第99話 お洒落な帽子



「え、えっと、久しぶりソフィア。

こうしてくれるのは嬉しいんだけど……

みんな見てるし、ちょっとだけ照れくさいかも?」



 僕の胸元に顔を埋めるソフィア。

 そんなソフィアに困惑しながらも声を掛けると。

 ソフィアは胸元から顔を上げ、僕の顔を呆けたように見つめた後、徐々にその顔を赤く染め上げていく。



「こ、これは違う!

そ、そうよ! こ、転んだ場所にたまたまアルが居ただけなんだから!」



 そして、そんな言葉を口にすると、もの凄い勢いで僕から距離を取って見せた。



 そんなソフィアの様子を見て。

 見た目は大人っぽくなったが、中身は記憶の中に在るソフィアとあまり変わって無いように感じ。

 懐かしく思うと共に、再開できた喜びに思わず頬が緩んでしまう。



「と言うか、見違えたよ。

随分大人っぽくなったし、凄く綺麗になったね」


「きき、綺麗!? と、当然じゃない!

私だって何時までも子供じゃないんだから!

背だって伸びたし、色々と成長し――何でも無いわ……」



 ソフィアはそう言うと、成長したことを見せつけるように胸を張ってみせるのだが。

 自分の胸に目をやった途端、その言葉は尻すぼみなものとなる。



「と、兎に角。

アル、また会えて嬉しいわ!

学園では私の方が先輩なんだから、分からない事があったら何でも聞いてちょうだい!」



 それを誤魔化すように先輩風を吹かすと。

 ソフィアは顔を赤く染めなながら、懐かしい笑顔を僕に向け。

 僕達は約6年ぶりの再開を果たすことになったのだった。









「ソフィアはこれから昼食なんだよね?

もし良かったら一緒にどうかな?

久しぶりの再会だし、色々と話したいこともあるしさ」


「ア、アルがそう言うなら私は構わないけど……

お、お友達に迷惑掛からないかしら?」



 積もる話もあるし、ソフィアを昼食に誘うことにしたのだが。

 ソフィアはダンテやベルトが居ることを気に掛けているようで、そう訪ねる。



「先程みたいに、は、破廉恥なことをしなければ、僕は構わないが」


「俺も構わないぜ、良く分かんないけどアルの知り合いなんだろ?

てか、ソフィアだっけか? もしかしてアルの彼女なのか?」


「は、破廉恥ってなによ!

てか、べ、別にアルとは幼い頃の知り合いなだけだし……

そ、そんな、かかか、彼女とかそそう言うんじゃないん……だから」



 ダンテとベルトは同席することに特に異論は無いようなのだが。

 ソフィアの言葉を聞いたダンテはニヤニヤとした表情を浮かべると。

 邪推するような視線を僕とソフィアへ交互に送る。


 ソフィアが言った通り、彼氏とか彼女とかそう言った関係では無く。

 変に誤解され、ダンテにいじられてしまうのもソフィアが可哀想かな?

 そう思った僕は、僕達の関係についてしっかり説明しようと思い口を開きかけたのだが――



「おい!! 後期組がソフィアさんに気安く口聞いてんじゃねぇよ!!」



 そんな言葉により、開きかけた口を閉じることになってしまう。


 声のする方に視線を向ければ、見下すような視線を送っていた男子生徒が僕達のことを睨みつけており。

 その表情からは明確な敵意さえ感じらる程であった。


 そんな明確な敵意に加え、この言い方だ。

 ダンテやベルトも腹を据え兼ねてたのだろう。

 視線を鋭いものにすると、席から立ち上がろうとするのだが。


 しかし、それはソフィアによって制されることになった。



「ランドル!

前期組とか後期組とか、そう言う考え方は辞めなさいっていつも言ってるでしょ?

私達はたまたま恵まれて早い内に入学出来ただけ。

それだけのことで選ばれた者のように振舞って、他人を見下すのは愚か者のする事よ」


「ですが!

前期組と後期組の間には学園に身を置いた差と言うのが確実に存在します!

その差を理解出来ず、私達と同じように振舞われては、他の者に示しが付きません!

