第90話 特別試験

 副学園長の提案を受け入れ、アルベルトと手合わせすることが決まると。

 副学園長は手合わせに関するいくつかの説明をして聞かせた。


 そうして聞かされた内容と言うのが。

 この手合わせが実技試験の代わりになり、その勝敗によって試験の結果が変わることは無いと言うこと。


 要するに、たとえ負けたとしても、試験での内容が学園側の想定している水準に達していれば不合格になることは無いと言う事だった。


 まぁ、不合格になる可能性が少しでも減るのであれば、それは願ってもいない話なのだが……


 それはそれとして、僕には一つ気掛かりが在った。


 この手合わせに僕が負けてしまった場合、僕が魔道具に因る不正をしたと言うことになってしまうのだが。

 不正をしたとなった場合、僕にもその条件が適用されるのか?と言うこと。


 もし適用されないのであれば、アルベルトが負けたとしても合格になる可能性があるのに対し。

 僕の場合は負けた時点で不合格が確定してしまう。


 そうだとしたら、それはあまりに不公平に感じ、その事を副学園長に尋ねてみることにしたのだが……



「不正をしたとなったら当然不合格になってしまうな。

だから、そうならないように頑張るんだぞ」



 副学園長は、いけしゃあしゃあとそんな事を宣ってみせた。


 その言葉を聞いた僕は、この人は僕に恨みでもあるのだろうか?

 などと思ってしまうが。

 副学園長の表情を見れば、悪い大人達が面白がっている時に見せる表情を浮かべており。

 恨みでは無く只単純に面白がっている事が分かると、反論するのも馬鹿らしく感じてしまい。



「……そうですね」



 そう呟く羽目になった。






 それから僕達は試験会場を別の場所へと移す。


 そうして辿り着いたのは、土の地面が均された校庭のような場所。

 いや、ようなではなく、まんま校庭へと辿り着いた。


 そして周囲を見渡してみれば、試験官と思わしき成人男性や成人女性の姿が数名あり。

 受験生と思わしき少年少女を相手にしている最中で。

 そんな状況を観察してみれば、棒の先に布を被せた槍を持つ男性に木剣を持った少年が剣を撃ち込む姿や、少女の放つ魔法を木剣でいなしながら、少女との間合いを詰める女性の姿などが目に入る。


 その様子を見て、試験官と言うだけあって身のこなしが洗練されているな。

 と思うと、本来であればこのような形で受験生達は実技試験を受けるのであろう事を知り。

 受ける筈であった実技試験の風景を見て少しだけ溜息を吐きたくなった。


 そうしている間にも、着々と僕とアルベルトの手合わせの準備が進んでいたようで。

 校庭の一角、中央より少し外れた場所へと案内されたところで副学園長が口を開いた。



「それではこの場所で手合わして貰うことになるが、何か武器は必要かね?

まぁ、安全上木製の武器しか用意できないが、希望があるなら出来る限りで揃えよう」



 副学園長がそう尋ねると。



「僕には剣をお願いします。出来ればショートソード程の丈でお願いしたいのですが」



 アルベルトは自分の扱う武器を要求する。


 その事からアルベルトの得物がショートソードである事が分かるのだが。

 それと同時に少し迂闊ではないかと思う。


 扱う武器を相手が知ると言うことは、手の内を一つ晒しているようなもので。

 武器が分かるだけでも対策のし方は変わってくる。

 まぁ、こちらとしては助かると言えば助かるのだが。

 出来るなら、どのような武器を使うかは直前まで隠しておいた方が賢明だと僕は考えていた。


 なので、僕もショートソードを要求するのだが。

 アルベルトには聞こえないようにして副学園長に伝えることにすると。



「お、お前! 卑怯だぞ!

