第88話 実技試験
「では今から数組に別れて貰う!
番号を呼ばれたら、番号を呼んだ職員の元に集まり。
その後は、職員に従って行動するように!」
一人の男性職員がそう言ったのを合図に、壁際で待機していた職員達が一歩前へと踏み出す。
受験番号を呼ぶ声が幾つも屋内に響き、番号を呼ばれた受験生達は職員の元へと集まっていく。
その様子を見ながら、自分の番号が呼ばれるのを聞き逃さないようにしていると。
「試験番号188番」
自分の番号が呼ばれたことに気付き、足早に職員の元へと向かった。
その途中、チラリと周囲を見渡してみると。
僕が居る集まりとは別の場所にダンテの姿を見つけ、ダンテとは別の組に振り分けられたことが分かった。
「それでは移動します、しっかり付いてきてくださいね」
ダンテと違う組になったことに少しだけ寂しい思いをしている内に、全員の番号が呼び終わったようで。
職員は受験生達にそう声を掛けると、筆記試験会へと移動を始め。
僕を含め職員に呼ばれた受験生達はその後を追うと、それから少し歩いた所で学園内の別の校舎にある一室へと辿り着いた。
そうして辿り着いた部屋を見渡すと、何十組かの机と椅子が規則正しく並べられており。
その事から普段は教室として使われている場所なのだろう。と予想することが出来た。
「では、空いてる席について下さい」
職員の言葉に従い、受験生達は席に着き始め。
僕も空いている席を探す為に周囲を見渡す。
規則正しく並べられた机にされた落書きや、消し損ねたのであろう文字の一部分だけが残された黒板。
教室の後ろの大きな木製のロッカーを見れば、きちんと整頓されたロッカーや乱暴に本や筆記道具が放り込まれたロッカー。
そう言ったものが目に映る。
そんな教室の風景を見た僕は、前世での教室を思い出すと。
懐かしい気持ちになり、思わず笑みを零してしまう。
それと同時に、少し穏やかな気持ちになるのを感じ。
先程まで感じていた緊張感が霧散していることに気付くと。
緊張をほぐしてくれた懐かしい風景に感謝をし、空いている席に腰を下ろした。
その後、全員が席に着いたのを確認した職員が解答用紙を配っていき。
解答用紙が行き渡ったところで筆記試験が開始されることとなった。
配られた解答用紙に目をざっと目を通した僕は、心の中で「よし!」と呟く。
事前に、解答の8割を埋められれば悪い結果には繋がらないと言う話を聞いていたのだが。
ざっと目を通した限りでは、答えられそうにない問題は全体の1割から2割程度しかなく。
これならギリギリ8割には届きそうだと考えた僕は、まずは埋められそうな問題から埋めていく事にすると、解答用紙にペンを走らせていった。
そうして問題を埋めていき、記入漏れや誤った解答が無いかを確認していると。
「ここまでです。それではペンを置いて下さい」
職員が筆記試験の終了を告げ、それと同時に受験生達から声が漏れた。
ただ単に溜息を吐く子も居れば、「よしっ」と声に出す子に「あぁ……」と言った悲観したような声を出す子も居る。
そんな声を聞いた僕は、受験生達の試験の出来をなんとなくだが察してしまう。
それと同時に違う場所で試験を受けているダンテのことを思い出し。
ダンテが悲観したような声を漏らしていないだろうか?と少し心配になる。
だが、ダンテに教えられた僕が8割程度埋められたことを考えれば、教えていたダンテがそれ以下と言うことは考えられず。
心配なのダンテより僕の方だと言うことに気付くと、自嘲するような渇いた笑みを零し、自分自身の心配をすることに専念した。
そして、全員の解答用紙を回収し終えたところで職員が口を開く。
「次は実技の試験となりますので修練所へ移動となります。
それでは、はぐれないように付いて来て下さいね」
その言葉に受験生達は一斉に椅子から腰を浮かせ。
椅子と床が擦れる音を教室に響かせた後、職員に続く形で修練所へと移動することになった。
