第97話 自己紹介

 入学式を終えた僕達は振り分けられた教室へと移動することとなった。



 そうして教室へと移動すると。

 試験の時にも感じたが、教室独特の雰囲気やその匂いに懐かしさを覚え、思わず感傷に浸ってしまう。


 それと同時に、教室を見渡せば、ダンテやベルト、それにまだ名前を知らないクラスメイト達の姿が目に入り。

 これから、このクラスメイト達と学びを共にすることを思うと気持ちが高揚していくのが分かった。


 そんな風に感じながら、ふと黒板を見ると席順が書かれいることに気付く。


 どう言った理由で席を決めたのかは分からないが。

 僕に宛がわれた席は窓側の席のようで、黒板に書かれている通り僕は窓際の席に着くことにした。


 窓から外を見れば中庭を望む事ができるようで、窓を少し開ければ心地よい風が頬を撫でる。


 そんな窓際の席に着き、少し得したような気分になっていると、ガラリと言う教室の扉が開く音が耳に届いた。



「こここ、後期2組の皆は、ぜ、全員集まったかな〜?

あ、集まっているようなら、こ、黒板に書かれている指示に従って。

じ、自分の席に着いて貰って……い、いいかな〜?」



 教室に入るなりそう言ったのは一人の成人女性だった。

 そして、僕を含めたクラスの皆は一瞬言葉を失うことになる。



 その理由はその成人女性の風貌にあった。


 その女性は白いローブに身を包んでいるのだが、吃驚するくらいの猫背であった。


 だが、それは許容できる。


 問題はその髪の毛だろう。


 妙に艶のある黒髪は地面に届きそうなほど伸びており。

 猫背の所為で、その毛先は地面に触れるか触れないかの位置でゆらゆらと揺れている。


 そして、視線を顔に向けて見ればその殆どを髪で覆われており。

 髪が揺れる際に覗かせたその目は、年季の入った隈で縁取れていた。


 そんな成人女性の姿を見た僕は見える筈の無いモノを見てしまったような錯覚に陥り。

 思わず言葉を失ってしまった。



「え、えっと、み、皆どうしたのかな?」



 僕を含めクラスメイト全員が言葉を失ったことを女性は疑問に思ったのだろう。


 首をカクンと傾げ、そう尋ねたのだが。

 首を傾げたことで、隈で縁取られた片目が髪の隙間から覗く形になり。

 その姿は端的に言って超怖い。


 クラスメイトの一部も僕と同じような感想を抱いたのだろう。


 そこかしこから「ヒッ」という短い悲鳴が上がる。



「あ、あれ〜、ど、どうしたのかな〜?」



 どうやら女性は自分の風貌が恐ろしいと言うことに気付いていないようで。

 疑問を口にしながら、今度は逆の方向へカクンと首を傾げる。 


 すると、今度は逆側の目だけが髪の隙間から覗くことになり、再度クラスメイトの一部から「ヒッ」と言う短い悲鳴が上がる。



「あ、あっ、そ、そっか〜。

み、皆、し、知らない大人が居るから、お、驚いたんだね〜。

だ、大丈夫だよ。

わ、私は、このクラスの担任の先生だから〜。

サ、サディー先生って呼んでね〜」



 そう言うとサディー先生はその顔に笑顔を浮かべたのだが……



「きゃぁあぁああああぁあああ!!」



 隈で縁取られた目と三日月形に裂けた口が、髪の隙間から覗くと言う映像は恐怖でしか無く。

 クラスメイト達の悲鳴が教室に響くことになるのだった。






 その後、せめて髪の毛をどうにかしてくれと言う、生徒たちの要望と言うか懇願により。

 髪の毛を三つ編みにして貰うことに成功し、先程よりかは恐怖を感じる風貌では無くなったサディー先生。


 そのおかげで、どうにか一部の生徒達も正気を取り戻し、席に着くことが出来た。



「え、えっと。

み、皆の担任をやらせて頂く、サ、サディーです。

こ、これから一年間、よ、よろしくね〜」



 改めて自己紹介をするサディー先生なのだが。

 やはり先程の恐怖がクラスメイトには残っていたのだろう。


「よろしくお願いします」と返すクラスメイト達の一部から、小さい悲鳴が上がっていた。



「そ、それじゃ〜。

み、皆にも自己紹介して貰おうかな〜。

ろ、廊下側の、い、一番前の席の子からお願いね〜」



 サディー先生は、悲鳴が上がった事に首を傾げたのだが。

 どうやら気にしないようにしたようで、今度は僕達に自己紹介するよう求めた。


 そうして、自己紹介が始まった訳なのだが……

 正直、自己紹介と言うのは苦手だ。


 無難な自己紹介をすればつまらない人だと思われそうだし。

 奇をてらった自己紹介などして、滑ってしまった場合など目も当てられない。


 まぁ、つまらないと思われようが無難で行くべきだろう。

 そう考えていると、どうやらベルトの順番が周って来たようで、ベルトは席を立つと、自己紹介を始めた。



「僕の名前はアルベルト=イリスと言います。

趣味は演劇鑑賞にプルカ。

得意な魔法は水属性魔法で素養もありますし、剣もそれなりに自信があります。


皆さんと切磋琢磨し、成長していきたいと思っていますので、これから一年間よろしくお願いします」



 自己紹介を終えると、クラスメイト達から拍手が鳴り。

 ベルトはペコリと頭を下げてから腰を下ろした。


 無難ではあるが、ベルトの真面目さが伝わる良い自己紹介の様に思えた僕は。

 ベルトと同じような自己紹介をしようと決める。


 そうしていると、次はダンテに順番が回って来たようで。

 ダンテは勢いよく席から立つと自己紹介を始めた。



「俺の名前はダンテ=マクファー、気安くダンテって呼んでくれ。

趣味は身体を動かす事全般かな?

まぁ、読書とかも嫌いじゃないけど、挿絵が多いヤツに限るな。

得意な魔法は土属性で素養もあるけど、魔法よりかは剣の方が得意だ。


これから一年間、色々あると思うけど。

俺は皆と仲良くやって行きたいと思ってるから、遠慮せず声を掛けて欲しい。 

あっ、でも勉強は少し苦手だから、そっち方面は勘弁な?」



 ダンテの自己紹介が終わると、ベルトの時同様に拍手が鳴り。

 それと同時にクラスメイト達の間に笑い声が起きた。


 ダンテらしい明るい挨拶に加え、笑いまで取るなんて中々やるじゃないか。

 そう感心している間にも、クラスメイト達の自己紹介は進んで行き。

 いよいよ僕の順番が回ってくる。


 ダンテの自己紹介を聞いた後だと、冗談の一つでも交えてみようか?とも思うのだが。

 やはり、ここは無難に行くべきだろう。

 そう思った僕は席から立つと自己紹介を始めた。



「えっと、僕の名前はアルディノと言います。

趣味は読書と絵を描くことで、料理なんかも割と好きです。

素養はありませんが、水属性と雷属性の魔法が得意で。

それと、剣もそれなりには使えるつもりです。


至らない所も多々あると思いますが。

皆さんと頑張って行きたいと思っているので、これから一年間よろしくお願いします」



 こんな感じで大丈夫かな?

 そう思い、頭を下げて腰を下ろそうとしたのだが。



「は? それだけか?

アルならもっと印象に残る自己紹介出来るだろ?」



 そんな声が聞こえ、僕はピタリと動きを止める。


 そして、その声がした方に視線を向ければ、ダンテが納得いかないと言った表情を浮かべているのが目に入った。


 確かにダンテが言う通り。

 上級魔法が使えるとか、無詠唱魔法が使えるとかを伝えれば、印象に残る自己紹介になるとは思うのだが……


 闇属性の素養があることを隠して入学しているので、出来ることならあまり目立つようなことはしたくないとも思っている。


 なので、ダンテには悪いがそのまま腰を下ろそうとしたのだが。



「あ、あら、い、印象残る様なことがあるなら、

い、言っておいた方が、い、いんじゃないかな〜?

そ、その方が、み、皆とも仲良くなるのも、は、早いと思うよ〜」



 サディー先生はそう言い、クラスメイト達の視線が集まっている事が分かる。


 そんなクラスの様子に頬が少し痙攣しそうになるが。

 流石にこうも視線が集まってしまっては、何も言わない訳にはいかず。

 それに、何も言わない場合、スカしているヤツだと思われそうだし、つまらないヤツだと思われてしまう可能性も考えられたので。

 渋々ではるが、伝えられる範囲で改めて自己紹介をすることにした。



「改めてになりますが、アルディノです。

趣味と得意魔法はさっき言ったとおりですが。

無詠唱魔法も得意としてて、幾つかの中級魔法なら無詠唱で使えます。


それと、身体強化の重ね掛けや、魔力付与なんかも一応使えますし。

ダンジョンに潜っていた経験がありまので、なにか聞きたいことがあれば気軽に声を掛けて下さい。


えっと、これから一年間よろしくお願いします」



 正直、無詠唱で上級魔法も使えるし、混合魔法なんかも使えるのだが。

 あまり目立つことはしたくなかったので、これくらいの情報であれば、クラスメイト達の興味を満たせるだろうし、そこまで目立つことも無いだろう。


 そう思ったのだが……



「んだよ。なに言うのかと思ったら只の嘘じゃねぇーか」


「無詠唱とか効率悪いのに、それを中級まで使えるとか。

嘘だとしてももっとマシな嘘つけばいいのに」


「重ね掛けなんか俺達の年齢で出来る訳ないじゃん。

魔力付与? それなんかも古い時代の廃れた技術だろ?」


「ダンジョンに潜るって言ったってアレだろ?

子供に経験を積ませる為に護衛がっつり付けて、10階層まで潜ったりする貴族なんかがよくやるヤツだろ?」


「知ってる知ってる。

そう言う人達って、それでダンジョンに潜った気になってるのよね〜」



 なかなかに酷い言われようだった。


 ダンテなんか旅の道中に何度か手合わせしたことあるし。

 ベルトも特別試験で手合わせしたことがあるので、あまり疑った様子も無く。

 と言うか、驚いているような表情を見せているが。

 クラスメイトの大半は信じてくれていないようで。

 そんな言葉を口々にし、まるで嘘吐きを見るような視線を送ってくる。


 流石にそんな視線を向けられるのは精神的に来るものがあり。

 助けを求めるように事の元凶であるダンテに視線を送ったのだが……



「こ、こんな筈じゃなかったんだけどな……」



 ダンテはそう言うと、申し訳なさそうに頬をかいた。




 それから暫く、クラスメイト達の間で僕の自己紹介の真偽について騒がしく盛り上がっていたが。

 サディー先生が僕に対するフォローを交え、静かにするようにと伝えると、結局僕の言っている事は嘘だと言うことで纏まったようで、クラスは静けさを取り戻すことになった。



 そして、そんなクラスの様子を眺めていた僕なのだが。


 メーテとウルフが家を出る前に言っていたことを思い出し。

 出鼻をくじいた上に、嘘つきと言う形で存在を知らしめてしまったことに激しく肩を落とすと。



「嘘じゃないんだけどな……」



 そんな一言を呟くのであった。

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