六章 学園都市 入学試験

第84話 学園都市ブエマ

 いつも以上の速度で馬車を走らせたこともあり。

 僕達の乗る馬車は程なくして学園都市ブエマに到着することとなった。


 流石にその速度を維持したまま学園都市に入る訳にもいかないので、学園都市へと入る際に速度は落とされたのだが。

 速度を落とすと同時に、御者は乗客達に詰め寄られる事になった。


 しかし、その御者なのだが。

 ペコペコと頭を下げては「すみません」と口にはしているものの、その顔には何故かやり切ったと言う表情を浮かべていおり。

 そんな表情を見た僕は、前世ではハンドルを握ると性格が変わる人もいると言う話を思い出した。


 恐らくだが、御者もそう言った類の人種であることをなんとなく察すると、こうして反省する態度は見せているがまた同じことを繰り返すのだろう。

 そう確信すると、この御者の馬車に当たらないことを切に願う事となった。


 そう言った一幕があったものの。

 無事に学園都市に辿り着いた僕達は、この数日間移動を共にした御者や乗客に簡単な別れの挨拶を交わすと馬車を降りる。


 そうして馬車から降り、周囲を見渡してみれば。



「なんか地味だね」



 思わずそんな言葉が漏れる。


 城塞都市の様な巨大な壁がある訳でもなく。

 迷宮都市の様な目がちかちかする様な雑多性もなく。

 王都の様な白亜の城や洗練された印象もない。


 中央に見えるお城にも見える建築物や、学園都市に居れば何処からでも見えそうな時計台などには目を惹かれはするのだが。

 どちらも華やかさが感じられず、無骨な印象を受けてしまい。

 口にするのは失礼だとは思いははしたものの、思わずそんな言葉を口にしてしまう。



「そうだな……うっぷ」



 僕の言葉を聞いたダンテは青い顔をしながら同意を示すと、今にも朝食を吐き出しそうな様子を見せる。



「と、とりあえず。そこら辺でお茶でも飲んで落ち着こうか」



 体調の悪そうなダンテを休ませる為に僕がそんな提案をすると、ダンテは力なく頷き、僕達は近くにあった喫茶店へと入店することとなった。






 それから程なくして。



「ああーーーー! あの御者!! 何考えてやがんだ!!」



 柑橘系の飲み物をちびちびと舐めていたダンテだったが、どうにか体調が戻ったようで御者に対する憤りを露わする。



「確かに酷かったね……

出来ればもうあの御者には当たりたくないなー」


「今度あの御者にあったら絶対にもんく……うぷっ」



 僕の言葉で御者の顔と、ついでに馬車の揺れでも思い出してしまったのだろう。

 ダンテは言葉の途中でえづいてしまう。

 そんなダンテの様子を見て、なんだかちょっとした心的外傷になっているように思え、少々心配になってしまう。


 ダンテは柑橘系の飲み物を半分ほど飲み干すと、気持ちを落ち着かせるように軽く深呼吸をし。

 話題を別のものへと変えた。



「も、もう御者の話はいい……

ところで、アルは試験までの間どうするんだ?」


「んー、試験までは宿屋でお世話になりながら適度に試験勉強て感じかな?

ダンテはどうするの? 宿屋取るなら今まで通りツインとかで部屋を取る?」


「あれ? 言ってなかったか?

俺は親戚の家があるからそこで世話になる予定なんだよ」


「うん、聞かされてなかったかな?

