第86話 試験手続き
僕達は学園メルワールの正門を潜ると立て看板に従い受付へと向かう。
そうして立て看板に従い学園内を歩けば、学生達の姿をあまり見かけないことに気付くのだが。
開かれた窓から教師と思わしき男性の声や子供達の声が聞こえ。
そのことから恐らく授業中なのだろうと判断し、学生の姿を見掛けなかった事に納得した。
そんな風に一人で納得して窓から聞こえる声に耳を傾けると。
その授業を想像させる声になんだか懐かしい気持ちになってしまう。
前世で学生だった僕は、学校と言う場所が嫌いではなかった。
好きかと言われれば胸を張って大好きとは言えなかったが。
それでも、学校と言う場所で過ごす時間は僕にとって貴重な時間であったし、仲の良い友人達と共に学び、共に笑い合う時間は大切な時間だった。
まぁ、時には失敗して先生や先輩に叱られたりと苦い思い出も無くは無いのだが……
そんな時間も、今にして思えば大切な時間だったのだろう。
そう言えるくらいには時間が流れ。
それだけの時間が流れたからこそ、窓から聞こえる声に懐かしい気持ちにさせられていた。
そのように感傷に浸っていると、学園内に幾つかある校舎の一つで受付のある校舎へと到着する。
校舎に入るとすぐ右手に受付があり。
手続きをする為に受付の前に立つと、僕達の姿に気付いた男性職員は書類に走らせていたペンを止め、席を立ち受付に着いた。
「どうしたんだい? 何か用かな?」
「えっと、試験の手続きに来たんですが、受付はここでよろしいでしょうか?」
「ああ、ここで合っているよ。
それで、手続きするのは一人? それとも二人ともかな?」
僕がその質問に「二人でお願いします」と答えると、男性職員は用紙を二枚取り出してダンテと僕それぞれに渡し。
「それじゃあ、記入し終わったら声を掛けて貰えるかな?」
そう言って、先程までしていたのであろう業務へと一旦戻っていった。
僕達は手渡された記入用紙に一通り目を通すと、記入欄に必須事項を書き込んで行く。
まぁ、必須事項と言っても名前や種族名、それに出身地と素養の有無くらいしか無いので、その作業もすぐに終わってしまうのだが。
そうして、すべての記入欄を埋めた僕達は男性職員に声を掛け、記入用紙を手渡し。
男性職員は記入用紙を受け取るとサッと目を通した後に口を開いた。
「必須事項に漏れは無い様だね。
それと、素養の欄に書かれている属性に偽りが無いか確かめさせて貰う必要があるんだけど。
もちろん問題は無いよね?」
「ああ、問題無いぜ」
「……はい」
男性職員がそう言うとダンテは淀み無く答えたのだが。
僕は素養の欄に本来の素養である『闇』とは記載せず『素養なし』と言う嘘を記載していた為、一瞬言葉に詰まってしまう。
それなら正直に書けばいいのでは?
なんて考えは元から無かった。
闇属性の素養を持っている人達の境遇と、自らの身の安全を考えれば『素養無し』と記入する以外の選択肢は無く、嘘を書くのは少々心苦しいが仕方の無い嘘だと自分を納得させた。
嘘を記載してしまったことに少しばかりビクビクしていると、男性職員は受付の奥の棚から水晶球を取り出し僕達の前へ置いた。
それは森の家やダンジョンギルドで見た素養を判別する為の水晶球で。
それを見た僕は慌てて長年使っていなかった素養の隠し方を思い出そうとしたのだが。
「じゃあ、君からやって貰おうか」
慌てていた所にそう声を掛けられたことで隠し方をど忘れてしまう。
このまま水晶球を触ってしまえば嘘だとばれてしまうし。
闇属性の素養持ちだとバレでもしたら、どう言った状況に陥るのか分かったもんじゃない。
そう考えると、素養の隠し方を必死に思い出しつつ順番を後に回して貰えるように提案をする。
「ぼ、僕は素養無しだから後でいいよ!
