第96話 入学式

 引っ越しを済ませてから、約一ヶ月の時間が流れた。


 あの後、あまりにも悲痛な声を上げ懇願するダンテを見て、流石に不憫に思ってしまい。

 週に一日で良いならと言うことで、ダンテを泊まらせてあげることにした。


 まぁ、実際、空いている部屋もあるので、もう少し泊まりに来ても良いと伝えたのだが。

 どうやら、ダンテがお世話になっている例の姉妹によって阻止されてしまっているようで。

 ダンテが泊まりに来るのは週に一日に留まっている。


 ちなみに、僕は例の姉妹にダンテを奪う怨敵のような扱いをされているらしく。

 善意の行いをしている筈が、いつの間にか敵が増えていることに肩を落とす羽目になった。



 そして、お隣に住むメーテとウルフなのだが。

 こちらは思った以上に静かに暮らしている。


 2人のことだから、引っ越しした途端、毎日のように押し掛けると思ったのだが。

 自立を促す為に遠慮しているのか、週に2、3夕食を一緒に取るくらいで、それ以外は積極的に接して来るようなことが無かった。


 しかし――



「どうしたんだウルフ!?」


「……わっふ」


「な、なんだと!? 体調が悪いだって!?」


「……わふ、わっふ」


「アルの顔を見れば体調が良くなるかもだと!?

し、しかし! アルには過度に干渉しないと決めた以上、おいそれと顔を出す訳にはいくまい!」


「……わっふふ」


「くそっ! 偶然アルが訪ねてくる奇跡を待つしかないのか!?」



 薄い壁を利用し、そんな三文芝居で隣の部屋へ呼び出されると言うことが何度かあり。

 仕方が無いので2人の部屋を訪ねるのだが……



「まったく、こうも頻繁に訪ねられては自立には程遠いぞ?