そっかー、じゃあダンテは親戚の家にお世話になるのかー」



 どうやらダンテは親戚の家にお世話になるらしいのだが。

 そうなると一旦のお別れとなり、この一ヶ月間、寝食を共にしていたと言う事もあって少しだけ寂しく感じてしまう。


 だが、別に会えなくなる訳でもなく。

 試験の手続き等もあるので、顔を合わせる機会も少ないだろう。

 そう考えると、そんな寂しさもすぐに霧散したのだが。



「そっかー、宿代が少し浮くと思ったのになー」



 少しでも寂しいと思ってしまったのは事実なので、照れ隠しにそう言っておくことにした。


 そして、その後も今後について幾つかの話し合いをし、大体の話が纏まった所で喫茶店を後にすることとなった。



「んじゃ、明日の10時頃にあそこの時計台の下で待ち合わせな。遅れんなよ?」


「いやいや、ダンテこそ遅れないでよね?

それと親戚の方に迷惑かけちゃ駄目だよ?」


「かけねぇよ! てか、アルこそ宿屋で問題起こすなよな!」



 話し合いの結果。

 とりあえずは試験の申し込み手続きはさっさと終わらせてしまおうと言う話で纏まっており。

 手続きをする為の待ち合わせの時間を確認し、お互い軽口を叩き終えると。



「じゃあまた明日」


「おう、気を付けてなー」



 そんな挨拶を交わし、ダンテは住宅が立ち並ぶ方向へと歩いて行った。


 僕はその背中を見えなくなるまで見送った後。



「さて、宿屋でも探すか」



 宿屋を探す為に、学園都市の街並みを一人歩き出すのであった。






 そうして、学園都市の街並みを見て周りながら宿屋を探して歩いていると。

 今まで見掛けた宿屋と比べ、幾分料金の安い宿屋を見つけることが出来た。


 その宿屋は木造作りで食堂が併設されているよく見る形の宿屋で、料金が安く設定してあるのも納得できるくらいには年季が入っている様に見えた。


 だが、そんな外観ではあるものの、その外観や店先などは小奇麗にされており。

 店先にある花壇などもよく手入れがされている様に見受けられた。


 そして、それらの事実は宿屋を選ぶ上では案外重要だったりする。


 この一ヶ月で色々な宿場町を見て周り、実際に泊まった経験から言わせて貰えば。

 幾ら立派な外観で高い料金の宿屋でも、店先のゴミを放置していたり、花壇の草が伸びっ放しになっている宿屋と言うのは、それが接客にも現れたりするもので。

 随分と適当な対応をされたり、高圧的な物の言い方をされたりと、嫌な思いをすると言う事が何度かあった。


 まぁ、例外もあるにはあるのだが、大体はそんなものだ。


 だが、廃れた外観であろうと店先や花壇の手入れをしっかりしている宿屋と言うのは、やはりそれが接客に現れており、丁寧な接客をしてくれると言う印象が強い。

 中には丁寧とは程遠い雑な接客と言うのもあったのだが。

 実際は雑と言うよりかは気安いと言う感じで、特に悪い印象を受ける事もなかった。


 そう言った経験があった為。

 この宿屋であれば接客を受ける際に嫌な思いもする事が無いだろう。

 そう判断すると、この宿屋にお世話になることにした。


 そうして宿屋の扉を開くと、カランコロンとドアに取り付けてあった鈴が鳴り。

 その音に気付いたのであろう店員が受付の奥から顔を覗かせる。



「あら、お客さんかい?」



 そう言って顔を覗かせたのは恰幅の良い中年女性で。

 そんな姿を見た僕は、なんで宿屋の女将ぽい人はご多聞に漏れず恰幅が良いのだろう?

 などと思ってしまうが、まぁ、そう言うものなのだろうと深くは考えないことにした。



「はい。部屋が空いているようなら暫くお世話になりたいのですが」


「部屋なら空いてるけど、暫くって言うと試験が始まって合格発表が出るまででいいのかい?」



 王都でも宿泊の目的を当てられたが。

 学園都市でも当てられるとなると、この時期と言うのは僕みたいな人達が本当に多いのだろう。

 そんな事を思いつつ女性店員の質問に答える。



「はい、それでお願いします」


「はいよ。それにしても「何で分かったんですか!?」って驚くと思ったのに、坊やは全然驚かなかったねー」


「少しは驚きましたよ?

