第87話 試験当日
コンコンッ
そんな音が聞こえ意識が覚醒するが、それも一瞬の事ですぐに意識を手放す。
コンコンコンッ
また同じような音が聞こえ再度意識を覚醒させるのだが、やはりすぐに意識を手放してしまう。
ゴンゴンゴンッ!
ぼんやりとした意識の中で聞こえる音が大きくなったことに気付く。、
「アルさん! 起きて下さい! 今日は試験なんじゃないんですか!」
その声で完全に意識を覚醒させられると、僕はベッドから跳び起きた。
「い、今起きた!」
僕はそう言うと慌てて身支度を整え、部屋の外へ出る。
すると、ドアを叩き声を掛け起してくれた人物であろう少女。
ニコニコとした表情を浮かべたアイシャの姿があった。
「おはようアイシャ」
「おっはようございますアルさん!」
朝の挨拶を交わし、アイシャは今日も元気だな。
などと思っていると、そんな悠長なことを思ってる場合では無いことに気付き、慌ててアイシャに尋ねる。
「アイシャ! いま何時!?」
宿屋には指定の時間を伝えておくとその時間に起こしてくれると言うサービスがあるのだが、僕はそのサービスを頼んでいなかった。
それなのにこうして起こしに来てくれたアイシャを見て。
いくら経っても食堂へ降りてこない僕を見兼ねて起こしに来てくれたのでは?
そう考えた結果。寝坊したのではないかと思いアイシャに尋ねたのだが――
「時間なら心配しなくて大丈夫ですよー。
ママが――じゃなくて女将さんに『試験に遅刻させたんじゃなんだし、早目に起してやりな』
そう言われて起しに来ただけなので、寝坊した訳じゃないですから」
どうやらそう言う事らしく、胸を撫で下ろす。
「そっか〜、寝坊したと思ったから安心したよ」
「あっ、もしかして逆に迷惑か掛けちゃいました?」
「いやいや、起して貰えて助かったよ! 試験に遅刻する訳にはいかないからね」
「それなら良かったです! ささ、それじゃあ食堂に向かいましょう!
今日は試験を受ける学生さん向けの朝食になってますので楽しみにしててくださいね!」
アイシャはそう言うと、僕の腕に手を回して歩きだす。
「えっと、これはちょっと恥ずかしいかな?」
「えっ……嫌ですか?」
他のお客さんの目がある中で腕組と言うのは流石に恥ずかしく、出来ることなら遠慮して貰いたい。
そう思い、やんわりとそれを伝えたのだが。
そんな僕の言葉を受けたアイシャは、まるで捨てられた子犬の様な視線を僕に向ける。
思わず「あざとい!」と声を上げそうになってしまうが。
そんな目を向けられてしまってはどうにも断りにくく。
「い、嫌ではないけど」
そんな煮え切らない言葉を口にするのが精一杯になってしまう。
「それじゃあ問題無いですね!」
アイシャはそんな僕の言葉を肯定だと捉えたようで。
今度は獲物に狙いを定める蛇の様な視線を向ける。
その視線にゾクリとしたものを感じた僕は。
これは逃げられそうにないな……
そう判断すると、説得することを諦め、引っ張られるようにして食堂へと向かうことになった。
そうして食堂へと着くと、同年代と思われる少年や少女の姿がちらほらと見えた。
ここ数日でそう言った少年少女の姿を見ることが増えて来ており。
恐らくだが、この子達も試験を受けに来たのだろうと思い、何となくだが親近感が湧く。
「朝から女連れかよ……
あいつも試験受けるんなら落ちることを願うわ」
「ぐぎぎぃ、俺のアイシャちゃんが優男にぃぃ!」
「どうせあんな浮ついた男は試験に受からないし。
もし、受かったとしても学業について行けなくて退学するわよ」
だが、向こうはそうは思わなかったらしく、少年少女達は呪詛めいた言葉を口にする。
そんな言葉を聞きながら、迷宮都市にいた時もこんな状況が何度かあった事を思い出すと。
『美女使い』なんて呼ばれ方をしていた事も思い出し、思わず溜息がこぼれてしまう。
だが、言うだけ言ったら絡みはしない分、物理的にも干渉してくる探索者と比べたら大分ましだろう。
そう思うと、若干腑に落ちないものを感じながらも空いている席に腰を下ろした。
それから程なくして朝食が運ばれてきたのだが。
テーブルに並べられた料理は豆類の乗ったサラダと茸が添えられた蒸し魚。
それにパンとミルクにお気に入りとなった杏子のジャムといった感じで、どこら辺が試験を受ける学生さん向けの料理なのだろう?と言った疑問を浮かべてしまう。
しかし、そんな疑問は料理を運んでくれたアイシャによってすぐに解決することとなった。
どうやら、この蒸し魚の名前がウルカと言う魚のようで。
その名前の響きが『受かる』と言う単語に似ている事とウルカと言う魚が出世魚と言う事から、この辺の地方では演技の良い食べ物とされ。
験を担ぎたい際に好んで食べられる魚だと言うことをアイシャは教えてくれた。
そんな話を聞いて、前世でも験を担ぐ為に縁起の良い物を口にする習慣があった事を思い出し。
異世界であろうとそう言ったところは変わらないことを知ると、それがなんだか面白く感じた。
そうして朝食に舌鼓を打った僕は、食堂を出る際にアイシャと旦那さんに食事のお礼を伝え。
受付にいた女将さんにアイシャを起こしに向かわせてくれたことへのお礼を伝えると、一度部屋に戻り、準備を整えた僕は篝火亭を出発しようとしたのだが――
「アルちゃんしっかり頑張ってくるんだよ!」
「アルさんならきっと大丈夫ですよ!
