第98話 それは突然に

 自己紹介で散々な思いをすることになったものの。

 クラスメイト達の印象に残る挨拶と言う意味ではそれなりの効果があったようで。

 変なヤツ扱いではあるが、話し掛けてくれるクラスメイトも少なくなかった。


 まぁ、大成功したとは決して言えないが。

 こうやって話しかけてくれる人達が居るので、ある意味成功ではあったのかな?

 そんな事を考えながらその日は学園を後にすることになった。






 そして、祝日を挟んだ次の日。


 今日から通常授業が始まるようで。

 僕は学園既定のバックに文具や教材などを詰め込むと、薄い壁越しにメーテとウルフに「いってくるね」と伝え、学園へと向かう。



 そうして、学園へと向かったのだが。

 今日から授業が始まると言うことで、学園へと伸びる通りには、紺色の制服に身を包んだ男子生徒の姿や白いシャツに紺色のスカートを履いた女子生徒たちの姿が多く見られた。


 僕達が学園都市に着いてからの期間は、どうやら学生たちの長期休日とかぶっていたらしく。

 このように制服で身を包んだ多くの生徒を見る機会が無かったので。

 その様子を見た僕は、改めて学園生活が始まるんだと言うことを実感させられることになった。


 そして、程なくして学園へと到着すると、そのまま教室へと向かい。

 自分の席に着いた僕は、なんとなしに教室を見渡す。


 すると、教室の扉がガラリと開き。

 見知った顔であるダンテとベルトが姿を見せた。


 僕達は朝の挨拶を交わすのだが。

 何でダンテとベルトが同じタイミングで教室に入って来たのかを疑問に思う。


 そんな疑問に答えるようにダンテが口を開いた。



「通学途中にベルトを見掛けたんだけどよ。

なんか、俺がお世話になっている家から近い所に住んでるみたいなんだわ。

しかも、その一画に結構でかい屋敷があるんだけど、そこに住んでるみたいだぜ。 


育ちが良さそうな感じがしたから貴族かな?

って思ってたんだけど、やっぱりか〜って感じだよな〜」



 どうやら、そう言う事らしいのだが。

 貴族と言えば、迷宮都市で嫌がらせをしてきたエドワード侯爵を思い出してしまい。

 貴族に対してあまりいい思い出の無い僕は、どう反応していいのか困ってしまう。


 と言うか、ダンテも貴族の住む一画にお世話になっているのだから。

 もしかしたらダンテも貴族なのではないだろうか?とも思ったのだが。

 目の前で明るく喋っているダンテを見たら、僕の貴族に対する印象とはかけ離れており。

 そんな妄想を頭を振って霧散させた。


 しかし。



「まぁ、貴族であることは否定しないが……ダンテだって貴族だろ?

しかもマクファー家と言えば、魔国では名の知れた貴族だと聞くぞ?」


「ああ〜、実家はそれなりの爵位だけどよ。

俺は3男だから家を継ぐ訳じゃないし、好きにやらせて貰ってるから。

あんま貴族と言われてもピンとこないんだよな〜。

まぁ、それなりに贅沢させて貰ってるとは思うけどな」



 ベルトの話でダンテも貴族だと言うことを知った僕は、少しだけ混乱してしまう。


 道中でダンテが貴族だと言うことを聞かされて居なかったし。

 ダンテから貴族らしさと言うモノを感じたことが無かった。


 確かに、年齢の割には博学的な一面もあるのだが。

 そうだとしても貴族と言う単語と結び付けることが出来ず、思わず疑いの視線をダンテに送ってしまう。



「な、なんだよ、その疑うような目は!?」


「いえいえ、ダンテ様。

平民の僕が貴族であるダンテ様にそんな目を向けるなど恐れ多くて出来ませんよ」


「お、おいやめろよ! きもちわりぃ!

アルの事だから絶対こんな風にいじってくると思ったから言えなかったんだよ!

元の口調に戻せよ!」


「ははは、平民である私がこうやって接するのは当然でしょうに。

ダンテ様はお戯れが過ぎますよ?」


「だからやめろって!

