて済ませてしまった。


 後々になって必死になって取り組むのも嫌だったので、早目に済ませたのは良いのだが。

 謹慎中という身分もあるので、おいそれと外出をする訳にもいかず。

 必要最低限の食料の買い出しの時くらいしか外出をしないようにしている。


 まぁ、別に監視などをされている訳でもないので、外出してもバレないと言えばバレないのだが。

 それは流石に不誠実だろう。と言うことで。

 大人しく自室で過ごすことにし、暇を持て余していた訳だ。



 そうして一人、読み終わった小説を眺めていると。


 コンコンッ


 扉を叩く音が聞こえ、玄関の扉を開ける。


 すると、扉の前に立って居たのはメーテとウルフだった。



「謹慎生活では暇だと思ってな。遊びに来てやったぞ?」


「アルが暇そうにしてそうだから、仕方無くなんだからね?」



 2人は渋々遊びに来たと言う体を取り繕ってはいるが。

 その腕にはボードゲームや紅茶やお茶菓子などが抱えられており。

 口調とは裏腹に遊ぶ気満々と言った様子が窺える。


 どうやら、課題が終わるまでは迷惑になるないよう、部屋を訪ねるのを我慢してたらしいのだが。

 課題が済んだのを知ってからは、2人は度々部屋を訪ねるようになっていた。

 まぁ、度々と言うか連日な気もするが……


 連日の訪問は我慢していた反動なのだろうか?と言う疑問を浮かべ。

 もう少し僕の方から遊びに行った方が良いのかな?などと考えるが。

 玄関前に立たせたままなのもどうかと思った僕は、2人を部屋に招くことした。



 そうして2人を部屋に招き、3人でお茶をしながら雑談をしていると。



「アルってば案外不良だったのね?

授業初日に謹慎て珍しいことなんじゃないの?」


「授業初日に謹慎。なんて言うのはそうそう聞く話では無いだろうな」



 ウルフとメーテはチクリとする言葉を口にする。


 謹慎になった経緯は既に2人に話しており、話をした際には。



『男の子なんだしそう言うこともあるだろう』



 そう言って寛容な態度を見せてくれたのだが。

 それ以降、こうして僕の事をちょくちょくいじる様になっていた。



「僕が変な倒れ方したのも悪かったけど。

制服を汚された上に、なんて言うんだろう? 選民思考って言うのかな?

前期組とか後期組とか、そう言った差で友人まで馬鹿にされたら流石に腹が立つよ。

まぁ、まやりすぎたかな? とは思うけどさ……」


「ふむ、生徒の選民思考に加え、教師は教師で貴族の利に毒されていう話だったな。

まったく、噂に聞く限りの学園の理念とは一体何なのだろうな?


まぁ、学園を経営する以上はそう言った貴族との繋がりは必要だとも思うが……

そう言った大人たちの姿は良い見本だとは言えんだろうし。

出来れば、生徒達にはそんな姿を見せない様にして貰いたいものだな」



 メーテはそう言うと紅茶をすすり、困った様に肩を竦めた。


 メーテが懸念する通り、大人たちが平然と貴族や平民と言った感じで差別をする姿を見れば。

 生徒たちはそれが当たり前の事だと考えるようになってしまうだろう。


 生まれながらの境遇の差や能力の差と言うものは確かに存在するし。

 すべてが平等であるべきだとも思わないが。

 ……それを理由に他者を虐げるのは違うように思える。


 正直難しい問題で、僕としてもハッキリとした答えを出す事は出来ないのだが。

 漠然としているし、拙い考えではあるものの、「差」と言うものに固執せずに。

 出来るだけ人に優しくあろう。そんな風に思った。


 そして、そんな風に思っていると。



 コンコンッ



 再び扉を叩く音がして、僕は玄関へと向かう。



「どちら様ですか?」


「おう、俺だ! 俺! 暇だろうから遊びに来たぜ!」



 何処の詐欺師だ?と思いはしたが。

 声からしてダンテだと判断した僕は玄関の扉を開ける。

 すると、ダンテが居るのは勿論の事ながら、ダンテ以外に2人の姿が映る。



「ああ、それと、ベルトが暇そうにしてたから連れてきたぞ。

ついでにソフィアもな」


「ぼ、僕は別に暇だった訳じゃない!