正々堂々と勝負するんじゃなかったのか!?」



 手の内を隠す優位性に気付いたのか、少し焦った様子でアルベルトが非難する。


 正々堂々なんて趣旨ではなかった気がするが……


 だが、これ以上難癖を付けられ不利な条件が増えるのは避けたかったので、渋々ながらもショートソードを使うことを教えることにした。


 そして、職員が用意した木製のショートソードを手渡され、それ以外の武器や魔道具が無いことを確認される。


 ……と言うか、この確認がある時点で僕の不正疑惑は晴れていると思うのだが……

 誰も口を挟まない事から察するに、もはや不正云々と言うよりかは、本来試験では起こらない筈の状況を皆して楽しんでいるんだろうな。

 そう思うと、踊らされているような現状になんとも言えない気持ちになる。


 そうして僕とアルベルト、お互いの準備が整ったところで副学園長が口を開く。



「お互い主張する意見を通したいならば、実力によって己の主張を通すがいい。

それが『始まりの魔法使い』の言葉であり、この学園のやり方だ。

異論がある者は居るか?」



 いや、異論しか無いのですが……


 だが、それを口にした所で今更自体は好転しないだろう。

 諦めの境地に達した僕は副学園長の言葉に首を横に振る。


 そして、副学園長は周囲を見渡すと「うむ、異論のある者はいないようだな」と呟くと。



「それでは、特例によりアルディノ、アルベルトによる特別試験を開始する!」



 そう宣言し。



「始めっ!」



 アルベルトとの特別試験の始まりを告げた。






 そして、その言葉と共に動いたのはアルベルトで、先程の試験同様に『水球』の詠唱を始めた。


 僕はその様子を見ながら、さてどうしようか?と頭を悩ませる。


 先程の実技試験の結果からアルベルトの実力を察するに。

 正直に言って、本気を出さずとも一瞬で試合を終わらせる自信があった。


 だが、それをしてしまったらアルベルトの試験は見せ場も無く終わってしまい。

 それが原因でアルベルトが不合格になる可能性も考えられた。


 しかし、それで良いのだろうか?とも僕は考えていた。


 アルベルトの態度はあまり褒められたものではないが。

 学園に通う為にダンジョンに潜り続け、それなりの苦労をしてきた僕からすれば、アルベルトが憤ってしまうのも理解出来なくは無かったからだ。


 学園に通う為に努力してきたと言うのに、いざ試験の場へと来てみたら不正している輩が居たとなれば、僕だっていい気はしないし、多少の憤りも覚えるだろう。


 まぁ、アルベルトの場合は完全に勘違いなのが問題なのだが……



 そう言った理由で、多少なりにはアルベルトの気持ちも分かるので。

 合格して貰いたいとまでは思わないが、実力を見せずに不合格になると言うのも酷な話だと思い。

 どうするべきかと頭を悩ませていたのだが……


 そんな事を考えていると、詠唱を終わらせたアルベルトが2つの水の球体を僕へと放つ。


 考え事をしていた為に一瞬反応が遅れてしまうが。

 それでも対応するには充分な余裕があり、無詠唱で『水球』を2つを放つと相殺して見せた。


 そして、その瞬間。計四つの『水球』の弾ける音が周囲に響いたのだが。

 それと同時にワアッと言う歓声が周囲から響いた。


 一体何事かと思えば、いつの間にか周囲の視線は僕達に注がれており。

 まるで見世物の様な状態になっている事に気付くと、思わず顔が引き攣ってしまう。


 そんな周囲からは「今の無詠唱か?」「単に聞き逃しただけじゃ?」

 などと言った会話が聞こえ、本当、目立ちたくないとはなんだったのか?と頭を抱えたくなるのだが――


 ――今更反省したっところで遅いだろう。

 そう結論付け、多少目立ってしまうことを覚悟すると、アルベルトにはしっかり実力を出してもらう事を決断し――



「あれ? その程度ですか? 不正を暴くとか言ってませんでしたっけ?」



 とりあえず煽ることにした。


 ちなみに、別に憎いからやってる訳では無いことを始めに言っておく。


 多少目立つ覚悟をしたのなら、ちまちまとアルベルトの実力を引きだすより。

 こうして煽る事でアルベルトを怒らせ、手合わせ自体を短く派手なものにした方が、見ている人達にとって印象に残るものになると考えたからだ。


 そして、その効果は覿面だったようで。



「馬鹿にすなよ!! お前に勝って僕が正しいことを証明してやる!」



 アルベルトは僕を睨みつけながら声を荒げ。

 『水球』の詠唱をすると、3つの水の球体を生み出しそれを僕に向かって放った。


 これには僕も「おお〜」と言う感嘆の声を胸の内で上げる。


 『水球』を同時に3つともなれば、それは中級に手が掛かったような状況で。

 数にしてみれば大したことは無いかもしれないが、2つと3つの間には大きな差が確実に存在している。