それから少し歩いた所で修練所へと到着するのだが。
僕は修練所と呼ばれる建物に少々驚かされることになる。
この修練所と言う建物。
曲線を描く外観は、俯瞰してみれば恐らく円形に見えることだろう。
そして、その内部なのだが中心から広範囲が土で覆われており、それを観客席のようなものがグルリと囲むような形で設置されている。
簡潔に言ってしまえば、その建物はまさに闘技場と言う感じで、学園内に闘技場があること自体に驚かされると言うのに。
やはりと言うか、当然のように古代文字が至る所に刻まれているのだから、少々驚いてしまうのも仕方が無いことに思えた。
そうして一人驚いていると。
「それでは、これから実技の試験を行いたいと思います。
ですが、まずは試験の説明をさせて頂きます」
職員がパンパンと手を叩き、受験生達の視線が集まった所で実技試験の説明を始めた。
「これから行われる実技試験なのですが、まずは魔法の技術から測らせて頂きます。
あちらに的があるのが分かりますか?」
職員の指差す方向に視線を向けて見れば、的と思わしき人型が置いてある事が分かる。
「今は見た通りの黒い色をした普通の的ですが、あちらの的は魔道具となっており。
魔法の威力や精度によって色を変えると言う仕掛けがされています。
詳しくは教えられませんが、その色によっては採点に大きな影響が出ますので。
持てる力を充分に発揮し、その力を存分に示して下さい」
職員がそう言うと受験生達は「はい!」と大きな声で返事をし。
一拍遅れてしまったが僕もその返事に続き「はい」と口にした。
「それでは番号を呼ばれた方から中央の線に立って、的に向かって魔法を放って下さい。
あっ、属性は何でも構わないので、得意な属性で狙って下さい。
それでは試験番号16番の方は前へ」
「は、はい!」
16番と呼ばれた受験生が返事をし、緊張した面持ちで中央にある線の上に立つと。
「それでは試験を開始します」
職員の言葉を合図に実技試験が始まる事となった。
『雫よ! 空を流れて対を弾け!』
16番と呼ばれた少年は水属性魔法の『水球』の詠唱をし、水の球体を的へと飛ばす。
水の球体は狙いが外れること無く人型の的に当たり、周囲に水の弾ける音を響かせる。
水球を受けた人型の的は、その色を「黒」から「青」へと変化させ。
それを見届けた16番の少年は「よしっ!」と呟くと、受験生の輪の中へと戻っていった。
次に呼ばれたのは27番の少年だった。
職員に番号を呼ばれた少年はどこか自信に満ちた面持ちをしており。
悠々と中央の白線へ向かうとその上に立ち、16番の少年同様に『水球』の詠唱をする。
『雫よ!空を流れて対を弾け!』
その詠唱は16番の少年とまったく同じものであったが、結果は違うものとなっていた。
27番の少年の詠唱が終わると、2つの水の球体が中空を駆け。
この水の球体も狙いが外れること無く人型の的に当たり、周囲に水の弾ける音を響かせた。
その瞬間。
それを見ていた受験生達の間に「おおー!」と言う歓声が上がり。
職員も感心したかのように「ほう」と呟いた。
そして、水球を受けた人型の的は、その色を「黒」から「赤」へと変化させていた。
16番の少年同様、それを見届けた27番の少年は満足げに口角を上げると、受験生の輪の中へ戻るのだが。
先程の16番の少年の時とは違い――
「水球を2つかよ! お前やるな!」
「もしかして中級魔法も使えるんじゃないのか?」
「中級はまだだけど、使えるようになるのも遠くはないって家庭教師には言われたな」
「おお! まじかよ! すげぇな!」
27番の少年は受験生達の称賛の言葉に迎えられることとなった。
そんな実技試験の様子を眺めていた僕なのだが、その空気に馴染めないでいた。
それもそうだろう。
受験生含め、職員までが感心した様子を見せているのだが。
その感心している理由が分からないのだから、空気に馴染める筈がないのだ。
