第93話 曰く付き物件



「ん、大家ならあたしだけど? ……うぇっ、それナターシャの紹介状じゃない」



 ナターシャと言う名前に聞き覚えは無かったのだが。

 話の流れから察するに、女将さんの名前なのだろうと結論付けると、思いのほか可愛い名前であったことに少し驚く。


 それは兎も角。


 僕の目の前に居る金髪碧眼の少女。

 この少女は自分の事を大家と言ってはいるのだが。

 見た目は完全に少女と言うこともあり、女将と古い付き合いがあるようには到底思えず。

 本当に大家さんなのだろうか?と勘繰ってしまう。


 しかし――



「疑われて話が進まないのも面倒だし。

あたしは小人族だから見た目はこんなんだけど、ちゃんと成人していることを先に言っておくわ」



 どうやら、そう言う事らしく僕は成程と頷くことになった。



「それで、ナターシャの紹介だっていうのは分かったわ。

まぁ、空き部屋が在るには在るんだけど……

ナターシャの紹介で来た子にはちょっとね……」 



 大家さんは紹介状に視線を向けながら、困ったような表情でそう言い。

 僕はその含みのある言い方が気になったので、尋ねてみる事にした。



「女将さんに紹介された僕には貸し辛いと言うことでしょうか?

その部屋には何か問題でもあるんですか?」


「んー、評判に繋がるからあんまり言いたくないんだけどなぁ~」



 大家さんは顎に手を当てて悩むような素振りを見せるのだが。

 一度気になってしまった僕は好奇心に勝てず、真剣な視線を送ってしまう。


 そんな僕の視線を受け。

 どうやら大家さんは話すことに決めたようで、手招きして僕を呼ぶと僕の耳元で囁いた。



「……出るのよ」



 いったい何が?


 と言った疑問が浮かぶのだが。

 貸し辛い物件に「出るのよ」と言葉を結びつければ「何が」出るのかは想像するに難しくなく。




「お世話になりました。それでは失礼しますね」



 そう言って即座に立ち去ろうとしたのだが。



「ちょっ、ちょっと待ちなさいってば!

てか、何なのよ、その変わり身の早さは!」



 大家さんに外套の裾を引っ張られてしまい、ガクンと後ろにのけ反ってしまう。


 だが、それを無視すると僕は強引に歩き続ける。



「と、止まりなさいよ!

じ、自分で聞いておいてこの態度はあんまりじゃないの!?」


「ぐっ」



 大家さんを十数メートル引きずっったところでそう言われてしまい。

 確かにその通りだと思った僕は渋々ながら足を止める。



「まったく、大人しい顔してる割には力強いわね……」



 大家さんはブツブツと文句を言った後。

 「勘違いしないでね?」と前置きをした後、先程の話の続きを始めた。



「出ると言っても空き部屋自体に出る訳じゃないの、問題は隣の空き部屋なん――」


「それでは失礼しますね」



 僕的には空き部屋に出ようが隣に出ようが大した差では無く。

 等しく関わり合いになりたくない物件なので、その場を後にしようとしたのだが。



「だ、だから待てって言ってるでしょうが!」



 大家さんにまたも外套を引っ張られ、それを阻止されてしまう。



「は、話は最後まで聞きなさいよ!


はぁ、それで問題は隣の空き部屋なんだけど。

出るとは言っても物音や話声がするだけで、それ以外の害は無いのよ。

さっきはナターシャの紹介だって言うから渋ったけど。

あたしとしては誰かに部屋に入って貰いたいてのが本音で、誰か借りてくれないかなぁ~?

って思ってるんだけどぉ~?」



 そう言って、上目遣いを混ぜながらチラチラと視線を向けてくる大家さん。


 そんな視線を受けた僕は「はぁ」と溜息を吐くと、大家さんに笑顔を向ける。


 そして――



「それでは失礼しますね」



 そう言ってその場を後にしようとしたのだが。



「ま、まてーい! 何? 今の笑顔は!?

仕方無いですね、とりあえず部屋を見るだけなら。

って感じの流れじゃなかったの!?」


「いやいや!

普通、曰く付き物件て言われて部屋を見たいなんて思いませんよ!」


「こんな美少女が頼んでるのよ!?

少しは悩む素振りくらい見せなさいよ!」 


「む、無理ですよ! 勘弁して下さい!」


「なんでよ!

嫌がる私に無理やり迫ったのは貴方の方じゃない!」


「ご、誤解されるような言い方は止めて下さい!」



 どうやら大家さんは僕に狙いを定めたようで、逃がすまいと執拗に食い下がる。


 だが、僕も好んで曰く付き物件などにお世話になりたい訳では無いので、どうにか逃れようと試みるのだが。



「一ヶ月の家賃、銀貨4枚ならどう!?」


「!?」



 その一言で心が大きく揺らぐ。


 そして、その心の揺らぎを大家さんは見逃さなかったのだろう。



「一度部屋を見て、それから判断しも遅くは無いんじゃない?