 それを証明するように、周囲からはひときわ大きな歓声が上がり。

 それを見ていた副学園長や職員、試験官などからも「ほう」といった感嘆の声が漏れる。



 だがしかし、その『水球』は届かない。


 僕は『水球』と口にすると同時に4つの水の球体を浮かべ。

 内3つを相殺に当てると残りの一つをアルベルトへ向かって放ったからだ。


 アルベルトは一瞬ぎょっとした顔をするも瞬時に木剣の腹を晒し。

 腹の部分で『水球』を受けて見せると、それと同時に後方へと飛び衝撃を緩和させて見せた。


 その行動で体術もそれなり使える事を知り。

 今度は胸の内では無く、感嘆の声を実際に上げる。



「やりますね」


「嫌味のつもりか!?」



 いや、普通に本心なのだが……


 だが、アルベルトはそうは取ってはくれなかったようで、奥歯を噛みしめるような表情を僕へと向ける。


 そして、魔法では分が悪いと思ったのだろう。

 身体強化を付与すると、地面を蹴り、木剣を握りしめ打ちかかって来た。


 僕も同じように身体強化を付与すると、アルベルトの木剣を右手に握られた木剣で受け止める。


 すると、「カァン」と言う木と木とぶつかり合う渇いた音が周囲に響き。

 それと同時にアルベルトの剣の重さに再三感嘆させられることになった。


 このアルベルトと言う少年。

 少々思い込みが強いようだが、魔法、体術、身体強化とどれをとっても中々に高い水準にあり。

 旅の途中で遭遇したガストンとか言う盗賊なんかよりは強いのではないか?

 そう思わされると、先程の実技試験で感じた錬度が低いという感想を訂正し。

 すこし傲慢な感想だったと反省させられることになった。



 そして、その後もアルベルトは剣撃の手を緩めることなく何度も撃ち込んでいたのだが……

 流石に疲れが見え始めたのか、その動きが緩慢なものになり始めていた。


 それを見た僕は、そろそろ頃合いだろうと判断する。


 これ以上緩慢な動きを見せられるよりかは、周囲が精細な動きを記憶に留めている間に倒してしまった方が好印象だろうと思い。

 どうせ倒すのであれば派手にした方が相手が悪かったと言う印象も加わり、アルベルトの評価も下がることはないだろう。

 そう考え、少しだけ派手に決めることにすると、その為の行動を開始する。




『水球』



 僕がそう口にすると周囲に5つの水の球体が中に浮かび、アルベルト目掛けて襲いかかる。


 アルベルは咄嗟に詠唱を口にして対応するのだが。

 慌てていた所為か1つの『水球』しか放てず、一つを相殺することしか叶わなかった。


 だが、アルベルトは即座に身体強化に切り替えたのだろう。

 迫りくる4つの『水球』を身体強化で持ってかわし、斬り付け、防いでみせる。


 だが、すべては防ぎきれずに、一つの『水球』を腹へと受けてしまい。

 その衝撃からか片膝を付く形となってしまう。


 僕はそれを好機と見ると、身体強化を持ってアルベルトとの間合いを詰め、木剣を振り下ろす。


 アルベルトはそれを防ぐ為に頭上へと掲げ。

 僕の振り下ろした木剣とアルベルトの掲げた木剣がぶつかり合う音が周囲に響く――



 ――ことは無く、アルベルトの剣だけがその半ばから二つに切断される事になった。



 そして、その様子を見たアルベルトは。



「へっ?」



 と言う呆けたような声を出す。


 僕がやったことは武器に対する身体強化の付与。

 ゴレームを斬る為に散々練習させられた技で、確か正式名称は『魔力付与』だっかな?

 そんな感じの名前で、木剣だとしても恐ろしい切れ味を発揮することが出来る技だ。


 それを知らない上に、同じ材質の物をぶつけ合った結果がこうも違うのだから、アルベルトがそんな反応をしてしまうのも仕方が無いことに思えた。


 二つに切断された木剣に視線を向けたまま身動きできずにいるアルべルト。

 恐らくは目の前の現状を把握できていないのだろう。


 そんなアルベルトを見て僕は問い掛ける。



「どうします? まだやりますか?」



 アルベルトはその問い掛けに。



「……降参だ」



 心底悔しそうにそう呟いた。


 そして、その言葉が周囲に響くと。



「この特別試験! アルディノの勝利を持って終了することとする!

2人共、素晴らしい手合わせだったぞ!」



 副学園長が特別試験の終了を告げ、それと共に周囲から大きな歓声が上がる。



 そんな耳が痛くなりそうな歓声を聞きながら。

 この様子だとアルベルトにも悪い評価が付かないだろうと思い、少しだけほっとする。


 それと同時に、こうして称賛されるのも案外嬉しいことだと気付くと。

 皆に気付かれないよう、僕はこっそりと頬を緩ませるのだった。

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