会話の内容からすると『水球』を2つ出したと言う事に対して感心してるのだとは思うのだが。
僕からしてみれば『水球』が2つと言うのは初級魔法以上、中級魔法以下と言う認識であり。
正直に言って特別驚く様な事では無く、むしろ出来て当たり前と言う感じの魔法であった。
それなのに皆は感心した様子を見せているのだから、馴染める馴染めないの前に。
「何故、感心しているのだろう?」と言う疑問が浮かんでしまう。
そうして頭を悩ませていたのだが、そうこう考えている間にも実技の試験は進んで行き。
番号を呼ばれた受験者達が人型の的に向けて魔法を撃ち込んでいく。
そして、そんな受験生達の姿を眺めていると、あることに気付いた。
それは27番の少年以降、同時に魔法を放つ事が出来た受験生が居ないと言うことだった。
あれから10人近くの受験生達が人型の的を狙って魔法を放っているのだが。
的の色を「赤」に変えて見せた生徒はいるものの、未だ一人として、同時に複数の魔法を放てた生徒はいなかったのだ。
始めは何故、複数の魔法を放たないのだろう?と疑問に思ったが。
10人近い受験者達がそれをしない事を見れば、鈍感な僕でも流石に理解することが出来た。
受験者達はしないのでは無く、出来ないのだと言うことを。
そして、それを理解すると。
27番の少年が称賛された理由や、受験生達の大袈裟と思える反応をしたことを理解し。
それに加え、職員が感心した様子を見せたことから、受験生の大半は同時に複数の魔法を利用できないのであろうことも知ることが出来た。
僕は一人頷きながら、疑問が解けたことに満足するのだが。
それと同時に、魔法の錬度が少し低いのではないか?と感じてしまう。
これまでに同世代の子と関わった記憶と言えばソフィアとダンテくらいで。
極端に同世代との接点が無かった僕には、同世代の基準と言うものを知る機会が無かったのだが。
この様子だと、失礼な言い方かもしれないが、あまり高い基準ではないようにに思えた。
メーテとウルフの過酷とも言える授業や、ダンジョンでの経験がある分。
多少魔法には自信があったとは言え、もう少し高い基準にあると思ったのだが……
そんな事を考えていると。
「188番の方は前へ」
自分の番号を呼ばれたことに気付きハッとすると慌てて中央の線へと向かい。
線の上に立った僕は考えを巡らす事になる。
正直、人型の的を「赤」に変えることは余裕だと思う。
他の受験生の魔法の精度や威力から考えても『水刃』を使えばそれ以上の結果を出す自信がある。
だが、闇属性の素養を隠して試験を受けている為。
あまり目立つようなことはしたくないと言うのが本音だった。
なので、少し魔力を込めたくらいの『水球』を打つことに決めると。
詠唱はしたことが無かったが、他の受験生に倣って詠唱をすることにした。
『雫よ! 空を流れて対を弾け!』
詠唱を口にすると、自分の魔力が魔素に干渉して行くのが分かり。
詠唱の感覚って言うのはこんな感じなんだー。
などと呑気に思っていたのだが……
(あっ、これやばいかも)
無詠唱では感じることのない異常とも言える魔素への干渉を感じ。
慌てて魔素への干渉を遮断した。
その瞬間。
パキンと言う何かが割れる様な、そんな音が修練場に響く。
その音の出所を探るように周囲を見渡すと、人型の的に目が留まり。
それを見た僕は「へっ?」と間抜けな声を漏らしてしまった。
僕が目にした人型の的は、その頭部の中央に拳大の穴を開けており。
先程まではそんな穴が開いていなかったことから、自分の仕出かした事だと分かる。
そして、そんな人型の的を見た受験生達は呆けたような口を開いており。
職員は目を見開き固まってしまっている。
そんな様子を見た僕は、思わず目を手で覆うと。
目立ちたくないとは何だったのか?
そう自問し、やらかしてしまったことに頭を抱えるのであった。
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