でも、王都に宿泊した時も同じような事言われたので、多分その所為だと思います」


「なるほどねー。それじゃあ驚かない訳だよ」



 女性店員はいたずらが失敗したことに肩を竦めると、話を切り替える。



「まぁ、それはさて置き。

一泊朝夕付きで銀貨一枚と銅貨六枚になるんだけど。

10日分をまとめて払うんであれば一泊あたり銀貨一枚と銅貨五枚に負けるけどどうする?」



 その言葉にどうしようかと一瞬悩んでしまうが。

 只でさえ他の宿屋よりも料金が安い上に更に値引きされることに加え。

 女性店員も気安い感じで話しやすく、これなら嫌な思いをしないで済みそうだ。

 そう考えると、僕はその言葉に頷き10日分の料金を支払うことにした。



「金貨一枚と銀貨五枚だね。確かに受け取ったよ」



 女性定員はそう言うと受付の壁に掛かっていた鍵を一つ取りをそれを僕に手渡し。



「アイシャー、お客さんを部屋に案内してあげてー」



 受付の奥へと振り向き、そう声を掛けると。



「はーいママ。今いくー」



 そんな返事と共に受付の奥から少女が顔を覗かせた。


 女性店員の事をママと言っていたから、多分女性店員の娘なんだろう。

 そんな事を考えながらその少女に視線を向けたのだが、何故だかその少女は僕の顔を覗きこむよう見つめてくる。


 金髪碧眼の少女にジロジロと見られるのはなんだか照れくさく思うが。

「見ないで下さい」と言うのも気が引け、どうしたものかと少し困っていると。



「うん! お客さん男前ですね!

名前はなんて言うんでしょうか? 彼女とか居ないなら私なんてどうですか?」


「ア、アルディノって言います。か、彼女は居ないです」



 唐突に口説かれたことにより、一瞬思考が停止してしまい反射的に答えてしまう。

 だが、そんな僕を気にすることも無く少女は口説き文句を並べた。



「アルディノさんですね! じゃあアルさんて呼べばいいですかね?

それで! どうでしょうか?

一応宿屋の跡取り娘だから、私と結婚すればこの宿屋まで付いてくるんですよ?

まぁ、ぼろっちい宿屋なん――んがっ!!」



 だが、その口説き文句は女性店員の拳骨によって遮られることになった。



「なにしゅんのよまま! ちたかんらじゃない!」


「ママじゃない! 仕事中は女将さんと呼べって言ってんでしょうが!

それに男前と見たら節操なしに声掛けて……お客さんも呆れてるじゃないか!」


「えっ、あっ、はい」



 一連の流れに着いて行けず、思わず空返事をしてしまう。



「そんなこと無いし!

お客さんだってこんな美少女に言い寄られたら悪い気はしない筈だし! そうですよねぇ?」


「えっ、あっ、そ、そうかも知れませんね」


「……ほら、やっぱりお客さん呆れてるじゃないか。

それに何が美少女だい。出るとこも出ずに、引っ込むとこも引っ込んでない癖に良く言うよ」


「はぁ? そ、それはまだ12歳なんだからしょうがないじゃない!

これからなのよ! これから!」


「それ、はす向かいのローラちゃんを見て同じこと言えるかい?」


「ふぐっ! ろ、ローラちゃんはアレよ! 人間を辞めているか、牛の獣人とかのハーフなのよ!

き、きっとそうよ! うん!」



 ローラちゃんの扱いが酷い気がするが、余計な口を挟んで巻き込まれては堪ったものではない。

 ここは黙すのが賢明だと判断すると、僕は出来るだけ空気であることに徹することにした。


 そして、暫くその良い争いは続くことになるのだが。

 そんな騒がしい様子を眺めながら。



 少し騒々しいけど、退屈だけはしなそう……かな?



 そんなことを思うのであった。

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