後期組は前期組との実力の差を理解し、謙虚で居るべきなのです!」



 見下すような視線を送っていた男子生徒。

 いや、ランドルと呼ばれた男は、ソフィアの意見を聞き入れる素振りすら見せない。


 偏った意見を口にするランドルの姿を見て。

 ソフィアは困った様に額に手を当てると「他の者って誰よ」と溜息交じりに呟く。



「それに、ソフィアさん!

貴方は前期組の中でも特別な存在だと言うことを自覚して頂きたい!


貴方は学園7席の実力者なんです!

昔の知り合いなのかも知れませんが、後期組のこんな馬の骨とも知れないヤツなんかでは無く。

もっとまともな交友関係を持つべきなんです!」



 馬の骨と言う随分な言いように、少しだけムッとしてしまうが。

 それ以上に学園7席と言う言葉に驚いてしまう。


 詳しいことは分からないが、恐らく言葉通りの意味で。

 ソフィアの実力が学園で7位の位置にある事が予想できた。


 そして、そう予想した僕は思わず感嘆の言葉を口にしてしまう。



「学園7席だなんて凄いね。あれからソフィアは頑張ったんだね」


「はあっ!? どこの誰が馬の骨だって言うの――

えっ!? ま、まぁ剣術とか良い先生に巡り合えたし!

だ、誰かに負けないよう頑張って来たから、と、当然のことよ!」



 ソフィアはランドルを睨みつけながら文句を言おうとしていたのだが。

 僕が感嘆の言葉を口にすると、頬を緩ませてそんな言葉を口にする。


 怒ったり笑ったり、コロコロ表情を変えるソフィアを見ていると、なんだかほっこりしてしまい。

 馬の骨なんて言われたことを忘れてしまいそうになるのだが……



「だから! 馬の骨如きがソフィアさんに気安く話しかけるんじゃねぇ!」



 そう声を荒げるランドルに胸倉を掴まれたことにより、現実に引き戻される。



「えっと、この手を離して貰えませんかね?」


「ソフィアさんに今後近づかないと誓えば考えてやるよ」


「それは無理です。ソフィアは大切な友人ですから」


「てめぇ……

本当、痛い目に会わなきゃわかんねぇみたいだな?」


「ランドル!!

貴方に私の交友関係にまでどうこう言われる筋合いは無いわ!

その手を離しなさい!」


「――チッ」



 ソフィアに言われたことにより、ランドルは胸倉から手を離すのだが。

 胸元を押されるように離されたことで、思わずバランスを崩してしまう。


 このままではソフィアを巻き込んで倒れてしまうことが考えられ。

 そう考えた僕は、無理やり身体を捻って避けようとした。


 しかし、それがいけなかったのだろう。


 無理に身体を捻った所為で転倒することになってしまい。

 その結果、テーブルを巻き込む形となってしまった。


 そして、テーブルの上には食べかけの昼食が置かれており。

 そんなテーブルを巻き込んで転倒してしまったと言うことは――



「くっくっく! 中々お洒落になったんじゃないか!?

後期組は中々にお洒落と言うものに敏感のようだな!


みんな見てみろよ? 後期組ではこんなお洒落な帽子を被るのが流行っているらしいぞ?」



 お洒落な帽子と言うのはランドルの比喩表現で。

 実際は、テーブルを巻き込んで転倒したせいで、食べかけの昼食を頭から浴びることになってしまった訳だ。


 周囲からはそんな僕の様子を見て大きな笑いが起き。

 ランドルはニヤニヤした表情を浮かべると、見下すような視線を僕へと向ける。



「おいっ!手前ぇ! ふざけんなよ!」


「……一応はクラスメイトだ。

流石にこんな姿を見せられたら良い気はしないな」


「ランドル! 貴方何考えてるの!?」



 僕の様子を見たダンテとベルトはランドルに食って掛かり。

 ソフィアは汚れた僕の顔をハンカチで拭いながら、ランドルを非難する言葉と視線を向けるのだが。



「何考えてるって? 僕は少し押しただけじゃないですか?

勝手にバランス崩してテーブルを巻き込んだのはそいつの責任ですよ?」



 ランドルはそう言うとくつくつと笑う。



 僕は汚れてしまった新品の制服を見て溜息を一つ吐くと。

 髪や肩に乗った食べ物や床に散らばった食べ物を拾い集め、一つのお皿にまとめて行く。



「後期組の割には良い心がけだな。

自分で汚したものは自分で片づけるのが当然だもんな?