なぁ、ウルフ?」


「わっふ!」



 そんな事をドヤ顔で言われてしまい。

 若干イラッとさせられると言う出来事が何度かあった。



 それと、メーテとウルフが住んでいる事を知らず、未だ空き部屋だと思っていたマリベルさんなのだが。

 多少誤魔化しながらではあるが、2人が住んでいると言うことと僕との関係を説明しておくことにした。


 メーテは髪と瞳の色を変え、ウルフは人化した状態でマリベルさんと顔を合わせたのだが。

 2人を育ての親であり、姉のような存在だと言ってもなかなか信用して貰えず。

 信用して貰えるまでに随分と苦労することになったが。

 根気強く良く説明を続けることで、渋々と言った様子ではあるが、どうにか納得して貰うことが出来た。


 部屋に関しても、始めは不法に部屋を利用されていると思ったようで、マリベルさんは懐疑的な視線を2人に向けていたのだが。

 開かずの間に対する取扱説明書のような物があるらしく。

 それに書かれていた内容と、メーテの証言に差異が無いと分かると、こちらも渋々と言った様子ではるが納得して貰えたようだ。



 まぁ、納得してからは仲良くなるのも早かったようで。

 今では、一階にある共同スペースの中庭にガーデンテーブルなんかを引っ張り出し、3人でお茶をしている姿なんかをよく見掛けるようになっており。

 随分とのんびりとした毎日を送っているようであった。



 そして、そんな約一ヶ月間を送っていた訳なのだが。







「くふっ、中々似合ってるんじゃないか?」


「ええ、少し大人っぽく見えるわよ」



 そう言ったメーテとウルフの視線の先には、白いシャツにリボンタイを結び。

 紺色の上下で身を飾った制服姿の僕が立っていた。



「2人ともありがとう。

こうやって学園の制服に袖を通すと少しだけ緊張するね」



 入学金を払う際に採寸してもらい。

 先日完成したということで受け取りに行った制服なのだが。

 下ろしたてだと言うこともあり、真新しい服の匂いがする。


 その匂いや、パリッとしたパンツの感触。

 成長することを見越して注文した、少しゆとりのあるブレザーを身に付けていると。

 これから始まるであろう学園生活を否応なしに想像させられ、気持ちが高揚すると共に少しだけ緊張してしまう。



「緊張する気持ちは分かるがな。

まぁ、緊張しすぎて出鼻をくじく様な事だけはしないようにしておくんだぞ?」


「始めが肝心だからね。

ビシッと存在を知らしめてやるのよ?」



 緊張した様子の僕にメーテとウルフはアドバイスをくれるのだが。

 正直ウルフの言っている存在を知らしめる必要性が分からない。


 なので、ウルフの話は若干流しながら頷くと。

 忘れ物が無いか、改めて確認をし、忘れ物が無いことを確認した僕は口を開いた。



「それじゃあ、行ってくるよ」



 メーテとウルフはその言葉に頷き。

 それを見届けた僕は部屋から出ると学園に向かい歩きだすのだった。






 そうして学園へと到着した僕は、周囲に視線を彷徨わせる。


 すると、上下を紺の制服で身を包んだダンテの姿を見つけることが出来た。


 それと同時に、ダンテも僕の姿を見つけたようで、小走りで駆け寄ると僕達は挨拶を交わす。



「うっす、中々制服に会ってるじゃん」


「おはようダンテ、そう言うダンテこそ中々似合ってるよ?」



 お互いに身なりを褒め合うと言う、傍から見たら少し惹かれてしまいそうな光景ではあるが。

 学園に入学することを目的に頑張ってきた僕達からしたら、その制服で身を包むと言うことは一種の目標であったた為、お互い恥ずかしげも無く制服に身を包んだ姿を褒め合う。


 そうしていると。



「お前がアルってヤツか!!」



 そんな声が聞こえ、その声の方に視線を向ければ、頭に角を生やした魔族の少女の姿が目に入った。


 その少女は僕の名前を呼ぶが、僕としてはまったく心当たりが無く。

 僕の名前を少女は一体誰なんだろう?と思っていると。



「知ってるんだぞ!

お前がダンテ兄ちゃんをうばう、しょあくのこんげんてヤツなんだろ!」



 少女はそんな言葉を口にし。

 その言葉でこの少女がダンテがお世話になっている家の次女だと言うことが分かる。


 そして、その少女の後方を見れば、角を生やした長女と思わしき女性とその母親と思わしき女性の姿があった。


 そんな女性たちの姿を見たダンテは「なんでいんの?」と言った表情を浮かべ。



「つーか来るなって言ったじゃん!!」



 そんな悲痛な声を上げた。



「だってダンテちゃんの入学式なんだから、しっかり見てお姉ちゃんと義兄さんに報告しなきゃいけないじゃない?」


「ダンテの制服姿萌える」


「よく分かんないけど、にゅーがくするって言ってたから付いてきた!!」



 だが、ダンテの悲痛な声を他所に。

 各々は入学式に同行した理由を口にし、ダンテの訴えなど気にする素振りすら見せない。


 そんな様子を見て、ダンテも苦労しているんだな。

 そう思うと、今後はもう少し優しく接してあげようと思ったのだが。



「貴方が嫌がるダンテを無理やり家に泊まらせると言うアルなのね」


「いけないんだよ! 人がいやがることしちゃいけないんだよ!」



 長女と次女がそんな事を言い始める。


 いや、むしろダンテから懇願されて家に泊めて上げているのだが?


 そう思ってダンテを見れば。

 馬鹿にしてるのかと思うくらいベタな感じで、視線を逸らしながら口笛を吹いている。


 恐らくだが、僕の家に泊まる理由として僕に懇願されて、とでも伝えているのだろう。


 だから、長女と次女はこんな言い方をするのだと思うのだが。

 正直に言ってしまえば、これはある意味、僕に対しての裏切りである。


 まぁ、許容できるかできないかで言えば全然できる裏切りなのだが。

 少しくらいお灸を据えた方がいいと思った僕は。



「申し訳ありませんでした。

今後はダンテが来たとしても泊めることはせずに、家に帰るよう厳しく言うようにします」



 そう伝える事にすると。

 ダンテは絶望的な表情を浮かべ、懇願するような視線を僕に送るのであった。






 そんな出来事があった後。


 僕とダンテは入学式のある会場である試験の際に始めに集められ建物へと足を向けた。


 そうして、指定された席に腰を下ろすと、程なくして入学式が始まる。


 職員による祝詞からはじまり。

 試験の時にみた副学園長が学園生活での心構えをこの世界の格言を交え話して行く。


 そして、新入生代表として一人の生徒が男女へと上がるのだが。

 僕はその生徒の姿に少々驚かされることになった。


 壇上に上がった生徒と言うのは、試験の際に手合わせをした相手であるアルベルトだった。


 アルベルトが壇上に上がった事に驚いている間にも、アルベルトは新入生代表として立派な言葉を並べて行く。


 その姿をみて。

 絡まれはしたが、やはり根は真面目な子なのだろう。

 そう思うと、僕はアルベルトの言葉に耳を傾けることにした。






 そして、入学式も終わり、中庭に張り出されている組分けを見ていると。

 同じ組にダンテの名前とアルベルトの名前を見つけることが出来た。


 ダンテと同じ組になれたのは素直に嬉しいが。

 手合わせの事があった所為か、アルベルトの名前を見つけた時は少し気まずい感じがした。


 それはアルベルトも同じなのだろう。


 僕の名前を見つけたと思われる瞬間一瞬眉根を寄せた見せた。


 だが、これから最低でも1年間は同じ組で生活を送るのだ。


 このままでは、よろしくないと思い。

 僕は覚悟を決めるとアルベルトに話しかけようとしたのだが――



「おっ、もしかしてお前がアルベルトって言うヤツか?

なんかアルと手合わせしたらしいじゃん?」



 以前、ウチに泊まりに来た際にアルベルトとの手合わせした事をダンテに話しており。

 見た目なども話していたからだろうか?

 ダンテは気安い感じでアルベルトに声を掛けた。



「そ、そうだが、君は誰だ?」


「俺はダンテ=マクファー。まぁ、ダンテとでも呼んでくれよ。

ちなみにアルの友人をやらして貰ってる」



 僕の名前を出したことでアルベルトは露骨に顔を顰めるのだが。

 ダンテはそんな様子を気にすることも無く話を続けた。



「てかアルに負けたって話だけど、あんまり気にすんなよ?

あいつ無詠唱で盗賊13人を無効化するようなやつなんだぜ?

比べても無駄って言うか、あいつちょっとてか普通におかしいもん」



「盗賊を無詠唱で……」



 ダンテの話を聞いてアルベルトは目を見開くが。

 やはりダンテはそんな様子を気にすること無く話を続ける。



「てかさ、アルにアルベルトじゃ名前が似てて紛らわしいよな。

お前の事は……そうだな、ベルトって呼ぶことにするわ!」


「なっ! 僕にはアルベルトと言う名前があるんだ!

そんな省略することなど!」


「そんな細かい気にしてるとアルみたいになるぞ?

つーことでよろしくなベルト!」



 そう言ってダンテはアルベルトに手を差し伸べる。


 アルベルトは驚いた様な、呆れたような表情を浮かべるが。

 ダンテの勢いに飲まれてしまったのだろう。


 差し伸べられたダンテの手を握ると。



「……よろしくダンテ」



 そう呟いた。


 そんな様子を見ていた僕は、ダンテの行動力や社交性に感嘆してしまい、少し呆けてしまう。


 そうしていると。



「おい、アル! ベルトと友達になったから、こっちこいよ!」



 ダンテにそう声を掛けられ、慌てて2人の元へと向かう。



「まぁ、色々あったみたいだけど、これからは同じクラスだ。

仲良くやって行こうぜ!」



 そして、ダンテは僕とアルベルトを肩に抱き、そんな言葉を口にする。


 僕はそんなダンテを見て。



「敵わないなぁ」



 そう呟くと、アルベルトも同じような事を思ったのだろう。


 2人して困ったうような、それでいてどこか嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。

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