鍛練があるって言ったのにダンテが無理やり連れてきたんじゃないか!?」


「わ、私も課題があったんだけど。

ダンテがアルの家に行くぞって言って無理やり……」


「はぁ? アルの家に行くって言ったら。

私も行くっ! って行って無理やり付いてきたのそっちじゃねぇーか!?」


「……」


「無視かよ!?」



 この階には僕ら以外済んでいないので大声を出しても特に迷惑を掛けることも無いのだが。  

 玄関先で慌ただしくしている3人を見ると、なんとなく迷惑が掛かっているように感じてしまい。



「と、とりあえず部屋に上がってよ」



 とりあえずは3人を部屋に招くことにした。








「おや、もしかしてソフィアか?

随分と素敵な女性になったじゃないか」


「あら、この子がソフィアちゃんなの?

話には聞いてたけど、かわいらしい子じゃない。

あっ、私はウルフって言うの。よろしくねソフィアちゃん」



 3人を部屋へと招くと、ソフィアの姿を見たメーテとウルフがソフィアに声を掛ける。



「ご、ご無沙汰していますメーテさん。お褒め頂き嬉しいです。 

それにウルフさん? 初めまして、ソフィア=フェルマーと申します」



 そう言ってソフィアも挨拶を返すのだが。



「メーテさんはお変わりがないようで……

……いや、てか変わらな過ぎじゃない?」



 メーテの変わらない姿を見て、困惑したように呟く。



「メーテさんにウルフさん。こんちわっす。

今日はアルが暇だと思って遊びに来ました。ソフィアの事は知ってたんですね。

あっ、こっちに居るのはベルトって言います」


「は、始めまして、アルベルト=イリスと申します」



 ダンテは何度かウチに泊まりに来た際にメーテとウルフに会っているので気安い感じで話しかけるのだが。

 初対面のベルトは少し緊張した様子で自己紹介すると、ペコリと頭を下げた。


 そうして軽めの自己紹介が済むと。



「立ち話もなんだ。

紅茶やお茶菓子もあることだし、腰でも下ろしてゆっくりしていけば良い」



 メーテはまるで家主かのように場を取り仕切り始め。

 「忙しい忙しい」と口にしながら紅茶やお茶菓子の用意をし。

 まるで息子の友達が遊びに来た時の母親か姉の様に振る舞う。


 その様子が少し恥ずかしく感じてしまい、なんとも言えない表情を浮かべてしまうが。

 確かにこれだけの友人が訪ねてきたのは初めての事なので。

 張り切ってしまうメーテの気持ちもなんとなく理解することが出来てしまい。

 強く言うことも出来無い僕は、羞恥に悶えることとなった。



 そうして、皆の元へ紅茶が行き届くと、僕達は学園の事について話を始める。


 話の内容はと言うと。

 今日はこんな授業があってこんな内容の授業だった。

 と言った内容で、謹慎している僕が授業に遅れない為の気遣いのようなものを感じられた。


 本当、良い友人に恵まれたことに思わず頬を緩めてしまうが。

 そんな僕達を見て、メーテとウルフはなにやら満足そうに頷いて見せる。


 その2人の表情は――



『アルにもちゃんと友達が出来たんだな、私達は嬉しいぞ』



 そう言っているかのような表情で、その視線は実に生暖かい。


 前世で友人の家に遊び行った際に。



『ねーちゃんはあっち行ってろって言っただろ!!』



 そう声を荒げていた友人の気持ちが今なら痛いほど分かり。

 僕も同じような言葉を口にしてしまいそうになるが。

 こうやって友人と過ごす姿を見せるのも一種の孝行だと思うとグッと我慢することにした。


 そうして羞恥に耐えていると。



「そう言えばランドルの事なんだけど」



 謹慎の原因となった生徒の名前が出たことでソフィアへと視線を向ける。



「なんかアルに拳骨されまくってたでしょ?