くっくっく、少しだけ見直したぞ?」


「おいアル! ここまでされて黙ってるつもりかよ!?」


「無暗に争えとは言わないが、ここは怒っても良い場面だとは思うぞ」


「ランドル! やり過ぎよ! アルに謝って!

アル? 本当に大丈……夫……?」



 大丈夫かと聞かれれば、大丈夫じゃないと言うのが本音だろう。


 学園に通う為に、これまで随分と苦労してきたのだ。


 苦労して漸く袖を通すことになった制服がこんなに汚れてしまったのだ。

 無理に避けようとした自分にも責任があるとは言え、当然のことながら良い気はしない。


 それに、そんな汚れた制服を見ると。

 僕が学園に通えるように力を貸してくれたメーテやウルフ。

 無事に学園に通えるように願ってくれた女王の靴やレオナさん。

 考えすぎかもしれないが、そんな皆の思いまで汚されてしまったように感じてしまう。


 だがしかし――



「ほ、本当に大丈夫なの? なんか目が怖いんだけど?」


「ん? 大丈夫だよ?」


「ほ、本当かよ? お前、目が笑って無いぞ?」


「流石に腹は立つけど……制服を洗えば済む問題だしね。

これくらいで怒ったりはしないよ。僕は寛容だからね。うん」



 そう、高々12歳の子供がやらかしたことだ。

 いちいち目くじらを立てて怒る程、僕の精神は子供では無い。

 少しくらいのおいた程度なら寛容であるべきだろう。



「アルディノ? だったらその目を止めて貰えないか?

な、なんて言うか少し恐ろしいんだが……」



 ベルトはそんな言葉を口にし、おびえた様子を見せるのだが。

 僕としてはとても心外だ。


 だってほら?

 腹立たしさはあったけど、それを表情に出さないように努力して、こんなにも笑顔で接しているじゃないか?


 僕は寛容なんだよ。うん。実に寛容なんだ。



「笑顔こえぇーよ……」


「と言うか、これ確実に怒っているよな?」


「ちょっと怖いけど、こ、こう言うアルも、わ、悪くは無いわね」



 皆はそんな言葉を口にし、一様におびえた様子をみせる。

 そんな中、ランドルは未だにくつくつと笑い続けている。



「なんだ? もうお洒落はしなくていいのか?

お前にはお似合いの帽子だと思ったんだけなぁ」



 そして、ランドルは煽るような言葉を口にし。



「へぶっ!?」



 そんな間抜けな声を出すことになった。


 それは何故か?


 それは僕がランドルの頭に拳骨を落としたからだろう。


 まぁ、僕は寛容だしこれくらいの事で怒ったりしないが。

 おいたをした子供が居たら、時には誰かが叱ってやる必要があるのではないだろうか?


 実に心苦しくはあるが。

 今の場合、周りに居る皆より少し精神年齢が高い僕がその役を買って出なければいけないのだろう。


 実に、実に心苦しいし事だし、本来なら絶対にやりたくないことだが……

 他に適任が居ないのだから仕方が無い。



「き、貴様! 手を上げたな!? そっちがその気ならやってやる!

灯よ 空を照らし 対を弾――へぶっ!?」



 まったく。

 こんな場所で魔法を使うとするなんて周りに迷惑が掛かるじゃないか。

 そう思い寛容な僕はランドルに拳骨を落とす。



「こ、後期組の癖に!! 2度も殴ったな!!

もう容赦しない! 貴様は斬っておと――へぶっ!?」



 ランドルはそう言うと剣を抜こうとしたのだが。

 魔法同様、こんな場所で剣を抜いたら周りに迷惑が掛かると思い拳骨を落とす。



「ふざけるなっ!! 貴様ぜったいに――へぶっ!?」



 ……えっと、大声出したら? うん、多分迷惑だと思うから拳骨を落とす。



「きさ――へぶっ!?」



 只、拳骨を落とす。



「寛容ってなんだっけ……?」


「な、なんだあの粘着質な感じの怒り方は……」


「うん。アルは怒らせたら怖いって言うのもあるけど……

な、なんか凄い面倒くさい感じになるみたいね……」



 ランドルに拳骨を落とす僕の姿を見て。

 若干引いた様子で、皆はそんな言葉を口にするのだった。

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