第94話 お隣さん
あの後、とんとん拍子とは行かないまでも割とすんなり話は纏まった。
正規の家賃で部屋を借りることを申し出た僕であったが。
大家さんは自分で言いだした事だからと言って、銀貨3枚で部屋を貸すと言って譲ろうとしなった。
僕も僕で、部屋の住人が出て行った原因が身内の所為だと言う認識があったので。
正規の家賃で借りると言い張り、譲る気は無かった。
だが、そうこうしていても話が進まないと言うことにお互い気付いたのだろう。
大家さんは、それならばと言うことで二人の意見の間を取り。
正規の家賃である銀貨7枚と、大家さんが提示した銀貨3枚、その間である銀貨5枚ではどうだ?
と言った提案をした。
それでも僕にとっては得でしか無かったので、その提案を受け入れるか迷ったのだが。
「なんなの? あたしがいいって言ってるんだから素直に受け入れなさいよ。
面倒臭いヤツね。そんなんだとモテないし禿げるわよ?」
そんな事を言われてしまい。
若干イラッとしたので、遠慮するのはやめることにした。
そうして、部屋を借りる為の幾つかの手続きをして行き。
とりあえずひと月分と言うことで銀貨5枚を払うと。
部屋の鍵を渡され、今日からでも使っていいと言うことを伝えられた。
あまりにもあっさりと部屋が借りられたことに。
敷金礼金とか水光熱の手続きとかは必要ないのだろうか?
とも考えたのだが、敷金礼金に関しては女将さんの紹介だと言うことで必要ないだろうと判断されたらしい。
水光熱に関しては、本来であれば水周りの魔道具を管理している組合に、月々のレンタル料として幾らか払わなければいけないらしいのだが。
大家さんの管理する建物ではレンタルでは無く、買い取って設置してあるので、敷金礼金と同様にそう言った月々の使用料も払う必要はないそうだ。
勿論、部屋に備え付けてある水周りの魔道具を破損してしまった場合は、弁償する必要が出てくるらしいのだが。
破損しない限りは、魔道具を使う際に自分の魔力を消費するくらいで、水光熱費が掛かることは無いらしい。
そんな話を聞かされて、流石ファンタジーの世界だと頷いていると。
「まぁ、これからよろしくね。今更だけど私の名前はマリベルよ。
大家さんでもマリベルちゃんでも好きに呼んでくれて構わないわ」
笑顔を向け、手を差し伸べる大家さん。
大家さんと古い付き合いがあると言うことは、結構な年上な訳で。
ちゃん付で呼ぶには流石に無理があるように思えてしまい。
「僕の名前はアルディノと言います。これからお世話になります。
でも、流石にちゃん付けはちょっと……」
差し伸べられた手を握り返すと、正直に伝えることにしたのだが。
「なんでよーーー!!」
マリベルさん的には納得がいかなかったようで。
そんな悲痛な叫びが室内に響くことになった。
そうして、手続きが終わり、無事に部屋を借りられた訳なのだが。
僕にはやらなければいけない事が一つあった。
僕は大家さんに近日中には引っ越しを済ませることを伝えると、手続きの為に訪れていた大家さんの部屋を後にし。
その足で4階へと向かう。
そして、4階にある2部屋の内、奥にある部屋。
開かずの部屋と呼ばれている部屋の前に立つと、その扉をノックした。
コンコンッ
木製の扉を叩くと、廊下に渇いた音が響く。
だが、そんな音が響くだけで、部屋の中からの反応は窺えない。
コンコンコンッ
も一度ノックをするも、やはり廊下に渇いた音が響くだけだ。
どうやら中に居る人物は居留守を決めたようで、何の反応も示さない。
どうしたものかと頭を悩ませるが、少し考えた所で一つの案を思いつく。
正直こんな拙い案で釣れるとは思わなかったが。
試さないよりは試した方が良いだろう。
そう考え、僕はノックする代わりに、扉の前でこんな一言を口にした。
「ウルフ? 美味しい肉屋を見つけたんだけど一緒に食べにいかない?」
そんな間抜けな誘い文句が廊下に響き。
自分で言ったことだと言うのに少しだけ恥ずかしくなってしまう。
しかし、恥ずかしい思いをしただけの効果はあったようで。
何の反応も示さなかった空き部屋からドタドタとした足音が聞こえ始めた。
そして、その足音が扉へと近づくと、勢いよく扉が開き。
「な、なんでウルフだけなんだ! 私も行くぞ!!」
「わっふ!」
そんな言葉を口にするメーテとウルフが姿を見せた。
ウルフを釣るつもりで言った言葉に、メーテまで釣れたことに思わず呆れてしまい、本当にメーテとウルフが居たことに驚いてしまう。
それと同時に、何故居るのかと言う疑問が浮かび。
呆れたことや、驚いたことはひとまず置いておくことにして。
まずはメーテとウルフが何故この場所に居るのか尋ねることにした。
「メーテにウルフ。久しぶりだね。
ところで、何でこんな所に居るのかな?」
「お、おやぁー。
そこに居るのはアルじゃないかー。
暫く使っていない転移魔法陣の調整をしていたら間違って転移してしまったー。
まさかメルドに繋がっている転移魔法陣を調整している時に間違うなんてなー。
いやー偶然と言うものは怖いものだなーははははー」
そうして尋ねてみたのだが。
メーテの話は説明くさい上に棒読みで、それに加え、その目は回遊魚も真っ青な程に泳いでいる。
その様子から、嘘を付いているのは一目瞭然であったのだが。
とりあえず余計な突っ込みはしないでおいて、メーテの言い分を聞くことにした。
「成程。そう言うことだったんだね。
まさか、そんな偶然で再会するなんて思いもよらなかったよ」
「そ、そうだろ!