うおっ!? みろよ! お前のその口調の所為で鳥肌たっちまったじゃねぇーか!」



 疑いの視線を送ったついでに、少しダンテをいじってみる事にすると。

 ダンテは僕の畏まった口調に拒否感を示し、貴族扱いするのをやめろと言う。


 貴族扱いされるのを本気で嫌がっているダンテの姿を見て。

 貴族であろうがなかろうが、やはりダンテはダンテなのだろう。

 そんな風に思わされた。




 その後、サディー先生が姿を見せたことによって、朝のHRが始まった訳なのだが。

 サーディー先生はしっかりと髪を三つ編みにして来てくれたようで。

 今回はクラスメイトの間から悲鳴が上がることも無く、ちょっとした連絡事項を告げられた後、授業が始まることになった。



 筆記用具と紙束、それに学園から貸し出された教科書を机の上に置く。


 前世であれば授業が始まる前の時間と言うのは憂鬱に感じるものだったが。

 今は興味のある魔法を学ぶと言うことと、学園生活と言うものに懐かしを感じ。

 憂鬱になるどころか、むしろ気持ちが高揚するのを感じる。


 そして。



「そ、それでは、じ、授業を始めましょう」



 少し、始まりの合図としてはしまらない感じではあるが。

 サディー先生のその一言によって、授業が始まるのだった。






 そうして始まった授業なのだが。

 メーテの授業で教わった事とは大分かけ離れている内容だった。


 それもそうだろう。


 メーテの場合は、無詠唱で魔法を使うことを前提とした授業内容だったのだが。

 学園で教わる内容は、詠唱で魔法を使うことを前提とした授業内容となっており。

 前提が違うのだから、教え方や内容もまったく違うものになってしまうのも、仕方が無いことだと思えた。


 しかし、今まで無詠唱で魔法を使ってきただけあり、詠唱に関しては殆ど学んでくることが無かったのだが。

 こうして詠唱の必要性や、原理などを詳しくきことで、詠唱と言うものへの理解が深まると共に、

無詠唱に至るまでの過程の部分の知識が埋まって行くのを感じることが出来た。


 まぁ、流石に今日の授業だけですべてを理解できる訳ではないし。

 あくまでそう感じただけで、間違っている可能性もあるのだが……

 それでも始めて受けた授業は、そう感じる程に有意義なものだったと言えるだろう。



 そして、そんな授業を一時間、また一時間と楽しんで行き。

 気が付けばあっという間に、時の鐘がお昼を告げることになった。



「うし! 飯だ飯!

アル! 食堂とかあるみたいだし、行ってみないか?

ベルトも行こうぜ!」


「食堂か〜僕は良いけど、ベ、ベルトはどうする?」


「何故僕に聞く!? まぁ、一緒に昼食くらいならしてやっても良いが……」



 まだ、僕に対して抵抗があるのか、ベルトは少し素っ気無い感じだが。

 こうして誘いに乗ってくれる分、ベルトも距離を詰めてくれようとしているのだろう。


 そんなぎこちない僕達を見て、ダンテは呆れたように息を吐くと。



「じゃあ、行くとするか!

それとお前達、ちょっとぎこちないぞ?