どうしても無理だって言うなら流石に諦めるけど。

君が案外大丈夫だって判断するなら、君は銀貨4枚で部屋を借りられるし。

私は借り手の付かない部屋で、多少なりとも利益を得る事が出来る。

お互い得するとは思わない?」



 大家さんにそう言われてグラグラと心が揺らぐ。


 だが。

 このまま部屋を見に行ってしまったら、済し崩し的に契約させられてしまうような。

 そんな不吉な予感があった。


 なので、心をしっかりと保ち、きっぱりと断ろうとするのだが――



「銀貨3枚ならどう!?」



 その駄目押しの一言で僕の心は完全に傾き。



「……見るだけなら」



 そう口にしてしまうのであった。






 そうして部屋を見ることになった僕は、大家さんに連れられ、四階に在ると言う空き部屋へと向かう。


 その途中。

 部屋について更に詳しい話を聞かされることになった。


 どうやら、僕に見せようとしている部屋自体はつい先月くらいまでは人が入居しており。

 それまでは何の問題もなかったそうだ。


 そして、話し声が聞こえると言う問題の部屋なのだが。

 大家さんの祖母から生前に「決して立ち入ってはいけない」と言いつけられていたこともあり。

 大家さん自体、部屋に立ち入った事が無いようで、謎の多い部屋ではあったものの。

 今まで何の問題も起きること無く、只の空き部屋として管理していようだ。


 しかし、約2ヶ月ほど前……

 その空き部屋から人の話し声が聞こえるようになり。

 それに耐えかねた隣の部屋の住人が部屋を引き払ってしまい。

 それからと言うもの、部屋を借りる人が居ても数日で部屋を引き払うと言う状況が続き。 

 今では借り手も無く、ほとほと困り果てていたようだ。


 そんな話を聞かされ、やっぱり帰ろうかな?と思ってしまうが。

 見ると言ってしまった以上、今更断るのも気が引けるし。

 なにより、大家さんが外套を掴んで離しそうにない……


 僕は半ば諦めながら4階の空き部屋へと向かうことになった。




 そうして案内された部屋なのだが。

 年季の入っている建物だけあって柱や梁と言った物には時間の流れを感じさせられたが。

 床や壁、それに水回りなどはしっかりと改修されており。

 古きと新しきが調和した、なんとも趣のある部屋だと感じられた。


 日当たりなんかも非常に良いし。

 部屋割も6畳程の部屋が2つに、リビングにキッチンと言った感じで。

 その上、お風呂とトイレも別々となっていた。


 これで銀貨3枚と言うのは明らかに破格であり。

 話し声が聞こえる以外の害が無いのであれば、この部屋に決めてしまっても良いのではないか?

 そう思えてしまう。


 部屋を眺めながらそんな事を考えていると……



「な・・・う・ふ」



 何処からか声が聞こえ、大家さんと僕はその声に肩を跳ね上げる。


 本当に大家さんが言った通り、人の声が聞こえたのだが……

 いざ耳にしてしまうと素直に受け入れらえず、どこか疑って掛かってしまう。



「大家さん。本当に隣の部屋は人が住んでたりはしないんですよね?」


「ほ、本当に空き部屋よ。それは間違いないわ」



 大家さんにそう言われたことで、漸く受け入れ始め。

 それと同時に徐々に恐怖心が込み上げてくる。


 すると。



「・・り・あ・がい・・か」



 またも人の声が聞こえ、その声に再度肩を跳ね上げた。


 そして、声を認識してしまった以上、嫌でもその声に耳を傾けてしまい。

 その声は徐々にはっきりと僕の耳に届くことになる。



「たし・・となり・あるのまり・・をか・じるな」


「わ・ふ」


「そうだな・れないよう・・なければな」






「しずかにしとくんだぞうるふ?」


「わっふ」






 はて?


 よくよく耳を傾けてみれば。

 何やら聞いたことのある声と聞いたことのある鳴き声に聞こえる。


 だが、僕は頭を振ってそれを否定する。


 暫くメーテとウルフに会っていないから、こんな幻聴が聞こえてしまったのだろう。

 そう考え、一か月前からたいして成長していないなと自嘲する。


 自嘲するのだが――



「そう言えば無事に試験に合格したらしいぞ。流石アルだな……くふっ」


「わふふっ」



 そんな会話が聞こえ、僕は思わず天井を仰ぐ。



 そして、空室の元凶を理解してしまった僕は――



「正規の値段でこの部屋を借りさせていただきます……」



 大家さんに、そう告げるのだった。

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