いやぁ〜、本当偶然てものは恐ろしいなー。
間違って転移してしまったと思ったら、丁度アルの声が聞こえたものだから慌てて飛び出してしまったよー」
「て事は、僕が声を掛ける少し前に転移してきたってこと?」
「そ、そうだが?」
「その割には、迷宮都市の時みたいに埃とか溜まってないし。
随分と部屋が綺麗にされてるみたいだけど?」
扉の間から部屋を覗きこんでみれば、埃など落ちている様子も無く、しっかり掃除されており。
挙句の果てには紅茶の香りなどを漂わせている。
そのことから、先程まで紅茶を嗜んでいた事が分かり。
僕が声を掛ける随分前から、ここに居ることが推測できたのだが……
メーテは尚も知らぬ存ぜぬを吐き通す姿勢のようだ。
「へ、部屋が綺麗なのはあれだな。
恐らくだが、ここの大家なんかがこまめに掃除でもしてくれたのだろうなー。
じ、実に出来た大家だー」
「そうなの?
マリベルさんの話だと、大家になってから一度もこの部屋には入ったことが無いらしいんだけど?」
「うぐっ、そ、それはだな……」
ここで漸くメーテは口ごもり始め。
どうにかこの場を切り抜けようとでも考えてるのか、思案顔を見せる。
そんなメーテの様子を見て。
流石にこれ以上突くのは意地が悪いかな? と思い始めたのだが。
「ふ、ふた月ほど前からここに住んでいるが、何か問題でもあるのか?」
情勢が悪いと感じたのであろうメーテは、まさかの開き直りを見せた。
あまりにも堂々と言うので、一瞬、何の問題も無いような気になってしまうが。
冷静になって考えれば問題だらけだと言うことに気付く。
「い、いや! 問題あるでしょ!
家賃とかこの様子だと払ってないんでしょ!?」
「ひ、人聞きの悪いことを言うな!
随分と前にこの一室は買い取ってあるし、管理する必要は無いと伝えた上で管理費も払ってある!」
「そ、そうだとしても、隣の部屋に住んでた人は怖がって出て行っちゃったんだよ!?」
「そうは行っても別に私達は普通に生活していただけだぞ?
迷惑かけないよう、ウルフにだって吠えたいのを我慢して貰ってたんだ。
なぁ、ウルフ?」
「わっふ!」
メーテの話が本当なら問題無いような気がしてしまうが。
何故2ヶ月も前からこの場所に居るのかと言うそもそもの疑問が解決していないので、そのことについて言及する。
「と言うか、何でこの場所にいるのさ!
今回2人が二人が付いてこなかったのは、僕を自立させる為とかじゃなかったの!?」
「ま、まぁ、それはその通りだが……
やっぱり心配でな……で、でもバレないように見守ろうとしてたんだぞ?
なぁ、ウルフ?」
「わっふ!」
親バカなのか? それとも未だに心配掛けさせてしまう僕が悪いのか?
なんともシンプルな理由を口にするメーテに頭が痛くなる。
正直に言ってしまえば、僕自身2人に久しぶりに会えたことを嬉しく思ってはいた。
だが、一人旅や学園都市での生活は僕の自立が目的でもあり。
2人との再会を素直に喜んでいいのか分からないでいたと言うのが本音だった。
そんな心の葛藤をしていた僕を他所に。
心配だからという理由で二ヶ月ほど前から迷宮都市で生活していた事を聞かされれば、少しぐらい頭が痛くなってしまうのも仕方が無いことだと思う。
それに、一人旅をしたことで少しくらいは常識を覚えたとは思うのだが。
自立出来ているかと言われれば「はい」とはとても答えられないだろう。
そんな状況で、メーテやウルフが隣に住むと言う状況は、頼ってしまう可能性もあり、あんまり良いことだとは思えなかった。
元々部屋を借りていた住人の出て行った原因がメーテとウルフだと思ったので、その責任感から思わず部屋を借りることにしたのだが。
頼ってしまう可能性を考えれば、部屋を借りたことは失敗だったように感じてしまう。
だが、もしかしたら僕の顔を見たことで。
ひとまずは安心して森の家へと帰る可能性もあるのでは?
とも考えたのだが。
「まぁ、こうなってしまった以上、不毛な言い争いをしていても仕方が無い!
これからはお隣さん同士、仲良くやって行こうじゃないか!」
なんか無理やり話をまとめにかかっている上に、帰る気はさらさらなさそうな雰囲気を匂わせる。
正直、これで良いのだろうか? と疑問に思いはしたのだが。
久しぶりに見た二人の姿とその笑顔を見た僕は――
「まぁ、いいか」
そんな投げやりな言葉を口にしてしまうのだった。
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