第89話 不正
「ひゃ、188番、い、今の魔法は?」
目を見開き固まっていた職員は、ハッとした様子を見せた後に尋ねた。
今の魔法は?と聞かれたならば初級魔法である『水球』です。としか答えようが無いのだが。
僕自身、詠唱で放った『水球』は異常である。
そう言った認識があった為にどう答えていいか悩んでしまう。
だが、すでに闇属性魔法の素養があることを偽っているので。
適当な事を言ってこれ以上嘘を重ねるのもなんだか気が引けてしまい、正直に水属性の魔法『水球』を放ったことを伝えることにした。
「えっと、自分自身驚いているんですが、今の魔法は『水球』ですね」
「今のが『水球』!? そんな馬鹿な!?
……だが、確かにあの詠唱は水球だった……いや、しかし……」
職員は僕の言葉を受け。
なにやらブツブツと呟き、考えるような素振りを見せた。
そんな職員の姿を見ながら、もう戻っても良いのか?それとも戻ってはいけないのか?自分では判断できず、修練上の中央にある白線の上で立ち尽くしていると。
「あんなものが『水球』の訳ないじゃないか!
なにか如何様をしたに決まっている!!」
受験生の輪の中からそんな声が上がり。
そちらに視線を向けて見れば、眉間に皺を寄せ、睨むような表情をした27番と呼ばれていた少年の姿があった。
27番の少年は受験生の輪の中から一歩前に踏み出し。
その勢いのままに僕の目の前まで詰め寄ると、眉に寄せた皺を更に深いものにする。
近距離で睨まれる形になった僕は、どうしていいのか分からず。
「ど、どうも、試験番号188番のアルディノと言います」
思わず、そんな間の抜けた自己紹介をしてしまったのだが。
「27番アルベルトだ!」
27番、いやアルベルトは以外にも自己紹介を返してくれた。
睨まれている事と先程の発言から怒っていると言うことは予想できたのだが。
そんな状況でも律儀に自己紹介を返してくれたアルベルトを見て、根は真面目な子なんだろうな。
そう思うと一人納得する。
だが、僕が一人で納得した所で状況は変わる訳でも無く、どう対応すれば良いのか悩んでしまい。
とりあえずはアルベルトの誤解を解くべきだろう。
そう思うと口を開くことにした。
「ちょっと威力が高かったみたいですけど一応は『水球』で如何様とかはしてないですよ?
なんならもう一度やってみましょうか? もちろん職員の許可が出たらですけど」
アルベルトは僕の言葉を聞いても納得はしなかったようで。
「嘘を吐くな! 水球にあんな威力がある訳ないじゃないか!
大方、魔力増幅の魔道具でも隠し持っているんだろ! 早く出せ!」
そんな言い掛かりとも言える言葉を僕に浴びせた。
増幅の魔道具なんて持ってないんだけどな……
心の中で溜息交じりに呟くと、増幅の魔道具は無いけれど、魔力を少しだけ貯めておける魔道具なら持っていることに気付き。
胸元のブローチ。女王の靴から別れの際に貰ったブローチに目をやる。
すると、その視線に気付いたのであろう。
「それが魔道具か!」
アルベルトはそう言ってブローチへと手を伸ばすのだが。
僕がひょいと後ろに軽く飛んだことで伸ばした手は宙を掴むことになった。
アルベルトは宙を掴んだまま僕に視線を向け。
「やはりそれが魔道具か! その様子からすると見られたら困る物の様だな」
ブローチが魔力増幅の魔道具だと確信を得た様でニヤリと顔を歪ませた。
どこか勝ち誇ったような表情を向けられた僕は少しだけイラッとしてしまい。
「いや、大切な人達からの贈り物だから雑に触らせたくなかっただけなんですけど」
少しだけ棘を持たせて本音を伝えたのだが。
「見え透いた嘘を吐くな!」
どうやらアルベルトは取り合ってはくれないようで、僕の言葉をバッサリと切って見せた。
そんなアルベルトを見て、これは説得に骨が折れそうだと感じ。
どうしたものかと頭を悩ませていると。
「そこまでだ! これ以上続けるような2人とも減点を覚悟するように!」
先程までブツブツと考え事をしていた職員が漸く騒動に気付いたようでそう声を上げた。
若干介入してくるのが遅いような気がしないでもないが。
これで一先ずは落ち着くだろう、とホッと胸を撫で下ろすことが出来た。
筈だったのだが……
「納得出来ません! アルディノと言う男は明らかに胸のブローチを庇いました!
それは裏を返せば見られては困ると言うことで、不正をしている証拠にもなります!
それを追求しないと言うことは、学園側はこう言った不正を黙認すると言うことなのでしょうか!?」
アルベルトは職員の言葉に納得出来なかったようで、尤もらしい言葉を並びたてて職員へと詰め寄る。
そして、そんなアルベルトの言葉が呼び水となったらしく。
受験生達も「そうだそうだ!」「公平じゃない!」「ブローチを調べさせろ!」
そんな言葉を口にし始めた。
嫌な盛り上がりを見せる受験生達を眺めながら、不正をしていない事を確信している僕は。
これで魔力増幅の魔道具で無いことが分かったらどんな反応をするのだろう?