もっと気安い感じで話すようにしろよ?」



 そう言って僕達の肩を抱き、僕達は食堂へと向かう事になった。







「はぁ〜、本当にこれが食堂かよ?」



 食堂に着くなりダンテがそう零してしまうのも、同じ光景を見ている僕なら頷ける。


 看板の案内に従い食堂へと来てみれば。

 そこに在ったのは、なんとも小洒落た空間で、食堂と言うよりかはラウンジとかカフェとかそんな言葉の方が似合う場所であった。


 現に、食事を提供しているのはコックコートに身を包んだ料理人と言う感じだし。

 テラス席なんかも完備されており、そこでお茶を楽しんでいる生徒の姿なんかも目に入った。


 食堂と言えば、エプロン姿のおばちゃんが忙しく切り盛りし。

 お腹をすかせた学生達と相俟って鉄火場のような場所だと言う印象があったので。

 優雅ささえ感じさせるこの食堂を見ると、本当に食堂なのだろうか?と言う疑問さえ浮かんでしまう。


 まぁ、食事を楽しんでる生徒を数多く見受けられるので間違い無く食堂なのだろうが……

 なんだか少し腑に落ちない。


 だが、受け入れるしかないだろう。

 と言うことで、僕達は注文している列に並ぶと、自分の順番が周ってくるのを待つことにした。



 そうして列に並んでいると、程なくして自分の順番が周ってくることになり。

 僕は無難に日替わりランチを頼むことにすると、ダンテは肉がメインの料理を頼み、ベルトはサンドイッチと柑橘系のジュースを頼む。


 注文された料理を見て、何となくその人の性格が注文にも現れているなと思い。

 それを面白く感じている間にも料理が出来上がったようで。

 僕達は料理を受け取ると、3人で座れる席がないか食堂内に視線を彷徨わせることになった。



「おっ、あそこ空いてんじゃねぇーか?」



 ダンテの見ている方向を見れば、日当たりの良いテラス席が開いていることに気付く。



「確かに空いてるっぽいね。

じゃあ、あそこの席にする?」



 僕がそう言うと、2人は頷き、テラス席へと腰を下ろすことになった。



 午後の陽ざしの暖かさを感じながら、僕達は昼食を口に運ぶ。



「うわっ、なんだこれ!? 普通にうまいな!?」


「本当に美味しいな。

葉物なんかはしなびたりしていることが多いんだが、シャキッとした食感がある」


「このランチもおいしいよ?

魚の揚げ物だと思うけど、全然ベタベタしてないし。

一口食べて見る?」


「おう、一口貰うわー。んじゃ、俺の肉もちょっとやるよ」



 そんなやり取りを交わしながら、楽しく昼食をとっていたのだが……



「おい、お前ら後期組だろ?

誰に断ってテラス席で飯食ってんだ?」



 そんな風に声を掛けられ視線を向けて見れば、見下すような視線を向ける1人の男子生徒と。

 その後ろには、男女合わせて数人の生徒の姿があった。


 しかし、彼の言っている意味が分からず、純粋な質問のつもりで。



「えっと、そうですけど、誰かの許可が必要なんでしょうか?」



 そう尋ねてみることにしたのだが。

 どうやら、彼の中では一種の煽りのように聞こえてしまったのだろう。


 その眉間に皺を寄せると、僕を睨みつけてきた。



「後期組とか言う中途半端なヤツらが舐めた口きくじゃねぇか?

お前らみたいに後期からしか入れないようなヤツらとは出来が違って俺達は前期組だぞ?

言わばエリートだ。後期組みたいな落ちこぼれは黙って席を譲りゃーいいんだよ」



 「お、おう」心の中でそんな声が漏れる。


 確かに前期から学んでいる事を考えれば、後期入学と比べても授業の内容は進んでいる筈だし。

 実力的にも上かも知れない。


 しかし、何らかの事情や理由があり、学園に入れなかった人もいる筈で。

 一概に落ちこぼれと決めつけるのは間違っている気がするのだが……


 しかし、彼はそんな考えを持ち合せていないようで、見下すような視線を向け続けていた。



「何だお前? 後期組だからって舐めてると痛い目みるぞ?」


「確かに後期組だが、僕は前期組に負けないだけの努力はしてきたつもりだ。

その発言撤回してもらえないかな?」



 そして、ダンテとベルトは彼の発言が気にいらなかったのだろう。


 席から立つと、暴言を吐いた男子生徒を睨みつける。


 場の空気が緊張で張り詰め。

 その様子を見ていた僕はどうするべきかと頭を悩ませ始めたのだが――



「ちょっと! これ何の騒ぎなのよ!」



 そんな少女の声と共に場の空気は霧散することになる。



「す、すみません!

席を確保しておこうと思ったんですが。

いつもの席を後期組のヤツらが占拠していまして……」


「はぁ!?

別に私は何処の席だって良いって、いつも言ってるじゃない!」



 生徒達の合い間から赤のツインテールが覗く。



「ですが……

この席が一番日当たりも良いですし、その方が喜ばれるかと……」


「まぁ、その気持ちはありがたいし嬉しいわ。

だけど! 他の人達に迷惑掛けるのなんて論外よ! はぁ、本当困ったヤツらね」



 緑色の瞳が男子生徒を睨みつける。



「す、すいません」


「まったく、気を付けてよ?


えっと、君達、私のクラスの子が迷惑掛けちゃったみたいね。

君達は気にしないで昼食を続け――」



 そして、緑の瞳に赤いツインテールの少女は。

 僕の姿を見て、言いかけた言葉を失った。






「えっと、久しぶりだねソフィア。

こんな再会になっちゃったけど――ソフィアとの約束、ちゃんと果たしたよ」



 その言葉で少女は目尻に涙を溜めると。

 人目もはばからず、僕の胸へと飛び込むのだった。

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