そのことで、相当恨みを買っちゃったみたいでさ。

何か一部の生徒と結託して、復讐するだとか言いだしちゃってるのよ。


私は自業自得なんだから辞めておきなさいって言ったんだけど……

前期組は良くも悪くも気位が高いから、後期組に舐められたままでたまるかーて感じで。

席位持ちの何名かもアルにちょっかい出しそうな感じなのよね……」



 ソフィアは「まったく、何考えてるのかしらね」と言うと肩を竦め、大きく溜息を吐いた。


 自分で撒いた種だとは言え、随分とややこしい事になっているように思い。

 謹慎が開けたとしてもひと悶着ありそうだと思うと、ソフィア同様、僕も溜息を吐きたくなる。


 そう思うと同時に、『席』と言う単語を先日も聞いたことを思い出し。

 ソレが気になった僕はソフィアに尋ねてみることにした。



「席位持ちって言うのはソフィアみたいに7席とか呼ばれてる人のこと?」


「そうそう、と言うかアルは席位のことはまだ知らなのよね。

――し、仕方が無いから私が教えてあげるわ! この私がね!」



 そう言うとソフィアは薄いむ……ソフィアは胸を張り、説明を始めた。



 ソフィア曰く。


 学園では年に一度、生徒間で席位を決める為の大会が開かれる事になっており。

 大会の内容はと言うと、個人戦と団体戦がトーナメント方式で行われ。

 その優勝者から順に1席〜10席までの席位を与えられるそうだ。


 そしてソフィアなのだが。

 例年であれば上級生が席位を独占する中、苦戦しながらも勝ち進んで行き。

 上級生を押しのけ、見事、第7席を勝ち取って見せたらしい。

 それは結構な快挙で、低学年では唯一ソフィアだけが席位を手にし。

 しかもギリギリの10席では無く7席と言うこともあり、同級生から一目置かれる存在になったようだ。


 その所為でランドルみたいな人達につき纏われ、食堂での一件に似た問題を度々起こされるので。

 「席位を勝ち取ったのは良いけど、手放しに喜べない」ともソフィアはぼやいていた。



 ソフィアの説明を聞いた僕は、改めて第7席と言うことに感嘆し、素直に称賛の言葉を口にしていた。



「本当頑張ったんだね。

僕もソフィアに負けないように頑張らなきゃ」


「ベ、別に! たた、大したこと無いわよ!

ま、まぁ、今年はもっと上の順位を取るつもりなんだけどね!」



 ソフィアはそう言って謙遜するが、口元は笑顔を我慢するよう痙攣しており。

 そんな姿を見た僕は、ソフィアらしいなと思うと自然と笑みが零れるのだった。






 そして、その後も雑談を交わし、陽が落ち始めた頃。



「陽も落ちてきたことだし、そろそろ帰ることにするか?」


「そうだな。あまり長居しても失礼だしな」


「そうね。あまり暗い内に出歩くと『魔女』が出るって言うものね」


「ははっ、懐かしいな。 小さい頃は悪さすると『魔女』が出るぞ〜。

なんて言われて脅かされていたな」



 そう言って笑い合うソフィアとベルト。

 ダンテが反応を示さない事からこの国のおとぎ話か何かだとは思うのだが。

 その話に心当たりが無かった僕は2人に尋ねる。



「僕はその話知らないけど、おとぎ話とか童話なのかな?」


「は? 本当に知らないのか?

この国の人なら大半が知っている話だぞ?」


「本好きのアルなのに知らないなんて珍しいわね?

『禍事を歌う魔女』っておとぎ話なんだけど、本当に知らないの?」


「うん、本は結構読んでるつもりなんだけど。

自分で買うようになってからは、おとぎ話とかには手を出して無かったからなー。

ところで、どんな話なの?」



 僕がそう尋ねると。



「えっと、こんな話よ――」



 ソフィアは『禍事を歌う魔女』と言うおとぎ話を語り始めた。

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