もし駄目だとしてもこの宿屋の跡を継ぐって手もありますか――んがっ!」
「縁起でもない事を言うんじゃない。アル君、あまり気負わないようにな」
女将さんにアイシャ、それに旦那さんまでが店先に出て見送りをしてくれた上に、激励の言葉まで送ってくれる。
そんな激励の言葉を受けて僕は気を引き締めると。
「ありがとうございます! 試験に合格できるように精一杯頑張ってきますね!」
そう言って頭を下げ、今度こそ篝火亭を後にした。
そして、遠ざかっていく篝火亭と三人の姿を背にし。
篝火亭でお世話になることを決めて本当に良かった。
そうしみじみ思うと、三人の期待に応えられるよう、今一度気を引き締め直すのだった。
それから暫く歩いたところで学園メルワ―ルの正門前へと到着する。
周囲を見渡せば、試験の為に集まったのであろう少年少女の姿が多く見られ。
試験の事を考えてだろうか?
緊張したような面持ちの少女も居れば、まるで落ちることを想定していないかのように自信に満ちた面持ちの少年も居る。
そう言った面持ちの少年少女達の中。
一人花壇の縁に座り、緊張した様子もなくぼうっと空を眺める少年の姿を見つけると、僕はその少年に歩み寄り声を掛けた。
「おはようダンテ。随分と余裕そうだね」
「ようアル。
余裕なんかねぇよ。むしろ緊張しすぎてこうでもしてないと押しつぶされそうだわ」
ダンテはそう言うと、またぼうっと空を眺め始める。
どうやら、緊張した様子に見えなかったのは僕の勘違いのようで。
それがダンテなりの緊張のほぐし方だと言うこと知ると、普段あまり見せることの無い弱気な態度が少し心配になってしまう。
「だ、ダンテが緊張!? あのダンテが!?」
「あのダンテってどのダンテだよ……」
「えっ? 馬車に揺られて青くなったり、街を早く見て周りたくて早起きしちゃうダンテだけど?」
「ちょっ!? お前だって早起きしたんだから人のこと言えねぇだろうが!」
「え? でも、僕は食当たりして草むらに掛け込んだりしないけど?」
「よし、ちょっと面貸せ。お前には一度分からせる必要があるみたいだからな」
ダンテは額に青筋を浮かべると僕の首に腕を回し、その腕に力を込めた。
「痛い! 痛いから! ぼ、僕が悪かったから放して!
「うるせぇ! お前には一度分からせる必要がある!」
その痛みに思わず懇願する言葉が漏れてしまうが、ダンテは僕の言葉に取り合うことをせずにそう言うと更に腕に力を込める。
首を締め付けるギリギリとした痛みに若干涙目になってしまう僕だったが。
そんなダンテを見て、煽るような形になってしまったけどこれで少しは緊張がほぐれたかな?
そう思うと、煽ってしまったお詫びとして、暫くダンテの好きにさせることにした。
そうこうしている間にも試験の時間は迫っていたようで。
いつの間にやら他の受験生達は移動を開始しており、気が付けば僕とダンテだけが正門前に取り残されているという形になっており。
それに気付いた僕達は慌ててその後を追うと、程なくして試験会場である建物へと到着する。
そうして建物内へと入ろうとすると、入り口で188と書かれたプレートを職員だと思われる男性に手渡される。
恐らくだが、これが受験番号なのだろう。
そう思い改めて建物内へと入ると、建物内は広い空間となっており、前世で言う所の体育館を想像させた。
そして、ぱっと見だが200名くらいだろうか?
それだけの数の受験生の姿を確認できたのだが――
「受験生188名、これで全員揃いました」
先程プレートを渡してくれた男性の声が背後から響くと共に、200名からなる受験生の視線が注がれることになり。
少し気まずい思いをすることになった。
「ア、アルが余計な事言うから遅くなったんだぞ!」
「ダ、ダンテが早く放さないからだよ!」
気まずさから責任の所在を擦り合っていると。
「よし! 全員集まったようだな! それでは試験を開始する!
と言いたいところだが、まずは筆記試験があるので何組かに別れて移動して貰うことになる」
そんな内容の話が聞こえ。
そして、聞かされた内容にいよいよ試験が始まること知ると。
今更ながらに緊張し始め、手のひらにうっすらと汗を滲ませるのだった。
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