そんな少し意地悪な想像をしてしまうが、それをすぐに自重する。
兎に角。
今はこの騒動をどうにかして沈めるべきだろう。
そう考えると、一番簡単に騒動を収められる方法を職員に提示した。
「お騒がせしてすみません。
確かにこれは魔道具ですが、少し魔力を貯めておけると言う魔道具です。
彼等の言っているような魔力増幅の魔道具ではありませんので調べて見て下さい」
そう言って職員にブローチを手渡すと。
職員はブローチを手に取り、上から下から横からとブローチを覗き、それを終えると。
「どうやら188番の君が言っている事が正しいようだね」
そう口にした。
その言葉を受けて、先程まで騒いでいた受験生は一斉に静かになり。
「お、おい。誰だよ不正とか言ったやつ」、「俺は不正してないと思ったけどな」
不正と言って騒いだことによる減点を避ける為か手のひらをくるりと返して見せた。
そんな受験生を見て呆れてしまう反面、なんとも逞しいものだ。
そう思っていると、一人だけ納得した様子を見せないアルベルトが声を上げた。
「嘘だ! それが魔道具じゃないにしたって、あんな威力の『水球』なんて言うのはありえない!
必ずどこかに魔道具を隠し持っている筈なんだ!」
職員に返されたブローチを元の場所に付けながらアルベルトの訴えを聞き。
これは全身の身体検査でもしなければ納得しそうにないな……
そんな風に思うが、それで疑いが晴れるのであれば、それもやむを得ないだろう。
半ば諦めにも近い心境ではあったが、無理やり自分にそう言い聞かせて納得させていると。
「なにやら騒がしい様子だが何かあったのかな?」
修練所の扉が開く音と共にそんな声が聞こえ。
僕を含め、その場に居た全員の視線が扉へと注がれる。
数十からなる視線を受けた声の主。
ストライプのスーツを着た背の高い老人は、それだけの視線を注がれても動じる様子をまったく見せず、平然とした様子で再度尋ねた。
「そこの職員、君に聞いているのだが?」
「す、すみません副学園長! じ、実はこのような事がありまして――」
副学園長と言う言葉に周囲がざわつきを見せる中。
慌てた様子の職員は身ぶり手ぶりを加えて事の経緯を説明して行く。
程なくして経緯の説明が終り。
その説明を黙って聞いていた副学園長は、顎に蓄えられた短く揃えられた髭を撫で。
何やら思案するような表情を浮かべた。
そして、考えが纏まったのだろう。
副学園長は「それではこうしよう」と言うと言葉を続けた。
「次の実技試験だが、学園側で用意した試験官と手合わせして貰う予定だったが。
君達の場合は試験官と手合わせするのではなく、アルディノ君とアルベルト君だったかな?
この両名によって手合わせして貰うことにしよう」
副学園長の話に思わず疑問符が浮かぶ。
要するにアルベルトと手合わせしろと言うことらしいのだが。
身体検査でもしてくれれば僕の疑いは晴れる筈なので、わざわざ予定を変えてまでアルベルトと戦う必要があるとは到底思えない……
そう思い副学園長に尋ねてみると。
「確かに君の言う通りだが、それで解決してもお互いスッキリしないだろ?
だったら手合わせして溜まった感情を吐き出した方が良い。
それに『意見を通したければ実力で示せ』と始まりの魔法使いも仰っていたようだし。
アルディノ君が不正をしていないと主張するのであれば実力で示せば良い」
との事らしいのだが。正直、意味が分からなかった。
副学園長の言わんとしていることは何となく理解が出来無くはないが。
僕としては身体検査して貰って疑いを晴らして貰えばスッキリするし。
アルベルトと手合わせするよりかは、そっちの方が効率的だとも思う。
それに『意見を通したければ実力を示せ』と言うが。
要するに、負けてしまった場合は僕が不正したと言うことになるのだから。
不正をしていない僕にとって、この提案はデメリットしか無い。
なんとも余計な言葉を残してくれたものだと思うと、僕の中で『始まりの魔法使い』の評価がガクンと下がっていくのを感じた。
そんな事を考えていると。
「その提案を受けます! アルディノと言う男の不正を僕が暴いて見せますよ!」
アルベルトは鼻息荒く提案を受け入れること示し。
その言葉を聞いた副学園長はどこか満足げに頷く。
このままでは本当にアルベルトと戦うことになってしまいそうで。
僕はそれをどうにか回避しようと、副学園長に視線を向けて見たのだが……
その瞬間。
ああ、これは回避できないなと察した。
僕が副学園長に視線を向けた時に見た表情。
それは、自体を面白がっている時に見せる悪い大人たちのソレで。
メーテやウルフなどが時折見せる表情だった。
そして、そんな時はいくら抵抗しようが結局は悪い大人たちの思惑通りに進み。
僕は今まで回避できたことが無い。
そんな副学園長の表情を見た僕は抵抗することを諦めると。
「……僕も受けます」
力なく答えるのだった。
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