第91話 合格発表

 アルベルトとの特別試験が終了すると。

 僕は特別試験を見ていた他の受験生達に囲まれ、揉みくちゃにされることになった。


 称賛の言葉を贈る受験生も居れば、魔法について質問する生徒もおり。

 嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちになってしまい。

 こう言った経験が無かった為に、どう接していいのか分からず、少しだけ困ってしまう。


 そうしていると、まだ試験中であることを副学園長に注意されたことで受験生達は蜘蛛の子を散らすように離れていき、程なくして解放される事になったのだが。

 今度は副学園長や試験官に職員と言った人達から質問攻めにあうことになる。


 その質問に当たり触りない程度に答えている間にも実技試験は進められていき。

 実技試験が終了したことで質問攻めから解放されることになると、面接会場へと移動することになった。


 そして、この面接が終われば試験も終了のようで。

 これで試験も終了だと言うことに加え、魔法を教える学園の面接と言うこともあり。

 気合を入れ直して面接へと挑んだ訳なのだが。


 肝心の面接の内容と言えば、集団面接と言った形で6名同時に行われ。

 聞かれた内容と言えば、志望動機やら、学園に通ったらどう言ったことに力を入れたいか?

 そう言った、ごくごく普通の質問ばかりで何となく拍子抜けしてしまった。


 だが、気を抜いておかしな受け答えをしないように気を配り。

 それらの質問にしっかりと答えていくと、時間にして30分に満たない感じだろうか?

 それくらいの時間が経過した所で面接は終了となり。

 それと同時に試験も終了となるようで、帰宅しても構わないことを告げられた。



 面接とは言え、あっさり終わってしまったことに少しだけ腑に落ちないものを感じてしまうが。

 むしろ、僕の試験内容が濃すぎたのだろうと考えると、妙に納得できてしまう部分があり。

 少しだけ溜息を吐きたくなった。



 何はともあれ。


 無事に試験も終了し、後は一週間後に発表される結果を待つだけとなった。

 やれることはやったし、これでもし落ちるようであれば、その時は学園都市を出る前にソフィアに謝りに行こう。

 そんな決意をしていると、面接を終えたのであろうダンテの姿を見つけ。

 僕達は試験の内容や結果について話し合いながら学園メルワ―ルを後にしたのだった。






 そうして篝火亭へと帰った僕は、試験が終わり気が抜けてしまった所為だろうか?

 試験の翌日からは学園都市内を見て回ったり、本を読んだり、絵を描いたりと。

 随分とダラダラした日々を過ごしてまい、気が付けば合格発表の日を迎えることとなってしまった。



 そして、現在。

 僕とダンテは再び学園メルワールの正門前へと訪れていた。


 理由は言わずもがな、試験の合否を確認する為で。

 周囲を見渡してみれば、僕達と同様、試験の合否を確認しに来たのであろう少年少女達の姿に加え、保護者と思わしき大人達の姿もちらほらと見掛けられ。

 その表情は一様に張り詰めており、緊張しているのであろうことが窺えた。


 かと言う僕も例外では無く。

 正門前に着いてからと言うもの、手のひらにうっすらとした汗が滲んでおり。

 それが少し鬱陶しくて布で拭いもしたのだが、すぐに手のひらが湿っていくのを感じてしまい。

 どうやら緊張しているようだと自覚させられることになった。


 では、ダンテはどうだろう?

 そう思って視線を向けて見れば、ダンテはダンテで緊張しているようで。

 宙に視線を漂わせながら、なにやらブツブツと呟いている。


 その様子に少しばかり恐怖を感じてしまった僕は。

 それを見なかった事にすると、ダンテを置いてその場から離れようとしたのだが。



「お、おいアル! 置いて行くんじゃねぇよ!」



 そう言って引き止められてしまったので仕方なく足を止めると、ダンテと並び学園メルワ―ルの正門をくぐることとなった。


 そして、程なくして辿り着いたのが周りを校舎に囲まれた中庭と言った感じの場所で。

 中央には背の高い木と、それを囲むように短く整えられた芝生が敷き詰められており。

 クラスで目立つ人達が、この場所で賑やかに昼食を取る姿を容易に想像させられた。


 だが、僕達の目的はそこでは無く、その脇にある木製の掲示板だったので、すぐに視線を切ると掲示板へと向けた。



「確か、8時になったらここに合格発表が貼り出されるんだよね?」



 面接が終わった後、職員に聞かされたことを思い出して口にすると。



「ああ、確かその筈だぜ。

多分もうそろそろだとは思うんだが……」



 ダンテはそう言って視線を上と向ける。

 僕もその視線を追い掛けて上を向くと、そこには時計があり。

 時計の短針が後少しで8の数字を指すと言う状況であった。


 時間にしたら後数分で合格発表が貼り出される訳なのだが……


 後数分と分かると妙に意識してしまい、一分一分が非常に長く感じてしまう。


 その為か、ソワソワと落ち着きなく周囲を見渡してしまい。

 そうしていると、少年少女達の中にアルベルトの姿を見つけ、ふと目が合ってしまう。


 特別試験の事を思い出し、良い様には思われていないだろうな。

 そう思いつつも目が合ってしまったと言うこともありペコリと頭を下げて見ると、アルベルトは顔を逸らしながらも軽く手を上げてくれた。


 只顔を逸らすだけなら嫌われてると割り切れたのだが。

 なんとも判断に困る反応を見せただけに、どのように接していいか迷ってしまう。

 だが、流石に――



『やぁ、アルベルトも合格発表を見に来たの?

お互い合格できていればいいね!』



 なんて声を掛けるのは馴れ馴れしすぎるだろう。

 そう思うと、もう一度ペコリと頭を下げるに留めることにした。


 そうして居ると周囲がざわつき始め、もう一度時計に目をやれば短針が8の数字を指している事に気付き。

 それに気付くと同時に丸めた用紙を子脇に抱えた数名の職員が現れ、周囲のざわめきはより大きなものへと変わった。


 そして、職員が丸められた用紙を広げ、それ掲示板に張りつけると。

 今度は打って変わり、時が止まった様に周囲が静まり返った。


 だが、それも一瞬で。


 次の瞬間――




 絶叫に近い声が周囲に響き渡る。


 ある者は空に両腕を掲げ歓喜の声を上げ。


 また、ある者は地に手のひらを付き慟哭の声を上げる。


 そんな歓喜と慟哭を含んだ絶叫に気押されながらダンテに視線を向けると。



「おっしゃああああああああ!

やったぞ!! アル! 俺は受かったぞ!!」



 ダンテは両方の拳を握りしめ、身体全体で喜びを表していた。


 そんなダンテを見て、胸の内に込み上げてくる熱い何かを感じると。



「おめでとうダンテ! 本当、本当におめでとう!」



 それを吐き出すように祝いの言葉をダンテへ贈り、ダンテの両手を強く握る。



「いてぇ! いてぇよ!

けど、ありがとなアル! と、ところでお前はどうだったんだ?」



 周囲の様子に気押されてしまい、自分の試験番号を確認して居なかった事に気付き。

 僕は慌てて掲示板に目をやり自分の試験番号を探し始める。



184……


186……


187……


……188!



「188!! あった!あったよダンテ! 僕も合格したよ!!」



 自分の番号を見つけた僕は、勢いよく振り返り。

 そう言ってダンテに報告したのだが。



「おお! おめでとうアル! ……ってアルなら当然か」


「ちょっ!? なんでそんな冷めてるの!?」


「いや、盗賊を同時に13人も行動不能にするようなヤツが落ちる訳無いじゃん」



 ダンテの淡泊な対応で、自分の中に込み上げて来た何かが急速に冷めて行くのを感じると。

 なんだか自分ばかりが盛り上がっていた様に感じてしまい途端に恥ずかしくなる。


 そして、少し落ち着いた所で周囲を見渡してみれば。

 家族に囲まれて頭を撫でられる少女や、涙を流しながら家族に肩を抱かれる少年。

 蹲ったままピクリとも動こうとしない少女に、跳ね回って喜びを表現する少年などが目に入り。

 その様子から合否を察すると、なんとも言えない複雑な心境になってしまう。


 そんな中、そう言えば思い出し、視線を泳がせアルベルトを探してみると。

 アルベルトはすました顔をしていたが、良く見れば口の端が上がっており。

 そのことから合格できたのであろうと判断した僕は、特別試験で手合わせした相手だと言うこともあり、ホッと息を吐いた。


 そうしていると。



「それでは、合格した者は正式な入学手続きがありますので、これから受付へと移動して手続きを行って下さい。

詳しい説明はその時にされますので、移動をお願いいたします」



 掲示板付近で待機していた職員が一歩前に出ると、そう告げ。

 僕とダンテは職員に従い受付へと向かうと、一通りの手続きを済ませていくことにした。


 入学金などの支払いは後日と言うことだったが。

 後は入学金を払い、その際に残された細かい手続きを済ませてしまえば、約一ヶ月後には学園メルワールの生徒として学園に通うことが出来る。


 ソフィアと約束してから6年もの年月が過ぎてしまったが。

 これで漸く約束を果たせると思うと、思わず顔が綻んでしまう。



「なんだ? やけに嬉しそうだけどまだ正式な学園生じゃないんだから気を引き締めとけよ?」



 顔を綻ばす僕を見て、ダンテはもっともな事を言うのだが。

 その顔は緩みきっていて説得力がまるでない。



「ダンテ……顔緩みきってるよ?」


「ま、まじかよ!?」



 ダンテは緩みきっている自覚が無かったのか、自分の顔をペタペタと触りながらそんな事を言う。



「と、とにかく! 約一ヶ月後にはお互い晴れて学園生だ!

これから色々あると思うけどお互い頑張っていこうぜ!」



 そして、無理やり話題を変えるようにそう言うと右手を差し出した。


 僕は差し出された右手をギュッと握り返し。



「ダンテ。これからもよろしくね」



 ダンテにそう伝えると、僕達は顔を綻ばせるのだった。

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