それよりダンテ、さっき素養の欄に土属性て書いてたよね!
僕の住んでた村じゃ素養のある人が居なかったから、水晶が光る所見たこと無いんだよね!
だ、だから見てみたいな〜」
「お、おう。俺はそれでも構わないけど。
じゃあ、おっさん、俺からやっていいか?」
「おっ、おっさん……ま、まぁ、それでも構わないが」
どうにか順番を後に回すことが出来てホッとし。
それと同時に脳をフル回転させ、素養の隠し方を思い出す。
そうしている間にもダンテは水晶球に触れて黄土色に淡く光らせ、あっという間に僕の順番が回って来たのだが――
脳をフル回転させた結果、どうにかギリギリの所で素養の隠し方を思い出すことに成功することが出来た。
「どうだ? 光ってんのちゃんと見たか?」
「う、うん! ちゃんと見てたよ! ダンテありがとうね!」
ダンテが水晶球を光らせたのはしっかりと見てはいたのだが。
結果的に嘘を吐いてしまったので、それを申し訳なく思うと言葉に詰まってしまう。
それと同時に、ダンテが順番を変わってくれたおかげで思い出す事が出来たので、そのお礼を口にした。
そして、僕は水晶球の前に立つと、素養の隠し方を思い出しながら恐る恐る水晶球に触れる。
「――はい、ありがとう。君の記入欄にも偽りはないみたいだね」
僕が触れた水晶球は記入欄に書かれた『素養無し』の反応、正確には無反応を示しており。
その反応に僕は胸を撫で下ろすと、周りに気付かれないようにホッと息を吐いた。
その後は滞りなく手続きは進み、試験の日程や開始時間などの細かい説明を受けた後、試験料として銀貨五枚を支払うと受付を後にすることした。
「そういやそろそろ昼になるけどどうする?」
受付を後にし、来た道を辿り学園内を歩いているとダンテが尋ねる。
大分大雑把な質問の仕方ではあるが、昼になると言う単語から昼食のことでも尋ねているのだろう。
そう考え、嘘を吐いた事のお詫びとして昼食代くらいは僕が出そうと決めると口を開く。
「色々とお店も周りたいし、ぶらぶらしながら良いお店を見つけたら昼食にしようか」
「あいよ。んじゃさっさと街に繰り出すか」
そう言うと歩幅を大きくするダンテ。
正直に言えば、もう少し学園に残ってソフィアに会いに行くのも悪くは無いかな?
などと考えもしたが、試験の合否どころか試験すら受けていない状態でのこのこと会いに行き。
肝心の試験に落ちて学園に通えないとなれば流石に格好が付かない。
それに、私事にダンテを付き合わすのもどうかと思うと、この案は却下する事にした。
まぁ、試験に落ちたとなれば格好つかないとも言ってられないので、ソフィアに会いに行き謝罪の一つでもするつもりだが……
出来ることなら、ちゃんと試験に合格し。
学園に通うと言う約束を果たしてからソフィアには会いに行った方が良いだろうう。
そう考えると、まずは目前に迫る試験に合格することに集中することにした。
そんな風に決意を固めていることなど知る筈もないダンテはその歩幅を更に大きくしており。
何時の間にやらダンテとの距離が随分と開いていることに気付く。
「アルー、何してんだよー! 早くしないと置いてっちまうぞー!」
ダンテは肩越しに振り返ると僕を急かし。
時計塔でのやり取りがあった所為か、「早く街を見て周りたい」と言った素振りを隠すこともしない。
そんなダンテを見て。
「まったく、ダンテは子供だなー」
大人ぶってそう呟いて見せたのだが。
何時の間にやら自分の歩幅が大きくなっていることに気付き。
そう言えば自分もダンテと同類だった事を思い出す。
そして、自嘲するように笑みを浮かべると――
「ダンテー! 置いてかないでよ!」
大人ぶるのを辞めてダンテの元へと駆け寄ると。
僕達は学園メルワールの正門をくぐり、商店が立ち並ぶ区画へと足早に向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます